真剣で聖人君子(ではない)   作:ピポゴン

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後悔は先に立たない

「なあ。修吾先輩とは、一体どんな人なのだ?」

 

場所は2-F。時刻は朝方一限前。クリスは大和にそう投げかけた。

 

「ん?どうしたんだよ突然」

 

確かにクリスの問いは何の脈絡もなかった。普通に登校を済ませ、大和がクラスの誰かしらとでも談笑を始めようとした時に、クリスはやってきたのだ。

 

「いいから答えてくれ」

 

先日のご飯会の一件で、クリスは初めて修吾をちゃんと認識した。

それまでのクリスの修吾への印象は、口数が少なく、どこか目立たない様な人物だった。しかし、そんな印象はガラリと変わった。

何が目立たない人物か。武に身を置いてきた自分を容易く凌駕し、圧倒する実力。その腕たるや、彼の武神すら警戒するほど。

クリスは俄然興味が湧いた。自分がやっとたどり着いた領域の、更に向こう側に存在する男。その男は一体どんな人物なのかと。

 

「どんな人か…。あの人は凄すぎて、とても一言じゃ表しきれないけど、まあ強いて言うなら"度を超えて優しい人"かな」

 

「優しい…」

 

少なくともここ数日間を身近で過ごした身としては、優しいと言う感情は抱かなかった。しかし、人を見る目に定評のある大和は彼を優しいと評する。このズレをクリスは度々経験する。風間ファミリー内での彼への評価と、自分が見えている実際の彼に差異を感じるのだ。

自分の中にスッと落ちてくるような評価ではなかったが、長い年月を修吾と過ごしてきた大和がいうのだからそうなのだろうと、クリスは納得はしないが理解はした。

 

それからクリスは修吾に深い関わりのあるものに手当たり次第に聞いて回った。

 

「しゅう兄?なんつーかなあ、兄貴って感じかな。いつもはすげえ頼りになるんだけど、いざと言うときは俺に任せてくれるんだ」

 

風間翔一がそんな風に誰かのことを思うなど、普段からはあまり想像のできないものだった。そういえば、と、クリスはご飯会の時を思い出した。後輩である黛由紀江が頭を下げて風間ファミリー入りを懇願した際、翔一は様子を見るようにメンバーへと視線を向けていたが、意見を聞いたのは修吾へだけだった。それに対し、修吾は翔一に任せることを選択した。リーダーである翔一のことを立てたのだろう。

翔一の言っていることは、まだわかる気がした。

 

 

「しゅう兄かー。そりゃもう完璧超人だよ。しゅう兄がいてくれたら何が起きても大丈夫っていう安心感があるんだ」

 

師岡卓也の言葉は、修吾がどういう人かと言う質問には少しズレている気がした。少なくとも、クリスが聞きたかった印象とは違っていた。クリスが聞きたいのは人間性の話だった。

しかし、完璧超人か…とクリスは修吾を想起する。まだ人間性を図るには期間が余りにも浅く、故にこうして聞き回っているわけだが、少なくとも出会ってからの修吾を見るに、確かにこれといった弱点や苦手なことは見受けられなかった。修吾に意識を向けてから少し、それは細かい一つ一つの所作にも出ていた。

 

「しゅう兄か。ザ・漢って感じだな!正に完璧超人だぜ!」

 

それさっき聞いた。漢の場合はザではなくジではないか。

 

「しゅうお兄ちゃんね!とってもすごいのよ!お姉様と並んで私の憧れだわ!」

 

これも要領を得ない発言だった。クリスは若干このファミリーの知能指数が心配になった。自分を棚に上げて。

が、全員に共通して言えることがあった。それは全員決まって良い言葉しか出てこないということ。これが例えば岳斗の印象だったなら、全員褒めはするだろうが、そこに少しの馬鹿にする発言があるはずだ。しかし修吾の場合、全員が明るく良いことしか言わない。かくいうクリス自身も、修吾について話そうとした時に悪いことは一つも出てこなかった。

 

「しゅー兄がどういう人間か?なんでそんなこと聞くの?まさかラブ?」

 

唯一京だけは最初敵意に似た感情を向けて来た気がした。それもその筈。京は声を大にして修吾への好意を口にする訳ではないが、偶の会話や細かい所作に修吾への愛が現れている。故にライバルが現れることに敏感なのだろう。

 

「いや、そうではない。純粋な興味だ」

 

「……嘘じゃなさそう…」

 

クリスが誤解を解くように言うと、京はボソッと呟き、少し考え喋り始める。

 

「とっても愛に溢れてる人。困ってる人をほっとけなくて、絶対に助けてくれる。でもそれを恩に着せることは絶対にしない。本人からしたら当たり前のことみたい」

 

「そうなのか…」

 

「わからなくても無理ない。しゅー兄自体なかなか話さないし、話したとしても否定ばかり。でも、その行動は常に人を見ていて、大切にしてる。みんなで歩く時、しゅー兄は必ず1番後ろを歩くの。なんでかわかる?」

 

確かに、少しの付き合いだがその修吾は何度か見たことがある。しかし動機など考えたこともなかった。クリスはわからない意を沈黙で返す。

 

「みんなをいつも見守るためだよ。本人に言っても鬱陶しいだけだとか言って返すだろうけどね」

 

いつもの京と打って変わり、修吾のことを話すときはツラツラと言葉が出てくる。

まだ続けて話そうとする京に対し、クリスは長くなりそうな予感がし、手短に礼を言い足早にその場を離れた。確かに聞くことを望んだのは自分だが、これ以上放置していると聞いてもいないことまで喋り出しそうだった。

 

 

最後に向かったのは百代の所だった。なんだかんだ百代は風間ファミリーで1番修吾と付き合いが長いと聞く。ここまでで修吾の為人は大方理解できたが、やはり付き合いが1番長い百代ならではの話が聞ければとクリスは思った。

百代も京と同様、好きが所々の所作に現れるタイプの人間だった。故にクリスは百代からもまた長々とした話が来るものだと覚悟していた。しかし、

 

「修吾か。あいつは…優しい奴だ」

 

意外にも、現に百代から出た言葉はその一言だった。普段から何処か適当な節のある百代。今回も例の如くだと思い更に話を聞き出そうとしたクリスだったが、その行動は止まった。窓の外に視線を向け、何処か眩しいものを見るように目を細める百代の顔が、どうしようもなく慈しみで溢れていたから。

 

 

________________________

 

放課後。クリスは1人、島津寮への帰路で物思いにふけていた。クリスが思考するのはやはりあの男。帝明修吾である。彼に近しい人物からの話はある程度聞けた。百代の後に数名聞きに行ったが、やはり聞こえてくる話はいいものばかり。

勿論、それを当てにしない事はない。自分よりもずっと長い時間を修吾と過ごしてきた人物達だ。きっと言っていることは合っているのだろう。しかし、それでもクリスは修吾が他人に対して無関心に見えていた。

 

 自分が会ってからも、気付かないだけで優しい場面はあったのだろうか…。

 

だとしたら、クリスにとって修吾の優しさとは難しいものになる。クリスが知る優しさとは、もっと簡単なものであった。見えにくい優しさは、物事を額面通り受け取るクリスにとっては難解なのだ。

 

「なんなんですか貴方達!」

 

と、そこまで考えて、クリスの思考は強制的に打ち切られることになる。

突如聞こえてきたその声。目視は出来ないが、近場でトラブルが起きたらしい。クリスの実力では一般の人間ほどの気を細かく識別することはできない。なので手当たり次第に探すしかない。

幸い、声が聞こえるほど近かったこともあり、トラブルの出所はすぐに見つけることができた。

 

「川神院呼びますよ!」

 

「いやぁ、そんな大きな声出すなって。普通に遊びたいだけじゃん」

 

「そうそう。なんも怖いことしないからさ」

 

「苦しんでる人がいるから助けてほしいって言ってたじゃない!どこにそんな人いるんですか!」

 

「あ、それ俺。君達がとっても可愛くて胸が苦しいってね」

 

「きっつ」

 

大きな道から逸れた狭い路地裏。そこで2人の男が2人の女子に迫っていた。女子の方は1人は視線を低くして目をぎゅっと瞑っている。もう1人がその子を庇うように、気丈に男たちに立ち向かっていた。制服を見たところ、川神学園の生徒の様だ。

 

「そんなこと言われたら俺傷ついちゃうなあ」

 

「俺らが優しいうちに頷いた方がいいよ?」

 

「きゃっ!」

 

等々痺れを切らしたのか、1人の男が女子の手を強引に取る。

 

(不届き者が)

 

それがクリスの逆鱗に触れた。男達に突貫しようと、衝動的に一歩を踏みしめた。

その時、

 

「え…」

 

それはクリスから出た言葉か、はたまた男達か怯える女子か。或いは全員だったかもしれない。

クリスの前方。男達とクリスを挟む様に、1人の男が立っていた。

いつからそこにいたのか。あり得ないと分かっていつつも、最初からいたのではと錯覚しそうになる。

そんな訳はないのだが、ならばどこから現れたのか。路地は一本道。奥は男達、手前はクリスがいる。もしここに現れるには、どちらかの横をすり抜けるしかないが、一般人とは一線を画した実力を持つクリスの目をも騙す必要がある。

そんなことを可能にし得る存在を、クリスは2人しか知らなかった。

一方は世界がその名を知る文句なしの最強、川神百代。

 

そしてもう1人は、直近でその存在を知ったばかりではあるが、その百代との一合いで嫌と言うほど実力を見せつけた男、

 

「修吾先輩…」

 

帝明修吾。

 

「て、てめえ何処から現れやがった!」

 

突如として現れた修吾に、男達は少し焦った様子で、しかし威勢よく吠える。

 

「なんだなんか文句でもあん……んぇ?あれこいつって」

 

「なんとか言ったらどうだてめえ!」

 

「待てキョーちゃんこいつやべえ奴だ!こいつ武帝」

「颯爽と現れたはいいもののビビってだんまりか!?」

 

「ちょちょちょ!まじで武帝だって逃げた方が」

「ムカつくツラしやがって!俺はてめえみてえなスカした面が大嫌いなんだよ!おいタクチン!いったるぞこいつ!」

 

「ああもうなんでもいいや!」

 

何もせず、何も発せず、しかしそこに立っているだけで重苦しいほどの空気を感じさせる修吾に、とうとう耐えきれなくなった男達は拳を振り上げ突撃する。

 

そこからは予定調和。

修吾は自然に、まるでただただ道を歩くかの様に歩を刻む。日常の中の緩慢な動き。しかしその動きを、クリスは食い入る様に見ていた。

 

また、アレだ。自分が、武に生きてきたクリスが、攻撃を掠らせることもできなかったあの動き。

あの時は何が何だか分からなかったが、こうして俯瞰して見ると見えてくるものがある。

 

男達が接近し、修吾にパンチを放つ。対する修吾は変わらず歩を進めるのみ。

修吾ほどの実力となれば、この程度の攻撃回避するまでもなく、食らってもノーダメージか。それは、半分正解で、半分不正解である。

たしかに、当たっても何のダメージにもならないだろうが、

回避はすでに行なっている。

 

クリスは傍目で見ていたからこそ気づいた。修吾の動きは確かに緩慢だが、相手がパンチを放つ瞬間に、既に相手との軸をずらしている。注視していてやっと微かにわかる、あまりにも自然な不自然。

 

腕を突き出した男のその無防備な顎は、修吾の手の甲によって軽く撫でられた。男達は糸が切れた様にその場に倒れ、動かなくなった。

一瞬の攻防で見せる絶技。クリスは男の顔が置いてあった修吾の手に吸い寄せられた様にすら見えた。

 

「あ、え、あの、帝明先輩ですよね!ありがとうございます!」

 

「へ、あ、ありがとう…です」

 

何が起こったかも分からぬ様子の女子2人だったが、それでも助けられた事は理解できた様だった。

 

「……ああ」

 

対する修吾は女子の方を一瞥し、それだけ言うと踵を返してクリス側に歩いてきた。

 

「修吾先輩!お見それした!誠に見事だった!修吾先輩はとても素晴らしい方なのだな!」

 

「何言ってんだお前」

 

興奮醒めやらぬと言った調子で話しかけるクリスに、修吾は冷たくそう一言だけ言った。そしてそのままクリスを一瞥だけすると、まるで何事もなかったかの様に歩き去る。

一見なんとも無愛想に見える態度。これが初見であれば、クリスは修吾の礼儀の無さに多少なりとも憤慨した事だろう。

しかし、クリスは今日一日で聞いて回った事で知っていた。修吾の優しさはとても不器用だと。そして、今なら全員の言って居ることがわかる気がした。

言葉は少なく態度は淡白。しかし、その行動だけは誰よりも人を気遣う優しさがある。

 

「修吾先輩…。修吾さん?いや、しゅう先輩だな!」

 

なんの打算もない、純粋な人助け。

その姿は、まるで己が憧れた大和丸とそっくりであった。

 

________________________

 

トントントンと、軽快か包丁の音が聞こえる。早朝に起き料理をする。それが黛由紀江のルーティーンだった。

主に作っているのは、由紀江の住んでいる島津寮のメンバーの朝食。

そして、

 

「お、おおおおおはようございます修吾さん!」

 

「ああ」

 

こちらも毎日早朝に起きてくる修吾の軽食である。

いつから日課になったのか、明確なラインは覚えていない。しかし、毎朝自分より少し後に起きてきて、鍛錬に勤しむ修吾に、何か軽く食べられるものでもと用意したのが始まりだった。

自分がこの寮に入ってから、修吾は毎朝欠かさずに早朝の鍛錬を行なっている。きっと自分が入るずっと前、修吾がこの寮に入ってからこの日課は続いて居るのだろう。

武に生きる由紀江をして、それは半端なことではないと思う。

一度修吾の鍛錬の一部、庭でのその様子を覗き見たことがある。

それは、凄まじいの一言。

鍛錬の内容で言えば至って単純。気の放出をし続けるというもの。しかし、そのバランスが神がかっていた。

気の放出と留め。それを両立するのは至難の業だ。例えるならば力みと脱力を同時に行えと言っている様なもの。それを均等に50対50で行うことの難しさは、武を嗜んだ者ならば容易に理解できる。

それをまるで、当たり前のことの様に修吾はこなしていた。

 

「ああああの!これ軽いお弁当ですよよよかったらどうぞ!」

 

いつもの通り修吾に弁当を渡す。相変わらず緊張して上手く喋れていない。

 

「ありがとう」

 

がしかし、修吾はそれをなんら気にする様子なく受け取った。

 

「あ…はい」

 

朝のほんの一コマのやりとり。ただ弁当を渡し、受け取るだけの時間だが、由紀江はこの時間が好きだった。

口数も少なく、態度も淡白な修吾だが、その中に何処か暖かさを感じる。

健全なる魂は、健全なる精神と、健全なる肉体に宿ると言うが、修吾はまるでそれを地で行っている様であった。

前回の食事会の時に初めて明確に目撃した修吾の実力。由紀江は、あそこまで綺麗な武を初めて目にした。慢心など出来ようはずもないが、それでも武と共に生きてきた自分が、一合と言えどもまるで子供扱い。打ち込んでも全く手応えがなく、自分の横を悠々と通り過ぎていく様は、まるで空気や流水を相手にしている様。自分の思い描く武の到達地点を見た気がした。




由紀江の方が短すぎる…。書くことがなさすぎる…
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