真剣で聖人君子(ではない)   作:ピポゴン

6 / 15
これは早い方でしょう!


背に腹は変えられない

最近将来性皆無集団のいいところを見つけた。それはジャソプとマガヅンとサソデーとチャンピョンを定期購読している点だ。

ここで俺のお金について言っておくと、俺のお小遣いは月に3000円だ。少なすぎる額だ。そんな少ない額から2000円ちょい持ってかれるのはダメージがすぎる。ので、将来性皆無集団の中の根暗臆病者から借りて読んでいる。たかだか少年誌と笑うことなかれ。アイシールド21は、面白いのだ。

 

________________________

 

瞑想をして、集中力を高める。まあいらん作業なのだが、日課となった鍛錬だ。

最早気配察知は極めたと言っていい。大小構わず虫だろうと感知してしまう俺の気配察知だったが、その判別ももう慣れたものだ。やろうと思えば気配を人だけに絞ることも容易である。

そして気配察知を極めると次の段階に昇華するようだ。まあこれはまだ会得できてないのだが。

 

それにより気配察知に割いていた時間を他の鍛錬に注ぎ込めるようになった。

元々が人類最高峰の才能を持つ俺がそんなことをしたらどうなるか。

 

拳を握り、小指を立てる。それを近場の岩へ振るった。虫を払うような軽い動作だったが、岩には穴が穿られていた。

また別の岩を脚で撫でる。その岩は斜めにスライドし崩れ落ちた。

これは技ではない。いや、凡人からしたらこの一つをやるのに精一杯鍛錬し、やっと技として会得できるものだろうが。これですら俺の鍛錬の副産物でしかない。身体の動かし方さえわかれば、全ての体術はその延長に成り果てる。一つ一つの動きを技と称し鍛錬するなど、いかにも凡人の思考だ。

 

まあ川神百代との戦いで使いはしない。別に俺は殺したいわけではないのだ。ただ打倒し、あの日の屈辱を晴らす。それが目的だ。

が、事ここに至って、俺は世界がひどく小さく見えた。成長してから久しぶりに近所の公園に行ったとき、やけにそこが小さく見える様に。

アリを避けて歩かなければ殺してしまう様に、最早人は俺にとってそう見えるのだ。腕を軽く振るえば容易く殺せる。逆に殺さない様にするのに気を使うのだ。アリを摘むときの様に。

最早誰も俺に追いつけない。生物としてのレベルが違うのだ。

最早俺に勝てるものなど存在するはずもない。

 

________________________

 

と思ったらまたこれだよ。

いた。すぐにいた。

いつもの山奥で鍛錬をしていたら、年甲斐もなく金髪にしてはしゃいでいるオヤジが絡んできた。ファーストコンタクト時は確かにかなりの猛者であると思ったが、それでも俺に勝てるなど微塵も思わない。

俺に老人の話に付き合う趣味はない。適当にあしらうか。

だが、次の瞬間、絶対に聞き逃せない言葉が聞こえた。

 

「なかなかに面白い物を見つけた。しかし赤子。貴様まだセーブしているな」

 

……は?赤子……?誰が…?俺が…?まさか俺じゃないよな。こんな老い先短えクソ老人野郎にこの俺が赤子呼ばわりされるわけないよな?

あたりを見回す。

……俺しかいない。

 

……ぶっ殺す!!!人の事を物だの赤子だの言いやがって!人を呼ぶときには敬意を払えって習わなかったのかクソジジイ。

短え寿命ここで使い切らせてやる。

 

________________

 

 

負けた。なんなんだよ奴は。おかしいだろあのジジイ。いやこの世界。

最高速の新幹線に真正面からぶつかってもびくともしないこの俺が、蹴りを3発まともに受けただけで立てなくなるなんて、誰が想像できるんだよ。

 

「所々に垣間見える川神流。なるほど。鉄心の言っていた赤子は貴様のことだったか。ならばやはり揚羽様の相手は川神百代が適任だったな」

 

俺を見下しながらそう言うジジイ。別に俺は今勝つことには拘っていない。なんなら負けることでプライドが傷つくなんて馬鹿理論全く持っていない。いないが、このジジイいつか絶対ころ………

 

「意識を失ったか。しかし、見所のある小僧だ」

 

 

 

 

________________________

 

「……」

 

目が覚めた。鬱陶しく伝わる熱を感じて横を見れば、川神百代が俺を抱き枕のようにして抱きついて寝ていた。最悪な目覚めである。

見回してみるとやけに見慣れた部屋であることが分かった。ここは川神院か。

 

「…っち」

 

身体を起こそうとすると節々から鈍痛が走る。と同時に金髪のじじいの顔がフラッシュバックする。目覚めた後も最悪だ。

川神百代を引き剥がし、部屋を出る。廊下に差し込む月明かりで今が夜であることがわかった。

歩きながら気配察知をオンにする。院内に気配は4つ。そのうち2つは同じ場所に存在する。この質はさっきのジジイと鉄心だな。

俺はその場所に向け歩を進めた。

 

 

 

「ほう、小僧か。回復の速度も申し分ない」

 

「呆れた生命力じゃ。後3日は寝込んでてもおかしくなかったがの」

 

いちいち癇に障るなこいつら。強者故の余裕というのが俺は好きではないのだ。自分がやるぶんには大好きなのだが。

 

「後日にしようかと思ったが手間が省けた。小僧。貴様九鬼にこい」

 

ノーだ。

あ。あまりにムカつく態度に反射的に判断してしまった。こいつは出会い頭に急に何を言ってるんだ。

 

「貴様も薄々勘付いているだろう。この場所は確かに素晴らしいが、お前の欲する物を手に入れるには些か環境が追いついていないと」

 

「儂の前でも遠慮を知らん奴じゃ。じゃが修吾。儂に気を使うのはやめなさい。ヒュームの言うことは一理ある」

 

俺の欲するもの?そんなの金と女くらいしかないが。そりゃここにあるはずない。ここは川神百代を除けば女子自体1人もいない。毎日毎日大人の男のむさ苦しい掛け声を聞かされるこの環境は、確かに俺の欲しいものとは全く真逆であると言っていいだろう。

 

「それが九鬼ならば、いや、俺の元ならば用意できる」

 

しかし俺は環境によって何かを手に入れようとは思わない。俺ほどのスペックがあれば環境とは作るものに変わる。金も女も、いや、行く行くは欲しいものは全て自分で手に入れられるようになるだろう。わざわざ九鬼とか言うところに行かなくても……ん?

九鬼?九鬼って、九鬼財閥の九鬼?

 

……ほほう。ならまあ行ってやっても…っとあぶな。このジジイ出会って間もないが、口元のちょび髭が胡散臭さを物語っている。ここで乗ったら後で『給料?そんな話ししたか?』とか真顔で言われるに決まってる。全く危ないところだった。せめて言質取らなければ行く理由には

 

「暫く住み込みになるが休みがないわけではない。金と最低限の自由な時間は保証しよう」

 

あ行くわ。行きます行きます。金なんて興味はないが、俺は常々自分の能力をさらに高められる場所を探していたんだった。九鬼財閥程それにうってつけな場所はない。九鬼財閥ならそりゃもうたくさんの金…ではなく経験が手に入るだろう。

俺はジジイのその提案に乗った。

 

 

______________________

 

そっからの俺とジジイと動きは迅速だった。善は急げとばかりに俺は数日で荷物をまとめ親の了承をもらい、ジジイはすぐに迎えに来た。この金髪のジジイは九鬼でもかなりの位置にいるのか、受け入れの準備はかなり早く終わった。なるほど。このジジイには媚を売るのが吉か。

 

出発の日に風間なんちゃらの集団が見送りに来た。各々が俺に対し何やら言っている。その中には当然川神百代の姿もあった。

はて、俺らはいつ見送るほど仲が良くなったのだろうか。何か言うことなんてあったか?

 

「修吾!まだ私に勝ってないじゃないか!なのになんでどっか行くんだ!」

 

なるほど。どうやらただ喧嘩を売りに来ただけらしい。この野郎。わざわざ見送りに来て言うことが『んじゃあまあ私の勝ちってことでwwww』か。上等だ。

 

「いいか川神百代。お前との勝負はお預けだ。だがいつか必ず俺が勝つ。覚悟しとけよ」

 

お前へのリベンジなど忘れるはずもない。ただ今はちょっとお小遣い稼ぎが優先なのだ。黙る川神百代を背に、俺と金髪ジジイは出発した。

 

 

________________

 

「着いたぞ」

 

ヒュームのジジイの一声で車から下ろされる。九鬼財閥は知っていたが、本社が同じ川神にあるとは知らなかった。車で出発したが歩こうと思えば歩ける距離だ。つか俺のスペックならその方が速いくらいだ。

 

見上げると首が痛くなるほど高いビル。その入り口を顔パスで通る。入り口にはメイド見たいのが2人いたが、ヒュームを見るなり緊張感が数段増した。

 

「気を緩めるな。常にその緊張感でいろ」

 

「「はっ!」」

 

つくづく上からしか物が言えないジジイだ。そういうのを俺ら若い世代からしたら老害というのだ。

だが、やはりメイドの態度を見ててもわかる通り、ヒュームのジジイは相当な位にいる様だ。都合がいい。

 

「小僧。わかっていると思うがお前も気を緩めるなよ。これから会うお方には最大限の敬意を持って接しなければ突き刺すからな」

 

やかましいわジジイ。誰に会うかは知らんが財閥のトップに会うのに媚び売らないわけがない。

無駄にデカいエレベーターに乗り込み、高層に向かう。エレベーターが開けばこれまた無駄にデカい通路。無駄に高い天井。無駄に高価な装飾品などなど。

 

通路を進んで間もなく、明らかにこれだろ感のある扉の前に来た。ヒュームがそれを開く。

 

「よう。お前か。ヒュームの言ってた奴は」

 

入ってすぐ対面からそう声をかけられる。見ると、まさに玉座といった感じの椅子にどかっと構える男。白髪をオールバックにし、額にバツ印を入れている。

え、何でバツ印?とは思うが、なるほど。確かにこの男がこの組織のトップなのだと直感でわかる。

さて、脳みそフル回転の時間だ。相手は世界の九鬼財閥のトップ。なんとしても気に入られる必要がある。さて、どう動いたものか。

 

「……へえ。ヒュームの紹介だからハズレはねえと思ってたが、こりゃいいねえ」

 

いいねえという評価の低さは気になるが、まあまずまずの印象のようだ。ただここからの身の振り方の参考にはならない。絶賛されることしか頭になかったからプランの練り直しだ。

 

「俺は九鬼帝ってんだ。おいお前。名はなんてんだ?」

 

んぐっ。危ない。余りに舐め腐った態度に本能的に抗おうとしてしまいそうになった。日頃川神百代からのムカつく態度と、最近のヒュームの上から目線に慣れていなければやらかすところだった。

 

「帝明修吾です」

 

「修吾ねえ。おう。気に入った。ヒューム」

 

「はっ」

 

「お前の管轄で自由にやらせてみろ。ねえと思うが尻拭いは心配しなくていい。多少のことなら気にしねえからよ」

 

「わかりました」

 

おい待ってくれ。ヒュームの管轄…?勘弁してくれ。ただでさえ日頃の態度から気に食わないんだ。四六時中一緒とか正気か。アナフィラキシーショック何回起こせばいいんだ。

 

「帝様よろしいので?まだ尻の青い子供にヒュームの下は務まるとは思いませんが」

 

と、1人考え事をしていたら横合から妙なチャチャが入った。はぁ!?おいなんだあのアフリカ人。この九鬼にはどんだけ俺をイラつかせるメンツが揃ってるんだよ。人員最初から見直せ。

 

「黙れゾズマ。俺がいいつってんだ」

 

「…出過ぎた真似をしました。失礼致しました」

 

んで速攻怒られてんじゃねえか。スマした顔してんじゃねえ。もっと気まずそうにしろ。

 

「修吾。今日からお前はうちの従者部隊だ。ま、わかんねえことがあったら近くの従者にでも聞け。あんま構えず楽にやれよ」

 

よし。トップから直々に自由にやってヨシっの言質を頂いた。言ったからな?楽にやるからな?

 

「ありがとうございます」

 

「んじゃあヒューム。諸々の案内をしてやれ」

 

「はっ」

 

にしても、あの傲慢ジジイが自分より一回りも下のいうことにこうも従うとはな。自分より弱い立場のものには強気で、権威には膝を折るとかカッコ悪いにも程がある。

 

ヒュームに続き俺も一礼をしてさっさと退出する。

 

 

歩きながら諸々の施設のやら制度やらの説明を受ける。

ヒューム曰く九鬼の従者にはそれぞれ序列がつけられているのだそうだ。大体1000位くらいまでいるそう。もちろん位が高ければ権威も上がる。言ってはいなかったが多分給料も上がるのだろう。

そうか。んで俺は何位なんだと聞いたら1000位だそうだ。1000位。1000位?1000位って何?

 

「どの様な経緯で入ろうと九鬼は特別扱いはせん。成果を示して序列を上げることだ。そうすればお前の欲しているものも自ずと手に入るだろう」

 

九鬼でもすげえ位の高そうな人に甘い誘い文句でスカウトされたと思ったらこれだ。こんなん最早詐欺だろ。

だが、聞けば序列に考慮されるもののうち、戦闘技能はかなり大きい割合を占めるのだそう。ならば。

無駄に広い通路を通りながら、すれ違う従者を観察して思う。こいつら全員俺の相手じゃない。ヒュームなどで多少見誤りはしたが、それを差し引いても俺に敵うやつは今のところ皆無と断言できる。つか、今すれ違った奴ら全員束になっても俺をその場から一歩も動かせないだろう。

 

ただ、やはり重要なのは序列上位どもだ。ヒュームが言うには序列上位を独占しているメンツは、先程の九鬼帝がいた場所に揃っていたそうだ。どうでも良すぎて認識フィルターで妨害していたが、気は把握していた。ヒュームほどではないにしろ同レベルが何人か。

 

ならば、何も問題ではない。あの老害どもを必ず徹底的に抜かしてやろう。それにはまず序列上位に速攻で食い込む必要がある。

全ては、俺の輝かしい将来のためだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________________

 

「ここにいらっしゃいましたか」

 

九鬼極東本部のとある一室。そこに現れたのは混じり気のない白髪を生やした気品の漂う老人。クラウディオ・ネエロだった。

 

「相変わらず貴様は音もなく現れるな」

 

「気づいていらっしゃった癖に」

 

「当然だ」

 

 部屋にいた男、ヒューム・ヘルシングは軽いやりとりを交わしながら、眺めていた標本コレクションを棚に収めた。

 

「驚きましたよ。もともと貴方が人材を集めてくることは珍しくありませんでしたが、今回の様に急に話を通すのは珍しいことでしたから」

 

そこらの椅子にどかっと腰をかけるヒュームに対し、クラウディオは変わらず気品あふれる姿で立っていた。

 

「アレはそれに足る」

 

「ホホホ。確かになかなかのモノでしたね。しかし貴方がそこまでいうとは珍しい」

 

「俺は過大評価も過小評価もしない。ただ俺から見たときの相対評価をするだけだ」

 

ヒュームの言動は傲慢故の過小評価だと思われがちだが、実際には少し違う。ヒュームがしているのは絶対評価ではなく相対評価。いい素質のものを見れば最低限褒めはする。ただ必ず次には自分の経験からの評価をするのだ。いかに周りに評価されていたとしても、それはそのコミュニティの中だけの話。自分と比べたとき、自分の望むラインを鑑みた時、それは取るに足らないものへと落ちる。

 

「なればこそ、やはり珍しいですね。貴方の下す評価にこそ、価値がある」

 

対してクラウディオは絶対評価を基準としている。ミスターパーフェクトと呼称される彼からしてみれば、自分と比べて素晴らしいものなどあるはずもない。しかし、クラウディオは人の素質をよく褒める。それは九鬼を、いや、世界を基準にしたときの絶対評価だ。

ただそれは、育成という面で見たとき少し残酷でもあった。

 

「出来ればどこがお眼鏡にかなったか聞いても?」

 

クラウディオが世間話以外でここまでヒュームに話を振るのは珍しいことだ。それほどまでに今回のヒュームの行動には興味があった。

 

「フッ。行く行くはお前も奴の面倒をみることになるだろうからな。いいだろう」

 

ヒュームがコーヒーでもと思った頃には、クラウディオが『私が入れましょう』と準備をし始めていた。そしてヒュームは語り出す。

 

 

________________

 

武には才能が常について回る。高みを目指せば目指すほど、己の才能の無さが枷となって足にまとわりつく。そしてその頂上付近行けるものは、世界でも類い稀なる才を持った一握りだけ。その才を、自分が敬愛して止まない九鬼帝の娘、九鬼揚羽は持っていた。

日頃の鍛錬や歩く所作、一挙手一投足に至るまで恵まれた才を感じさせる。帝に頼まれるまでもなく、ヒュームが揚羽を弟子とするのは必然と言えた。

九鬼揚羽は真面目だった。10の課題を与えたら100の努力をする。それも他の稽古と同時並行でだ。妥協などする気もなかったヒュームだが、それを見てより一層育成に励んだ。

だが、才を持った者ならば必ず直面する壁。ヒュームも若かりし頃は随分と悩まされたもの。それは、所謂孤独。揚羽も例外ではなかった。

慢心などするはずもないのは、普段の姿勢から判断できる。だが、ヒュームやクラウディオ、ゾズマなどの圧倒的強者が側にいるだけでは与えてやれない物がある。

それはライバル。

同世代で世界には自分しかいないと感じる孤独。才ある者故のそれが少しの気の緩みとなって現れる。

それを見たヒュームは兼ねてから連絡を取り合っていた鉄心に話を持ちかけた。

どうやら鉄心の所にも似た様な境遇の困った赤子がいるらしいことは聞いていた。

ヒュームの話はシンプル。ライバルがいないのならば、与えてやればいい。鉄心の所の孫と自分の弟子をぶつけようという算段だった。

話を揚羽にすると、揚羽は持ち前の向上心ですぐさま了承した。だがヒュームはその姿から、揚羽がライバルとしてではなく、何か学ぶものを見つけようとする姿勢を見た。それは自分が勝つということを勘定に入れた考えだ。

鉄心は自分と並ぶ化け物である。孫といえども武に対する評価は絶対的なものだ。故に早速揚羽を連れて行った。

 

なるほど、と。川神百代を見てヒュームは思った。似ている。

性格や姿など比較するまでもないが、ただ一点、武への向き合い方だけが揚羽と百代とでどうしようもなく似ている。

お互い軽く自己紹介を済ませ、構える。

揚羽は勝つことで何かを学ぼうと、百代は出来るだけ楽しませてくれと、ワクワクもしなければヒリヒリもしない。どちらも勝つことを疑わない。相手の実力を測れないほど未熟だというのに。

 

互角な達人同士の立ち合いならまだしも、未熟な2人の戦いなど見なくとも結果はわかる。

さて、と時間を持て余すヒューム。その時、ほんの一瞬遠方で気の揺らぎがあった気がした。大きいわけではない。ただ一般人が放つにはどこかおかしい気の揺らぎ。普通の人間は気のオンオフなどはできない。故に揺らぎも起きるはずはない。

百代と揚羽の決着にはまだ時間がかかるだろう。ヒュームはその場所に向けて足を進めた。

 

川神院からして北部にあるその山は規模として大きいものではないが、それでも一般人が登るには苦労する。気の揺らぎはその山の山道を外れた奥地で発生した物だ。最早獣道すらないその道を、ヒュームはスーツに汚れひとつつけずに軽やかな足取りで進む。

 

正体がいたのは、山の最奥だった。

 

齢で言うなら揚羽より少し下。百代と同世代くらいの少年。その少年は目を閉じて瞑想をしていた。禅を組んでいる訳ではない。姿勢はあまりにも自然体で、座ったまま寝ているのかと思うほど。だが、少年の周りの不自然な静けさがそれを否定する。

武とは励む物ではなく、委ねる物だ。日常の須くは武へと通ずる。それは瞑想であっても変わりはしない。ただの一度見ただけで、ヒュームはその少年の実力の高さを感じ取った。

それを肯定するかの様に、少年は目を開き、動き出した。

大岩の上に乗っていた少年は、スタッと重さを感じさせない所作で地面へと飛び降りた。そしてそのまま、徐に腕を軽く岩へ振う。ただ動作は軽かったが、スピードは馬鹿にならない。岩は少年の指の形に抉れていた。少年はそこから動くことなく、今度はまた別の岩へ足を振るった。振るわれた足は鞭の様にしなりながら見事な軌跡を描いた。

一見すると岩を撫でたかの様にしか見えない蹴りだったが、岩は袈裟斬りにされ斜めに滑り落ちた。

大岩を砕くだけならば百代や揚羽でも容易に出来ることだろう。それは純粋な威力による物。だがこれは違う。込められた力はせいぜい成人女性並。それを絶技により必殺へと昇華している。

 

面白い。

ヒュームは自分の口角が上がるのを自覚した。この歳でこれほどまでに高められた者がいるだろうか。

だが、一つ気になる。ヒュームはそこで初めて少年の前に姿を現した。

 

「赤子。お前まだ力をセーブしているだろう」

 

素晴らしい技術を持っているが、そこには力が乗っていない。気迫が乗っていない。歳に似合わず落ち着きのある少年だとは思ったが、それが武にも現れている。

だから、少し刺激してやる。言葉と同時にヒュームは少年に闘気を叩きつけた。全力には程遠いが、それでも本能で構えてしまう気迫だ。

だが、

 

「ほう…」

 

小さく漏らしたヒュームの感嘆の息は少年には聞こえなかったことだろう。

少年はヒュームの闘気に構えることはなく、周りを確認した。そしてあたりに誰もいないと分かると戦闘態勢をとった。

 

これほどの気を叩きつけられても冷静に振る舞ってみせるか。

異常な状況判断能力。次いで望まれてる事を汲み取り全力を出す姿勢。

これはいい。

 

ヒュームは構をせずに立ち尽くす。かかってこいという言外の意を、少年は汲み取ったと分かっているからこそ待つ。

その意図通り、少年は高速でヒュームに接近してきた。

最早一般人には消えたとしか認識できない速度。初速からこの速度を出すならば、脚力による爆発的な蹴り出しが必要となるが、少年はそんなそぶりを微塵も見せなかった。風に乗った羽の様に、音も発せず接近してくる。

0コンマの世界でヒュームに接敵した少年は、しかし拳の打ち出しの瞬間だけは激しく地面を踏み込んだ。圧倒的なスピードと踏み込みによるアシストで勢い付いた拳が、ヒュームにヒットする。

ドガン!と大砲を放った様な音が鳴り、直後2人を中心に暴風が発生する。

明らかに人の身に放つには行き過ぎた力。だが、その直撃を受けたヒュームは微動だにせずに立っていた。

 

「何を惚けている。ぬんっ!」

 

そして、驚嘆する少年に横薙ぎの蹴りをお見舞いし吹っ飛ばした。

少年は岩を何個も破壊しながら遠ざかり、やがて大木に激突して止まった。

 

「っち」

 

だが、存外タフらしい。口内の血を吐き出し、舌打ちしながら立ち上がった姿からは、まだまだ行けると言う気概を感じた。

 

「なかなかいい威力だが、俺を動かすには足りぬな。さて、次はどうする?」

 

遠方の少年は姿勢を落とす。そして今度はロケットの様に地面を爆ぜさせながら突進してくる。純粋な直線の加速。だが、ヒュームには目に追える速度だ。

しかし、眼前にまで迫った少年はその姿勢を急激に落とした。瞬間ヒュームの視界から消える。

純粋に真正面からぶつかるのが無意味だと言うことは理解しているらしい。

ヒュームは見失った少年をそのままに、視界外から迫る少年の回し蹴りを防いだ。威力も申し分ない。が、少年の攻撃はこれでは終わらなかった。ヒュームが少年を視界に捉えた頃には、また別の方向から蹴りを放ってきていた。それもヒュームによって防がれる。少年の連撃は苛烈さを増していく。一呼吸も置くことなく、ましてやますます加速していった。ヒュームはその全てに対応し捌いていくが、内心は感嘆していた。この速度で、この連撃で、一撃の重さが一向に落ちる気配がない。自分に迫る蹴りも、自分に到達するまでに様々なフェイントが織り込まれている。1秒に満たない世界で、足がまるで一つの生き物であるかの様に、自在に軌道を変える。

さらに、とヒュームは考える。

 

この赤子はわかっている。

蹴りは腕よりリーチも長く、威力も出る為使われがちだが、本来は多用すべきではない。何故ならばバランスが崩れやすく、生じる隙が大きいからだ。

達人同士のやり取りでは、1発の蹴りがお互いの勝敗を分けるなんてこともザラにある。蹴りをメインウエポンにするには、それこそ自分の様にかなりの練度が必要となる。

先程の百代と揚羽の戦いで、初手で百代は揚羽に飛び蹴りを放っていたが、それほどリスキーなこともない。まさに溢れ出る才能を赴くままにぶつけているといった感じだ。

 

だが、この赤子は、蹴りのなんたるかがわかっている。威力は乗っけても重心はぶれず、防がれはしても隙はうまない。

面白い。だが、それでも最強にダメージを与えるには、まだ甘い。

嵐の様な蹴りの連撃。視認は常人どころか、かなりの使い手であってももはや不可能。だが、その連撃を、ヒュームは蹴りの一撃で上から圧殺した。

蹴りの威力が強いのも、速度が速いのも、全て頂点付近での話。頂点にはまだまだ足りない。

終局の意味で放たれた蹴り。だが、

 

「…」

 

少年は、その蹴りを真正面から受けて立ち、その場に踏ん張っていた。足が減り込み、ガードした左腕ももう使い物にならないだろうが、そこに立っていた。

 

「ふー…」

 

少年が息を吐き切る。そしてトンと、ヒュームの鳩尾に拳をつけた。一瞬の静寂。

瞬間、少年の足元が爆ぜる。正真正銘ラストの大技。それが放たれるその時、ヒュームは少年の動きをよく観察していた。

筋肉と関節をミクロ単位で動かすことによって、足から発生した衝撃が加速をしながら、威力を増大させ身体を伝う。

 

ズガン!!

 

次の瞬間、その衝撃はヒュームの身体を突き抜け、後ろの大岩を何個も破壊する。

明らかに人1人に放たれるべきではない威力のそれは、まさに必殺の一撃と呼ぶにふさわしい。

 

「…っ!」

 

ヒュームが初めて微笑を消し、その足を一歩下げた。

だが、やはり倒れない。常に受け身の体勢で、必殺の一撃をノーガードの急所に叩き込まれてもなお、最強は一歩下がっただけ。

それでも、最強を一歩退かせられる人間が、今この世で何人いるか。

 

「褒美だ。受け取れ」

 

一歩下がった脚をさらに後ろに下げる。少年は何かに気づき全力で防御を固めるが、もう遅い。少年の最後の攻撃は確かに世間で呼ばれる必殺の物。しかし、ヒュームにしてみればまだ足りない。

必殺は、必殺でなければならない。殺さなくとも、必ず勝てなければそれはただの技でしかない。

ヒュームのそれは、どうしようもなく必殺だった。

 

「ジェノサイド・チェンソー」

 

後ろに下げられた脚が大きく唸る。大気を震わせながら振るわれたそれは、少年をガードの上から打ち砕く。

画面端に叩きつけられた少年は、全身の力が抜けたようにその場に倒れた。

 

「所々に垣間見える川神流。なるほど。鉄心の言っていた赤子は貴様のことだったか」

 

戦いながら抱いた既視感は川神流のそれ。ヒュームとは百代と揚羽の現状について話すのが主だったが、要所要所の雑談で必ず出てきた名前が帝明修吾。それがこの少年だったのだと分かった。

ならば、やはり。

 

「揚羽様の相手は川神百代が適任だったな」

 

ヒュームが揚羽に与えたかったものはライバルだ。自分と同じ空気を醸し出し、勝利を疑わないお互い。なのに勝ちに及ばない。それが必要だった。

しかし、この赤子はレベルが違う。

圧倒的基礎訓練に基づく地力と、それを過分なく発揮できる技術。なのに慢心も油断もない。今の揚羽では歯が立たないとヒュームは見込んだ。

だが、当初求めてたものとは違くても、良いものを見つけた。修吾はヒュームの理不尽な蹴りにより体力を10割削られているはずだが、辛うじて意識を保っていた。やがては気絶したが、それでも驚くべきことだ。 

ヒュームは意識を手放した修吾を担ぎ、下山を始めた。

 

 

________________

 

「しかし、儂の一存では決めれんぞい。本人は了承するにしても家族まではわからんぞ」

 

「そこは俺が話をつける」

 

「いつになく乗り気じゃな。九鬼は有望な人材に目がないというが」

 

「少し違うな鉄心」

 

「む?」

 

「俺は確かに九鬼を第一で考えているが、今回はそればかりではない」

 

「ふむ。というと」

 

「好奇心だ。あの小僧が何処まで伸びるのかに興味がある」

 

「なるほどのう。お主にそこまで言わすか。じゃが、それは儂を含め川神院としても見届けたいところではあるのだがのう」

 

「筋が通らないのは理解している。故に、3年だ。3年であいつに足りない物を埋める」

 

「……経験か」

 

「ああ。川神院は俺を持ってしても素晴らしい練度だ。だがそれは鍛錬に重きを置いた場合だ。奴に足りないのは多種多様な相手への経験。それが九鬼ならば用意できる」

 

「………ふむ…。あいわかった。うちの者には儂から伝えておこう」

 

「感謝する」

 

「礼などよせ。むず痒いわい」

 

「ならば、話は早いほうがいい」

 

その日の夜、早速ヒュームは鉄心に掛け合った。内容は端的に言うと修吾の九鬼への引き抜きだ。ヒュームは九鬼を第一として考えるが、それでもヒュームを占める割合で武というのはかなり大きい。故に修吾へは武への興味が大きかった。

ヒュームは部屋に入ってきた修吾に単刀直入に九鬼への勧誘をした。

本人は悩んでいた。ヒュームの言う所の利点は理解しているのだろう。だが今の環境から離れることに一抹の寂しさを覚えているのだろう。ならば、とヒュームが自由時間もあることを伝えるとすぐさま了承した。

 

 

一先ずの別れの朝はすぐやってきた。

ヒュームが川上院へ修吾を迎えに行くと、そこには修吾と親交があったろう赤子達が集まっていた。別れの挨拶を一人一人済ませていく。中でも青髪と川神百代の渋がり方は相当だった。

 

「修吾!まだ私に勝ってないじゃないか!なのになんでどっか行くんだ!ずっと、ここに……。わ、私のそばにいればいいじゃないか!」

 

川神百代にとって帝明修吾はそれほどまでに大事な存在なのだろう。つい最近揚羽というライバルが出来たが、それまではずっと修吾が孤独を紛らわす唯一のよりどころだったことは想像に難くない。

一瞬の静寂の後。修吾が口を開いた。

 

「いいか川神百代。お前との勝負はお預けだ。だがいつか必ず俺が勝つ。覚悟しとけよ」

 

それは、孤独に泣く1人の少女への手向け。例え離れても、心は一緒なのだと言う修吾なりのメッセージ。

 

「…ああっ!」

 

呆然としていた百代が満面の笑みに変わる。それを確認せず、修吾は車に乗り込んだ。

 

____________

 

車での移動中や、九鬼の施設の案内中にも、ヒュームは修吾の様子を窺っていた。やはり、小学生にしては落ち着きすぎている。新しい環境や場所にも気負わず適応し、だからといって楽観しているわけでもない。気の張り巡らし方も淀みなく、すれ違う従者達の実力も細かく測っている。例えここで従者の1人が修吾に暗殺を図っても即制圧されるだろう。

 

 

そうこうしているうちに九鬼帝のいる、この九鬼で最も重要な部屋についた。修吾へ軽い忠告を済ませ、部屋へと入る。

開け放たれた両開きの扉から、ひんやりとしたプレッシャーが漏れ出す。それも当然。この中にいるのは従者の中でも許された一握りのトップだけ。意図的ではなく、常に引き締められたその気が自然とプレッシャーとなるのだ。それは例え序列二桁の猛者であろうとも、入るのに一瞬躊躇してしまうほどのもの。

だが、そんな中へ、修吾はヒュームに続き平然とした様子で足を踏み入れた。

室内に入ると部屋中の視線が修吾に集中する。そんな状況でも、修吾は変わらず毅然としていた。それを見て、探るような視線が興味深い視線へと変化した。

 

「よう。お前か。ヒュームの言ってた奴は」

 

部屋の奥に構える九鬼帝。王と呼ぶにふさわしい貫禄を携えた男が、修吾に話を振る。それに対し修吾はまだ答えない。発言を許された明確な合図がないからだろう。平然と構える修吾だが、身の振り方を最大限熟考しているのが見て取れる。

 

「……へえ。ヒュームの紹介だからハズレはねえと思ってたが、こりゃいいねえ」

 

それをマジマジと眺めた九鬼帝は、少しの間をおきそう言った。足りぬ者から見れば適当と称されそうな九鬼帝だが、九鬼帝の人を見る目は絶対だ。帝自身、それがわかっているからこそ最大限のベットを行う。

例え九鬼のトップだろうと、例え相手が子供だろうと、九鬼帝は認めた相手へは礼を欠かない。九鬼帝がまず名乗り、そこで初めて修吾の発言が許される。

 

「帝明修吾です」

 

聞かれたことに最短で最適に。我を全開で出してくる貪欲な馬鹿も帝は好きだが、修吾のような振る舞いをする者からは興味深さを感じた。

 

気に入った。

 

帝のセンサーが修吾に反応する。そして、ヒュームの管轄でならあらゆる自由を許した。ヒュームの直下など、いくら希望してもそうそう入れるものではない。名実ともに九鬼従者のトップであるヒュームはそれほどに倍率が高かった。齢10かそこらの歳には破格の条件である。それこそ周りのものが耳を疑うほど。

 

「帝様。よろしいので?」

 

苦言を呈したのはゾズマだ。九鬼のトップの1人である彼の通り名は"皮肉屋"。当然すんなり首を縦に振るわけはなく、修吾の方向にだけ威圧を飛ばした。

だが、

 

甘いなゾズマよ。それは俺が実証済みだ。

 

修吾の傍のヒュームからそんな目線が飛んできた。事実、修吾はそれに対しどこ吹く風だった。九鬼の精鋭ですら怖じけるその威圧にだ。だが、能天気なわけではない。常に隙を作らず、しかしゾズマだけに意識を向けていない。油断も慢心も浮かれも、最初からなかったと言うわけだ

 

帝に注意され、ゾズマは威圧を引っ込め軽く頭を下げ下がった。

帝が最後に軽いエールを送る。それに対し修吾はお辞儀で返し、次いでヒュームに連れられ退出した。

間違いなくとんでもない存在になる、と、そんな予感を胸にひめ、帝はそれを見送った。その口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

 




毎度終わらし方が雑。
まさか1万字超えるなんて思わんやん。そりゃ最後の方早く終わらしたくなるって

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。