深刻な環境汚染。相次ぐ異常気象。地下資源の奪い合い。前世紀から続く民族・宗教・思想的対立。
崩壊の引き金を引いたのは、そのどれでも無かった。
食料不足。
地球人口が100億を超えたあたりから顕在化していたこの問題は、解決の糸口も見つけられないまま複雑化していった。
既に少子高齢化を経て増減の安定している先進国に対して、国力を上げたい、そのために爆発的に人口増加する後進国。
この対立軸を縦糸に先述した諸問題もを絡めた紛糾は、かねてから機能不全を起こしていた国際会議の場にとどめを刺し、加盟国の国連からの連鎖的脱退という事態に結実する。
各国は独自に問題解決を図り、小規模の紛争を皮切りにさらなる混迷を深めていく。発足当初から機能していなかった国連安全保障理事会は完全に形骸化、調停する機関も無く武力衝突は加速していった。
この時点では、まだ第3次世界大戦という比較的穏当な呼称が用いられていた。
決定的な破綻は大陸中央、早い段階で国連を脱退していた某大国で起こった。
増えすぎた地球人口を抑制、適切な状態で管理する。
このドクトリンの元、当時実用が始まったばかりだったエイハブ・リアクターの大型化に成功、全く新しいタイプの兵器の製造に着手する。
完全自立で半永久的に稼動。自己修復能力を持ち、体内で小型攻撃端末の製造すら可能。ナノラミネートアーマーを備え現行の、あらゆる火器に対して高い耐性を発揮。さらには大型ビーム兵器で広範囲殲滅までこなす最新の、殺人兵器。
環境を汚染せず、必要以外の被害も出さず、ただただ適切な状態まで人口を調節するためだけの兵器。
これは正当な大義であるとの意味で
『天意』
と名付けられた原初のモビルアーマー。
各国軍隊での識別名『サンダルフォン』
これが人類の、黄昏の時代の幕開けとなった。
ロボット工学三原則というものがある。
SF小説家アイザック・アシモフとジョン・W・キャンベルJr,が提唱したことでも知られるこのSF小説のひとつの主題は、現実のロボット工学にも大きく影響を与えた。
コンピューターの高性能化に伴い、いわゆるフレーム問題を解決、あらゆる人工知能の基幹にこの論理が組み込まれた。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
特にこの第一条。要は人工知能は人間を殺すことができないのだ。
仮にこの条項を設定しなかった場合、ロボットは創り出した人間自身に牙をむく可能性がある。だから、一番最初に組み込まれる。
だが、それでは完全自立の殺人機械として成立しない。
モビルアーマーを開発した大国はシンプルにこう考えた。
人間の価値を数値化して、崇高なる我が人民を基準値に、それ以下を切り捨てる。それで、世界は清浄なる輝きを取り戻す。
そのロジックを組み込まれたモビルアーマーは、稼働後まず……
その大国を滅ぼした。
モビルアーマーがどう結論した結果そうなったのかは分からない。
事実として、その時点で20億以上の人命が失われた。
国連が重い腰を上げ満場一致で戦術核の使用を可決。準備後即時に撃ち放たれた数基の弾道ミサイルを、モビルアーマーは完全な精度で弾道予測。ビーム兵器で迎撃、破壊。
国際社会が対応策を求めて紛糾するのを尻目にモビルアーマー・サンダルフォンは自己の生産設備を再稼働、次々と同型機の量産に着手。
識別名『メタトロン』『アザゼル』『ハシュマル』等の鋼の殺人機械たちが行動開始。隣国を皮切りに侵攻、いや虐殺を繰り広げていった。
それはまさに、名前の由来となった週末の喇叭を鳴らす天使のように。
一時は100億を超えた人類がその数を10億まで減らした頃、誰かが言った。
『自分たちは、きっとパンドラの箱を開けたのだと』
すでに第3次世界大戦とは呼ばれなくなった代わりに。
『箱から湧き出た厄災に殺しつくされるのだ、と』
すなわち、人類の黄昏。
厄災戦の時代だった。
国連下部組織、対モビルアーマー戦術機開発技術研究局。
通称、戦技研。その本部ビル、というかシェルター。地下500メートル。
さらのその一角。ガンダムタイプ・モビルスーツ開発室と書かれたネームプレート。
さらにその奥。主任エンジニアのプレートが置かれたデスクに、だらしなく座るひとりの男。
ズズズー。
コーヒーと思しき飲み物をすする。
ぼさぼさの髪。眼鏡。痩身。白衣。
「うーん、マズい!」
絵に描いたような(?)技術者の姿だった。
この男の名はリバー・シュリンプス。
30前という若さで人類の最後の希望、プロジェクト・デモンベインの中核を成す人間のひとりだ。
今まさに地上を覆いつくさんとする天使の軍勢に反攻する、悪魔の名を冠した刃、人類の怒りと意地の結晶。
ガンダムタイプ・モビルスーツ。
その中でも特に『タイプ・キマリス』と仮に呼称されている機体を中心に担当している、人類最高の機械工学技術者。
それがリバーだ。
パッと見薄汚い人類最高の知性リバー・シュリンプスは雑然としたデスクの上、ノートタイプのPCを掘り出すと何やら操作。
「アーカイブはっと……ああ、これ」
目当ての画面が立ち上がると、おもむろに鑑賞し始める。
その横顔は真剣そのものだ。眼鏡の奥、一見眠たげな目に深い知性の輝きが光る。
「ふむ」
さらに手のひらサイズの機械、家庭用ゲーム機のコントローラーにも似たガジェットを取り出し操作し始める。
「ふむ」
何度も頷く。
赤壁の戦いに臨む諸葛孔明を彷彿とさせる賢人の佇まい。
見る者がいれば感服せずにはいられないであろう、これが溢れ出す人類最高の知性なのだ。
「……って言うか、あれだな」
呟きながらPCを横ににどけると目頭を指で揉み解して、
「潜入ミッションの初日にターゲットに接触、しかも殺害予告って何の意味があるんだ? やっぱり日本人の考えることは分からんな……ジャパニメーションはファンキーすぎる」
まさかの遊んでいただけだった。
……などということはもちろん無く、これも立派な開発研究の一部なのである。
当たり前のことだが、まったく何も無いところから何かを生み出すというのは難しい。
というより、ほとんど不可能だ。それこそ神の啓示と称されるような奇跡的なインスピレーションが要求される。
したがって、何かしらのデザインを行う人間は、多くの場合すでにあるものからインスピレーションを得ようとする。
それは単純な連想だったり合成だったり、あるいはもっと直観的な閃きであったりする。
そのための刺激を受ける手段として、リバーは主にマンガやアニメ、ゲームといった、いわゆるギーク・カルチャーを使う。もっと言えば極東の島国日本のオタク文化だ。これは凄い。リバーのギーク魂をビンビン刺激して、新しいセンスに目覚めさせてくれる。
今しがた受けたカルチャーショックも凄かった。
ひとつは某新機動戦記なロボットアニメ。
もうひとつは某ロマンな叙事詩ロールプレイングゲームの第3弾。
リバーが特に着目したのはロボットアニメの終盤、仮面の男が駆る異形の機体。
それとゲームの中ボスの一体だった。
(これとこれを組み合わせて……)
閃き。脳裏で植物の種でも割れたような感覚。
「見えたっ!」
アイディアは浮かんだ。
ここからは実技の時間だ。
まずは精巧なミニチュアを造る。
いきなり実機では試さない。当然だ。
滅びに瀕した人類の限られたリソースを無駄使いはできない。
素体としてある程度完成されたフレームに、自作したパーツや何かのジャンクパーツを取り付けていく。
段々とイメージに近づく。形になる。
「……よし!」
完成。
高さ20センチに満たないミニチュアを、専用のベースにセットする。
エイハブ・ベース。
外見は縦横1メートルほどの正方形の、メカメカしい感じの板。サイドから伸びた複雑な配線が壁の中に消えている。
ベースの上。
スマートな人型機動兵器のミニチュア。いわゆる戦闘ロボット。
一番の特徴は脚が3本あることだ。
通常の位置に2本。そして後ろ、獣なら尾の生える辺りから第3の脚が伸びている。
同じ位置から先端に鋭利なブレードを備えたケーブルがぶら下がる。これも尾のように見える。
あとは、全体に鋭角で構成された、特に背中と腰周りに牙とも角とも見える意匠が目立つ。
「エイハブ・レベルは……充分。それじゃ、動作シミュレーション開始」
スイッチオン。
エイハブ・ベースから、幻想的なエメラルドグリーンの光粒が湧き上がる。
エイハブ粒子。
無から有を生み物理法則を捻じ曲げ、慣性制御すらこなす奇跡の力。30tオーバーの質量を自在に宙を躍らせる力だ。
カチャ、カチャ。
何の前触れも無く人型機動兵器が歩き出す。
手も触れずミニチュアを動かすなど造作もない。
「撮影開始。あー、あー……よし音声も入ってるな」
顎に手をやり、
「これより実験用模造機第103号仮称コードネーム『ビュネイ』の動作実験を開始する」
まずは基本的な身体動作。
走る。跳ぶ。パンチ。キック。
問題なし。通常の挙動はもちろん、尾部の脚を使った特殊な動作もスムーズだ。
次に腰の両横、サイドアーマーを外し手に装着。
鋭利な3本爪。格闘戦用クロー。
殴る。殴る。
この動作も良好。
「ここまでは問題無し。これより変形シークエンスに入る」
ビュネイがふわっとその場で浮き上がる。
空中でうつ伏せの状態に、さらに脚を反り返らせ極端なエビ反りに移行していく。
バックパックが変形・展開。長大な翼を広げる。
それより前にせりだす3本脚。それぞれ形の違う、まるで3種類の獣の頭部のように見える。
最後にケーブル状の尾が後ろに流され、
「うーん、完璧!」
そこには3ッ首の飛竜がいた。
プロジェクト・デモンベインの機体に相応しくソロモン72柱の序列26位ブネ、別名ビュネイを模したその姿。
犬・グリフォン・人間の頭を持つドラゴン(その時点でドラゴンちゃうけど!)の異形を機械的に表現したシルエットは神々しくすらある。
「さすが俺! 俺天才!」
「……自画自賛中申し訳ないが」
テンションを上げまくってはしゃぐリバーを、妙に低い響きの声が遮る。
「あっ、局長」
「説明してもらえるだろうか、リバー君」
振り返ると、そこには口髭を生やした恰幅のいい中年男性。
対モビルアーマー戦術機開発技術研究局局長。つまりリバーの上長。
名前は知らない。何せ局長としか呼んだことがない。
「これは一体、なんだ?」
額で青筋をピクピクさせながら局長。
「あっ、これはですねビュネイと言って」
「名前とかはどうでもいい!」
遂に怒鳴った。
「なんで、こんなアホみたいなもん造ったって聞いてるんだ!」
「失敬な!」
リバーも怒鳴る。
「この芸術が分からんとは、もはや老害ですな!」
「私への暴言はこの際目を瞑ろう……リバー、確認だ。ボードウィン少佐のオーダーを復唱しろ」
「? 遠距離から高速でヒット・アンド・アウェイ、被弾リスクを最小限に抑える、ですか?」
「その条件を、この模造機は満たしているか?」
「? 仰っていることが皆目分かりませんが。見て下さい、この推定速度値。エイハブ効率に優れた形状をとった結果、従来機に数倍するエイハブ・スラスター性能を発揮。このスピードをもってすれば、もはやモビルアーマー恐れるに足らず!」
「凄いスピードで飛んでくる。その後どうする?」
「敵目前で変形。人型になり、これこのように」
人型形態に戻ったミニチュアが尾を、いや尾を模していたウイップ・ブレードを引き抜いて一閃。眼前の虚空を切り裂く。
「撃破。完全勝利です」
「はい、ダウト」
局長が、勝ち誇るでもなく指を突き付ける。
「敵性体が変形バンク終了まで待ってくれるとでも思っているのか? そんな訳があるか! ジャパニメーションじゃないんだぞ!」
一度息を吸い、
「貴様ボードウィンを殺す気か! やつはこの戦いが終わったら結婚するって言ってるんだぞ! 既に死亡フラグ建ててるやつに、これ以上アホなフラグ増やしてどうする! 爆発しても誰も死なないジャパニメーション・ギャグじゃないんだぞ!」
「……ジャパニメーションを」
顔を俯かせてブルブルと震える。拳を握る。
「ん?」
「ジャパニメーションをバカにするなー!」
激昂したリバーが殴り掛かる。
局長がファイティングポーズをとり、
「見切った!」
「ぐあっ⁉」
芸術的カウンターパンチが炸裂。リバーが透明な涙の粒を残して、放物線を描いて吹っ飛ばされる。
スローモーションで『これが……若さ、か』とでも言わんばかりに宙を舞いながら、リバーは思った。
(変形バンクだの死亡フラグだの……局長も大概オタクだよな)
これは今まさに滅びゆく人類の、意地と誇りを掛けた生存戦略。
有史以来最も崇高で純粋なジハード。
全人類をその双肩に担った漢たちの……闘いの挽歌だ。
「第103号模造試作機」終了。次話「第104号模造試作機」