励みになってます!
「…」
「…」
夜の森の中。
リューと僕は粛々と野営の準備を進めていた。
…ただし奇妙な沈黙をリューと僕の間に漂わせつつ。
「…」
「…」
二人の共同作業で準備していたテントが立て終わる。
そうなるとあとは二人でテントに入って寝るだけ。
リューの仲間の方々のお墓を訪ねる以上のプランが十八階層の森の散策以外特にない僕達に残された目的はそれしかなかった。
ただ二人揃って視線を交わすこともできず、テントが立て終わったのにそわそわとテントの入り口近くで立ち尽くすという意味不明な状況に陥る。
…そう。リューの仲間の方々のお墓でのことが問題なのだ。
…最初のうちは何にも問題はなかった。普通のお墓詣りで二人で皆さんに挨拶をして回っただけ。
ただその後のリューによる僕達の愛を皆さんに証明するためにキスしようという発想が少々まずかった。
その時の僕は気付くことはなかったが、そのキスは今日初めてのリューとのスキンシップ。
僕がダンジョン探索中から欲求不満で妙な考えに走ってしまうほど待ち望んでいたスキンシップ。
それをリューが自ら要望してくれた。
そうなると本当に最初の一瞬は自制心もあったが…
自制心のもたらした僕の遠慮の一言がリューのおねだりを引き出してしまった。
リューのおねだりの貴重さと可愛さはもう言葉では表現できないほど。
ということで僕の自制心は瞬時に爆砕し、僕はリューとの待ち望んだキスを思う存分堪能する方向へと驀進した。
…それからの時間の経過の記憶が僕には全くない。
気付いたら僕とリューの間の地面には大きな丸い濡れた跡ができていて。
これだけで何と言うか如何にリューと僕がキスにのめり込んでいたか分かるような分からないような…
さらに言うと気付いた理由、つまり僕が我に返ったのもリューが唐突にキスをやめたからという受動的な理由で。
僕がリューのくれる温もりを渇望していたか分かるような…気がする。
その時僕はあまりに唐突過ぎて思わずリューの温もり欲しさに吸い付くようにリューとの距離を縮め直そうとした。
だがリューの手のひらに見事に止められてしまう。…見事に僕の鼻をリューの手のひらに押し潰されながら。
そうして何事かと思えばどうやらリューはモンスターの殺気を感じていたようで、瞬時に腰に差していたリューの愛用する小太刀双葉を投擲していた。
そんなリューの瞬時の対応のお陰で万事解決。
それから滞りなくリューと僕の温もりの交換を再開できる…という風にはいかなかった。
なぜならリューもまたモンスターのせいで我に返ってしまったから。
リューの投擲した双葉がモンスターを灰に変えてから、二人して視線を送るのは僕達の激しい激しいキスを見守っていたであろうリューの仲間の方々のお墓。
別にお墓がいきなり話し出すとかそういうことはない。
お墓に見られたという表現もどこかおかしい。
だが愛を証明するため…というにはあまりに激し過ぎるキスを見せてしまった気がする…というのはリューと僕の間で瞬時に共有されていたらしい考えで。
顔を見合わせた時には羞恥心に完全に飲み込まれていた僕達の動きは早かった。
即座に二人して荷物をまとめたリューと僕は逃げるようにその場を立ち去った。
だが羞恥心から逃れられるということはそれこそ記憶を消しでもしない限り無理な話で。
僕達は羞恥心に憑りつかれ、二人してやらかした行為に悶えつつ無言を貫き通すことしかできなくなった。
何かお互いにきちんとした会話を始めてしまうと、どうしてもそこで行った激しい激しいキスの話に至ってしまいそうだったから。
結果僕達は野営地探しの間も野営地の準備の間も沈黙と一定の距離を保ちながら行動する羽目になった。
そうして時を過ごしてきたのだが、もう限界。
テントはここまで二人で運べる量の影響で一つだけ。
つまりはリューと僕は同じテントの中で寝なければならないということ。
そして加えて言うとこのテント凄く小さい。
二人で入るのもギリギリなくらい。
…もう距離が取ることができないということ。
そのため二人してテントの入り口近くでそわそわするという意味不明な状況に陥っていたのだ。
だがこのまま一晩中立ち尽くしている訳にもいかず。
僕は意を決してリューに話しかけようと試みた。
「「あっ…あの!」」
見事に被るリューと僕の声。
…どうやら心が通じ合っていると、空気を変えようとするタイミングまで被ってしまうらしい。
だがこういう時に被ってしまうと思わず黙り込んでしまうもので。
そこまで心が通じ合っているせいで二人して再び黙り込み、結局沈黙に逆戻りする。
とは言えそのまま黙り込み続ける訳にもいかず、今度は被らないようにと願いつつもう一度僕から話を切り出そうと試みた。
「…テントに…入りませんか?そろそろ寝て休まないといけないですし…」
「…そう…ですね…」
最初の切り出しは成功した。
僕のたどたどしい提案をリューは言葉を途切れ途切れにはしつつも即座に受け入れてくれる。やはりリューも同じ提案をさっきは言葉にしようとしていたのかもしれない。
そうしてようやくテントの中に入ったリューと僕。
テントの中には事前に二枚の毛布が準備してあって、寝る時に心地悪くないように敷物も敷いてある。
だから寝る準備は整っている。ということでテントのドアの布を下ろして、完全に真っ暗闇になるテントの中。
僕もリューも無言のまま自分用の毛布を被り、目を閉じて眠ろうとするも…
…眠れる訳がなかった。
隣にリューがいる。
それもついさっきあれほど激しいキスを交わしたリューが…
そう考えると、妙な興奮を覚えてしまって眠ろうにも眠れない。
それに僕にはダンジョンの『朝』を迎える前に…というか地上へ戻る前の十八階層にいる間にリューに渡したいものがあるのに…
眠れないのだから渡す好機だというのに僕はこれまた例の妙の興奮のせいで上手くリューに声をかけることもできないでいる。
…言うなればテントの中に誘うのが僕にとっての限界だった。
結果僕は迷いを抱きながら時間を無為に過ごすという事態に陥っていると、リューがぼそりと呟いた。
「…起きていますか?」
「…えっ…はい。おっ…起きてます」
僕に代わって勇気を振り絞ってくれたのはリューであった。
「…眠れそうですか?」
「いえ…その…はい…まだ眠れなさそうです」
「…分かります。私もすぐには眠れそうにありません。その…理由は…言わなくてもいいですよね?」
「はい…大丈夫です」
僕はリューの問いに躊躇しつつも素直に眠れずにいることを同意する。…ただどうやらリューも眠れそうにないようで。
…僕達の間で眠れない理由はもはや暗黙の了解なのでお互いにそれ以上追及することは控えた。
するとリューは付け加えるように言った。
「もし眠れないならば…しばらくテントの中から空でも見上げませんか?ご存じでしょうが、十八階層の夜空はとても綺麗ですから」
「そう…ですね。そうしましょうか」
リューが提案してくれたのは夜空を眺めること。
どちらにせよ眠れない上にまだやり残したことがある僕が断る理由もない。
僕はリューの提案を受け入れ、自らの身体を起こした。
そしてテントのドアの布を捲り上げた僕はその近くで腰を下ろそうとするも…
「…これだとすごく見にくいですね…」
「…それは…気付きませんでした」
…テントが小さ過ぎて僕が正座しただけでも視線がテントに遮られるという想定外。
それには同じように身体を起こして夜空を見上げる準備を整えようとしていたリューにとっても同じだったよう。
「なら…寝そべりながら…というのは如何ですか?」
「ねっ…寝そべりながら…ですか?いっ…いいですね!そうしましょう!」
僕は思わず唾を呑む。
二人で寝そべりながら夜空を見上げる。
シチュエーションがそう表現して想起するだけでも何だか僕には非常に魅惑的に聞こえた。
これは尚のこと僕のやり残したことを果たすための雰囲気として最高なのでは?
そう思い至って早々に心が昂り始めた僕は上ずった声で即座に受け入れる。
そんな僕の反応にリューは驚きで一瞬目を丸くしたものの、すぐにふわりと微笑んでくれる。
そうしてリューも僕も姿勢を変えるべくごそごそと動く。
こっそりと自らのバックパックをそばに引き寄せつつ、僕はリューの提案通り寝そべり肘をついた状態で夜空を見上げた。
視界に映るのは星のような僅かな輝きの光を示す水晶に彩られた夜空。
…ずっとリューの事ばかり考えて見ていたからほとんど気にしてなかったけど、とても神秘的で綺麗な景色であった。
ただやっぱり僕的には気になるのは夜空よりもリューであって。
僕は密かに窺うように横目でリューに視線を送る。
リューは僕が視線を送った同時に見計らったように呟いた。
「綺麗…ですよね?ベル?」
「えっ…はい。とっても綺麗です」
「…この夜空を見ると改めてアリーゼ達が命を落とした後に眠る場所に選んだ理由が分かる気がします。これだけ美しい景色を見られる場所で一生眠ることができるなら幸せ…そう考えることもできるのでしょう。今の私にはアリーゼ達の思いが…分かる」
「リュー…」
リューはどこか遠くを見るような表情で夜空を見上げる。
…また仲間の方々のことを思い出しているのだろうか?
…また過去の
リューの心情を慮ると、僕としてはあまりいい気分ではない。
今はリューと僕のデートの最中。
…なら僕のことを見ていて欲しい。
僕だけを見ていて欲しい。
あの仲間の方々のお墓の前でした僕達の愛の証明になる熱い熱いキスを交わした時のように。
なんて身勝手な考えを僕が脳裏によぎらせていると、リューはまるで僕の考えを読んだかのように話題を転換し始めた。
「ですが…私にとってこの夜空を通じて見出せる幸せはアリーゼ達とは違います。私はこの夜空に死後の安寧ではなく未来の幸福を見出したい」
「…え?」
「確かに月はありません。ですが…私とベルしかいないという条件と誰もいない夜の森という条件は整っています。だから私は…ここで改めて私達の永遠の愛を誓い合いたいと思いました」
「リュッ…リュー?」
「ベル…私はあなたのことを心の底から愛しています。だから…」
「ちょぉぉっと待ってください!!大変申し訳ないのですが、一回ストップで!」
「…ぇ?」
リューが顔色を青ざめさせる。
…リュ―の余計な不安を与えることになるのは分かりきっていた。
このタイミングで遮ってはまるでリューの求める僕達の永遠の愛を誓い合うのを断ると取られても仕方ない状況。
それでも僕はリューの言葉を一旦中断してもらうしかなかった。
なぜならリューの『だから…』の後に続く言葉は分かりきっていたから。
多分…『結婚しましょう』だった。
…リューはリューの望む条件が整ったこの場所で所謂プロポーズを実行しようとしていた。
だがその思惑は僕のやり残したことと見事に被っていて。
せっかくの準備を無駄にしては…と思ってしまった僕は思わずリューを引き止めてしまったのだ。
かと言って長い間リューを待たせれば余計な不安をリュ―の中で増長させるだけ。
そう思えば思うほど逸る僕は大慌てでそばに寄せておいた自らのバックパックを開けて、目当てのものを取り出した。
|もったいぶるようにここまでリューに見つからないように
「…すみません。リューのお言葉をお聞きする前に是非受け取って頂きたいものがありまして」
「…この花を…ですか?」
「リューとお供えの花を買いに行った際にこっそり買っておいたんです」
僕がリューの前に差し出したのは純白の一輪の花であった。
その花を前にリューの顔色は少し良くなりつつも、リューは唐突に僕が花を差し出したことへの理解は及ばないようで不思議そうに花を凝視する。
そんなリューに僕はなぜこのタイミングでこの花を差し出したのか説明する。
「そういえば…ダンジョン探索を終わったらお互いに御褒美を渡さないか…という話がありましたよね?」
「あっ…確かにそうです。ただアリーゼ達の前で御褒美はたくさん頂けたというかもうお腹一杯というか何と言うか…ぁ」
「リューッ…リュー!その話はっ…」
まずこの花はリューに御褒美のために事前に準備しておいたと説明するはずが…
…リューがあの時のキスの嵐を御褒美と捉えていると語りながら、見事にリューと僕両方の地雷を踏み抜き。
僕達の会話は自らの脳裏で描かれる恥ずかしい恥ずかしい回想によって途絶した。
お陰で会話を再開するにはしばらくの無言の時間が必要になってしまった。
「えっと…あーそれで…ですね?この花をリューに御褒美として差し上げたいんです。そして僕にとっての御褒美はこの花を受け取って頂くこと。それだけでいいんです」
「…え?しかしそれでは私からの御褒美としてはベルの御褒美とあまりに不釣り合いのような…」
「いえ、不釣り合いなんかじゃないんです」
リューの指摘を僕はゆっくりと首を振って否定した。
不釣り合いではないのだ。
なぜならこの花にもまた花言葉があって…
「この花の名前はフロックスと言います。また花言葉の影響を受けて…なんですが、花言葉は二つ。一つ目は『私達は魂で結ばれている』。僕達二人で共有する花として相応しいと思いませんか?」
「『私達は魂で結ばれている』…まさに私とベルの以心伝心な関係を象徴するような花言葉…流石ベル。そんな素晴らしい花言葉のある花を見つけてくださるとは…それでもう一つの意味とは?」
僕の教えた一つ目の意味に嬉しそうに微笑んでくれるリュー。
もうこの時にはリューの表情もすっかり不安の消えた温かみのある表情に戻ってくれていた。
それに安堵しつつ僕はリューの興味の示してくれたもう一つの花言葉を口にした。
「二つ目の花言葉は…『あなたの望みを受けます』…です」
「あっ…」
リューは瞬時に察してくれる。
僕がこの花を選んだ理由も。
リューの言葉を途中で差し止めた理由も。
僕は実は花屋さんで勤めたことがあるというリリからあることを聞いていた。
それは結婚前の男性が定期的にフロックスを買い求めに来るとのこと。
理由はフロックスの花言葉にあって、フロックスを贈ることには大きな意味があると分かった。
フロックスを贈ることは結婚の承諾を求めることと同義。
フロックスを受け取ることは結婚を承諾したことと同義。
このフロックスはプロポーズをするのにまさに相応しい花だったのだ。
確かに赤いバラを辺り一面埋め尽くすくらい目一杯用意するということも考えたけど、ダンジョンにこっそり持ち込むのは不可能で別の機会にと断念。
何より純白というのがリューに似合う気がしてこの花を即決してしまったのだ。
そして僕はこのデートをリューと決めた時点から結婚式は話を別としても少なくとも十八階層でプロポーズをしようと心に決めていた。
だから僕は事前に準備を進め、デートの実行にもこだわった訳で…
ただそのこだわりがリューからのプロポーズを衝動的に遮ってしまうというアクシデントを招いたのはまずかったと心の中で反省する。
よって僕はその反省を生かすためにも一つの提案をリューにすることにした。
「このフロックスは僕からしますが…そのプロポーズは一緒にしませんか?二人揃ってプロポーズする方が心が通じ合っている感じがあっていいような気がすると言いますか何と言いますか…」
「ふふっ…お気遣いありがとうございます。ではベルの言う通り二人で同時にプロポーズ…としましょうか?」
「…っ!はい!」
リューはリューのプロポーズを遮った償いとも言える気遣いに勘付きつつも微笑みと共に僕の提案を受け入れてくれる。
そうしてリューと僕はフロックスの花を間に挟み、お互いの瞳を見つめ合う。
同時にプロポーズのタイミングを合わせるためにお互いの口の微動さえも見逃さぬよう視線を送る。
リューの口が小さく開いた。
リューに合わせて僕も口を開き、そしてフロックスの花をリューの前に捧げる。
そしてプロポーズの言葉は紡がれた。
「「結婚しましょう。リュー(ベル)」」
交わされるプロポーズの言葉。
お互いに浮かべる一点の曇りもない笑顔。
その言葉と笑顔の生み出す甘く幸せで満ち溢れた雰囲気に心も身体も蕩けるような感覚を覚えながらもリューと僕は見つめ合う。
リューはすぐさまフロックスの花を受け取ってくれた。
そしてこの永遠の愛の誓いの象徴とも言える行為を求めてくれた。
「では…誓いのキスを…」
「そう…ですね…誓いのキス…しましょう」
それ以上の言葉はもういらなかった。
確認だけを済ませたリューと僕は見つめ合ったままゆっくりと距離を縮めていく。
寝そべっているという体勢の影響もあって距離を縮めにくい。
それでもゆっくりとゆっくりと距離を縮めたリューと僕の唇がそっと触れ合う。
お互いに伝わり合う暖かな温もり。
激しさは全くない。
静かにお互いの唇の感触を確認しあうだけのようなキス。
けれどそんなキスがもたらす幸福感もあの激しい激しいキスには全く遜色なかった。
それだけでなくずっと僕の中で消えなかった興奮がスッと消えていくような感覚まで覚えた。
今回の静かで優しいキスは何だか安らぎのようなものを僕に与えてくれたのだ。
それを感じたのは僕だけでなくリューもだったようで。
リューと僕は誓いのキスを終えた後は少し前までとは違った心地よい静けさの元でもうしばらく夜空を眺めた。
そしてお互いに目配せだけで就寝を伝えあった僕達は眠りに就くことにした。
その時はもう眠れないなんてことはなくぐっすりと熟睡することができていた僕であった。
二話連続キスまみれ!
ちなみに少し前に設定した今作の目標としてキスには24種類(まだ増える?)あるそうなのでリュー×ベルには是非ともコンプリートして頂きたいと思っております。
ちなみに言うと、前回のキスはバードキスで今回のキスはライトキスのつもりで描いております。
そしてプロポーズ回でもありましたね!
…え?もう婚約者だろって?
やはりね?プロポーズというものはきちんと『誰もいない夜の森で月に永遠の愛を誓い合う』という過程が必要だと思うんですよ。
もちろん結婚式は別腹で。ついでに言うと月に誓えていないので完璧な条件を探すべくリュー×ベルの旅は続いていく!!
あと言うと私の作品でダンジョンで眠りに就くと起きることと言えば…?(事前予告?)