「この写真、皆さんの幼き頃のですか?」
「幼き頃って言うんやめて?じゃなくて、、。そうだよ、全員写ってるでしょ?」
クリスと由紀江と風間ファミリーで一悶着あって解決した後、由紀江は棚の大事そうに額に入れられ飾られていた写真に目が止まった。写真には当時の風間ファミリーのメンバーの身長の何倍もの大きさを持つ植物をバックにして、各々ポーズを取る風間ファミリーが写っていた。
「面影あるな!表情やら雰囲気やら何まで、今の皆のまんまだ!」
クリスは写真を屈みながら覗き込む。
「そうだろう?モロの卑屈さが良く出てるよな!」
「ガクトの暑苦しさの方が何倍も良く伝わってくるよ!」
「なんだとモロてめー!」
もはや見慣れた光景を面々は笑って眺める。
「お!これはしゅう先輩か!」
「修吾さん…。この頃からとても大人びていらっしゃいますね」
「おいおい…めちゃめちゃプリチーボーイじゃねーかぁ…」
やがて2人は写真のやや左部分に修吾を見つける。
「皆のやや後ろにモモ先輩といるな。いつも全員を見守れる位置にいるのはこの頃からか?」
「かもな!」
「はは、しゅうにい顔は今よりずっと幼いけど、雰囲気はそのまんまでしょ?」
「うむ!偶にみる少し困った時にする表情はこの頃からあったのだな!」
「しゅうにい昔から照れ屋だよなー!みんなで写真の時とか毎回こういう顔するし」
修吾は百代に腕を引き寄せられながら、少し困ったような顔でそっぽを向いていた。
「っく!!しゅうにいの横でしっかり腕を抱いてるモモ先輩…っ!羨ましすぎるんだ!」
「この頃京はしゅう好き好きガールじゃなかっただろ」
「確か京は一緒に竜舌蘭の為に頑張ってくれたから写真撮ったんだよね」
「竜舌蘭の為に頑張った?何の話だ?」
この写真を初見のクリスや由紀江が当然知るはずもない過去。興味を持つのは当然だった。風間ファミリーの面々は顔を見合わせた後、大和が話し始める。皆で竜舌蘭の為に頑張ったあの嵐の夜のことを。
……………………
……………
……
…
「んで、とにかくやばい嵐でさ、川神でも何人か死人が出るほどの規模だったんだ。だけどキャップがどうしても竜舌蘭を守りたいっていうから、そうすることにしたんだ」
大の大人も体制を崩せば飛ばされるほどの台風。オマケに夜で視界も悪い。危険性は明白だった。
「だから姉さんに頼ることにしたんだけど、やっぱり不安でしゅうにいの家にも電話したんだ。そしたらしゅうにいのお母さんが電話に出て、しゅう君ならたった今慌てた様子でどこかに行っちゃったってさ」
『ぷっ。あははは』
全員揃って笑う。
「それはかなりレアだな。あのしゅう先輩が慌てたなど。自分もいつか見てみたいぞ」
「でも、俺はその瞬間わかったよ。ああ、この人は俺らのことを心配してくれてるんだなって」
「んで、俺らの方が早く現場についてよ。そしたらそこには既に京がいたんだ」
京も含め、その年ならいつ吹き飛ばされてもおかしくない。実際に竜舌蘭を固定するための作業をするガクト達を百代1人で守り切るのは少々不安があった。案の定百代が気を逸らした一瞬に一子に看板が降り注ぐ。
「一生の不覚だ。あそこでよそ見してしまうなど」
「それで……」
「ああ、しゅうにいが来たってこと」
正に激突するだろうと思われた時、看板はいつのまにやら現れた修吾により蹴り飛ばされていた。
「ピンチの時に駆けつけるヒーローみたいでカッコよかったぜ!」
「そっからは作業終わるまでモモ先輩と一緒に守ってくれてさ」
四方八方から飛んでくる飛来物を百代と共に打ち落としていく修吾。2人のおかげもあり竜舌蘭の固定の作業は順調に進み、やがて終わった。
「そのあとは姉さんとしゅうにいが別れて俺らを送ってくれたんだよ。しゅうにいは結構速いスピードで走っててさ。ついていくのがやっとだったな」
「本人はジョギングでもしてるのかってくらい余裕そうだったけどね。僕たちと家回ってくれてさ、送ってからは何も言わずにすぐ次の人の家に送り届けに行ってたね」
「俺様は家に着く頃には体力の限界だったぜ」
修吾は飛来物を跳ね除けながらそれぞれの家を回って送り届けた。
「となるとこの写真は」
「うん。次の日に撮ったものだね」
次の日のカラッと晴れた朝。全員で集まり竜舌蘭の安全を喜んだ。
「しゅうにいに電話したんだけど、これが全然出なくてさ」
「その頃から修吾さんはそんな感じなのですね」
今と変わらない修吾に由紀恵は穏やかに微笑む。
「そしたらフラっと修吾が現れてな。本当に毎度タイミングがいい。この頃から奴は気配察知能力がずば抜けていたんじゃないだろうな。まあとにかく、来たはいいんだが、あいつ竜舌蘭の安否を確認したら立ち去ろうとしてな。写真撮ろうとしても『俺はいい』とかいうもんだから手引っ張って連れてきたんだよ」
それがこの写真だ、と、もう一度写真を見てみれば、確かにそんな情景が感じられた。
「改めて、いい写真だな」
「ですね…」
「ふふっ。そうか。それはあいつも喜ぶだろう。アイツにとってもそれはお気に入りの写真っぽいからな」
「…そうなのか?」
普段あまり好き嫌いがわかりにくい面相の修吾のお気に入りとは少し物珍しさが感じられた。
「あいつそれ撮った後な、麗子さんにカメラ借りてしばらく写真眺めてたんだよ。あいつにしては珍しく感慨深そうな顔してな」
誰かがまたクスリと笑う。普段は見ることのできない修吾の表情に、クリスと由紀江はほんの少しの羨ましさを覚えた。
「それにしても、あいつコンビニ行ったっきり帰るの遅いな」
「連絡でもしてみるか?」
「いやー、いつもの通り反応ないと思うけどなぁ」
「オホン。では、時間繋ぎで今度は私の初恋の体験でも」
わざとらしく咳払いをして、今まで静かに聴いていた京が発言する。
「ほほう!それは興味あるな!」
「うへー、俺様は嫌だぜ昔の話は」
「?何故だ?さっきは楽しそうにしていたではないか」
「いやーそれは…。とにかく京の昔の話は」
「そこ、静粛に」
「京が自分から昔の話をしたがるなんて珍しいね」
「あの出来事は既に私からしたら壮大なラブストーリーの序章ですから」
ガクトの反抗も虚しく、京は話し始める。今度は彼女にまつわる過去について…
………………
…………
……
当時の京は周囲から酷いいじめを受けていた。本人が何をしたわけでもなく、母親の影響で。家庭環境は悪化の一途を辿り、京の身なりも比例して悪くなっていった。それがより一層いじめに拍車をかけた。
それでも京が折れずにいれた理由は、竜舌蘭での風間ファミリーとの思い出、そこから少し話すようになった大和、などが挙げられるが、1番の理由はやはり"彼"であった。
魚を飼育し始めてから、毎日の放課後に決まって訪れる彼。来たかと思えば魚を少し見て、後は適当な椅子に座って読書をする。
最初のうちは気づかなかったが、やがて京はそれが竜舌蘭の時に風間ファミリーと一緒にいた男だと気付いた。が、同時に疑問も浮かぶ。自分の噂はクラス外にも及んでいるだろうと。
(私と一緒にいて嫌じゃないの…?)
初日は何かの間違いかと思った彼の来訪だが、そこからも毎日彼は訪れては、適当に座り黙々と本を読む。一体彼は何がしたいのだろう。悪い人ではないのだと思う。ただ、何を考えているかがわからない。
そんな日が続いた。
が、ある日のこと。いつものように訪れた彼は間も無く、魚の餌を手に取った。あげようとしていることはすぐに理解したが、生憎とたった今餌をやってしまったばかり。過度な摂取は魚にとって良くない。一瞬迷った京だったが、勇気を振り絞り口を開いた。
「あ、あの。魚への餌やりは決まった時間にやると決まっているので……その…」
最後まで言えなかった。が、それでも十分に伝わったようで、彼は餌を元の位置に戻し、読書を再開した。少し拗ねたような表情を見せた彼に、京は思わず笑ってしまった。謎な雰囲気を持つ彼が、その時やけに身近に感じたのだ。だが、その直後にジトッと視線を飛ばされ、京は慌てて一礼し、教室を出ていった。
辛い日々の中で、彼とのほんの少しの放課後の時間は京にとって数少ない癒しだった。それが京の毎日の楽しみになっていた。
だが、そんな日も長くは続かない。結局、自分が絡むと全て台無しになる。
________
魚が死んだ。一見すると事故であり、証拠も何も探すことすらできない。でも、京は理解していた。それが故意にやられたことだと。
京は魚の死骸を埋めて、墓を作った。その時、背後から声がかかった。
「あーあ、魚死んじゃったー」
「椎名が飼ったから死んじゃったんだ。椎名菌のせいで」
「うわー!殺傷能力抜群かよ!たまったもんじゃないなぁ椎名菌は!!」
振り向くと、そこには自分をいじめていた面々が徒党を組んで立っていた。1人1人が京に向けるのは侮蔑の視線。
何も、やっていないはずなのに。
「やっぱり死んだほうが良くね?こいつ」
「うはっ!賛成!死ねよお前!」
普通にしていただけなのに。
「しーね!」
「「しーね!」」
『しーね!!』
「う…うぅっ!」
いつも周りの視線が怖かった。涙は出てくるが言葉は出てこない。当然だ。何を言っても聞いてくれはしない。助けを求めても誰も応えてくれはしない。
だが、ふと脳裏をよぎったのは、唯一色のついた思い出の、彼。
その時だった。
「お前ら、何してんだ?」
横から、そんな声が聞こえた。彼だった。心の奥底で待ち望んだ、彼。
「徒党を組んで、なんの罪もなく、手も足も出せない奴を傷つけて楽しいかよ」
次の瞬間、彼の姿がぶれたかと思えば、複数の生徒が宙を舞っていた。京が初めて見る、彼の激怒した姿だった。
台風の日にも思ったが、やはり彼は強い。見惚れるほど華麗な動きで相手を吹き飛ばし、いつしか京を守るように立っていた。
その最中に大和も加勢に入る。このままでも彼は勝つだろうが、大和なりの誠意の見せ方だった。
やがて、あっという間に全員が地に伏す。そして静かになったその空間で、彼は小さく呟いた。
「…ごめんな。お前が辛い思いしてるの、知ってたのに」
出てきた言葉は、私に対する謝罪。
「俺は、ただ黙ってお前と同じ空間にいて、静かなお前の隣で読書するあの時間が、好きだったんだ」
いつも何も言わなかった彼が、初めて見せてくれた心の内。
「俺は気付いた時にはいつもおせーんだ。ごめんな。助けてやれなくて、ごめん」
次いで出てきた言葉はまたも謝罪の言葉と、自責の言葉。彼は、自分を責めていた。何も悪くない、彼自身を。
いてもたってもいられなくなった。
「そんなことない!!遅くなんてない!!」
自分からこんなに大きな声が出るなんて知らなかった。でも、今は全力で彼に想いを伝えられる事が嬉しくて仕方ない。
「全然話せなかったけど…、伝わってたよ!全部、伝わってた!」
彼は毎日なんの目的でうちのクラスに来ていたのだろう。魚が、生き物が好きだから。本当にそうだろうか。
薄々感づいていた。そしてそれは今確信に変わった。彼は、私を守っていた。一度目があった事がある。彼がこちらに意識を向けていないと起こり得ない事だ。彼はどこまでも優しかった。
そして、私もまた、彼とただ黙って本を読むあの時間が、好きで好きでたまらなかった。
「うぅ…ありが…とう…っ!」
ありがとう。そばにいてくれてありがとう。気付いてくれてありがとう。
そして、助けてくれてありがとう。
帝明修吾。私の、初恋の人。
次回は急ぎたい!