自重するより欲望を   作:夏のレモン

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時系列的には8話と9話の間あたり。むりやりねじ込んだので違和感は無視していただけると幸いです。


前編

 

 

 

とある森の中、少女は必死に走っていた。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

駆ける少女の背後からは出会ったら最後とまで言われているレッドベアが迫っている。

 

少女は後悔していた。あれだけ森の奥には行くなと言われていたのにもかかわらずつい好奇心で入ってしまったことを。

 

「……だれか……助けて……!」

 

息も途切れ途切れになりながら助けを求めて走っていると、突然レッドベアが立ち止まり鼻をひくつかせ始めた。

 

「え……?」

 

少女はその事に疑問を覚え、思わずレッドベアの視線の先を目で追った。すると

 

「ぐぉおおおおお……」

 

そこには盛大にいびきをかきながら大の字で眠りこける真っ赤な髪をした青年がいた。

 

「え、えええええ!?!?」

 

少女が驚愕しているとレッドベアは青年の方へ向かいだした。

 

「ああ!? 危ない!!! 起きてください!!」

 

少女は自身の危険も顧みず大声で呼びかける。だが青年は目覚める気配が少しもなかった。

その間にもレッドベアが青年を食べようと迫っている。

 

「ッ!!」

 

少女は思わず青年とレッドベアの間に割り込んだ。

 

「グウ……ガアアアア!!!」

 

「ひう……!」

 

レッドベアの威嚇に膝が震えるも少女はその場を動かなかった。

 

「ガアアアアア!!!!」

 

咆哮と共に爪が振り下ろされる。少女はどうすることもできずギュッと目を瞑った。だがくるはずの衝撃はいつまで経ってもこなかった。

 

「……?」

 

恐る恐る目を開くと目の前には寝ていたはずの青年と胴体を貫かれているレッドベアがいた。

 

「え……?」

 

「ガハハハハハハ!! 都合がいいぜ。コイツぁ金になる」

 

青年はレッドベアから手を引き抜くと、血に濡れたまま少女を振り返った。

 

「おいお前、名前は?」

 

「っ……!」

 

血塗れが恐ろしく見えたというのもあるが、それ以上に凶暴さが滲み出る瞳を向けられ少女は硬直してしまった。目の前にいる青年はレッドベアーよりも危険な存在だと無意識に感じ取った。

 

「ミ、ミリです……。ミリ=カーシュナー……」

 

「ミリか、覚えたぞ」

 

少女がなんとか答えると青年は満足したように頷き、腰にさしていたロングソードでレッドベアーを瞬時に解体した。

 

「……」

 

「おい。賢者と導師は知ってるか?」

 

あまりの早技にミリが呆然としていると、青年はバラバラになったレッドベアーを包み担ぎ上げ少女に尋ねた。

 

「は、はい! それはもちろん!! あの伝説のお方達ですよね?」

 

「ああ。そいつらどこにいるか分かるか?」

 

「え……!? えっと……確か最近アールスハイド王国に戻られたと……」

 

「アールスハイド? 方角は?」

 

「たしか……私の住んでるスイード王国の隣だから……あっちの方だったような……」

 

「あっちか。ありがとよっ」

 

少女がアールスハイド王国の方向へ指を刺した瞬間、青年は地面に凹みを残して姿を消していた。

 

「え……?」

 

少女は困惑して辺りを見回し

 

「……………夢?」

 

先程までいた青年は幻想だったのではと首を傾げた。

 

だが当然それらは幻想ではなかった。この時の少女には伝説の始まりに立ち会ったという事実を知る由もなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

アールスハイド王国。

 

貴族と平民という身分制度はあれど差別は概ね解消されている国だ。国旗のシンボルには金色のドラゴンが描かれている。

 

そんなアールスハイド王国には魔法を学ぶ場である高等魔法学院という学校がある。

 

「じゃあ今日も特訓といこうか!」

 

「「「「は〜い……」」」」

 

時刻は放課後。とある一室にて究極魔法研究会が活動していた。

 

研究会のリーダー格、賢者の孫、自重しない英雄、シン=ウォルフォード。

 

シンの婚約者にしてクロード子爵家の三女、後の聖女、シシリー=フォン=クロード。

 

アールスハイド王国の第一王子、シンの親友にしてブレーキ役、アウグスト=フォン=アールスハイド。

 

メッシーナ伯爵の二女、勝気な才女、マリア=フォン=メッシーナ。

 

父親が宮廷魔術師、暴走少女、リン=ヒューズ。

 

平民出身、天真爛漫、アリス=コーナー。

 

親がホテルを経営している、第二の導師、ユーリ=カールトン。

 

騎士の家系、チャラ男魔法剣士、トニー=フレイド。

 

オーグの護衛役、筋肉担当、ユリウス=フォン=リッテンハイム。

 

同じくオーグの護衛役、頭脳担当、トール=フォン=フレーゲル。

 

実家が鍛冶屋「ビーン工房」、オリビアの恋人、マーク=ビーン。

 

実家は王都でも評判の食堂「石窯亭」、マークの恋人、オリビア=ストーン。

 

計12名で構成されている。

 

この中でも特に突出した力を持つシン=ウォルフォードはいつものごとく新しい魔法を生み出そうと試行錯誤していた。

 

「シン? 今度は何を考えているんだ?」

 

「ああ、オーグ」

 

親友であるオーグはまた何か良からぬことを考えていると察知し問いかけた。

 

「いやさ、この前の合宿で魔法見せたろ?」

 

「ああ、あのとんでもない火炎魔法か」

 

オーグは山を2つほど貫通した魔法を思い浮かべて苦笑いを浮かべた。

 

「うん。でさ、もっと改良の余地はないかな〜って」

 

「まだ強化するつもりなのか!? 戦力増強といっても限度があるぞ!?」

 

現在のアールスハイド王国は帝国を乗っ取った魔人との戦闘に備えて戦力を蓄えているところだった。だがそれを考慮してもシンの魔法は次元が違い過ぎていた。

 

「ち、違う違う!! そうじゃなくて! ただ回避されると元も子もないなって思ってさ!」

 

「え? なになに?」

 

「また新しい魔法考えたの?」

 

シンとオーグが騒いでいるのを聞きつけ他の面々も集まってきた。

 

「いやー、まだ構想の段階だけどさ、浮遊魔法の応用で重力を増加させて回避出来ないように抑えこむことはできないかなって」

 

「抑え込む?」

 

「うん、小さいもので試してみると……」

 

そういうとシンは鉛筆を床に置き魔法を行使した。すると鉛筆は瞬く間にペシャンコになった。

 

「あ、成功した」

 

「「「「「……」」」」」

 

「……え? あれ? また俺何かやっちゃった?」

 

突然静かになってしまった周囲にシンは慌てふためいた。

 

「もう驚かないと思ってたけど……これはまた別ベクトルでえぐいわ」

 

「問答無用でペシャンコでござるか……」

 

「抑え込むというより一撃必殺ですね」

 

「凄いですシン君!」

 

「あ、あれ……?」

 

婚約者であるシシリー以外からは引かれる反応をされてしまった。

 

またやってしまったと頭を掻き反省するシンだが誰もがまたやらかすに違いないと確信していた。

 

これが究極魔法研究会の日常であった。

 

だがそんな日常はとある事件を皮切りに崩れ去ることになる。

 

「みんなっ!!!」

 

勢いよく扉を開け駆け込んできたのは研究会の一員であるオリビアだった。

 

「ど、どうしたのオリビア? 顔が真っ白だよ?」

 

「マークが! マークが大怪我をっ」

 

「えぇ!? 怪我!?」

 

研究会の一員にしてオリビアの恋人であるマークが大怪我を。

ただ事ではないと瞬時に判断したシンは険しい表情でオリビアに歩み寄った。

 

「落ち着いて。いまマークはどこに?」

 

「び、病院に……」

 

「分かった。すぐに向かうよ」

 

シンはゲートを出現させマークのもとへ急いで向かった。

 

 

マークは意識不明の重体だったが幸いシンの治癒魔法で話せるくらいに回復させることに成功した。

 

「良かった……本当に良かった……」

 

「間に合ってよかったよ」

 

「すいません……助かったっす……」

 

ともに来ていた研究会の一同は全員安堵の溜息を吐き、オリビアは目に涙を溜めてマークの手を握り締めていた。

 

「それで一体何があったんだ?」

 

「ッ……!?」

 

「マーク? 大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……」

 

オーグの質問された瞬間、マークは真っ青になり怯えたような表情を浮かべた。

 

「……怪物が……怪物が現れたたんす」

 

「怪物?」

 

「……信じられないかも知れないけど、今からする話は本当に起きたことで……」

 

マークはポツリポツリと語り始めた。

 

 

…………

 

 

今日は実家の手伝いのために早めに帰ってたんすけど思ったより早く終わったんでオリビアに会いに石窯亭に行ってたっす。その男にはそこで出会いました。

 

「おかわり」

 

「は、はい!」

 

「おいおいマジかよアイツ……」

 

「かれこれ二時間食い続けてるぞ……」

 

真っ赤な髪をした男で体型はシンくんと同じくらいだったっす。それなのにとてつもない量の食事をしていてあの身体のどこに入るんだろうと思ってました。

 

最初のうちは他のお客さんもその人を見てたっすけど次第に慣れていって雑談をするようになったっす。

 

「ああそうだ。お前、新たな英雄様知ってるか?」

 

「当たり前だろ? 賢者の孫にして導師の教え子、更にはあの剣聖ミッシェル様の手ほどきを受けた正に完璧な英雄。この国で知らねえ奴はいねえよ」

 

「ああ、そのお方なんだけどな? なんでも厄災クラスの魔物をあっさり倒したまったらしいぞ?」

 

「え? マ、マジかよ……。いやでも納得できる話だな……」

 

すると男は食べる手を止めてウォルフォード君の話をしていた二人組に話しかけたっす。

 

「その話、詳しく聞かせてもらおうか?」

 

「へ? な、なんだいきなり」

 

「俺はついさっきこの国に来たばかりでよ。英雄とやらの話は初耳なんだわ」

 

「なんだ兄ちゃん、旅人かなんかかい? そういうことならあそこにいるマークに聞いてみな。なんてったって英雄様とは同級生だ」

 

「へえ? そうなのか?」

 

「え、ま、まあそうっすけど……」

 

「ならちょっと話そうぜ?」

 

「は、はあ……」

 

その男に色々聞いてきたっす。ウォルフォード君と賢者様や導師様との関係。どんな功績があるのか、とか。特に聞かれたのはどれだけ強いのかってことだったっす。

 

「なるほど、な」

 

話を聞き終えた男は納得したように頷くと席を立ち上がったっす。

俺はてっきり帰るのかなと思ったんすけどそうじゃなかったっす。

 

「マークって言ったな。俺と勝負しようぜ?」

 

「えぇ!? ずいぶん唐突っすね……。勝負……すか?」

 

「ああ、命をかけた勝負だ」

 

「……すいませんけど、お断りするっす」

 

合宿を経て強化された魔法を一般人に向けるわけにはいかない。それにそもそも戦う理由がない。そう思った俺はキッパリ断ったっす。

 

「おいおい、なんかズレてるなあ」

 

男は口角を釣り上げてニタリと笑って

 

「戦う以外の選択肢なんてあるわけねえだろ? なんならここでやってもいいんだぜ?」

 

人差し指でトンッと軽く触れだけでした。それだけで机に穴を空けたんす。

 

「っ!?」

 

「どうする?」

 

「……分かったっす。でも場所は変えさせて欲しいっす」

 

そうして俺は被害が出ない森で戦ったんす。

 

結果はこの通り、ボロボロにやられて城門前に放り出されてたっす。

 

 

………

 

 

「……マーク。その男は何故いきなり勝負を挑んできたか分かるか?」

 

オーグの問いにマークは静かに首を振った。

 

「……分からないっす。聞いても答えなかったっすから」

 

「俺が作った戦闘服を着てそのダメージ……相手は魔人って可能性もあるな」

 

シンがそう言った瞬間、

 

「そんなんじゃないっすよっ!!!」

 

マークは震えながら大声で否定した。

 

「あれは悪魔っす……! どんな攻撃をしても笑いながら跳ね返してきて……笑顔で殴ったり蹴ったりしてきて……!!」

 

「大丈夫よマーク……もう大丈夫だから……」

 

ガタガタと怯えるマークをオリビアが必死に宥める。アールスハイドでも腕利きの魔法使いにこれほどのトラウマを植え付ける相手。その場にいた全員が唾を飲み込んだ。

 

「マーク、無理に答えなくても大丈夫だけど……何か他に特徴は分からない?」

 

おずおずとマリアが尋ねる。するとマークは震える唇をゆっくりと開いた。

 

「ムーア=バルド………奴はそう名乗ってたっす……」

 

 

………

 

 

その後、オリビアを残して病院を出た研究会の面々は対策を練ることにした。

 

「この忙しい時期に厄介な奴が現れたな」

 

「殿下、外出は控えた方がいいかもしれません」

 

「そうですね。みんなも絶対に一人で行動してはいけないと思います」

 

「マークをやった相手だもの。油断は禁物ね」

 

「王家の力で偵察隊を使いたいところだが……生憎帝国との戦争のせいで人手が足りていない。俺達で巡回して探した方がいいだろう」

 

「う〜〜!! 絶対に許さない!! ボコボコにしてやるう〜〜!!」

 

「私も怒りが抑えられないよ……!!」

 

「ちょ〜っと今回は容赦できないわね〜」

 

各々が怒りを露わに意見を述べる。

 

(俺が作った防護服があってあのダメージ。そうとうヤバイ相手だ)

 

シンはオーグに目配せすると、オーグはシンの考えを察し軽く頷いた。

 

許可を得たシンは異空間から筒状の魔道具を取り出し全員に配る。

 

「みんなに通信機を渡しておくよ。何かあったらすぐに連絡できるようにしておいてくれ」

 

「「「「「了解!!」」」」

 

(ムーア=バルド……どんな奴かは知らないけど絶対に許せない……!!)

 

シンは拳を握りしめ怒りを抑えるのだった。

 

 

 

ーーーー

 

 

 

マーク襲撃から数日が経った。

 

この日も研究会のメンバーは犯人探しをしていたが一向に成果はない。

 

「もうこの国にいない可能性が高いでござるな……」

 

「そうかもですね……」

 

トールとユリウスの二人が話しながら巡回していると、目の前の居酒屋から赤髪の男がフラフラと出てきた。

 

「ガハハハハッ! ひっく……酔った酔った〜!!」

 

一人でゲラゲラと笑いながら歩く男を二人は凝視し、やがて互いに目を合わせ頷いた。

 

二人は赤髪の男の前後を塞ぐような形で立ち塞がった。

 

「んあ〜? なんだテメェら?」

 

「……マーク殿が言っていた特徴そっくりでござるな。間違い無いと思うでござるよ」

 

「そうですね。貴方がムーア=バルドですか?」

 

「……ん〜〜〜?」

 

トールが尋ねると、ムーアと思わしき男は考え込むように顎に手をやった。

 

「ああ、そうか。マークっつったなぁ。テメェらあのモヤシ君のお仲間かぁ!!」

 

「「っ!!!」」

 

その瞬間、トールとユリウスは一斉に襲いかかった。

 

「人間に魔法を使うのは気が引けるでござるがっ!!」

 

「仲間を傷付け侮辱した事、絶対に許しません!!」

 

「ガハハハハハハハハッ!!! 面白え!!」

 

こうして夜道での戦闘が始まった。

 

「はあっ!!」

 

トールが風の刃を放ち、視界の外からユリウスが殴りかかった。

 

だが風の刃は腕の一振りで掻き消されユリウスの拳は掌で受け止められた。

 

「っ!! くっ!!」

 

ユリウスは反対の拳でムーアの顔面を殴りつけた。だが拳が命中したにも関わらずムーアはビクともしなかった。

 

「な!?」

 

ユリウスは掴まれていた拳を振り切って距離を取った。

 

「なんでござるか此奴!? まるで鉄の塊でござるよ!?」

 

「魔法障壁……にしては変ですね。僕達の知ってるモノとは違うようです」

 

二人が分析しているとムーアは笑みを浮かべた。

 

「もう終わりでいいのか? 早くしねえと殺しちまうぞ?」

 

「「ッ!!」」

 

放たれる殺気に二人は瞬時に反応し攻撃を再開した。

 

魔法で足を止めて近接で仕留める。基本中の基本だが相手の力量を確かめつつ決定打を探るには的確な判断だった。

 

「ガハハハッ!! ずいぶん慎重だ、なあっ!!!」

 

「グウッ!?」

 

障壁を張っていたにも関わらず吹き飛ぶほどの衝撃がユリウスを襲った。

 

「ユリウスッ!!」

 

トールはユリウスを庇うようにムーアの正面に立ち塞がると風の刃を束ねた竜巻を放った。だが竜巻は直撃したもののムーアは平然とそこに立っていた。

 

「ガハハハハッ!! 面白いな! こんな魔法もあるのか!!」

 

切られながらも興味深げに観察するムーア。トールは驚愕を隠しきれなかった。

 

「本当に人間ですか!? あなた!!」

 

「ガハハハハッ! さあ次は何を見せてくれるんだ?」

 

竜巻が収まった直後、トールは数発の火炎魔法を放った。炎は地面に直撃し煙幕代わりとなってムーアの視界を遮る。

 

そこへ立ち直ったユリウスがムーアの懐に入り込み渾身の連打を叩き込んだ。

 

「オオォォオオオオ!!」

 

ドドドドドッ!!!!

 

全力の身体能力強化をしての打撃にムーアは宙を浮いた。そして宙に浮いたムーアを氷魔法が包み込んだ。

 

氷はズシリと地面に落ち、完全に封じることに成功した。

 

トールとユリウスは安心しホッと息を吐く。

 

「捕縛完了、でござるな」

 

「ええ、厄介な相手でしたが上手くいきましたね」

 

トールはシンから預かった魔道具を取り出した。

 

「トールです。ムーア=バルド、捕縛しました。場所はーーー」

 

他のメンバーに連絡を取っていたその時、氷の中のムーアがニヤリと笑った。

 

「っ!? トール!!」

 

いち早く気付いたユリウスが動こうとしたが時すでに遅く、氷の塊から伸びた手がトールの顔面を鷲掴みにした。

 

「あ……っ!?

 

トールはすぐさま全身に障壁を巡らせた。だが瞬時に放たれた5発の殴打により障壁は粉々に砕かれてしまった。

そして剥き出しとなった身体が高らかに持ち上げられ、トールは後頭部から地面へ叩きつけられた。

 

「カッ……ハッ……」

 

「トールッッッ!?!?」

 

「ガハハハハッ!!! 氷漬けになったのは初めてだ!!」

 

意識を失ったトールを滅茶苦茶に踏みつけ、ムーアは悪魔のように笑った。

 

「貴様ァァアアアア!!!」

 

怒り殴りかかるユリウスの拳をムーアは手のひらで受け止め、すぐに放たれた反対側の拳も同じように受け止めた。

 

「力比べは好きか?」

 

「グッ……ガッ……!?」

 

ムーアの握力によりユリウスの両手はミシミシと悲鳴を上げている。

パワー自慢のユリウスが徐々にのけぞらされていく。

 

ムーアはその状態のまま勢いをつけて額を叩きつけた。

容赦ないヘッドバットがユリウスの顔面に突き刺さる。

 

「ヘブッ!?」

 

「まだへばるなよ?」

 

すでに意識が飛んでいるユリウスの脇腹に膝が突き刺さった。

 

「ゴフッ!?」

 

「まだまだぁ!!」

 

二発、三発、四発、サンドバッグの如く蹴られたのち、ようやく手を離されたユリウスが倒れ込もうとした直後、とどめのアッパーがユリウスを吹っ飛ばした。

 

「ブハッ……!?」

 

ユリウスは宙を飛び、力なく地面に落ちた。動く気配はない。

 

「ガハハハハッ!! なかなか楽しめたな! 褒めてやる!」

 

賞賛に応える者は誰もいない。

 

ムーアは満足そうにその場を立ち去ろうとした。

 

だがそれを阻むように進行上に炎が撃ち込まれた。

 

「待ちなさい!! ムーア=バルド!!」

 

「んん?」

 

ムーアは新手と思わしき人物を見やる。

 

「女か……」

 

戦っていた場所の比較的近くにいたマリアが誰よりも早く駆けつけていた。

 

「ふむ……」

 

「な、なによ!!」

 

じっと見つめてくるムーアにマリアは警戒心マックスで構えた。

 

「俺は女は傷付けねえ主義だ」

 

ムーアはそう言うとマリアに背を向けた。

 

「ふえ?」

 

「じゃあな」

 

次の瞬間、ムーアはフッと姿を消しどこかへ去ってしまった。

 

「え……?」

 

残されたマリアは一人茫然と立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

その後、シンによってほぼ完全に治癒されたトールとユリウスはムーア=バルドについて話していた。

 

「ユリウスの攻撃が効かなかった? 障壁で防御されたのではないのか?」

 

「いえ、確かに障壁ではあったのですが僕達の物とは少し違うと思われます」

 

トールはあの日の事を思い出しながら自分の考えを述べる。

 

「僕達は自分で作る防壁と服にある付与魔法で防御しますが、あの男は常に障壁を纏っているのだと思います」

 

「障壁を纏う? 付与魔法は一切使ってないのか?」

 

「はい。おそらく魔力制御を無意識化で行えるのでしょう。攻撃にも使えるらしく此方の障壁が打ち砕かれてしまいました」

 

「それと身体能力強化に特化していると思われまする。拙者が力負けしてしまったでござるよ」

 

「「「えええ!?!?」」」

 

アリス、リン、ユーリは思わず声を上げてしまった。他の面々も深刻そうに表情を歪める。

 

研究会の中でも単純なパワーならユリウスに敵うものはいなかった。だがムーアという男はそれを上回るというのだ。驚かないわけがなかった。

 

「他にはどうだ? 攻撃手段は?」

 

「放出系の魔法は得意ではないと思います。というか使う気もないといった様子でした」

 

「なるほど。それなら勝機はあるな」

 

「ですが殿下、奴はまだ実力を隠しているでござる。我々との戦闘では剣を一切使わなかったでござるから」

 

ユリウスの話にオーグは眉を潜めた。

 

「それってつまり……相手はトールとユリウス相手に遊んでいたってこと……?」

 

リンの推測に誰も意を唱えない。静寂が教室全体を包んだ。

 

そんな中、シシリーは親友であるマリアの様子がおかしいことに気付いた。

 

「マリア? どうかしたの?」

 

「ふえ? な、何が?」

 

「その、さっきからボーッとしてない?」

 

「そ、そんなことないわよ。どうすればいいのか考えてただけで……」

 

「メッシーナも遭遇したんだったな。どうだった? 何か分かったことはないか?」

 

「……」

 

オーグの問いかけに対しマリアは少し考え込んだ。そして

 

「……いえ、分からなかったです。一瞬のことで……」

 

「そうか……。まあ仕方ないな」

 

「はい……すみません……」

 

マリアは謝りつつ思考する。

 

なぜ自分が見逃されたことを話さなかったのか。仲間を傷付けられた怒りは間違いなくある。だが何故か憎みきれない自分がいた。

 

その時、ずっと黙って話を聞いていたシンが口を開いた。

 

「次は絶対に間に合ってみせる。仲間を傷付けたこと後悔させてやる!!」

 

「「「「「!?」」」」」

 

シンから漏れ出た魔力が学院全体を震わせる。荒ぶる感情が滲み出ていた。

 

「落ち着け。少し冷静になれ」

 

「あ。わ、悪い。ちょっと頭に血が昇ってた……」

 

親友の一言にシンはすぐさま落ち着きを取り戻した。

 

「とにかくだ。今後の方針としては戦闘は極力避けるとしよう。巡回の騎士も増員させるからいつ連絡がきてもいいように待機しておいてくれ。シンが到着するまで決して手を出さないように」

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

的確に指示が出される、がこの時すでに事態は次の段階に進んでいるとは研究会の者達は思いもしなかった。

 

 

…………

 

 

研究会のメンバーが話し合いをしていた時、アールスハイド王国から少し離れた森の奥深くで二人の男が対峙していた。

 

「まさかこんなところで遭遇するとは思わなかったぞ、ムーア=バルド」

 

「俺もだ!! こんなに早く剣聖に会えるとはなあ!!」

 

一人はミッシェル=コーリング。アールスハイド王国の元騎士団長であり、かつて剣聖と呼ばれた男。シンの剣の師匠にあたる人物だ。

 

そしてもう一人は現在指名手配中の犯罪者、ムーア=バルドだった。

 

「魔物達が一斉に動き出したと報告があったから何かと思えば、お前から逃げていたんだな」

 

「ガハハハッ! この辺りの獣は臆病で困る!」

 

「そう言ってやるな。誰だって逃げるさ」

 

「へえ? ならあんたも逃げるか?」

 

「まさか」

 

ミッシェルは剣を抜き構えた。

 

「見逃すわけにはいかん。とっ捕まえて縛り上げてやる」

 

「せっかくなら殺す気でこいよ。手加減してると痛い目に遭うぜ?」

 

「それはーーーー」

 

ミッシェルはムーアの視界から消え、瞬時に背後に現れた。

 

「こちらのセリフだ」

 

振り下ろされる剣をムーアは横に飛び回避する。だがミッシェルはすでに先回りしており鋭い突きが繰り出された。

 

ムーアは身を捻りそれを躱すもミッシェルの連撃は止まることはなく、四方八方からの斬撃がムーアを襲った。

 

激しい斬撃の中、ムーアはミッシェルの姿を視界に捉え手刀を繰り出した。

 

だがミッシェルはそれを軽々と躱しムーアから距離を取った。

 

トールとユリウスがどれだけ攻撃しても傷付かなかったムーアが複数の切り傷を作っていた。

 

「障壁のムラを瞬時に見分けたのか。それに加えてその斬撃。あんた強えじゃねえか」

 

「そりゃどうも」

 

ミッシェルは余裕そうに取り繕いつつ内心では驚愕していた。確実に仕留める気で戦ったが致命傷は一撃も与えられなかった。

 

「そんじゃあ俺も本気でいくぜ」

 

ムーアはとうとう腰にさしていたロングソードを抜いた。

 

「っ……!!」

 

剣を手にした瞬間ムーアから放たれる圧が増大した。ミッシェルは自身の剣をより強く握りしめる。

 

(なんて圧だ……!! これは野放しには出来ん!!)

 

ゴクリと唾を飲み込む。緊迫した戦いは久しぶりだった。

 

次の瞬間、目の前に剣が迫っていた。

 

「ッ!?」

 

咄嗟に受け止めるが重過ぎる衝撃が全身を襲った。

 

(重い!? 災厄レベルの魔物を相手しているようだ!!)

 

腕に痺れを残すミッシェルをムーアは容赦なく攻める。

 

ミッシェルのようなフェイントを織り交ぜた剣とは真逆。いうなれば剛剣だった。身を躱そうにも振るわれる過程で狙いをピタリと合わせてくる。常軌を逸した動体視力と常人ではありえないパワーが滅茶苦茶な力技を可能にしていた。

 

基礎を理解した上でガン無視したような動きをし、息一つ切らすことはない。さながら獣のようだった。

 

(これは……不味いかもしれない)

 

すでに前線から身を引いた自分では長期戦となると不利だ。ムーアの斬撃は時間が経てば経つほど威力を増している。スタミナの底が見えなかった。

 

だからこそ渾身の技を叩き込む。

 

ミッシェルは暴風のような斬撃の中、攻撃を受け流しながらチャンスを待った。

 

そしてチャンスは来た。

 

防戦一方であるミッシェルの防御をブチ破ろうと大振りの攻撃が放たれた。

 

ミッシェルはスレスレで剣を躱し最高の立ち位置で斬撃を放った。

 

「千剣ッ!!!」

 

ミッシェルの姿が霞み、無数の斬撃が放たれる。

 

「グオッ……!?」

 

ムーアの胸部に切り傷を作ったのを皮切りに千の斬撃がムーアを切り刻んでいく。

 

周囲の木や岩を巻き添えにしながらムーアは斬撃に押され後退していく。

 

「ハァァアアアア!!!!」

 

最後の斬撃が放たれ、ムーアの身体は大木に叩きつけられた。

 

ほぼ全ての体力を使ったミッシェルは剣を杖代わりにフラフラとムーアに近づく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ミッシェルは剣を振りかぶり首に狙いをつける。

 

これほどの危険人物を生かしておくわけにはいかない。ここで断たねば後に厄災となる男だ。

 

最後の力を振り絞り勢いよく剣を振り下ろす。だがミッシェルの剣は振り上げられた剣に阻まれた。

 

「な!? まだ……動けるのか……!?」

 

「ハァ……ハァ……ガハハハハハッ……ああ、痛え……意識が飛んだのは久しぶりだ」

 

全身余すことなく斬られ、口から血を溢すムーアだがその表情には不敵な笑みを浮かべていた。

 

「こうじゃねえとなあ……!! 俺の栄光の第一歩はこうじゃねえとつまらねえ!! ガハハハハハハッ!!!!」

 

「なんなんだ!? お前は一体何が目的なんだ!?」

 

ミッシェルが問うと、ムーアは両手を大振りに広げた。

 

「全てだ。この世のありとあらゆる全てを、俺は望んでいる」

 

「全て……だと……?」

 

「その通りだ!! 金! 食い物! 名誉! 女! 国! 全てを俺の思い通りにしてしまいたい! それが俺の望みだ!」

 

馬鹿げている。あまりにも馬鹿げている話だった。夢物語のような野望にミッシェルは頭を振って否定した。

 

「そんなこと出来るはずがないだろ!? たった一人の人間が!!」

 

「それが出来るだけの力が俺にはあるのさ!! アールスハイドはそのための踏み台だ!! だがっ!!」

 

ムーアはミッシェルへ片手を差し出した。

 

「お前なら俺の手下にしてやってもいい。どうだ? 俺と一緒に世界を相手に大暴れする気はないか?」

 

「なんだと……!?」

 

ミッシェルはムーアの目を見た。騙す気のない、本気の目だった。

 

この男は本気で自分を誘っているのだ。

 

ミッシェルはそう理解し静かに首を振った。

 

「……断る。俺はこの国を愛しているんでな」

 

「そうか、そりゃあ残念だ。なら続きといこうか」

 

ムーアは剣を手に取りミッシェルの前に立ちはだかった。

 

「次の一撃は俺のとっておきだ。避けれるなら避けておけ」

 

そう言ってムーアは剣を上段に構えると、ロングソードに膨大な魔力が集まり始めた。それと同時に剣に刻まれていた文字が光だす。

 

『不壊』

 

その文字を見た瞬間、ミッシェルは目を見開いた。

 

「ッ!? それは!?」

 

どこか見たことがある形の文字だ。だが思考する時間は残されていなかった。

 

「その目に焼き付けろ。全てを貫くエルバフの槍だ」

 

剣聖としての直感がミッシェルに告げたのはたった一文字。

 

【死】

 

「っーーーー!?!?」

 

「威国!!!!」

 

轟音と共に振り下ろされた剣。その衝撃波はまさしく一本の槍のように全てを貫いていった。

 

やがて衝撃が収まり埃が晴れると、森には一本の道が出来ており、それに沿うように空が割れていた。

 

道と化した土の中、かろうじて直撃は免れたミッシェルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「なる……ほど……確かにこれは……槍……だ」

 

この男なら本当に成し遂げてしまうかもしれない。夢物語を実現してしまいそうな謎の期待が確かにあった。

 

(こんなことを聞いたら導師様に叱られるだろうが……この男の行く末を見てみたくなってしまった……。俺がもっと若ければ付いて行ってしまったかもしれんな……)

 

ミッシェルは笑みを浮かべ、そのまま意識を失った。

 

「ガハハハハッ……!! 躱したか……!! 見事だ……!!」

 

ムーアの両腕は引き裂かれたかのようにズタズタになっていた。

 

「グハッ……! 血を流し過ぎたか……!!」

 

血を吐き崩れ落ちそうになるムーアだったが、倒れることはなくミッシェルを抱え上げた。

 

 

 

数時間後、アールスハイド王国城門前に意識を失ったミッシェルが発見され国中を騒然とさせることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 





とりあえず後編までは書き上げようと思います。
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