九鬼入社から2ヶ月がたった。俺の序列は現在675位。日頃はヒュームに連れられ世界中を飛び回り、たまの帰国時にはマープルに座学を習う。怠いにも程がある。
それとつい昨日で俺のヒュームへの連敗記録が10に到達した。
おかしい。何故勝てない。動体視力も身体の反応も何も問題ではない。奴の攻撃には全て対応できるはず。なのに勝てる兆しが全く見えない。
いや、理由はわかっているのだ。俺と奴とでの決定的な違い。
それは経験。次いで少しのフィジカルだ。このジジイ、間違いなく今までの中で最強と言っていい。ルーや釈迦堂などにも引けを取らず、ましてや凌駕する俺の身体能力を、ヒュームのジジイは軽々超えていく。ルーや釈迦堂にも未だ勝てていないのに、そいつらをクリアする前にもっと強えのが出てきた。
そしてもう一つは経験。俺の武の学び方は、いつしか卓上の物となった。簡単に言えば、武術の歩法や拳の出し方などを実践しなくなり、ただ単にそのやり方が書いてある本を読むだけになった。
何故か。理由は簡単である。それだけで理解できてしまうからだ。最早俺は身体を動かしながら武を染み込ませるなど、そんな次元にはいない。必要なのはその動きが実現できる筋力や体幹、柔軟性のみ。だがそれらは元から備わっている。ならば後は知ればいい。それだけで容易にマスターできる。
つまり、俺とヒュームの武の完成度は同じ次元にある。お互い戦闘時での足運びや技の打ち出しに寸分の狂いもない。テストで言うならば常に模範解答を繰り返しているような状態だ。
だがそこで経験の差が出る。
お互い最善手ならば明暗を分けるのは読み合い。例えばフェイントなどは、引っかかってしまえばその後の対応でいかに最善手を出そうとも追いつかない。相手も最善手を出すのだから当然遅れが出る。つまり相手が次に何を狙っているかを把握し、如何に虚をつき、如何に思い通りにさせないようにするかがキーとなる。だが、その領域でもヒュームのジジイは頭一つ抜きん出ている。理由は明白。俺と奴では実践経験に差がありすぎる。
幾千、幾万のパターンが奴には染み付いている。読み合いなんてお手の物というわけだ。
となるとやはり、こいつを下すには実戦を積むしかない。
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そうとわかってからはひたすらに実践経験を積む毎日。ヒュームに連れられ世界中を飛び回る。ヒュームの序列は現在一位だ。これは俺が九鬼に入ってから10ヶ月、1度も揺らいだことがない。武力だけではそうも行かず、仕事に至るまで奴はクラウディオほどでは無いにしろ完璧と言える。故に連れられる全ての場所で戦闘があるわけではないが、強さ故に紛争地帯やVIPの護送など、危険の伴う任務は多い。そこでの戦闘は大抵が俺だ。初めは鬱陶しいと思っていたが、こうなってからはむしろ好都合。俺は嬉々として武を振るった。
しかし、ここで問題が浮上する。
出会う者皆全て、俺よりはるかに弱い。足運びも打ち方も全てがお粗末。一挙手一投足の全てが緩慢。これでは読み合いにまで発展するわけがない。せっかくいい肥やしが揃っていると思ったのにこれでは時間の無駄だ。ただの俺のお楽しみタイムになっている。
そこで俺は一つ策を講じた。
視界を閉ざしたのである。
相手が刃物だろうが拳銃だろうがお構いなし。読みのみで対応する。戦闘の中の一つのキーにするのではなく、読み一点で戦うのは中々にハードだった。しかし、着実にヒュームに追いつきつつある。この調子でいけば割と早くヒュームに土をつけることができるだろう。
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と、思っていたのだが、これまた問題が発生。視野を閉ざして戦闘する毎日に、俺のハイスペックボディは対応しつつあった。何が問題なのかというと、読みが外れ、相手の凶器が身に当たった時、その凶器が自分を傷つけるより前に反応できてしまうようになったのだ。薄皮にあたってから、それが毛細血管にたどり着く前に動けてしまう。例え視界を閉ざそうとも、見てから反応のようなことができるようになってしまった。
これでは読み合いにならない。
そして更に、それでも視野を閉ざし続けていたら、今度は発生音や反響音、果ては気流の動きでさえ相手の行動がわかるようになってしまった。これでは目を開いているのと何も変わらない。本当にうちのハイスペックボディがハイスペックすぎて申し訳ありません。
故に俺は更なる策を講じた。五感全ての遮断である。まあ味覚は遮断しなくてもいいのだが、またどうやって対応できてしまうかわからない。ここは徹底しておいたほうがいいだろう。
そうなってからの戦闘は、初めこそ前後不覚、まるで自分が宇宙空間を漂っているような気持ち悪さを覚えたが、慣れて仕舞えば戦闘するのも訳ない。
そして戦闘が終わったと思ったタイミングで五感を復活させる。最初身体に刻まれていた傷は回数を追うごとに減少し、減少し、やがては無傷で勝利を収めることとなった。
こうなってしまった俺は最早手のつけられない最強だ。次の帰国時、俺はヒュームを倒す。最強でなくなった最強に価値はない。その一位、貰うぞヒューム。
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負けた。忘れていた。読み合い以外に身体能力でもほんの少しのハンデがあるのだった。
1年ちょい経った今の俺の序列は326位。謎に昇格が遅くまだ上に何人もいる状態だが、実際俺と並ぶ者は5人もいない。つまり、その頂点であるヒュームを下せば事実上後は敵なしということだ。だが、前述した通り、俺と奴とでは身体能力という差がある。本来ならば、中学生の俺と、成熟したヒュームとでは埋められない差ではあるが、俺は誓ったはずだ。
肉体の差を補って余りある武を身につけると。
そうなれば後やることはシンプル。兼ねてから考えていた事を実行する時が来た。
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川神院にいた頃、釈迦堂やルー、鉄心と戦いながら、俺はある一つの違和感を覚えていた。筋肉の密度も、柔軟性も、硬度も、全て俺が上のはず。なのに身体能力で上をいかれる。身体能力を構成する物は筋肉だけのはずだ。しかし、そうなら辻褄が合わない。
俺はひたすらに考え、と言っても3分に満たないが、一つの答えを導き出した。こいつら、純粋な身体能力のみで戦ってる俺と違い、気で肉体を強化してやがる。まるで弱者が鎧を着るかの如く、こいつらの身体は気が張り巡らされていた。
つまり、こいつらは気に寄りかかり、かまけているのだ。俺も気に頼れば今より強化はできるだろうが、それでも奴等に及ぶかと言われたらまだ厳しい。
そこで俺は考えた。
なにも、俺が強くならなくとも、あいつらを弱くして仕舞えばいいんではないかと。以前川神院の蔵に訪れた時、一つの巻物を見つけた。どうやら川神流の禁じ手などが纏まっている様だった。どれもこれもが下らない物ばかりだったが、一つだけ興味深いものがあった。
名は確か『龍風穴』
効果は相手の気に制限をかけるという物だ。俺はその技についてはそこまでしか見てなく、やり方などはわからないが、そんなことは問題ではない。初見でできてしまうからこその天才だ。
とうとうその技を習得する時が来たようだ。
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如何なる技であろうとも、相手の気を無くすなんてことはできない。それは即ち相手を殺すのと同義だ。ならばどうするか。答えは、気を周らなくする。いや、周りにくくすると言ったほうがいいか。そこまでわかるなら、あとは実行するのみ。
実践は一回でいい。
気のコントロールを正確に、緻密に。
複雑に入り組んだ気の流れを一気に解き放つ。
瞬間、弾けた気が辺りを揺らす。だが、それ以上の何かは起きなかった。
……あれ、何も起きないが。これ成功でいいんだよな?確かに相手がいてこその技だが、にしたって掴めた感触がない。
………。よし、クソ技だな。
俺がミスをするなんてことはありえない。となるとこの不発感は確実に技側の問題である。まさか川神院の厳しい巻物が妄想必殺技集なんて考えもつかなかった。時間返せ。
考えてみたらそんなことをする必要はなかったな。この俺としたことが勝てないことに自棄になりすぎて柄にもないことをしてしまった。下らない技に頼るのではなく、今まで通り更に武を極め続ければいい。俺とヒュームの武の次元が同じなら、俺が更に抜きん出ればいいだけの話だ。
これまでのように実戦を繰り返しながら爪を研いでいこう。
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そっからしばらく経ったある日、俺は九鬼帝に呼び出された。俺なんかしたか!?なんて思うのは自信のない無能だけだ。常に最善の行動をしていると言う自負がある俺にかかれば、それはただの朗報となる。
身だしなみを整え、完璧な立ち振る舞いで帝のいる部屋をノックする。
「おう」
中からいつもと変わらない軽い調子の返事が聞こえる。俺はそこから少し間を置き、扉を開けて中に入った。
軽いやりとりを挟み、帝が本題を切り出す。
「んで今日お前を呼び出した理由だが、実はお前に頼み事がしたくてな。修吾。お前に俺の息子の護衛を任せたい」
帝の話はこうだ。九鬼帝の実の息子、俺の一個下の九鬼英雄。そいつがそろそろ勉強として世界を相手に商談を始めるのだそう。九鬼といえど、いや天下の九鬼だからこそ最初は当たって砕けよ精神で数をこなして学ばせるらしい。故に初めのうちは世界各国を航る激務となるそう。
九鬼の大事な跡取り。半端なものではその身を任せられない。だからといってヒュームはヒュームで最も武力が必要とされる任務にてんてこまい。
そこで白羽の矢が立ったのが俺というわけだ。俺はもともと経験を積むと言う名目でヒュームについて回り世界を飛び回っていた。それがヒュームから九鬼英雄に変わろうとなんら変化ないという考えだろう。それと、どういうわけか
俺は話を聞きながら思った。
これは絶好のチャンスだと。
護衛となれば必然的に九鬼英雄といる時間が長くなる。それはこれからの九鬼を背負って立つ九鬼の顔とこれ以上ないコネクションを作れるということだ。
俺は二つ返事でそれを了承した。
もちろん最大の理由は今述べた通りだが、俺にとってはもう一つの副次効果も両手を上げて飛び上がるほど嬉しいものだ。それはヒュームの管理下という縛りが無くなること。
毎度毎度の上から目線。不遜な態度。どれをとっても俺の琴線に触れまくる。これからはもっと伸び伸び立ち回れる。最高の職場環境の始まりだ。
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と、思ったのだが。
「てめえか。ヒュームの言ってたガキは」
訂正。最悪な環境だ。初対面の初挨拶から最悪な先制パンチをくらった。もちろん比喩だが。
「はい。今日から英雄様の護衛の任につくことになりました。帝明修吾です。よろしくお願いします」
「っち。私1人で十分だってのに…。こんなガキよこしやがって」
聞こえてるんだよ。いや聞かせてんのか。俺の前で不機嫌そうに吐き捨てるそいつは、栗色の髪をショートで切り揃え、切長の目をした貧乳だった。
「ちゃんと礼儀の方は嗜んでるようだな。歳不相応で不気味な奴だな」
ヒュームとのファーストコンタクトから、その後の任務を経て、こんなに最悪な奴は居ないの思ったものだが、ここにきてその最悪が更新しつつある。初対面でどんだけ口撃してくれば気がすむんだこいつは。こんな奴によく九鬼の跡取りの護衛が務まるもんだ。おまけに、この弱さ。この10秒で2回はお前のことを殺せたぞ。
が、ここまで実力差が空くと俺の心にも大分余裕が生まれる。子供の挑発に大人が乗らないのと一緒だ。俺も成長した。この程度のことでいちいち腹を立てるほど子供ではない。
「こんなに言われて反応無しかよ。まあいい。これから英雄様に対面だ。失礼を働いたら素っ首落とすからな」
はあ?誰に口きいてんだこいつ。お前が俺の首を落とすだと?笑わせるなよ。無理に決まってるだろ。馬鹿も休み休み言え。というか、これからの九鬼のトップに失礼働くわけないだろ。頭湧いてんのか。
っと、あぶな。腹を立てかけた。こんなのに腹を立ててたら自分から同じレベルだと言うようなものだ。これから九鬼英雄と対面なのだ。精一杯媚びを売るためこんな奴無視だ無視。
と、そんな思考をしている間に忍足あずみが歩き出す。このメイドの名前だ。
忍足はある程度移動すると、明らかに従者部屋ではない豪華な扉の前で止まった。流石御曹司の部屋だ。警備トラップがありえないほど張り巡らされている。それにどれも高性能だ。俺でなければ感知できない物ばかりだろう。
忍足は扉をノックし、下がって控える。そしてこちらをチラリと見て、ボソッと呟いた。
「お前、英雄様に余計なこと一言言うなよ」
はあ?どういう忠告だ?そんなことしねえのくらいわかりそうなものだが。
と、考えてる最中に扉から帝にそっくりな男が出てきた。齢は俺より下か。だが俺はそこで、忍足の発言の意味がわかった。
「きゃるーん⭐︎!おっはようございます英雄様!!」
「うむ!おはよう!」
権力者にはアラサーの恥など度外視し、部下にはパワハラ全開な性悪上司。俺は、なんて職場に来てしまったんだろうか。
少しの放心のせいで、俺は英雄に挨拶するのが少し遅れた。