例えばAという奴がいて、そいつをどうしても倒したかったとする。その場合はそいつより強い奴に教えを乞うのが1番だ。だが、そんな存在が周りにいなかったとする。そしたらどうすれば良いか。簡単だ、A自身に教えを乞えばいい。そいつの強みを盗み、自分の糧とする。それこそがそいつを倒す最短の道。
の筈だが、
「グアッ!!!」
まだ勝てない。全然勝てない。この俺がカエルが潰された時の鳴き声のような惨めな声を出して地面に倒れる。目前には俺を下した相手。
「ほー、ちったぁやるようになってやがんなぁ?俺との稽古に感謝しろよ?」
釈迦堂の野郎め。たかが49連勝してるぐらいで調子に乗りやがって。人を喰った表情。理不尽な強さ。どれもこれもマジムカつくぜ。クソ、見てろよ。ぜってえ吠え面かかせてやる。
「お、まだ向かってきやがるか。いいねぇ」
見下してんじゃねえぞおっさんがぁ!
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例えばAを倒したかったとして、しかしそのAにAの戦闘スタイルが効かなかったとする。その場合はA以上かAと同等くらいの力を持った奴に教えを乞うのが効率的だ。より多角的に相手を揺さぶれるのは一種の強みになる。そしてさらに、A以外の奴も倒せる可能性が上がる。つまりAとBどちらからも教えを受けた場合、AとBどちらも倒すことができる。
筈だが、
バキィ!!
「ぐはっ!」
勝てない。まだまだ勝てない。この俺が少年ジャンプ内で殴られたかのような音を出して倒れる。目前には俺を下した相手。
「ンー!良くなってきてるヨ!ワタシが前に課した修行はどれも行ってるようだネ!関心関心」
ルーの野郎。たかが50連勝してるからって余裕ぶりやがって。堅苦しい教え。口を開けば出てくる小言。どれもこれも腹立つぜ。その余裕そうな顔歪めてやるぜ!
「オ!まだ立つとは!やるねエ!」
調子こいてんじゃねえぞ糸目がぁ!
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釈迦堂もルーも鉄心も、いつか絶対に倒す。だが、俺の倒す候補筆頭はこの3人ではない。この3人はまあ歳も離れてるし、経験値もちげーしと、まあ無理矢理納得できはする。がしかし、あいつだけは、川神百代だけは絶対に泣かす。あの日の俺を見下しながらの余裕な笑み、ゼッテー忘れない。
先ほどまでの理論なら百代にも教えを乞う筈だが、それは絶対にNOだ。別にプライドがあるからとかそういう理由じゃない。ただ単にそれだけはNOなのだ。1度頼んでもないのにあいつから言ってきた時があった。
「なあ修吾ー。私と一緒に鍛錬しよう。その方がお前も嬉しいだろ?なあ」
この時点でもともとNOだったのがアブソリュートNOになった。完全に舐められてるなこれは。それとあんまに密着するな。俺に密着したくばもっとボンキュッボンになるんだな。
「てーれーるーなーよー」
後その照れるなよって何?どうしたらそんな発想に至るわけ?お前のようなもんに照れるわけないだろうが。
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基礎体力作りのために始めたジョギングだが、これが割と長続きしている。毎日飽きないためにちょっとずつルートを変更しているのも続ける秘訣だろう。通るルートは様々だ。河川敷を過ぎて橋を横断するルートや住宅街を突っ切るルート。まあ、その日の気分によって適当に走っているのでこれと言ったものは存在しない。
とまあ、それが上手く習慣に収まり今日まで続けてきたわけなんだけど、問題が一つ。
「ん?お!しゅうにいじゃねーか!」
「え、どこどこ?あ、本当だ!おーいしゅうにいー!」
これである。ジョギング途中で近場の公園に差し掛かったところ、なんとかファミリーとやらに呼び止められる。俺は1人も名前把握してないのに、いつのまにか相手はちゃっかり俺にあだ名をつけている。それも最近頻繁に会うのが原因だろう。
そうなのだ。いかにルートを変えようとも、こいつらはかなりの頻度、具体的に言うと3日に1回くらいのペースでコース上に現れるのだ。もはやホラーである。
にしても遊びすぎだろ。お前ら他に友達いねーのか。最近だとなんかしらんが青インキャも増えてるし。
普通にスルーすればいいんだが、実はこれがなかなか厄介なのだ。
「しゅうにいー。手伝ってくれよ。モモ先輩がサッカーで反則ばっかりすんだよ」
「反則とは人聞き悪いぞー。ちゃんとルール通りやってるだろ」
「1人だけ少林サッカーはもう反則だろ」
道端の俺に集まるそいつら。いや寄るな寄るな鬱陶しい。しかし…ふむ、サッカーか。連日止まらぬ連敗記録。鉄心に負け、釈迦堂に負け、ルーに負け……と負け続きのこの疲弊し切った心を癒すのにはいいかもしれない。サッカーが?違う、弱いものいじめがだ。
川神百代が不確定要素だが、何、問題はないだろう。スポーツの才能すら天賦の俺にかかればこんな脳筋馬鹿なんて……
負けた。123対124で負けた。いやしかし負けてはいない。チーム編成がまずおかしい。俺のチームなんか普通にいた青インキャと根暗臆病者と俺の3人なのだ。んで残りは全部川神百代チーム。おいふざけんなよ。足手まといでしかねーんだけど。いいよなお前らのチーム。凡人の中でもそこそこ足の速い奴いて。川神百代と俺のチームが入れ替わってたら確実に俺が勝っていた。それも圧勝だったはずだ。
クソが。こんなことになるならサッカーなんてやるんじゃなかった。そうさ、今度からは鬼ごっことかの個人競技しか参加しなきゃいい。……いやそもそもスルーすりゃ良くね?
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クソが。ここまでいいペースで来れてたのに。あいつらが比較的出現しやすい空き地を避け、住宅街を抜けようとした時前方になんとかファミリーのメンバーの1人である馬鹿面を発見。バックステップを踏み即ルート変換。ルートを変えて間も無く、今度は根暗臆病者を発見。これまたルートを変える。
それからも行く先々でなんちゃらファミリーの面々を発見。その度に見つかる前に身を隠していく。本当なんなんだ。なんで俺がこんな日陰者みたいなことしなきゃならねえんだ。
ただ、不幸中の幸いにも1番厄介な川神百代には出会さず、俺はだいぶ遠回りをした後に公園沿いに出た。住宅街にあいつらが出没したのは計算外だったが、なんとかやり過ごすことができた。
と、そう思った矢先。
「おーい!しゅうにいー!」
その声で俺は足下が崩れ去っていくような感覚を覚えた。見ると、なんとかファミリーの1人、厨二病が俺に向かって手を振っていた。側には見かけない白髪もいる。なんなんだよこいつら。ゴキブリか?なんでそこら中にいやがる。いや、しかしまだ大丈夫だ。問題はこいつではなく川神百代1人のみ。見たところ今こいつ1人でいるみたいだし、他のメンツ、特に川神百代が何処にいるかを知るのが最優先事項だ。
「みんな?みんなならこれから来るぜ。今は先に集まったメンツで隠れんぼしてるところだ」
あっぶねえ。どちらにしろ川神百代がここに来るまでに少しの猶予がありそうだ。そうとわかればさっさと退散させてもらおう。
「あ、何処行くんだよしゅうにい」
引き止めんな鬱陶しい。と、そこで俺は依然変わらず側に立つ白髪に目を向けた。俯いており顔は見えないが、立ち込める雰囲気はインキャそのもの。格好はよく見れば小汚く、謎にその手にはマシュマロが握られていた。
しめた。
俺は徐に白インキャの手を取り厨二病の方へ引っ張った。悪いが俺は早くここから立ち去らなければいけないんだ。白インキャには俺の為生贄となってもらおう。己の誘いを白インキャに押しつけ、俺は速足でその場を立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくれしゅうにい。俺たちの遊びは既に定員オーバーだ。知らねえ奴をいれるなんて」
じゃあ俺がいなくなれば定員が空くな。はい完全な理論武装。俺はさっさと退散させてもらうぜ。
まだ何か言いたそうな厨二病を無視し、俺は足速にその場を去った。
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何故俺は勝てない。ルーに、釈迦堂に、鉄心に。
以前にも言ったが俺の肉体スペックは人智を超えようとしている。凡人が描く、こうだったらいいなと言うフィクションの動きがそのままできると言えばわかりやすいだろう。まず負ける訳はないのだ。
なのに、善戦はしようとも勝利には辿り着かず。俺の中のストレスは日々積み重なっていく。
一度冷静になって考えてみた。肉体スペックは問題ない。ルーに至っては完全に俺の方が異常な身体能力を有していると言える。釈迦堂にだって鉄心にだって、身体能力に勝敗を分ける程の差があるとは思えない。ましてや川神百代など…。
ルーや釈迦堂、鉄心を相手した時、圧倒的スペックを駆使し懐に入り込んだ俺が突き出した鉄をも砕く突きは、いなされ、止められ、カウンターが叩き込まれる。
やはり、考えても思い当たる答えは1つ。
即ち、武。
身体能力の差をあってないものとする身体の動かし方。体重移動であったり、四肢の使い方であったり、相手との呼吸の合わせ方であったり。
肉体的に優っている相手に対して食らいつき、ましてや凌駕する武。
ああ、武とは、なんて、なんて……
なんてクソなんだ…。
ざけんなよまじで。やり方が狡いんだよ。武を極めれば例え女子供であろうと大の男をまるで赤子のように扱える様になるだ?
なんだそりゃ。才を持たない凡人が追い縋ろうとしてんじゃねえ。武なんてものがあるから凡人が調子に乗る。年月をかければ肉体的に優っている相手にも優位に立つことができる。現に俺が負けている理由が武だしな。
全く嫌になる。俺の身体は人生というスパンで見た時にまだまだ全盛期にあるとは言えない。俺が成人になる頃には、武の一つの頂点に昇り詰めた、所謂達人と呼ばれる奴らでさえ片手で弄べるようになるだろう。
だが、待つのか?餓鬼だからしょうがないと諦め、これからもこの敗北を受け続けるのか?
俺が出した答えは、否。肉体的に劣っている奴らが縋る武。それを、超人の俺が身に付け、そして極める。奴らの拠り所を無くす。教えてやろう。努力する天才には誰も勝てないということを。
だから俺は行きたくもない川神院に今もこうして通い、あまつさえ教えを乞い、言われたことは全てこなし、そして更に己の考えたメニューを行うのだ。
まじでいつか土つけてやる。
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俺は今、夜の森の中1人岩の上で胡座をかいている。俺は今でこそ仕方なく武を極めようとはしているが、本来ならば心技体の心なぞゴミ同然と言って切り捨てる性分だ。そんな俺がわざわざ夜時間を見つけて「心」のトレーニングなどに勤しむわけがない。
実は以前から自己のメニューに追加したものがある。それは
「フッ!」
気配察知の鍛錬。俺が目を瞑ったまま振るった手刀は微かだが何かを捉えた手応えがあった。目を開くと空中で真っ二つになりヒラヒラと地に落ちていく羽虫。
何故俺が本来ならば家で飯食いながらテレビを見ている時間を割いてまで、こんなことをしているか。
それは一重に、なんとかファミリーとの接触を極力避ける為。
だが、これをリアルで使うにはまだまだ難点が存在する。
羽虫すら判別する精度を誇る俺の気配察知だが、まず第一に個人の特定が出来ない。誰がどの気配であるのかがわからず、少しの違いはあれど判別できるまでには至らないのだ。
そして第二に、範囲が狭すぎる。常時発動で半径3メートル程。広げて半径6メートルいかないくらいだ。修得すればそれはいいセンサーになるが、今のところ使い道がなさすぎる。
集中せずとも日常で使えるようになるにはまだ時間がかかりそうだ。
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気配察知の訓練を始めてからその練度を高める日々。範囲もクソも、まずは誰か判別できなくては話にならない。人によっての気配の違いを感じ取るのだ。
と、言葉にするのは簡単だがこれがなかなかに難しい。俺の才能が足りてないから?馬鹿をいっちゃいけない。俺の才能は全てにおいて頂点に君臨する。確証はないが。
ならば何故1つの技能を修得するのに手こずっているか。答えは単純。人の気配などすこぶる興味ないのだ。ましてや今回、興味のない人間たちを避けるためにそいつらの気配を判断しなくてはならないという、ある種のジレンマを抱えている。元々一度見聞きした事なら100%記憶できる脳の俺が、興味のない人物の顔、名前。人に限らず興味のない事柄に関してはこの脳が一切機能しなくなる。忘れるのだ簡単に言うと。
実は気配の違いだが、気配の大小などが極端ならば今のそいつの状態がわかる程度には把握できる。だがそれよりも微々たる差の時、効率重視の俺の脳はそれを記憶しようとはしないのだ。脳が言っている、そんなどうでもいい奴ら判別する必要もない。と。
まあしかし、そうとも言ってられない。充実した人生の為には友達付き合いを選ぶ必要があり、その為にはこの技能は必須である。
なので、俺は今日も今日とてランニングをしながら気配察知を鍛えていた。
と、そんな時だった。
ガシャアン!!!
夕刻の住宅街、そのハズレの方に1つポツンとある家。かなり古く外観からボロいのが伝わってくる。そんな家からけたたましい音が聞こえてきた。
『その笑みを消しなさい!!!』
次いで聞こえてくる声。叫んでいるようだが聞こえてくる音量自体は小さい。なんだ?夫婦喧嘩か?
『アンタなんて産むんじゃなかった!!アンタなんて!!』
違ったようだ。ふむ。これは巷に聞く、「穏やかじゃないな」って奴か。母親がヒステリックを起こしてるのはまず間違いないが、問題は子供だな。単純な親子喧嘩ってオチが1番ありそうだが、万が一虐待なんてこともあるかもしれない。
「あー、もしもし。あー事件ですかね。はい。いや俺がってわけじゃないんですけど」
とりあえず警察に連絡しておいた。そのままそこにいてくださいって言われたが面倒くさいのでさっさと立ち去る。まあ、大体5分から10分で到着するって言ってたし、無問題だろ。
と、ジョギングを再開しようとした俺だが、
………はぁ…。
家の中から感じる2つの気配。その1つが今まさに消えてしまうのではないかと言うほど小さくなっている。こりゃ5分も持たないだろうな。周囲で気付いてるのは恐らく俺だけ。
……クソが。俺は面倒くさいことはとても嫌いなんだよ。
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家に上がると外にまで響いてた声がよりダイレクトに届いた。どうやって入ったかって、そりゃ玄関からだろ。不本意な不法侵入だ。こじんまりした家なので部屋数も多いわけではない。気配を探るまでもなく声のする方に歩を進めた。
引き戸を開け、リビングに足を踏み入れると発狂した声が止まった。先程から『アンタなんか』というワンフレーズしか聞こえなかったが、鼓膜を揺さぶるには十分な声量だ。鳴り止んでくれて何より。
「なによ…。なによアンタ…」
振り返ったそいつは酷くやつれた顔をしていた。とりあえず消えかけてた気配の奴の容態を見る。母子そろって珍しい白髪だ。動脈が圧迫されて危ない所だったな。呼吸もやっとって感じか。だがまあ死んではない。もし首の締め方がしっかり決まっていたらもっと早い段階であの世に行っていただろう。母親がやつれていたことに救われたな。
「……ぃきなさい…」
向き直った母親がプルプルと震える。
「出ていきなさい!!!」
そして近場に散乱していた食器の破片を俺に向けて投擲する。普通のガキにやったら間違いなく傷を負うな。まあ俺はハチドリの羽ばたきを肉眼で視認できる動体視力の持ち主だ。躱すも捌くもわけない。
「なんなの…」
ゆっくり近づいた俺は、尚も子供の首を掴んでいる母親の片手を握る。
「なんなのよ…」
こっちのセリフだ。お前らなんなんだ。虐待もDVも、殺すも殺されるも、見えないところで勝手にやってくれ。人が気配察知を覚えた瞬間認知できるところでこんな事件起こしてくれやがって。わかっちまったら、わかってるのが俺だけなら、見て見ぬ振りは出来ないだろ。
マジでなんなんだよ。俺の良心に訴えかける作戦ですか?
もし俺が今日ルートが違えば、気配察知を覚えていなければ、勝手に子供が死んで勝手に母親が捕まって、後日テレビで見た俺が「ああそうか」と思うだけだったのに。
全く、面倒くさいことをしてくれたな。タイミング悪く。
「う、うぅ…」
先程の怒りによる震えではなく、母親は今度は恐怖により震え始めたようだ。掴んだ手からそれが伝わる。そして、目尻に涙を浮かべ始めた。
え。いや何が?何が泣くことがあんねん。泣きたいのはこっちだ。何が悪いんだ?神か?「ほら、お前の見える所で人が死にそうだぞ?わかっていながらスルーするのか?」みたいな感じか?してやろうか?スルーしてやろうか?
…と、暫くそのまま静止していたらやがてパトカーと救急車のサイレンが聞こえた。
はあ、クソ面倒くさかった。俺はそこらのやれやれ系主人公のファッション面倒くさいじゃなくてマジの面倒嫌いなのだ。頼むからこれっきりにしてほしい。
事情聴取とかは流石にめんどくさいのでここいらで退散させて貰う
主人公の人間性が分かり始めるこの頃。だんだんと読者に主人公がどういう人間が理解していってほしいなって。主人公は初めて能動的に人助けをしましたね。