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シャクティへの相談から二日が経った。
だが私とベルは未だ対策を決定するには至っていなかった。
シャクティの提示した案は三つ。
一つ目は神ヘルメスの介入を防ぐためにベルがダンジョン探索を再開すること。出産後にでも探索に私も同行するようにすれば私の名誉も長期的にはその貢献度で回復される余地がある…と。
二つ目は【ガネーシャ・ファミリア】に協力して治安維持に貢献すること。私の名誉回復だけでなくベルの貢献も示せるため、神ヘルメスの態度も軟化する余地がある…と。
三つ目はダイダロス通りにひたすら息を潜めて暮らすこと。神ヘルメスの動向は読めないが、軽挙妄動を慎めば私の生存の噂が拡散されるのを少しは防げるかもしれない…と。
これら三つのどれかに、という決心が私にもベルにもできなかったのである。
そうして二日間も二人でずっと一緒に家で過ごしたにも関わらず本格的な詮議もせずに時を浪費した。
ただただ二人肩を寄せ合って今の幸福に身を浸し、現実から目を逸らしていたのである。
それほど私とベルにとって今の二人だけの生活は幸せで甘えたくもなるもので…そして絶対に壊したくないものだった。
シャクティの提示した三つの案はどれを取ってもこの生活を必然的に破壊してしまう。
だから私もベルも決心を渋るしかなかった。
だが目を背け続ければ、何の対策も取れないまま最悪の事態を迎えるのは想像に難くない。
これまでなら私一人の命だといい加減に自暴自棄といっても過言ではない考え方で行動できた。
しかし今は大切な婚約者であるベルがいる。私のお腹の中には大切な我が子がいる。
そんな乱雑な考え方を採用するなど言語道断だった。
この事態に陥った原因の大半が私にある以上現実から目を背けるなど論外だった。
そう思いつつも話を切り出すための一言を告げられず…私は短期的には有意義で幸せでも長期的には無意味で破滅へと無為に転がり落ちる二日をベルと共に過ごしてしまった。
だがこれ以上の時間の空費は流石にまずい。
ようやく決心を下すための覚悟を決めた私はとうとういつも通り私の隣でマグカップ片手に朗らかな表情をしているベルに話を切り出した。
「…ベル?これ以上決心を遅らせるのは望ましくありません。だから…」
「まだその話はやめておきませんか?リュー?僕はもう少しだけ…もう少しだけリューと何も考えずただただ二人で何気ない日常を過ごしていたいんですが…」
ベルは私の切り出そうとした話題を理解した上で首を振り、私の肩に自らの頭を預けて甘えるようにそう呟く。
その呟きに私の覚悟が揺らがぬはずがない。私だってベルと一緒に何気ない日常を過ごし続けたい。
だが…そんな甘えを抱き続ければ、私達三人の未来はより暗いものになっていってしまう。
私達の大切な
私はベルへの愛もベルとの愛の証明である我が子も失いたくない。
だから心を鬼にしてベルの誘惑を拒絶した。
「…ダメです。今この時間で決心しなければ、
私はその言葉と共に
今の私が両手で今触れることができている
私はその覚悟をできる限り身ぶりでベルに伝えようと試みる。
するとベルは小さく溜息を吐いた。そして左手は私の腰に手を回し、マグカップをそばに置いた右手は私のお腹へと伸ばし、ベルは静かに言った。
「…すみません。リューの言う通りそろそろ決心しないとダメですよね。つい甘えてしまいました。この何も考えずにただただリューと二人で過ごせる時間が幸せでつい…」
「それは私も同じですよ。ベル。私もできることなら悩みなどなくベルと二人で過ごす時間を大切にしたいのです。…ですがそれが叶わぬ苦難が目の前にある以上私達は目を背けるわけにはいかないでしょう」
「その通りです。…その通りなんですが…シャクティさんの提案はどれも僕達には受け入れがたい…そういう結論が出てましたよね…?」
「うっ…」
決心をするための覚悟はできていた。
だがどの提案を選び取るかという意味では全く決心の準備が整っていないというのが私の心の中の実情。
決心の準備も整えずに覚悟を決めた私とは違い、決心をすると覚悟を決めた以上ベルはシャクティの提示した案の問題の核心へと話を進めた。
「まず一つ目の提案ですが…ダンジョン探索の再開は論外です。リューを置いてダンジョンに行くなど考えられませんし、リューの同行も…」
「お腹の子の安全を考えれば論外…その意味で治安維持への貢献もあり得ません。そもそも同じ過ちを繰り返すなど…あってはならないことです。治安維持に関しては検討にも値しないと言うべきでしょう」
「…結局一つ目も二つ目も論外ですよね?」
私とベルの考えは最初から一致していた。私のお腹に子供を宿している時点で二つとも現状では論外なのである。
確かに一つ目の提案はとりあえずベルだけダンジョン探索を再開すれば神ヘルメスの余計な動きは防げるのでは…とシャクティが言ったものの、ベルは断固として拒否し話は流れた。
私も自らのこれまでの軽挙妄動がベルに如何に心配と不安を与えていたのか深々と反省する身であるためその拒否を窘めることもできず。
現状では私とベルが一緒に行動し続けることがベルの心配と不安を取り除くのに一番適切という判断の元私はベルの考えに賛成した。
二つ目に至ってはこれまでの私の軽挙妄動の根本的問題である時点で私にとってもベルにとっても論外であった。
それで残るのは三つ目の提案なのだが…
「それに息を潜めてって…僕達今もダイダロス通りに住んで息を潜めてますよね?何をどう改善すればいいんですか?」
「…市場などダイダロス通りの外に出向くな…ということでしょうか?しかしそれでは私達は生活することさえできませんよ?」
「「…」」
三つ目は…改善点自体が私達に見えてこない。つまり無策と同じのように感じられること。
これは第一前提として提案として数えられるのか自体が私の中で疑問だった。
「…やっぱり僕達がイチャイチャするのが目立つのがダメなんですかね…?確かに視線とかは結構感じますし、そのせいで息を潜められてないとシャクティさんは解釈してるんですかね?」
「それは…私への気遣いがいつも満ちていて…さらにいつもは私を時にはカッコよく守り、時には厳しく諭してくれるのに、唐突に可愛さまで見せてくれる…そんなベルの姿が周囲の視線を集めているのではないですか?」
「ちっ…違いますよ!モンスターや悪人の前では凛々しく木刀を振るっているのに、僕の前ではすっごく照れて可愛さを振り撒いているリューが周囲の視線を集めてるんです!リューの凛々しさと可愛さのギャップのせいです!」
「なっ…ベルの魅力の方が視線をっ…!」
「いえいえ!リュ―の魅力が視線を!」
ベルが息を潜めて暮らせず目立つ理由があるのでは?と指摘し始めるも盛大に脱線を開始する私とベル。
辿り着いたのは私とベルのどちらの魅力が視線を集めているかという論点。
そんな論点で論じ合えば、互いの魅力を語り合うという事態に繋がり…
…自らが口走り相手の口走った甘い言葉の数々を前にお互いに時も経ずに恥ずかしさで撃沈した。
そんなハプニングのせいで議論は見事に数分間途絶した後、耳の先まで赤く染まったベルがぼそりと話を再開した。
「…ともかくリューの魅力を減らさせるようなことも僕のリューへの愛を伝えるための行動も絶対やめたくありません」
「…同感です。ベルの魅力を減らす方法があるとは思えませんが、私もベルに愛を伝えないようにするなど考えられません」
「誰かに僕達の愛に水を差されたくないですもんね」
「それに…愛を伝えるのをやめた結果私とベルに万が一が起きる危険性を考えれば…論外です」
私の脳裏に浮かんだのは『人助け』を優先するあまりベルへの愛を伝えることを怠った忌まわしき過去。
あの過去を繰り返さないために私は精一杯いつでもどこでもベルへの愛を伝えようと決めた以上、その愛情表現を怠るなど論外。
それにベルの言う通り他人に私達の愛に水を差されることもあり得なかった。
ただそういう結論に達すると…
「…どの提案も受け入れられない…という結論に前と同じように達しますよね?リュー?」
「うぅ…」
ベルの導き出した結論に私は反論もできない。
…結局のところ私もベルも決心ができないのだ。
その決心をするには何かを諦める必要があって。
そしてその何かを諦めてしまえば私達の幸せな今は失われる。
それだけは私もベルも許すことができない。
こうして振り出しにまた戻ってきてしまった私達。
流れるように沈黙に陥ってしまう中私は現実逃避するように遠い目で呟いた。
「…本当は近いうちに落ち着いた状況で結婚式をまず挙げたかったの…ですがね」
「結婚式…ですか。落ち着いた状況なら確かにすぐに挙げるための準備もできたんでしょうけどね…ちなみにリュー的には結婚式の要望とかってありますか?」
「できれば…誰もいない夜の森で二人きり。月に私達の永遠の愛を改めて誓い合う…というのが良いのですが…」
「ははっ…とってもロマンチックでいいですね」
「ちょっ…ベル?あなた馬鹿にしてませんか?」
「ちっ…違いますよぉ!ただリューらしいと言えばリューらしくて…」
私が触れたのはシャクティとの話でも出ていた結婚式に関して。
もしこのような困難な状況に置かれていなければ、結婚式もすぐに挙げられていただろうに…と私もベルも思わずにはいられなかったのだ。
そしてベルが尋ねてきた私の要望に私は真面目に答えたにも関わらず、ベルは面白おかしそうにくすくすと笑い出す始末。
その様子に私は少し不満で膨れ面になるも、ベルは笑い続けたまま話を続けた。
「そうですか。夜の森で月に僕達の永遠の愛を誓う…絶対に忘れられない結婚式になりそうですが…でも
「森なら十八階層に…」
「でも月は見えませんよね?」
「…確かに。ただ十八階層には仲間達がいるので、そこで密かに結婚式を挙げたい…という気持ちもあります」
「…そうですね。なら十八階層で結婚式というのもいい案ですね。考えてみましょうか」
…私のかつての大切な仲間達が眠る場所。
十八階層で結婚式という形で私とベルが愛を誓い合うというのはとても魅力的に映った。
そういえばベルと結ばれ我が子を授かってから未だ私は十八階層に出向いたことはない。
確かに夢の中でアリーゼ達には色々言われはしたが…やはり私は彼女達の前で色々と報告しておきたかった。
私はベルと我が子という大切な存在に恵まれて幸せになることができた、と。
あなた達とは違う
それで当初私の話した構想からは外れるものの、私はついつい実現したいと思ってしまう。
その気持ちをベルは察してくれたようで微笑みと共に頷いてくれる。
さらにベルはちょっと恥ずかしそうに視線を逸らしつつも魅力的な提案まで加えてくれた。
「結婚式を実際に十八階層で挙げられるかはともかくとして…十八階層に一回お忍びで行きませんか?デートも…兼ねて」
「ふふっ…そうですね。是非行きたいです。結婚式の下見という意味でも。十八階層ならデッ…デート場所として…相応しいでしょうし」
そうして流れに任せてとばかりに十八階層にデートに行くことを約束として成立させる私達。
未だに『デート』という言葉を口にするだけでも恥ずかしさがこみあげてくるが、デートに行きたいという気持ちは私とベルの間で言うまでもなく一致していたためすんなりと話は進んでいった。
「ちなみに森があって月が見える場所はどこにあるんでしょうね?」
「私の記憶の範疇では
「ん?
「ベッ…ベル!?一体どうしたのですか!?」
私の話した条件の揃った場所を考えているだけのはずのベルが唐突に叫び出しながら勢いよく立ち上がる。
ベルの不可解な反応に私は戸惑いを隠せずにいる中。
ベルの頭には天啓が舞い降りていた。
「そうです!そうですよ!!
*この時期妊娠中のリューさんは無茶は禁物という話はありましたが、誰もダンジョン探索を禁止と言及したことは多分ないと思います。実際問題不安要素は少々あると言えましょうが、仕事等にリューさんが取り組むのは多少問題ないというのが作者の見解です。あくまで問題化した当時は無茶をして疲労を蓄積していたという失態あってのアミッドさんの厳重注意ですから。
その辺りをベル君もリューさんも場合分けもせずに自らの都合の元禁止と思い込んでいる節があるということは言及しておきます。そうであるが故のダンジョン探索は禁止なのに十八階層デートが認可されるという意味不明な矛盾です。根拠なき矛盾は当然解消すべきですが、作中で言及した通りベル君の過保護とリューさんの不安が大きな要素として働いてるので改善は厳しいかもしれません。
尚リューさんがダンジョン探索に同行すればベル君とリューさん常時一緒も達成できるという発想もあるんですが、リューさんは死人認定という点がまた面倒を引き起こします。名誉回復の余地があるとシャクティさんは言いつつも生存が発覚する高リスクと天秤に吊るしてどうなるか…程度。ボールスさんのような賞金狙いの連中との接触を現在以上に高めるのはあまり良い策ではないと言うべきでしょうね。生活基盤は確かに冒険者はダンジョン探索ですが、同業者との接触は望ましくないでしょう。(だからどうして十八階層デートは許されるの?はツッコミ禁止)
シャクティさん的にも(
よって第四の策以外の策を作者自ら葬ってしまっていたと言うべきかもしれません。
さてそういった重たい話はこれくらいに…
『誰もいない夜の森で二人きり。月に私達の永遠の愛を改めて誓い合う』
ダンメモのサイドストーリーの影響で一段と有名になった感もありますが、初出は原作特典だったり過去のダンメモのウェディングイベントで触れられたりと結構前から知られてはいた気がします。
にも関わらず私の長編小説で実現したことがない!結婚式を二度も扱ってるにも関わらず、です!…どちらも物語の流れに多大な影響を受けて場所が選定されたという事情があるからですが。一応短編で一度扱いはしましたが、テーマが微妙だったんですよね…
ということで今回はリューさんの夢を実現する方向で進めていきたいと思います!
十八階層デートも決定です。まぁリュー×ベルの十八階層デートは定番中の定番な気もしますが。
ともかくリュー×ベルの進退も見出されました。
意図的に設定されて、とは言え第四の道です。そしてこれまでの困難の前提を全て破壊しうる強力な道です。
…まぁ後々言及しますが、お察しでしょうがこの第四の道は尋常じゃないほどガバガバです。()