結局長くなりすぎて中編にしてしまいました。
剣聖敗れる。その噂は当然研究会の面々にも伝わっていた。
事態が大き過ぎたため、オーグ、ユリウス、トールは対応に追われ遅れて登校することになった。
「で、殿下っ!!」
「コーリング様は!? どうなってるのですか!?」
教室に行くとすぐさま研究会のメンバーに囲まれた。オーグは話すべきか悩んだが隠しきれないと口を開いた。
「今から話すことは他言無用で頼む……」
オーグは話した。昨晩から行方知らずになっていたミッシェル=コーリングが今朝、城門前で死にかけていたところを発見された事。現在はシンが治療をしているが完治は難しいかもしれないということ。
オブラートに包んだ言い方をしたが、それでも研究会のメンバーからすればショックすぎる話だった。
「……剣聖様が‥…そんな……」
騎士の家系で生まれ、誰よりも剣聖を尊敬していたトニーは呆然と呟いた。
「負けた、というのとは少し違うのかもしれん。まだなんとも言えないが、私の予想ではコーリングは真正面から敗れたわけではない」
全員の頭上に疑問符が浮かび上がる。そこでオーグに代わってユリウスが詳しく説明を始めた。
「コーリング氏の怪我がおかしかったでござるよ。右半身の骨のみが粉々でござった。左半身は綺麗に無傷でござる」
「つまり真横から不意打ちを食らったと?」
「おそらくは」
ユリウスの言葉にすぐさまアリスが怒りを露わにした。
「なにそれ! 許せない!」
それにつられてリン、シシリー、ユーリも同意するように頷いた。
「同感。そんな卑怯者は私が制裁を加える」
「これ以上野放しには出来ませんっ!」
「人間が相手だからちょっと気が引けてたけど……もう手加減は必要ないわねぇ……!」
色めき立つ三人。それに対してトニーは自身の刀を握りしめ、オリビアは感情を抑え込むように唇を噛み締める。
「シンに付与してもらった剣……最初に使う相手が人間か……」
「私が……必ず……っ!!」
そんななか、トールとユリウスは強張った表情を浮かべていた。
「……不意打ちに決まってるでござる」
「もちろんです。そうでなくては剣聖が負ける理由が見当たりません」
そう、あり得ないのだ。王国最強の剣士が誰とも知れない無法者に敗れるなど。
だが実際に対峙した二人は薄々察していた。ムーア=バルドが剣聖を打ち負かす可能性があることを。
しかしそれを言葉にすることが出来なかった。外傷は治癒できても心の傷までは治らない。刻み込まれた恐怖が二人の判断を鈍らせていた。そしてこの些細なズレが新たな犠牲者を生み出すことになるのを二人はまだ知らなかった。
ーーーー
剣聖の噂が国中を騒がせている頃、その原因を作った張本人は川でのんびりと魚取りをしていた。
川の真ん中に静かに立ち、魚が流れてきたらすくい上げる。熊のような事をしている時点でも中々おかしいのだが、それ以上におかしいのは全身の傷を放置してそれをしている事だった。
「よし」
ムーアは川から上がると魚の山を前に手を合わせた。
「いただきます」
捕獲した魚を時には生で、時には火を通して食した。すると驚くことにみるみるうちに傷が塞がっていった。
傷は食べて治すもの。魔法で治すよりも命を貰って傷を治す方が強くなるのは自明の理。それがムーア流の治療法だった。
「うーん……治りが悪いな……」
だが粗方傷は塞がったものの、両腕の傷が思ったより深い。剣聖の名はやはり伊達ではなかったようだ。
「ガハハハッ、この国、ホント面白えなあ」
ムーアは思わず声に出して笑ってしまった。
剣聖はともかくこの国で出会った学生の魔法使いでさえ他の国のエリート以上の使い手だった。
新たな英雄とやらの影響なのかどうかは分からない。だがその名声は国中に響き渡っている。
曰く、賢者と導師に孫として育てられ、魔法や魔道具に長けている。
曰く、剣聖を師に持ち剣の腕も凄まじい。
曰く、国を滅ぼす力を持つ魔人を撃退した。などなど。
新たな英雄と呼ばれるだけの実績があった。賢者と導師を狙ってここまで来たが思わぬ展開になった。
ムーアはほくそ笑み悩ましげに空を仰いだ。
「待つか、攻めるか、それが問題だ」
この二択にあまり意味はない。要は遅いか早いかだけの違いだった。
そんな悩むムーアの姿を草陰から四つの人影が覗き見ていた。
「見て! あの両腕!」
アリス指す位置に目を向けリン、ユーリ、オリビアが頷く。
「うん。剣聖様が付けた傷だと思う」
「不意打ちを受けてやり返していたのねぇ、流石剣聖様だわぁ」
「アイツがマークをっ……!」
各々感情を露わにする。
ムーアを発見したのは偶然だった。アリスの思いつきで森へ捜索に行った結果、見事発見したのだ。
「よーし! じゃあ早速っ!」
「待って!」
「ギャフッ!?」
立ち上がろうとしたアリスの襟首をリンが掴んだ。
「なんで! 目の前にいるんだよ!?」
「気持ちは分かるけど落ち着いて。あれはマークを病院送りにしてトールとユリウスの二人を相手に勝った強敵。増援を待つべき」
「うぐ……でもあんなに油断してるのに……」
「とりあえず連絡だけでもしておきましょう? その後で隙を見て私達で倒しちゃえばいいじゃない?」
「……そうだね。うん、そうしよう!」
アリスは通信機を取り出した。
「こちらアリス! ムーア=バルド見つけたよ!!」
「誰を見つけたって?」
「「「「ひゃあッ!?!?!?」」」」
突如現れたムーアに四人は飛び上がり、慌てて距離を取った。
「い、いつの間に!?」
「ガハハハハッ!! それで何しにきた? 遊びにきたのか?」
真っ先にオリビアが炎魔法を撃った。ムーアは軽く首を捻ってそれを躱すとニマリと笑みを浮かべた。
「なんだ。やっぱり遊びにきたのか」
四人はムーアを囲むように動きながら魔法を放った。だが攻撃は全て躱されカスリもしない。
「ぐぬぬぬっ! 卑怯者の癖に〜!」
「ガハハハハッ! 美人だなお前ら! 愛人にしてやるよ!」
「お断りするわあ!」
「死んだ方がマシよ!!」
ムーアは躱しながら肩を竦めた。
「嫌われたもんだ。そこまで好みじゃないし別にいいけどよ」
「……その言い方はなんかムカつく」
リンが放った攻撃がムーアの目の前で爆発する。それらもあっさり躱したムーアはニヤニヤと笑いながら手を広げた。
「そう怒るなよ。好みじゃないがお前らは俺のモノだ」
「「「「っ〜〜〜!!!」」」」
怒りがピークに達した四人は互いに顔を見合わせ無言で頷いた。
「くらえぇえええっ!!!」
アリスの全力の範囲魔法がムーアごと周囲一帯を吹き飛ばした。宙に浮き身動き出来ないムーアに向けてオリビアは火炎魔法放ち、ユーリは取り出した魔道具で攻撃した。
「はぁぁああ!!」
「そーれっ!!」
全ての攻撃を受け、力なく落ちてくるムーアを待ち構えていたリンが両手に纏わせたウォーターカッターで何度も斬りつけ吹き飛ばした。
間違いなく仕留めた。四人ともがそう思った。だがムーアは空中でクルリと一回転すると危なげなく両足で着地した。
「ガハハハハッ!! 水の刃か! 面白いな!」
声を上げて笑うムーアの身体には傷一つ付いていなかった。
「……攻撃、当たったよね?」
「……うん、手応えはあった」
「……まったく効いてないみたいねぇ……」
「そんな……」
四人が唖然としていると、ムーアは背を向け川に向かって歩き出した。
「「「「?」」」」
意味のわからない行動に四人が戸惑っていると、ムーアは川の水を掬い上げた。
「いい事思いついたんだ。ちょっとやってみるぜ」
そう言うとムーアは勢いよく腕を振り払った。すると水が弾丸のように四人を襲った。
「な、なにこれええ!?!?」
「力技すぎる……!」
「う、動けないわあ」
「う、くう……!!」
慌てて防壁を張り耐える四人。だが次々と放たれる水の弾丸を前に何も出来なくなってしまう。
そしてとうとうオリビアの防壁が破られてしまった。
「きゃあっ!!!」
「おっと」
するとそれを見たムーアが攻撃の手を止めた。
「え?」
四人が呆然としているとムーアはオリビアの方を見て安心と言ったように頷いた。
「本調子じゃないし丁度いいと思ったが、やりすぎたか。危ねえ危ねえ」
「は……?」
あまりに意味不明な言葉にオリビアは怒りを通り越して思考が止まった。
「な、なんで攻撃をやめたの……?」
「はあ?」
するとムーアは意味が分からないといった表情を浮かべた。
「攻撃なんてしてねえだろ。躱して水しぶき飛ばしただけだ」
「「「「!?」」」」
嘲っているだけだと思っていた。だが違った。この男は最初から文字通り
「おいおいなんだこの空気。なんか変なこと言ったかよ?」
「っ!」
オリビアは折れかけた心を必死に持ち直させキッとムーアを睨んだ。
「情けなんてかけないで戦いなさいよ! マークにした事を私は絶対に許さない!」
「ん? んー……ああ、なるほど。お前アレの家族かなんかか?」
ムーアはしゃがみこみ倒れていたオリビアと目線を合わせた。
「恋人よ!!」
「そうか、同情するぜ」
「どの口で言って!!」
目の前の男に向けて魔法を放とうとしたオリビア。だがその手は魔法を放つ前に掴まれてしまった。
「っ……くう……!!」
「健気だねぇ。必死になってよお」
「うるさい! 戦いなさい! 卑怯者!」
ジタバタと暴れるオリビアを怪我をしないように封じ込めるムーア。
「それは無理な話だ。男は倒せば金になる。女は囲えば華になる。キズモノにしちまうのはもったいないだろ?」
「っ……! 最低……!!」
「ガハハハハッ! いい顔するじゃねえか! さて、名残惜しいが」
ムーアはバッと振り返り背後から忍び寄っていたユーリの魔道具を噛み砕きニンマリと笑みを浮かべた。
「な!? ひっ……」
驚き尻餅をつくユーリ。ムーアは魔道具の破片をぺっと吐き出すとユーリの頭に手を添え優しく撫でる。
「いい暇つぶしだったぜ? 褒めてやる。またこんど遊んでやるよ。今はもう───」
ムーアの周囲の空間が歪み始めた。周辺から獣の気配が一瞬で消える。
「引っ込んでな」
瞬間、荒々しい魔力がその場を支配した。
「ひっ……!?」
「「「っ!?」」」
とてつもないプレッシャーだった。息が詰まるどころか実際に呼吸が止まってしまう程の。
一番近くで圧を感じてしまったユーリ、オリビアは恐怖のあまり歯をガチガチと言わせながら無意識に涙を流した。少し離れたところにいるリン、アリスも真っ青を通り越して真っ白になってしまう。
「そこまでだ!!」
もう耐えきれないと思ったその時、上空から声が響きムーアと彼女達の間に風魔法が割り込んだ。それと同時に先程までの圧が嘘のように霧散した。
四人はびっしょりと汗をかき駆けつけて来てくれた仲間を見た。
「トニー!! マリア!!」
アリスはムーアの前に立ち塞がるトニーとマリアに精一杯の感謝を込めて声をかけた。
「間に合ってよかったよ」
「怪我はない? 危ないところだったわね」
ムーアはニヤニヤしながら二人を見る。
「増援は二人だけか?」
「この場には六人もいるんだ。十分だよ」
「笑ってられるのも今のうちよ」
マリアが両手をかざすと、ムーアの周囲に渦巻くように風が集まった。
「はあっ!!」
巨大な竜巻が発生しムーアを巻き込んだ。魔物に使えば全身が引きちぎれるほどの威力だ。だがムーアは竜巻の中で平然としていた。
「ガハハハハッ。これで終わりか?」
「まだまだ! みんな! 全力を叩き込むわよ!」
「う、うん!」
先程まで気圧されていたアリスだがなんとか持ち直しすぐさま炎魔法を放った。
だが他の三人は手を向けるも一向に魔法が発動しない。
「う、あ……」
「な、なんで……」
「っ……」
魔力はまだ残っている。だがイメージが出来ないのだ。魔法のイメージが先程の恐怖に邪魔されてうまく出来ない。他の三人はアリスほど心が強くなかった。
トニーは歯軋りしムーアを睨み付けた。
「ミッシェル様だけでなくみんなまで……!」
「ガハハハハッ! だったらなんだ?」
「僕が倒す! シンに貰ったこの剣で!」
トニーが剣に魔力を流し込む。すると剣は淡い光を帯びてブレ始めた。
「マリア! アリス! サポート頼むよ!」
「わかった!!」
「了解! 思いっきりやっちゃって!」
マリアとアリスはムーアを挟み距離を保ちながら魔法を叩き込む。目的はダメージではなく目眩しだ。
「おいおい! 魔力の無駄だぜ? こんな事しなくても待ってやるよ!」
「うるさい! 黙ってやられなさい!」
「ガハハハハッ! そりゃ無理な話だ!」
マリアとアリスがムーアの注意を引いている間、トニーは魔法を使うことに集中する。
(飛行時に使う風魔法の応用……溜めて溜めて……)
トニーの足下にどんどん風が集まる。そして限界まで溜めた時、トニーは顔を上げムーアの姿をしっかりと捉えた。
(ジェットブーツを加速させる!!!!)
次の瞬間、トニーの姿がムーアの背後に現れた。ムーアの首元から血が吹き出す。
「!? やった!!」
喜びの声を上げるアリス。思った以上に事がうまくいきトニーは余裕の笑みを浮かべた。
「命拾いしたね。初めて使うから少しズレちゃったよ。でも次は外さない」
「ふむ……」
ムーアは自身の首元に手をやり傷に触れ考えこむようにトニーの剣を見つめた。
「トニー! チャンスだよ! どんどんやっちゃえー!!」
ムーアに傷をつけた事で本来の調子を取り戻したアリスは目眩しのために魔法を撃ち始めた。トニーは心得た言わんばかりに頷き再び風魔法を集中させる。
するとムーアは手から力を抜きトン、トンとリズミカルに弾みだした。
(っ……!? 何かしら……凄く嫌な予感がするわ……)
手を下げたということは抵抗を諦めたのか、それにしては表情に余裕がある。悪寒が止まらないマリアはトニーに声をかけた。
「気をつけて! 何か狙ってるわよ!」
「大丈夫! 油断はしないよ!」
トニーはマリアから忠告を受けるもムーアにどうにか出来るとは思えなかった。一撃目の結果がトニーに自信を与えていた。
「ふっ!!」
再び超速で斬りかかるトニー。今度は外さないよう胴体を分断するつもりで剣を突き出した。
(これで終わりだ!)
トニーが勝利を確信したその時、突如顔の真下に靴が現れた。
「へ……?」
トニーの体が宙高く打ち上げられた。打ち上げられた先には何故かムーアの姿があり、かかと落としがトニーに突き刺さる。
「ガハッ……!?」
とてつもない速度で地面が迫る。だがトニーは地面に落ちることはなかった。ムーアの膝がトニーの鳩尾を打ち抜いていたからだ。
「ガハハハハッ、まだ死んでねえのか。大した防御力だな」
「………」
ぞんざいに地面を転がされるトニー。すでに意識はない。シンの付与した物理防御魔法と回復魔法が発動していてなお回復が追いついていなかった。
ムーアはトニーの剣を拾いあげると観察するように眺めた。
「なるほどなぁ。極端に薄い剣を高速振動させて切れ味を増してたのか。となると、こんな感じか?」
そう言うとムーアから流れた魔力がトニーの剣を高速振動させた。
「お、出来た。どれ」
ムーアは自身の剣を取り出し、トニーの剣を叩きつけた。
パキィンッ
粉々に砕け散ったのはトニーの剣だった。
「なんだ、思ったほど切れねえのな」
ムーアはガッカリと言わんばかりの様子で無残に破壊した剣をトニーに放り足を振り上げた。
「まあ、そこそこいい線行ってたぜ? じゃあな」
「まッーーーーーーー!?!?」
マリアの制止を求める声も虚しく、容赦なく下された一撃がトニーの身体を打ち砕いた。それと同時に周辺の地形が一瞬で陥没し、余波で木々が吹き飛ばされた。
「ふぎゃあっ!?!?」
「アリス!! 踏ん張って!!」
マリアは吹き飛びそうになったアリスを引っ掴み魔法が使えない三人の前で防御魔法を張り続けた。
衝撃が止むと、トニーは無惨な姿で地面に埋れており、もはや生きているかどうかも定かではない。
「ト、トニー………」
「そんな……」
残された五人は目の前で行われた暴力に顔面が蒼白になる。特に先程まで戦っていた、いや、
「……」
マリアは後悔した。嫌な予感がした時点で逃げればよかった。戦おうなどと考えてはいけなかった。
『メッシーナ!! 聞こえているか! メッシーナ!!」
突如通信機から声が響いた。マリアは震える手で通信機を取り出し応答する。
「はい……」
『メッシーナ!! 無事だったか!! なら皆を連れて逃げろ!! 戦ってはダメだ!! 我々は勘違いしていた!!』
マリアはオーグの言葉を待つ。何を言おうとしてるのかはなんとなく察していた。
『剣聖は不意打ちを食らったのではない!! 強力すぎる攻撃を躱しきれなかったんだ!!』
マリアはなるほどと思った。
そのほうが納得できる。この男には不意打ちなど必要ない。
『とにかく無事でよかった! バルドは今どこだ!?』
「……目の前に……いますよ……」
『!?』
目の前のムーアが笑みを浮かべる。首元の傷はすでに塞がっていた。恐らくだが、ムーアにはトニーの動きが見えていたのだろう。見えていた上で初めて見る魔道具の威力を知るためだけに攻撃を受けたのだ。
「ハハ……」
渇いた笑い声を上げ、マリアの手から通信機が滑り落ちた。
『メッシーナ!? おいメッシーナ!? 応答しろ!!!』
通信機からはオーグの緊迫した声が聞こえるが、遅すぎた。あまりにも遅すぎた。もうどうにもならないのだ。
………
「「………」」
導師メリダと賢者マーリンはお見舞いに行った際のミッシェルの姿を思い浮かべて表情を険しくさせていた。
見舞いの場には国王ディセウムと宮廷魔法師団所属の魔法使いにして国王の護衛ジークに同じく護衛であり近衛騎士団所属の騎士クリスが同伴していた。
未だ治療は難航しており、シンは仮眠を繰り返して付きっきりでミッシェルに治癒魔法を施していた。
あまりに痛々しい姿を前に全員が沈黙するなか、事態を重く見たディセウムは動員できるだけの兵士を動かすと言い残し王城に戻っていった。
馬車で帰宅するマーリンとメリダは馬車の中で無言だったが、とうとうマーリンが口を開いた。
「まさかあのミッシェルがのう……」
「……」
マーリンの呟きにメリダは無言で返す。
「これはもう、あの子達だけに任せられんか」
「……当然さね。若い世代に任せるとか言ってる場合じゃないよ」
メリダは冷たい声で答えた。その目は怒りに満ちていた。
「仇討ちだよ。古くからの友人をあんな目に遭わされて黙っていられるかい」
「考えることは同じ───む?」
何やら違和感を感じマーリンは屋敷の方を凝視した。
「ばあさん」
「分かってるさね。どうやら招かれざる客がいるようだね」
マーリンとメリダはその場で馬車を降りると空間移動魔法ゲートを発動させ屋敷へ向かった。すると
「よお。遅い帰宅だなあ、ガハハハハッ!!」
普段は自分達が使用しているソファで真っ赤な髪をした青年が寛いでいた。周りには大量の空き皿や酒瓶が転がっていた。側にはマリアがおり俯いたまま料理を持っていた。
「流石賢者と導師の住む家だ。いい酒が置いてあるじゃねえか。なあマリア?」
「……」
「おいおいどうしたあ? 手が止まってるぞ?」
「っ………!!」
マリアは大人しくフォークに乗せた料理をムーアの口へ運ぶ。ムーアは口の中の料理を再び酒で流しむと豪快に笑った。
「ガハハハハッ!! こりゃあ美味え!! 酒によく合うぜ!」
「それは来客用なんだがねぇ」
メリダは眉を吊り上げつつ呆れたように言った。
「知るかよ、そんなこと」
ムーアはそつなくそう言うと再び豪快に瓶を傾け一気に飲み干していった。
「ぶはぁ〜〜〜!! 美味え!!」
「よくもまあこの厳戒態勢の中堂々とここまで来たもんじゃのう」
「マリアのおかげで楽に来れた。ゲートっつったな。ありゃあ便利だぜ、なあ?」
「っ……」
マリアは俯き答えなかったが、その沈黙が答えだった。
「なにがおかげで、じゃ。脅したんじゃろう?」
「おいおい爺さん。俺は脅してなんかいねえよ。ただ賢者と導師に会いたいって言っただけだぜ?」
「それは奇遇さね。あたし達もアンタに用があったんだよ」
ゴウッ、とメリダから魔力が溢れ出る。
「わざわざ会いに来てくれるとはのう。……あまり調子に乗るなよクソガキ」
メリダを上回る魔力がマーリンから放出された。だがムーアは平然と寛いでおり、落ち着かせるように二人へ手を振った。
「ああ、気持ちは嬉しいが少し待ってくれや。これだけ飲んじまうからよ」
ムーアは余った酒を飲み干す。すると両腕の傷がみるみると塞がっていった。
「これは……!?」
「………一体どういう構造してんだい?」
「酒と肉を食えばどんな傷でも治る。常識だろ?」
ムーアは空き瓶を放り投げソファから立ち上がる。
「さて、やろうか」
二人の前に立ちムーアは自身の魔力を放出した。メリダとマーリンの魔力を前にして押し返さんばかりの魔力だった。メリダとマーリンは無意識に唾を飲み込んだ。
「おぬし本当に人間か?」
「ガハハハハッ! 失礼だなぁ。正真正銘人間だぜ?」
ゲラゲラと笑うムーアにメリダは溜め息を吐いた。
「惜しいねえ。これほどの力、正しいことに使えば英雄になっただろうに」
「生憎、英雄願望は俺にはなくてなぁ。俺は俺のために力を使う」
メリダとマーリンは顔を見合わせる。言葉を交わすだけで分かった。完全に価値観が違う。この男に一切の情けは無用だ。
「どうしようもないね」
「そうじゃのう。殺す気でかかるとするか」
「ガハハハハッ! ガッカリさせないでくれよ? あんたらに会うためだけに遥々この国にきたんだからよ」
その直後、メリダ、マーリン、ムーアの三人が衝突した。
轟音と共に吹き飛ぶ屋敷。
あまりに凄まじい音に近隣の住民達は家を出た。
「な、なんだなんだ!?!?」
「おい!! あそこ!! 賢者様と導師様だ!!」
「おい戦ってる相手!! 例の指名手配犯じゃねえか!?!?」
「とにかく逃げろ!! 巻き込まれるぞ!!」
逃げる住民達を尻目にメリダ、マーリンとムーアの攻防は激しさを増していく。
とても人間同士の戦いとは思えなかった。お互いの一挙手一投足で建造物が粉々になっていく。戦いの余波が暴風と化していた。
「すげえ…………」
「こんなのもう二度とお目にかかれねえぞ……!」
「賢者様! 導師様! 頑張って!!」
住民達は自宅が粉々になっているにも関わらず伝説と謳われる二人の戦いに目を奪われていた。
その伝説の二人を相手にムーアは満面の笑みを浮かべていた。
「ガハハハハッ!! 楽しいなおい!!」
「楽しんでる場合じゃないぞ?」
マーリンの炎がムーアを包み込む。ムーアは炎を真正面から切り裂きマーリンへ蹴りを叩き込んだ。
「甘いわ!!」
マーリンは二重の防御障壁で攻撃を防ぐと直線型の火炎魔法を放ちムーアを遠ざけた。吹き飛んだムーアは体勢を立て直しながら地面に着地した。
「やっぱ固えなあ!! 次はぶち破ってーーー」
「よそ見してる場合かい?」
ムーアの背後に現れたメリダが両手の魔道具を振る。すると大量の水が滝のように降り注いだかと思えば極大な雷がムーアをなぎ払った。
「ぐおっ!」
濡れた身体に雷撃を受け、棒立ちになっているムーアの胴にいつの間にか接近していたマーリンが手を添えた。
「終わりじゃ」
ゼロ距離の火炎魔法がムーアを撃ち抜いた。
爆発音が轟くと共に数軒の屋敷を巻き込んでムーアが吹き飛び、その姿が砂埃に包まれた。
「お、おお!! やった!!」
「賢者様と導師様が犯罪者を倒したぞ!!」
「流石です!」
囃し立てる国民達に対し、マーリンとメリダは険しい表情のままだった。
「見えてるか? 婆さん」
「ああ、とんでもない怪物を相手する羽目になったねえ」
二人の様子に国民達が疑問符を浮かべていると、瓦礫の中からムーアが現れた。
「ガハハハハッ!! 今のは効いたなあ!!」
「大嘘つきよる。ほぼ効いておらんじゃろう」
「嘘じゃねえさ。少し火傷したぞ」
ムーアは胸元を指差し火傷の跡を見せた。
「渾身の火炎魔法じゃったんだがのう……自信無くすわい」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。どうするんだい?」
「そうじゃなあ……」
マーリンは考え込むように首を捻り、メリダを見た。
「婆さん。こりゃあ覚悟を決めたほうがいいかもしれん」
「……そうかい」
メリダはため息を吐きムーアを睨む。
「まったく。こんな老婆に無理させるねえ」
「ほっほっほ。これも年寄りの仕事じゃて」
マーリンとメリダが構えたのを見てムーアは笑みを深くする。
「話し合いはもういいのか? なんならあんたらの孫に言伝してやってもいいぞ?」
「親切心には感謝するが、言伝は頼まん。貴様はここで死ぬんじゃ」
「おいおい爺さん。その言葉の意味分かってんだろうな?」
ムーアが尋ねるとマーリンとメリダは笑みを浮かべた。
「後悔はないわい。例え貴様がこの場を生き延びても儂等の孫がおる。あの子は儂等より強いぞ?」
「孫……ねえ?」
ムーアは含みを持たせた視線をメリダに向ける。
「魔道具作りは婆さん仕込みか? それにしちゃあ孫の魔道具とアンタの魔道具は違うようだが?」
「当然さね。あの子は天才だよ。私の技術を吸収した上でオリジナル言語を付与できるのさ」
するとその言葉を聞いたムーアは突然吹き出した。
「ブハッ!! オリジナル言語だあ!? ガハハハハッ!!!」
腹を抱えて笑い始めたムーアにマーリンとメリダは訝しげな視線を向ける。
「なにがおかしいんだい!」
「全部だよ!! 老いて思考が停止してるのかあ? 他人とコミニケーションを取るための言語にオリジナルなんてあるわけねえだろ!」
ムーアは笑いすぎて溢れ出た涙を拭い、指を3本立てて見せた。
「可能性は三つだった。あんたらのどっちかがそうなのか、もしくは両方か、それとも本人か。今のでわかった。ありがとよ」
「な、なにを言ってるんだいアンタ……?」
メリダとマーリンは困惑していた。この男が何を言ってるのか理解できなかった。
「ああ、アンタらには関係ない話だ。そろそろ戦いを再開しようや。今度は俺から行かせてもらうぜ」
瞬間、ムーアの姿が消えマーリンの目の前に現れた。
「っ!!!」
咄嗟に防御魔法を展開させるマーリン。だが明らかに先程までと様子が違った。
「大辰撼!!」
振り下ろされた剣がマーリンの防壁をバターのように切り裂いた。
「なっ!?!?」
驚きの表情を浮かべるマーリンはそのまま切り裂かれてしまった。
「マーリン!!!」
「よそ見してる場合かよ?」
「っ!?」
瞬時に現れたムーアを前にメリダは魔道具を駆使して防壁を生み出した。
「亀みたいに閉じこもりやがって。── 一万枚瓦正拳」
ムーアは腰を落として張られた防壁に拳を叩き込んだ。するととてつもない衝撃がメリダを襲った。
「ゴフッ……!?」
自身は傷付いたにも関わらず防壁にはヒビ一つ入っていない。メリダは苦悶に顔を歪ませながら理解できないといったように自身の防壁を見た。
「ああ!?」
「賢者様!! 導師様!!」
悲痛な叫びが国民達から上がる。憧れの伝説が追い詰められている事実に顔面を蒼白にさせていた。
「まだ立てるだろ? 頑張れよ老人ども」
「っ……当然、じゃ!」
「まだまだこれからだよ!」
ムーアの言葉にマーリンとメリダはフラフラと立ち上がった。もはや敵わないことは分かっていた。だがこの後に戦うことになるであろうシンのために、二人は命に代えて腕の一本をもぎ取るつもりだった。
「ガハハハハッ!」
笑い声を上げムーアが飛びかかる。メリダとマーリンは防御を捨て全力の魔法をムーアに叩き込んだ。
…………
「シン君!! シン君!!!!」
「う……ん……シシリー?」
シンは恋人のシシリーに揺すられ目を覚ました。ミッシェルの治療に集中力を使い果たし意識を失っていたのだ。
「そ、そうだ! ミッシェルおじさんは!?」
シンはガバッと起き上がりシシリーに尋ねた。
「コーリング様は大丈夫です! でも……!! でもメリダ様とマーリン様がっ!!」
「っ!?!?」
シンは飛び出すように治療施設を出た。すると周囲の人々が全員同じ方向を見ていた。
どんどん動悸が早まっていくのを感じながら、シンは視線の先に目を向けた。
王城の頂上に十字架が二つ。そこにはボロボロになったメリダとマーリンがくくりつけられていた。
「あ……あ……アァァアアアアアッ!?!?」
「シン君!? シン君!!!!」
シンはシシリーに支えられて意識を失った。
ムーアは騒めく民衆を城壁の上から眺めていた。足下にはショックのあまり意識を失ったマリアがいる。
「俺のメッセージ、受け取ってもらえたかねえ?」
ムーアは笑みを浮かべ新たな英雄を思い浮かべた。
「シン=ウォルフォード……賢者、導師、剣聖に囲まれて育った転生者。こりゃあ面白くなりそうだ」
舌舐めずりするように呟くとムーアは城壁の上から姿を消した。
この世紀の大事件はアールスハイドだけでなく周辺各国、そして帝国にいた魔人達をも動かすことになるのだった。
次回で決着ですね。遅筆ですがなるべく早く投稿できるように頑張ります。