感想から意欲貰おうと読み返してたら、10/31に次話もうすぐです!的なこと言っててやばいなと思った。信用できないのは主人公ではなく俺だった
「ありがとうございました師範代!」
「ウン。今日もご苦労様だネ」
最後の門下生がお辞儀をして川神院を出て行く。それを見届けた後ルーは1人道場へと向かった。日中から夕方にかけての師範代や総代は、主に門下生の手ほどきをメインとする。そこから学びを得ることは多いものの、やはりそれとは別の鍛錬は自己を高めるには必須。誰もいなくなった道場で1人研鑽を積むのはルーの日課であった。
「フゥ」
「精が出るのルーよ」
ルーが鍛錬に集中し始めて2時間を超えたあたり、ひと段落ついたルーに見計らってたのかと思うほどのタイミングで鉄心が声をかけて来た。
「総代。おられたのですか」
「気の緩みから区切りがついたのかと思っての」
緊張の緩和のタイミングを瞬時に察知し現れる鉄心。常人ならば15分程で切れると言われている集中力を2時間以上維持できるルー。こんな日常の一コマからも、やはり彼らが一般人とは一線も二線も画した存在であることが読み取れる。
「自分の未熟さを痛感させられているようで、お恥ずかしい限りです」
「ルーよ。真面目なのはとても良いことじゃが、お主はもう少し息抜きを挟むべきじゃ。どうじゃ?久しぶりに」
そう言いながら鉄心がとったジェスチャーは手首を軸として手を軽く捻ったもの。つまりは「一杯やらないか」という合図であった。
「是非お供させていただきます」
久しぶりということもあり、ルーは二つ返事でそれに応じた。
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畳に掛け軸。障子張に盆栽と簡素だが正に和と言ったような一室に鉄心とルーは訪れた。
「おう遅いぜお二人さん。あまりに遅えんで酒瓶一つ開けちまうところだった」
そこにはすでに先客がいたようで、入って来た2人に軽く手を挙げる。
「釈迦堂…。お前もいるとは珍しイ」
「俺がいちゃ悪いってのか?寂しいこと言うなよルー」
川神院に2人しかいない師範代。百代と修吾がそうであるように、ルーと釈迦堂の師範代2人も自らの力をぶつけ合える年の近い存在というのはお互いだけであった。しかし意外にも、2人を知るものからしたら当然のことだが、この2人はお互いと手合わせなどは殆どしない関係であった。
「珍しいと言っただけだろウ。悪いなどとは言っていなイ」
「美味い酒が出てくるとなればそりゃすっ飛んでくるだろうよ。実はお前も同じ口なんじゃねえのか?」
「お前と一緒にしないで欲しいネ」
理由として、この2人このように反りが全く合わない。人間性の違いは個性ということで、人間関係を築いていく以上ある程度の理解はあるべきだが、この2人の人間性は全くと言っていいほど逆だった。それは例外なく武術の考えにも及んでいる。元来の性格に加え、圧倒的才能で容易く師範代になった釈迦堂と、一般人から血の滲むような努力を重ねここまで上り詰めたルーとでは、その過程からどこに重きを置くかに大幅な違いが出てくる。
「折角の酒盛りに空気を悪くするもんじゃないわい。どうせ釈迦堂も誘う予定だったんじゃ。ほれルーよ、座りなさい」
「……ならば失礼して」
促されるままルーは席につき、次いで鉄心も腰を下した。率先してルーが鉄心に酒を注ごうとするのを鉄心は軽く断り、逆にルーと釈迦堂に酒を注いでやった。
川神院を司るトップ3人。話が合わないわけもなく。人間性は全く交わらない様な3人。鉄心はルーにないものを釈迦堂から感じ、またその逆の釈迦堂にないものをルーから感じていた。ただ、人間性など全く違う3人だが、何をしようとも拭きれない共通点が一つ。
即ち、武を志し、一心に己を高めたこと。
そこに才能の有無は関係ない。その3人が卓を囲い、更に酒に舌鼓を打ったとなれば当然話題は一つ。
「所でどうじゃい。最近修行僧の方は」
結局は武に関連するものであった。
川神院の総代として1人1人の修行僧は鉄心とて全員把握していると自信を持って言える。しかし総代の役目は個人個人の指導というよりは、全体の統括といった方が正しい。対して師範代2人は、武の教えといった面では修行僧と比較的近い位置にいた。
「ハイ。とてもよく育ってきていますヨ。私としても教えがいのある毎日でス」
「どうもこうもねえわな。才能ねえ奴らを教えるのは骨が折れるぜ」
鉄心の問いに対する両者の答えはやはり正反対。半ばわかっていた結果ながらも鉄心は1人ため息をついた。先も述べた通り、いかに武にその身を捧げた2人と言えど、その道程は決して交わることなく。思考回路が正反対になるのも仕方のないことだった。
「釈迦堂。お前はもっと指導者としての立場を弁えるべきだヨ」
「事実なんだから仕方ねえだろ」
指導者としてあんまりな言い方にルーが苦言を呈す。が、釈迦堂は特に反省した様子はない。酒を一杯煽り、釈迦堂は続けた。
「ただまあ、百代と修吾。あいつらの面倒なら引き続きみてもいい」
天才型の釈迦堂にとって、この世の大半の武道家は凡夫でしかない。
特別な血筋でもなく、特別な環境でもない。釈迦堂は生まれながらにして、この世の頂点に君臨する武人達を鼻で笑うかの如き才能をその身に宿していた。故に指導者という立場に立って真先に感じたことは、何故この程度のことも出来ないのかという疑問。ルーからよく教え方が粗雑だの言われるが、釈迦堂からしてみればそれ以上に教え方などないのである。
修行僧に自分のやっていることを伝え、後は各々練習しろとだけ言う毎日。
と、そんな時に現れたのが百代、そして少し遅れて修吾だった。
「ふむ。モモと修吾のう。あの若さにして、もうあの2人を相手取れる者は川神院の修行僧に5人も居らん」
「全く末恐ろしい才能でス。教えたことはスポンジの様に吸収し、果ては教えてないことすらいつのまにか身につけていル」
正に天賦の名に相応しい才を持つ2人。一般人からしたら"天才"と評されるだけであり、事実どれ程の才を持っているか詳細には推し量れない。だが、この達人3人は件の2人の才能や技量を細かく測ることができた。
「経験で言ったら物心ついた時から武に身を置いてきた百代に一日どころじゃねえ長がある。実際初めて会った時の修吾は百代に惨敗したらしいしな」
「しかし最近直接の手合わせはないガ、確実に百代と修吾の差は縮まりつつあるヨ。それもかなりのスピードでネ」
「うむ。今戦えばどちらが勝つか分からぬのう」
それは才能故なのか、までは判断がつかなかった。心技体の地力をしっかりと固め、実践経験も行うという、バランスよく全てを高水準でこなす修吾に対し、百代は実践特化の修行を好んだ。もちろん百代が地力を疎かにしているかと言ったら、殆どの門弟はその地力ですら敵わないので口を噤むしかないが、修吾に比べて費やしている時間が少ないのは明白であった。
「修吾は直向きに良く頑張っていまス。課した課題はきちんとこなし、バランス良く己を高めるのに淀みがなイ。対して百代は少し組手などの実践に重きを置きすぎている気がしまス」
「っハ。どっちだっていいじゃねえか。強けりゃよ」
ルーにとって武とは道。強くなるためではなく己を高めるための志し。
釈迦堂にとって武とは力。目的ではなく手段としての道具。
武の考えを重んじるルーは百代の在り方を心配したが、百代と同じく天才として生まれた釈迦堂には百代の気持ちがよく理解できた。
「危うい兆候じゃ。モモは少し血の気が多すぎる。持て余すほどの才を持ったが故の気持ちなのは理解してやりたいんじゃが、うーむ。なんとか修吾の様に落ち着いてはくれんかのう」
百代や釈迦堂の様な人種に心技体の心の大切さを説くのは困難を極める。強さ至上主義の釈迦堂だが、自分の考えが周りと外れてるとは思ったことがあっても、間違ってるとは微塵も思ったことがなかった。
ルーや鉄心、その他多くのものは武とは考え方であり、在り方だと曰う。心技体で心が1番大事なのだと高説する。
だが百代はそれを理解したことは一度もなく、釈迦堂は納得したことが一度もなかった。心技体とほざいときながら、武での階級は全てが強さ重視。評価される物も、人を惹きつけるものも強さ。いくらでも塗り固められる心とは違い、強さとは決して偽れない純粋な物。
歴史が、世の中が、心が大事だと言う本人が、強さが重要だと証拠付けている。故に理解も納得もできない。
鉄心は身内のその現状に嘆くが、溢れ出す才能にコントロールが効かないのだと理解していた。寧ろ同レベルの才能を持った修吾があそこまで落ち着いているのが不思議と言えた。
「同い年の修吾に影響されて、少しでも戦闘衝動が和らいでくれたらいいんじゃがのう…」
そしてこの場にいない者に対し、少しの期待と申し訳なさの入り混じった声でそう言った。
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「まーだっかなー。まーだっかなー」
休日の昼下がり。人通りの多い川神駅前で、そんな間の抜けた声が聞こえた。
「そう焦らなくとも大丈夫ですよユキ。修吾さんが遅刻したことはありませんから」
「修兄は時間にシビアだからなー。ほんと何から何まで完璧な人だよ」
ベンチに座りパタパタと足を揺らす小雪の傍には、冬馬が気品を感じさせるように座り、準がポケットに手を突っ込みながら立っていた。
「しゅーにーは完全無敵のヒーローだからねー」
ニコニコと笑いながら小雪がそう言う。
そう、小雪にとって修吾はヒーローだった。昔からずっと。
こうして待ち合わせで待つ時、昼寝をしている横顔を見る時、登校時の後ろ姿を見る時。その度に思い出す。自分が救われたあの日のことを。いつまでも色あせることのないあの思い出を。
…………………………
………………
………
当時の小雪を取り巻く環境はそれは悲惨なものだった。
小雪の家庭は母子家庭であった。母親に稼ぐ手立ては無く、生活は貧困を極めた。が、それでもそこに愛があったのならば、団欒があったのならば、小雪にとってそんなことは些細なことだったろう。しかし、小雪を追い詰めたのは他でもないその家庭であった。
度重なる虐待は日に日に苛烈さを増していった。
何故叩かれてるか幼い小雪にはわからなかった。なので、なるべくいい子でいようと努めた。我儘は一度も言わない。常に笑顔でいようと。が、事態は収まるどころか、より激しくなっていった。
家に無かった居場所を、安らぎを、小雪は外に求めた。鈍痛が響くボロボロの身体を引きずって、大好きなマシュマロを抱きしめて。
何の算段もなく訪れた公園だが、そこは活気に満ちていた。自分と同じ歳くらいの子供達が笑顔いっぱいに遊んでいる。小雪にはそれが輝いて見えてしょうがなかった。自分もあの輪に入れればあんなふうに笑えるかもしれないと。
「ね、ねえ」
掠れていて思った通り声が出なかったが、相手にはちゃんと聞こえたようだ。小雪の声に反応すると少年はこちらを向いた。
「…なんだ?」
そして小雪の形を上から下まで眺めた後、訝しげにそう言った。小雪の心臓が激しく脈打った。仲間に入れてと、たったそれだけのことが喉に突っかかって出てこない。
「用がないならもういいか?」
そうこうしているうちに相手が痺れを切らしてしまった。まずい。ここで言えなかったら多分もう仲間には入れてもらえない。小雪は精一杯いつも通りの笑顔を貼り付けた。
「あ、あのさ!ボクも一緒に遊んでいい?」
言えた。おかしいところはなかっただろうか。大丈夫。ちゃんと笑えてるはず。だが、そう考えれば考えるほど自分の笑顔が引きつる気がした。
長い沈黙を経て、いや、実際は5秒も経っていないだろうが、少年は口を開いた。
「駄目だね。遊びなら他を当たってくれ」
が、その返答は小雪の望んでいたものとは真逆のものだった。その一言で身体の力が抜ける。見ている景色が酷くぐらつくように感じた。
「ま、待って!ほらこれ!マシュマロ!マシュマロあげるから!」
「いらねえ。つかしつこいぞ。遊びなら他を当たれって……ん?」
無慈悲にも断りながら、少年の興味は小雪から他に移った。
「おーい!しゅうにいー!」
少年は先程までの冷たい雰囲気は一切見せず、声を張り上げて今来た人物を迎えた。
小雪は喪失感からすっかり俯いてしまい、顔をあげる元気もなかった。何をする訳でもなく、ただ立ち尽くす小雪。
だが、そんな小雪の手がふと誰かに掴まれ、グイと引かれた。
「遊びならこいつを入れればいいだろ」
突然のことに状況が理解できない小雪。だが、掴まれた手からの温もり。それだけは確かに感じていた。
(あったかいなぁ)
それは小雪にとって久しぶりの感覚だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれしゅうにい。俺たちの遊びは既に定員オーバーだ。知らねえ奴をいれるなんて」
そこで小雪は初めて顔を上げ、自分の手を引いた少年を見た。
とても大人びていて、それでいて優しい表情をした人だった。歳は自分とそう変わらないはずなのに、それを感じさせないオーラがその少年からは漂っていた。
「じゃあ俺がいなけりゃ定員は空くだろ。俺なんかよりこいつと遊んでやれ」
こんな優しい雰囲気を持つ人だ。きっとこの少年の兄貴分なのだろう。先程まで淡々と冷たい態度をとっていた少年が、何かを言いたげに、しかし黙ってしまった。
それだけ言うとその人は小雪の手を離し、踵を返してしまった。
(あっ)
温もりの消えた手に寂しさを覚える。お礼を言えぬまま、その人は風に溶けるように消えてしまった。
まるで御伽噺のような光景を目にした小雪はしばし呆然とする。
「はぁ。言っとくけど、手加減はしないぞ。俺のこの力は容易に抑えられるものじゃないからな」
横あいから聞こえた少年のその言葉で、小雪はハッとする。そして少年のその言葉をゆっくり噛み砕き、それが遊びに入れてくれる意味だと分かった。
「う、うん!頑張る!」
小雪はもう1度、笑顔で応えた。今度のそれは作られたものでなく、自然と出たものであった。
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久しぶりに時間を忘れた。栄養の足りていない小雪には、少しの運動でもかなりの疲労が蓄積する。帰る頃にはもうフラフラだった。
しかし、全く悪い疲労感ではなかった。誰かと全力で駆け回るのが楽しくて楽しくて、そこまで広くない公園が、まるでテーマパークのように感じた。
大和にとっては修吾が気まぐれで連れてきた1人の少女に過ぎなかったが、小雪にとっては違った。ある人にとってはとるに足らないことでも、また別のある人からすればかけがえのないものというのは存在する。
ただの数時間の遊びが、小雪にとってどれほどの救いになったか。辛く苦しい毎日だったが、この遊びは小雪の支えになっていた。そして、その遊びを自分に与えてくれた、あの彼の存在も。
だが、そんな日々も長くは続かなかった。
不安定な精神状態のまま、なんとか保っていた母が遂に決壊した。
「毎日毎日!!一体何がおかしいのよ!」
母は小雪の笑みが気に入らなかった。
突如発狂した母が小雪を弾き飛ばした。
「馬鹿にしてるの!?気持ち悪いのよ!!」
発狂した母は手元の食器を投げながら暴れている。何枚かは小雪の顔に当たっていた。
「その笑みを消しなさい!!!」
息を切らした母は、とうとうこちらに向かってきた。
「アンタなんて産むんじゃなかった!!アンタなんて!!」
そして馬乗りになり、小雪の首を締め始めた。
母がギリギリであるのは知っていた。いつからか母は笑わなくなった。だから、小雪は目一杯笑うのだ。母の分も。自分は大丈夫だと。そしていつか母が戻ってくれたら、今度こそ心の底から笑えるだろうと。
顔面の血が圧迫され、自然と涙が出て視界を曇らす。
意識が遠のき、切れる寸前に、ふと首を締める手が弱まった。
「なによ…。なによアンタ…」
母を見ると、母はリビングの入り口へ振り返っていた。
視界がぼやけてよく見えないが、誰かが、少年が立っているようだった。
その少年はこちらに向けゆっくりと歩を進める。
母が何かを投げるが、その少年が一瞬ブレるとそれは当たらなかった。
少年はそのまま歩き、やがて母と自分のすぐ目の前まで来た。
少年の顔がやっと視認できる。
「ぁ…」
それは記憶に新しい、公園で自分を助けてくれた少年だった。自分にとっては恩人である、彼だった。
彼は屈むと、小雪の首を締める母の手に触れた。優しく優しく。彼の温もりが母の手を伝染して自分に伝わるようだった。
「う、うぅ」
母は泣き崩れていた。首を閉めていた手を離し、両手で顔を覆いながら泣く。
だが、両の掌で受け止めきれなかった涙が溢れて小雪に落ちる。
その涙はなぜだかとても暖かかった。久しぶりに感じる、母の温もりだった。
やがて遠くからサイレンの音が聞こえた。小雪はそれを最後に聞き、ゆっくりと意識を手放した。
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次に目を覚ましたのは何処かの病室だった。
『いえ、通報はあったのですが、誰が通報したかは不明で』
『きっと近所の住民か何かだろう』
病室の外では誰かが話しているようだった。
『それと、不可解な点で言うともう一つ。榊原家の玄関なんですが、どうもおかしいんですよね』
『なにがだ』
『いえ、金属のドアノブがですね、こう、捻じ切られていたんですよ』
『はあ?お前はなにを言って』『失礼。警察の方々。ここは病室の前です。もう少し患者の方々に配慮していただけると助かります』
『あ、ああ。すまない』
話し声は足音に変わり、スタスタと何処かにさっていく。次いで、ガラガラと病室のドアが開いた。
「おや、目が覚めたんですね。はじめまして。小雪さんですね。私、葵冬馬と申します。こちらは私の友人」
「井上準だ」
それは、小雪にとってかけがえのない出会いだった。
ただ、そんなことを知る由もない小雪は今、ただあの人に会いたかった。
会って一言、いや、何十回でも何百回でも、お礼を言いたかった。
助けてくれてありがとうと。
次話は急ぎます(恒例)