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「やぁ。リューちゃん?久しぶりだね。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
不気味な笑みと共にそう告げられた私の背は思わず硬直していた。
なぜこのタイミングで?
なぜベルが留守の絶妙なタイミングで?
いや、そもそもなぜこの人物が私たちの元に?
…それ以前になぜ私達の居場所を知られている?
ここのことは【ヘスティア・ファミリア】の方々とシルとミア母さんしか知らないはずで…
疑問が尽きない。
違和感が尽きない。
だから私の心に恐怖が生まれる。その恐怖のせいで言葉が出てこない。
…何だ?この気持ちの悪い背筋の寒気は?私は動揺しているのか?
そんなこと考えるまでもなかった。私は確かに恐怖を感じ、動揺している。
そのせいで言葉を紡ぎ出せず、僅かに脚まで震え始めている。
私は突然玄関前に姿を現した人物を前にあり得ないほどに物怖じしていたのだ。
そしてそんな状況を招き寄せた人物はまるで私の心境を完全に見抜き嘲笑うようにぐにゃりと頬を歪めて言った。
「おいおい。そんなに驚くことないじゃないか?俺はリューちゃんに何度も助けを求めたこともあるリューちゃんの友人のアスフィの主神であるヘルメスだぜ?…まさか色ボケたせいで記憶が飛んじゃった…なんてことはないだろう?」
裏に潜む悪意を敢えて隠そうとしないかのような笑みと意図的に釘を刺すような言葉を並び立てる神物が私の目の前にいた。
神ヘルメス。
【中層】でベルが生死の境を彷徨った際に私をベルの救出への同行を誘い、私とベルの接点の一部となった神物。
…不自然なまでにベルの周囲に出没し、きな臭さを感じずにはいられない神物。
そんな神物がこのタイミングに現れたということ…
それは私のよく外れる勘でさえも外しようがない危機の合図に他ならなかった。
だからこそ…私は気を引き締めてこの神物とは向き合わねばならない。
神ヘルメスの突然の来訪という異常事態による動揺だけでなくベルに手料理を振る舞えなかったショックを打ち払うという意味でも冷静沈着に対面するための心の準備が必要であった。
恐怖に立ち向かい、動揺を抑えることで神を相手に怯まないための準備が。
そしてその準備はこの数瞬の沈黙の間に整えることができた。
そのため私は一度目を閉じ小さく息を吐いた後、神ヘルメスの目をじっと見据えてようやく言葉を紡ぎ出した。
「…何用でしょう?神ヘルメス?当然あなたの顔は忘れるはずもありませんが…」
「そうか!それは良かった!じゃあ話は聞いてもらえるね?とっても大事な話なんだ。君にとっても。ベル君にとっても…ね?」
「…なぜベルのことを…などと聞いても野暮なのでしょうね。あなたの前では」
「そうだねぇ。俺が知らないことはない…知れないことはない…そう君は思っておいた方がいいと思うぜ?」
「その大事な話…聞きましょう」
早々にベルの名を持ち出してきた時点で私は神ヘルメスへの詮索が無意味であることは明白であった。よってその神ヘルメスの言う『大事な話』へと話を移す。
私の素直な反応に神ヘルメスは待ってましたとばかりに頬を歪めると、続きを話し始めた。
「リューちゃん…君とベル君のことは大体俺も分かってるんだ。君達が交際していて、子供までできたこと。ダンジョンの…それも【深層】で子作りなんて偉業俺は今まで聞いたこともない。もうオラリオの神々の間では噂になってるぜ?それこそオラリオ中に広まるのも時間の問題かもなぁ」
「なっ…どうしてそこまで漏れて…」
「だから言ったろ?俺の知れないことはないってね。心配しなくても君の友人は誰も裏切ってない。アミッドちゃんの治療院のカルテをちょっと覗かせてもらっただけさ」
「…私達の【深層】での行いが…オラリオ中に…はは…ははは…」
「…ってこれは本題じゃない上に何故か俺の予想とは反応が違うような…」
それは衝撃的かつ愕然とせざるを得ない事実であった。
…私とベルの【深層】での行いがオラリオの神々に知れ渡り、遠くないうちにオラリオ中に拡散される…
その行いは夢の中で輝夜が『淫乱』と評した行いであり、エルフとして醜聞以外の何物でもない噂である。
広まった醜聞のお陰で私とベルは外に出る度に奇異の視線に晒される。
それだけでなく私の生存を知らしめることにも繋がり、再び命を狙われるようになりうる。
これが…私とベルが交際したことにより生じてしまう障害…
それは当然私に動揺をもたらし得る事実であった。
だが…今はもう違った。
ベルは私と共に茨の道を進んでくれると言ってくれたのだ。
ならば…
奇異の視線や命を狙われることは大きな問題ではない。
もしベルとお腹の中の子供の幸せの障害となり得るならベルと共に対処を考えてばいいだけのこと。
あるのは…かなり重めの恥だけ。
これくらいなら私もベルも耐えられる…はず。
定期的に恥ずかしさのあまり悶絶する羽目になりそうだが…死にはしない…はず。
よって私は恥という意味では耐えきれずとも、絶望や動揺という意味では心が揺らぐことはなかった。
だから頬が熱くなり、ベル以外には見せられない表情になろうとも絶望で表情が歪むことだけはなかった。
…それになぜか神ヘルメスの方が困惑しているのは何故だろうか?
と恥に耐えつつ思っていると、神ヘルメスは恐らく私のせいで途切れた話を再開した。
「それで…だ。子供ができたことには素直に祝福の言葉を贈ろう。おめでとう」
「ありがとう…ございます」
「でもね?リューちゃん?君は少々やってはいけないことを繰り返しているのに気付いていないようなんだ」
「やっては…ならないこと?…私が何をしたと言うのです?」
神ヘルメスがサラリと祝福してくれたのに礼を告げたものの、次の瞬間に神ヘルメスは目を細めてそう告げる。
『やってはならないこと』
そんなことに身の覚えもない私は警戒を抱きつつ首を傾げ問い返す。
神ヘルメスが告げたのは私の全く知らぬ事実であった。
「…今から少し前…実は都市が滅亡の危機にあってオラリオ中のファミリアが動員されただろう?」
「…え?そうだったの…ですか?」
「それさえも知らないのかい…まぁ当然か。リューちゃんがベル君を離さないために治療院で面会謝絶にしてた時期だからね。お陰で俺はベル君に協力してもらおうと思ったのに怪我の回復が第一の優しいアミッドちゃんに断られてしまってねぇ…ベル君はこの戦いで英雄になる機会を逃してしまったんだ」
「…はぁ」
神ヘルメスは情緒豊かにそう語る。
だが…私は適当な相槌以上を返すことができなかった。
…都市の危機があったと言われても治療院には騒がしい日が数日あった記憶があろうとも、私達がいた病室には特に情報は届けられていなかった。お陰で私は実感する余地もない。
その上面会謝絶にしたのは私ではなくベル。
…確かに治療院で私はベルの手を握り出来るだけ離すまいとしていたが、神ヘルメスの言う意味とは程遠い。
怪我の回復を優先するのも道理で怪我にも構わず戦いに巻き込もうとすることこそ道理が通らない。
…ベルに私の体調を酷く案じさせてしまった今だからこそ思えること。
今ならばその戦いに協力を求められてもベルに断らせ私自身断ることができると思えた。
一番大切なのは私とベルの愛。
私達の
…同じ状況を経験していないせいか全く私の心に響かない神ヘルメスの言葉に私がポカンとする中、神ヘルメスは調子を変えずに語り続けた。
「…まぁ俺としてもあのタイミングで
「それが…何か?」
「何か?じゃないよ!リューちゃん!ベル君は英雄になるんだ!『最後の英雄』に!なのにこんな所で立ち止まってどうする!?いくら女の子のためだからってこれはいけない!このままではベル君は『最後の英雄』になれない!」
「…はぁ」
神ヘルメスの熱い語りに全くついて行けない私は適当な返事を返す他ない。
…何をこの神は熱く語っている?
つまり…
ベルがダンジョンに行かないのが気に入らない?
ベルが半分冒険者をやめているのが気に入らない?
ベルが英雄になれないのが気に入らない?
そうぼんやりと神ヘルメスの語りの意味を私が把握し始める中、神ヘルメスはこの語りの趣旨をとうとう叫んだ。
「リューちゃん。君はベル君が英雄になる道を妨げている!君はベル君の将来の邪魔をしているんだ!」
ベルの将来の邪魔…
その言葉は流石に私の心にも響く。
私自身が以前そんなことを考えたことがあったから。
だが今はもう違った。
だから私が言うべきことは…神ヘルメスの思惑であろうこととは正反対のことであった。
「だから何ですか?言いたいことはそれだけですか?」
「…え?」
今度は神ヘルメスがポカーンと口を開ける番になったようだった。
そして語る番は私に巡り、私は淡々と語り始めた。
「まず聞きましょう。ベルがいつ英雄になりたいと言いましたか?神ヘルメスにお節介を焼かれてまでして英雄になりたいといつ言いましたか?」
「それは…ね?リューちゃん…」
「残念なことに私は知りません。確かに私は【深層】から戻って以来何度も何度もベルの想いを確かめ、勘違いを繰り返し、間違え続けました。ですがようやく私にも分かったんです。ようやくベルの本当の願いが分かったんです。今の私はそう信じてるんです。何がベルの本当の願いか分かりますか?それが少なくとも『英雄になること』ではないのは間違いありません。それは完全なる神ヘルメスの勘違いです」
「なぜそう言い切れるんだい?」
「なぜ?そんなものベル自身の口から聞いていないからです。面会謝絶をしたのが他ならぬベルだからです。ダンジョンに行くのをやめることを提案したのが他ならぬベルだからです。私との同居を勧めたのが他ならぬベルだからです。神ヘルメスはそれを何一つ知らなかった。にも関わらずどうしてベルが英雄になりたいと願っていると言い切るのか私の方が理解できません」
私は神ヘルメスの論理を一刀両断した。
ベルの願いが『英雄になること』ではない。それは間違いのないことであったから。
そして今の私にはその代わりのベルの願いが…ベルの
「今の私は知っています。迷走を繰り返した末にようやく辿り着きました。ベルの願いは…ベルの
「はは…まさか…ベル君はずっと英雄になりたいって思ってるに…」
「だからなぜあなたが決め付けるのですか!!まさか私よりもベルへの愛が強いと気取るつもりですか!?私を愚弄しているのですか!!それだけでなくその英雄という称号が私以上に愛されているとでも言うのですか!?ふざけないでください…私とベルを繋ぐ愛と我が子以上に大切な存在があなたとベルの間にあるとでも言うつもりですか!?」
「リュッ…リューちゃん?」
頭に血が昇っていた。
相手が神だろうと関係なかった。
一々口を挟んでくる神が忌々しかったから。
今更のように古傷を抉ってくるのが煩わしかったから。
私は怒りに任せるままに爆発した。
「ええ!確かに私は過ちを散々に繰り返し、ベルを傷つけました!ベルにじゃが丸君さえも振る舞うことのできないポンコツ糞雑魚エルフです!今のままではベルの婚約者としても我が子の母親としても失格になりかねない状況でしょう!」
「じゃ…じゃが丸くん?」
「その後悔は私の心から一生消えないでしょうし、ベルも忘れることはないでしょう…私がこれから相応しい力を手にすることができるかさえ分かりません…ですが!!そんな暗い過去があるからこそ私はより奮起できる!私はより正しい選択を選ぶために熟考することができる!無力であるが故に努力を忘れない!私はベルと我が子のために最善の選択を選び取る!私はベルにずっとそばにいると約束しました!私はベルを茨の道へと巻き込む覚悟を決めました!私はもうイチャイチャだろうとラブラブだろうとベルを全力で愛する決心をしたのです!その私の約束と覚悟と決心にあなた如きのお節介が敵うとでも!?」
「いやぁ…それは…というかリューちゃん色々凄いこと言ってるような…」
「まさか!確かに私はベルに嫌われる危険は多々抱えているような最低な女です…ですが少なくとも神ヘルメスにベルへの愛で劣るとは思いません!なぜなら私とベルには我が子という私とベルの愛の象徴が存在するから!我が子がいる限り私達の愛は不滅です!あなたがそんな私の愛に及ぶとでも!?」
「だって俺男神だし流石に子供は…」
「黙ってください!ともかく!愛するベルのため!ベルとの間に恵まれた大切な我が子のため!私は二人を幸せにするために全身全霊をもって臨む!私はこの身に宿す全ての愛を二人に注ぐ!それが私の約束であり覚悟であり決心です!それを汚すなら…私はベルの婚約者として…ベルとの間に恵まれた我が子の母親として…果たすべき責務を果たします」
「果たすべき責務…リューちゃん…その目はなんだい…まるで神であろうと殺しちゃいそうなハイライトの消えた目は…いいのかい?そんな目を向けて…というか果たすべき責務って…」
神ヘルメスは恐れを隠そうとするように頬を歪める。
だが今の歪んだ笑みはもはや私を動揺させるためには何の役にも立たなかった。
…さっきからこの神は何を言っているのだろうか?それぐらいのことしか考えられなかったから。
適当な返事ばかりで碌に私に返事も返せず。
所詮ベルへの愛では私には到底及ばぬことの証明。
ベルの願いが分かるなど聞いて呆れる。
確かに私はベルの考え全てをベルのように読み取れる訳ではない。
だが流石の私もベルの考えと行動の核心は既に理解している。
ただもっとベルのことを理解したいと願い、ベルの好物を当てようと努力しただけのことで。
ベルの考えの核心を理解している以上私が為すべきことは明白。
私もそのベルの考えの核心を共有し、同じ結論を導き出さなければならない。
私がベルの私への愛に劣らぬ愛をベルに捧げていることを証明するために。
かつてベルがミア母さんに『荒技』を使ってでも私の幸せを守ると言ってくれたように。
今度は私が神ヘルメスに同じ覚悟を言い放った。
「言うまでもないでしょう?神ヘルメス?ベルと我が子の幸せの障害となりうる神相手ならば…神殺しの大罪も辞さないという意味です」
「リュ…リューちゃん…まっ…真面目に言ってるのかい?」
「真面目も何も婚約者として母親として妻として夫と我が子の幸せを守るのは当然では?」
「いやぁ…それは流石に…」
「第一にベルも同じ覚悟を抱いていますので私が許してもベルが許さないように思えますが?」
「はは…ははは…冗談だろう?リューちゃん?冗談だろう?ベル君?はは…じゃあどうなるんだい…英雄は…世界を救う『最後の英雄』は…」
神ヘルメスは引きつった笑顔で放心しかけているかのよう。
だがそんな神ヘルメスの相手をこれ以上する意味もなく。
恐らくベルもじゃが丸君を買い、神ヘスティアを連れて戻ってくるはず。
…英雄云々の話はともかく神ヘルメスに妙な形で私とベルが目をつけられてしまっている可能性があることはベルに伝えなければ。
そう結論を出した私はもう次の行動を起こしていた。
「ということですのでお引き取りを。念のため繰り返し言わせて頂きますが、ベルと我が子の幸せの障害になるならば一切の情状酌量の余地はありませんので」
「ちょっ…でっ…!?いだぁぁぁ!?指が指がぁ…!?指取れちゃうリューちゃん!?」
「…この際やり過ぎも致し方ありません。引き抜いてください」
「Lv.4の力で締められたドアからどう指を引き抜けと言ってるんだい!?リューちゃん!?」
…色々閉じられた扉の外で雑音が響きかせながらも。
「あともう一つ!!リューちゃんをシャクティちゃんが探してるぜ!?君達シャクティちゃんに居場所を伝えてなかったんだろ!?それをついでに伝えようとして来たのに!?」
…さらにもう一つ頭が痛くなる厄介事を私に思い出させながらも。
神ヘルメスはようやく私とベルの愛の巣から立ち退いてくれたのであった。
色ボケリューちゃんの愛の力に翻弄されるヘルメス様。…指取れてますよね。普通。リューさんもちょっと加減したんですよ。…多分。
本当はリューちゃんの精神的動揺を誘いベル君とリューちゃんを引き離すつもりが、リューちゃんの愛がここぞとばかりに爆発するという逆効果によって敗退。
色ボケリューちゃんには神ヘルメスの欲望なんか通じませんでした。
これも下界の可能性ですね⭐︎
リューちゃんは神の予想を越えました!リューちゃんはその魅力で女神を余裕で超えるので当然と言えば当然ですね⭐︎
…マジで何しに来たんでしょう?この男神…
なんかセールスに来て変な言葉を囁く男を追い返しながら夫の帰りを待つ主婦みたい…?(違うようで正解のような気がする作者)
ま、今回はあっさり撃退です。
…と言いつつこの男神諦めが結構悪い上に陰湿さがあるのでここでは終わらないんですが。
今作での現状の敵役は(一応)ヘルメス様です。恋敵達ではありません。…ある意味ヘルメス様も英雄のベル君に恋しているようなものなので恋敵かもですが。
さて今作のベル君は英雄になる気がないとリューさんには語って頂きました。
実際問題は『リューさんの』英雄なんですが、あえて一度も言及していません。
まぁ理由としてはリューさんが『正義の使徒』であるのを辞めたようにベル君には『最後の英雄』を辞めてもらいたいから。(ここは現状リューさんの解釈ですのでもう一度ベル君自身に語って頂きますが)
ヘルメス様の期待が予言に類する物と言うならばスターウォーズのアナキン・スカイウォーカーのような決定的な解釈違いも当然存在する訳です。
だから今はベル君には『最後の英雄』を辞めてもらいます。そのために外伝12巻の戦闘からもダンジョン探索からも退いてもらってます。
…まぁ外伝12巻の戦闘から退く羽目になったのは今作の趣旨がその戦闘と完全無関係になったからですけどね。初期構想ではしっかり参戦する予定でした。そして闇派閥とフィルヴィスと絡めて…だったという過去をここに記しておきます。