唐突だが、レグの話をするとしよう。
思えば彼とまともに会話したのはリコが眠っていたレグを店に連れてきてから数日経った頃だったか。
「ヤーナムさんこんにちわ!」
正午付近という事もあり、客足も減ってきた頃合いで二人は来た。
「リコちゃん…………とレグ君?」
「!、どうして名前を」
あの時とは少し違う服装……というか孤児院の制服を身に纏っているレグ、後で聞いた話によるとリコが上手いこと孤児として正式に孤児院に迎え入れさせたらしい。
「レグ、この人はヤーナムさん!色んな事知っててね、この前レグを私の部屋に連れて行こうした時も不思議な力でレグの事を見えなくしてくれたんだ!」
「それは…………助かった、ありがとう」
「お礼なんていいよ。偶々昔持ってた珍品が役に立ったってだけなんだから、久し振りに使う機会をくれた君の方に感謝したいぐらいだ」
現状倉庫に保管してある狩人時代の持ち物の数々が埃を被っている。大半の仕掛け武器や狩道具は度々手入れはしているものの、中には小アメンの腕やゴースの寄生虫と言ったメンテナンスのしようがないのもある。そもそも終わらぬ悪夢から抜け出した今は時間が捻れていない、当然時間が経てば鉄は錆びるし物は腐る、腕も寄生虫ももしかしたら息絶えて使い物にならないのではないか。
(上位者とそれの寄生虫なのだ、放置した程度で死ぬとも思えないが………っと今はリコ達だったな)
妙な心配をとりあえず思考の片隅に追いやり、この店の数少ない常連に意識を向ける。
「それで今日は何の用かな?」
「それなんですけど、レグ」
「うん」
リコに呼ばれ、己の右手をこちらに向けるレグ。何をするのか不思議に思っていると、それは唐突に起こった。
「おっと」
「………えっ!?」
あまりの出来事に、リコが声を上げて驚く。
レグの腕が、何故か自分の方にまで伸びてきたのだ。しかしリコが驚いたのはそちらの方ではない。
「これは………また良く出来た仕掛けだね、もしやレグ君の体は全部こうなのかな?」
リコが驚いたのはレグの腕が伸びた事に対して驚かず、更に突然飛んできた筈のレグの腕をいとも容易く掴んで観察するヤーナムだった。
「そ、そうらしい……リコが調べた限りでは僕はロボットなんだそうだ」
「ロボット………ねぇ」
ふと、狩人の夢で己を支えてくれた人形が頭をよぎる。彼女も一見人間と見紛う程に精巧な作りをしていたが、レグはそれを上回っている。喋り方も、表情も、肉体も全て人間と比べても差異がほとんどない、流石にこのレベルの技術は古都にも存在しないだろう。
「そろそろ離してもらえないだろうか…」
「あ、ごめんよ。いきなりこっちに飛んでくるものだからついね、でもレグ君も急にそんな事したら危ないだろう?」
「いや、本当はヤーナムの後ろにあった商品を取って僕の機能を見せようとしただけだったんだが…」
要らぬ所で狩人の名残を見せてしまった事に少々の反省をしつつ、今のでリコ達がここを訪ねてきた理由についても大体の予想がついた。
「それで、もしかしたらレグ君の事を知っているかもしれないと思って訪ねてきたのかな」
「え、何でわかったんですか?」
「アビスに詳しいリコちゃんがここに来るのは大抵知らない海外の話を聞きに来る時だからね」
「あははは………」
まあ海外と言ってもそれを語る自分自身が行ったこともない、仕入れの際にただ他人から聞き齧った程度の話なのだが。たまに聞かれては不味い所を省いて古都の話もするが、ここの世界ではあの街の常識は信じてもらえず、大抵冗談だと笑われてしまう、あやふやな海外な話よりもずっと正確な情報だというのに悲しい事だ。ともあれ彼女がアビスの情報に精通しているのは事実、そんな彼女がアビスから引っ張ってきたであろうレグに心当たりがないとすると、やはり次に思い付くのは海外から渡来してきた存在という可能性だろう。
「それでどうなんでしょう、やっぱりヤーナムさんでもレグの事分からないんですか?」
「まあ……そうだね。似たようなのは見たことあるけど、それとレグ君は技術的にも精神的にも違うと思うな」
「精神的?」
レグがそう呟き、どうせならと思い余計なことを喋ってしまう。古都を離れてから数十年経って気付いたのだが、どうやら自分は本来おしゃべりな人間だったらしい。こうやって人と会話しているのがどこか落ち着くのも失った記憶の中の自分がこういう性格だったからなのだろうか。
「私が知っているのは機械と言うより絡繰人形って言った方がいいのかな、レグ君と同じで傍から見たら人間と遜色ない見た目だよ」
「うーん、確かにレグはロボットだけど人形って感じではないし………」
「だから多分、私が知っているのとレグ君は関係ないんじゃないかな」
「じゃあやっぱりレグはアビスの底からやってきた奈落の至宝なのかな」
「アビスの底?」
そういえばレグはアビスからリコが連れてきたというのは当然知っているが、そもそもレグはどこからやってきたのか、それを聞くのを失念していた。
「リコが言うには、僕はアビスの底から第一層まで登ってきたらしい………本人である僕にはその心当たりが全くないのだが」
「心当たりがない?」
「言い忘れてたんですけど、レグを目覚めさせる時に流した電気の影響で記憶喪失になっちゃったんです」
「…………」
「…………」
本気か、という視線をレグに向けると遠い目をして虚空を見つめていた、どうやらリコは本当にやったらしい。
「わ、忘れてしまったものはしょうがないから何も言えないけど、もしそれが本当だとしたら大発見だね」
「そうなんですよ!あぁ…あの時もっと慎重にやってれば……」
「どの道僕は電気を流されるのか……」
やはりこの娘、前々から思っていたが探窟家としての知識以前に思考や行動がこっち寄りなのだ。幸いにも理性と良識が人並みに備わっているので度を越した事はしないが、見守る大人としては少々未来が不安である。
「結局レグ君の事は分からずじまいでごめんね、今度何か買うときにサービスするよ」
「え、本当ですか!?やったー!」
「押しかけて来たのは僕達の方なのにどうして手放しで喜べるんだ……」
そんなリコを呆れた様子で見るレグに、少し苦笑いしながら言う。
「そこがリコちゃんの良い所でもあるからね、遠慮される方がちょっと傷ついちゃうよ」
「そういうものなのだろうか………」
「これから学んでいけばいいさ。レグ君は口調は落ち着いてるけどまだ色んな経験が浅いと見える、レグ君さえ良ければ私が色々教えてあげるよ」
「良いのか?」
「身も蓋も無い事言うとこの店は客足がピークの時以外はリコちゃん以外誰も来ないからね」
本当に身も蓋も無いな………と小さく笑うレグだったが、スッとその無骨で無機質な手をこちらに差し出して来た。
「それじゃあ、これからよろしく頼む」
「うん、こちらこそ」
確か、それがレグと初めて言葉を交わした時だった。それからは度々店にやってくるレグにこの街の事を中心に色々と教えていた、その時にもリコと同じく古都の話をしたが、信じる信じないの前にただただ己の知る常識とは掛け離れた話に驚いていた、こういう反応は話していてとても楽しい。
「………………」
さて、ここまで長々とレグとの馴れ初めを語って来たわけだが、何故今そんなことをする必要があったのか。答えを言ってしまうならば単純な事だったが、単純故に少し困った事になってしまった。
「やあレグ、どうしたんだいこんな夜中に?」
「……………」
復活祭があったその日の夜。
「今日は復活祭でリコちゃんも疲れてるだろうから、早く帰ってあげなよ」
「ヤーナム」
なんだい?、そう言おうとして動きを止める。振り向いた先に映ったレグを見て、今日の自分の行いを今更ながらに反省する。
「正直に答えてくれヤーナム、白笛を見た時にどうしてよく見たことないなんて言葉が出て来たんだ」
「それは…」
「その言い方だと、まるで白笛を良く見られる機会があったみたいじゃないか」
おそらくここでレグの言葉を否定しても意味はないだろう。確かにそう捉える事も出来るという程度の話を最初にするということは、確信めいた何かを他に掴んでいるのだろう。
「それにあの時、僕もヤーナムもリコの母親がライザだったという事は知らなかった筈だ」
「……………あぁ」
「なのにヤーナム。貴方がそれを聞いた後におかしなことを言ったんだ」
「ジルオさんのことかい?」
「そうだが、少し違う」
「?」
「あの時の言い方、リーダーがライザの弟子だったということを聞いた時のヤーナムの喋り方。特に君のお母さんと言った時、あまりにも自然に言葉が出ていた」
「それだけ?」
「それだけじゃない、その前も考えてみればおかしかった。ライザの笛が還ってきた事には驚いていたのに、リコの母親がライザだった事を聞いてもヤーナムは特に何も反応していなかった」
薄っすらと、背中に冷や汗が垂れる。おしゃべりになった弊害がここで出てしまうとは。
「ヤーナム、もしかして貴方はリコの母親がライザだという事を知っていたんじゃないのか?」
「………………」
「後から聞いた話だが、リコがライザの子であることは組合や孤児院が協力して徹底的に隠していると言っていた、なのにヤーナムにはその事が漏れていた」
「………………」
「あの時以外でヤーナムにライザの子であるという話はしていないとリコにも確認した」
狩人を引退してから、初めての危機だった。
しかし思えば戦闘以外で追い詰められるのはこれが最初だろうか。
「それで、仮に私がリコの母親がライザだという事を前から知っていたとして、それでレグはどうするんだい?」
「どうもしない」
「…………何?」
それを聞いて、焦りが疑問へと変わっていった。
「ただ、教えてくれ。どうしてヤーナムがそれを知っているのか、僕が本当に聞きたいのはそれだけだ」
その瞳には、私が失った強い意志があった。
アビスの9巻がどこにも売ってなくて密かにキレてるのは内緒。