自重するより欲望を   作:夏のレモン

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後編

 

 

国王ディセウムは王座に座り込み険しい表情を浮かべていた。アールスハイドを支える重役達も暗い表情で控えている。

 

ディセウムの前にはオーグ、ユリウス、トールが跪き深々と頭を下げていた。

 

「申し訳ありません……父上……! 私が対応を間違えたばかりに……!」

 

「……よい、誰にも想定できなかった事態だ。してシン君の様子は?」

 

「……まだ意識は戻っていません。今はクロードが側に付いています」

 

「そうか……」

 

ディセウムは目を閉じて息子同然のシンを思い浮かべる。どれだけあの二人を慕っていたかを思うと胸が張り裂けそうな思いだった。

 

「……相当ショックだったろうな。あの光景は……」

 

「「「っ……」」」

 

ディセウムから溢れでた言葉にオーグ、トール、ユリウスは俯いたまま唇を噛み締めた。己の不甲斐なさが情けなかった。

 

ディセウムは重々しく口を開いた。

 

「軍を動かすしかない、か」

 

「「「!?」」」

 

オーグ達だけでなく、その場で控えていた家臣達が驚き目を見開いた。

 

「父上!! それはあまりにも!!」

 

「分かっておる!!!!」

 

異論を唱えようとしたオーグだったがディセウムの一喝で黙らされてしまった。

 

「分かっておる。魔人の脅威が迫る中、一個人に対して軍を動かすなど本来ありえない事態だ。だがもはや抑えきれん」

 

ディセウムは立ち上がり窓辺へ歩くと町を見下ろした。

 

「今この国は不安と怒りが渦巻いておる。失敗は許されん。迅速かつ確実に対処しなくてはならんのだ」

 

「「「……」」」

 

オーグ達は何も言えなかった。力を過信し油断した結果、好き放題やられてしまったのだ。何も言えるはずがなかった。

 

ディセウムは黙るオーグに背を向けたまま誰にも聞こえない声量でポツリと呟いた。

 

「……言い訳だな、これは」

 

一番抑えきれないのは自身の感情だった。まんまと王城に侵入され敬愛する賢者と導師を無惨に晒させてしまった事実がディセウムの頭から離れない。

 

「ムーア=バルド。貴様は取り返しのつかないことをした」

 

この短期間で国を滅茶苦茶にした男。ディセウムは怒りに燃える瞳でまだ見ぬ大罪人を睨んだ。

 

 

 

…………

 

 

 

アールスハイドを離れたムーアは狩りたての猪を肴に酒を呑み干していた。

 

「ガハハハハッ!! 楽しかったなぁ!! 楽しみだなぁ!! なぁ、マリア!!」

 

「……」

 

ムーアは少し離れた場所で座り込むマリアに話しかける。

 

「腹減ってるだろ? 昨日の晩からずっと気絶してたからなぁ」

 

「っ!!」

 

マリアは涙目でムーアに火炎魔法を放つも、軽くはたき落とされムーアは此方を気にすることなく食事を続けた。

 

効果などないことを分かっていたマリアだったがそれでも攻撃せずにはいられなかった。

 

「なんで……!! なんであんな酷い事を!!!!」

 

「俺が勝ったんだ。どうしようと俺の勝手だろ? 当然お前もな」

 

ムーアは攻撃を全て弾き飛ばしマリアを抱き寄せ料理を差し出した。

 

「食え、味は保証しない」

 

「……う、ぐぅぅ……!!」

 

身をやじらせ抵抗するマリアだったが、ムーアはびくともしない。

 

「っ……分かった……分かったから離して……」

 

観念したマリアにムーアは上機嫌で笑った。

 

「ガハハハハッ!! それでいい!」

 

「……」

 

しばらく無言で食事していたマリアだったが、やがて沈黙に耐えきれず口を開いた。

 

「……あんた……一体何者なの?」

 

「んー? 正真正銘人間だが?」

 

「…………」

 

ロクに会話にならないと分かったマリアはそれ以上話すことはなく食事に専念するようになった。

 

ムーアは思っていた反応がないマリアを見て軽く頭を掻き、のんびりと口を開いた。

 

「ああ、そうだな。この国に来て一番長い付き合いだ。特別に少し昔話をしてやろう」

 

 

 

…………

 

 

アールスハイド王国から遥か北の雪国。そこは行き場をなくした人々が集まる掃き溜めの国だ。

 

その国の貴族達は選民意識を持っており、平民を自分の私腹を肥やすための道具としか見ていない。平民達は平民達で互いに潰しあって日々喰いつなぎ、道端で餓死しそうな人がいようとも無関心であるのが当然の国だ。

 

そんな最悪の国でムーアは生まれた。父は不明、母は魔法使いのハンターだったが、稼いだ金はほとんど男に貢ぎ蓄えはほぼない。兄と姉はそんな母のご機嫌を伺い要領よく立ち回っていた。

 

ムーアはほとんど家にいることはなく、喧嘩に明け暮れ、奪い取った食料で日々生活していた。

 

 

 

ある日、母は魔物との戦闘で不覚を取り大怪我をし、友人の治癒師により一命を取り留めるという出来事があった。

 

薄汚い寝室で目を覚ました母はボンヤリとした様子でポツリと呟いた。

 

「……思い出した」

 

そうして退院から数か月後、怪我の後遺症で下半身が麻痺した母は子供達を集めると『電撃』『不壊』と刻まれた首輪を嵌め、少しでも反抗的な態度を取れば『しつけ』と称して電流を与えるようになった。

 

しっかりと調教した上で母は子供達に魔法を教えた。兄は魔法、姉は魔道具作りに才能があると分かりメキメキ成長していったが、反対にムーアには魔法の才能が見られなかったため、母は即座にムーアを見限り、兄と姉が成長するための道具として扱った。

 

次々と金になる危険な魔物を仕留めてくる兄と姉に母は優しく接し、毎日手ぶらで帰ってくるムーアには厳しい罰を与え見せしめにした。その結果、兄と姉はさらに多くの成果を持ち帰るようになり、無能なムーアを嘲笑い理不尽に痛めつけた。

 

ムーアは他の兄姉の踏み台として負け犬のような人生を送るはずだった。

 

だがそうはならなかった。

 

母が謎の覚醒をしてから数年後、森の奥地にてムーアは倒れ伏す兄と姉を見下ろしていた。

 

「う……そ……」

 

「……一体……なにが……?」

 

なす術なく捻じ伏せられた二人は訳が分からないと言った様子だった。

 

「最後まで気付かなかったな。お前らがあまりにバカだったから退屈だったぜ、くだらねえ」

 

ムーアは吐き捨てるように告げた。

 

才能はあったのだ。兄や姉を遥かに凌ぐ才能が。だが家族にはそんな素振りを微塵も見せず、感情を抑え込み無気力を演じ切った。全ては力を手に入れるため。魔法の理解を進め、異世界の知識を吸収し、虎視眈々と力を蓄え続けた。

 

「知ってるか? クソ不味い肉でも使いようはあるんだぜ?」

 

ムーアは狩りたての魔獣の肉を食いちぎる。本来魔獣の肉は不味い上に猛毒だ。だがムーアの身体はすでに適応していた。魔獣の肉はこの数年でムーアの身体をより強く、より頑丈に変えていた。

 

「頼む……殺さないでくれ……」

 

「お願い……許して……お金なら全部あげるから……」

 

必死に懇願する兄姉に対しムーアはこれまでの無表情が嘘のような笑みを浮かべながら自身の首輪を引きちぎった。

 

「どんだけ強くなっても首輪は外れなかったな」

 

その目には怒りも憎しみもなかった。

 

「哀れだぜ」

 

容赦ない一撃が放たれる。兄と姉の命乞いが途絶えた。

 

 

「ふふふ、綺麗ねぇ」

 

母は輝く指輪をうっとりと見つめる。当然、子供達が稼いだ金で買ったものだ。

 

「ちょっと記憶が戻っただけでこんなに上手くいくなんてね。ラッキーだったわ」

 

想像力と魔力があれば大抵思い通りにできる。前世にて”理不尽な理由で”クビになったものの、元教師だった自分にしてみれば子供達に知識を与えるのも従順に躾けるのも簡単なことだった。この世界に体罰を咎める者などいないのだから。

 

「ふふ、アハハハハハッ!!」

 

全てがうまくいっている現状に、声を上げて笑っていた時、水を差すように声をかけられた。

 

「随分ご機嫌そうだな」

 

「え?」

 

声のした方を見るとムーアがニヤニヤとしながらそこに立っていた。今までのムーアからは想像できない態度に一瞬呆けるが、すぐに怒りが込み上げた。

 

「なによその口の利き方は!! 成果が出るまで帰ってくるなと言ったでしょう!?」

 

いつものように首輪の魔法を発動させる。舐めた言葉遣いをした罪は重い、ギリギリまで苦しめてやる。手違いで死んだって構うものか。

 

そう考えていたのも束の間、ムーアは苦しむ素振りすらなくそこに立っていた。母は疑問に思うも、すぐに原因を突き止めた。

 

「……あなた首輪は?」

 

「ガハハハハッ。さあ、どこだろうな?」

 

「……なるほど、運良く首輪が外れて調子に乗ってるのね? バカな子だこと」

 

どんな手を使ったのか知らないが、その程度のことで調子に乗ってるのを鬱陶しいと思いムーアへ掌を向ける。

 

「ちょうどいいわ。ここらでゴミは処分しましょう──『火炎』」

 

業火がムーアを包み込んだ。ただの人間ならチリ一つ残らない威力だ。

 

だがムーアはいつまで経っても燃え尽きなかった。それどころか炎の影には笑みが浮かんで見える。

 

「え……?え?」

 

理解が追いつかず困惑していると、突如炎から伸びた手がこちらの腕をへし折った。

 

「へぎぃっ!?!?」

 

あまりの痛みにベッドから転がり落ちる。炎から抜け出したムーアがゆったりとした足取りで近付いてきた。

 

「ひっ!?」

 

その場から逃げようと必死にもがいたが、麻痺している下半身のせいでのそのそと這うくらいしかできない。

 

「『雷撃』! 『火炎』!! 『岩槍』ッッ!!!」

 

次々と魔法を叩き込んでいるのにも関わらず、ムーアの歩く速度が変わらない。

 

母は折れた腕を庇いながら土下座した。

 

「ま、待って!! お願い! 謝らせて!」

 

「おう謝れ。だからなんだって話だけどな」

 

「私は母親よ!?」

 

「知ってる。邪魔で有意義な存在だったぜ」

 

一切意に介さないムーア。死が目前まで迫っていた。

 

「あ……ああ……!? なんで!? なんでこんなことに……!?」

 

意味が分からなかった。なぜつい昨日まで無能だった息子にこんな目に遭わされているのか。

 

そこまで考えて、母は最も高い可能性に思い至った。

 

「ま、まさか……貴方も転生者……!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ムーアの動きがピタリと止まった。

 

正解か? と思ったのも束の間、ムーアは興味深げに聞き返してきた。

 

「テンセイシャ……? それがアンタの正体か?」

 

「っ!?」

 

違う。コイツは転生者ではない。

 

「テンセイシャってのは種族名か? それともアンタみたいな特殊な人間を指してんのか? こりゃ興味が尽きねえぜ」

 

青い炎を様々な形に弄りながら此方を見るムーア。その目は貪欲な光に満ちていた。

 

「は、ははは……」

 

兄にも姉にも理解しきれなかった酸素の概念をムーアは完全に理解し操っていた。

 

目の前にいるのは “怪物” だ。前世の知識があるだけの凡人ではどうにもならない存在。

 

「全て話せ。俺を飽きさせるなよ?」

 

目の前の悪魔がニタリと笑った。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

「色々な現象の理屈とか聞いたが、一番面白かったのは御伽話だった。身体がゴムになる果実を食べた男が海賊の王になるって話が特に面白くてなぁ」

 

楽しそうに語るムーア。話を聞き終えたマリアはおずおずと口を開いた。

 

「……お母さんは……最後どうなったの……?」

 

「ガハハハハッ! 残念ながらお前が考えてるようにはなっていない。寿命だ。ストレスで痩せ細ってガリガリだったけどな」

 

愉快そうに告げるムーアに、マリアは薄ら寒いものを感じつつ、今聞いた話を整理していた。

 

(北の国出身っていうのは重要な情報だわ。でも……テンセイシャ? 話の内容からして強さの秘密よね……。ダメ元で聞いてみようかしら?)

 

「そのテンセ──むぐっ!?」

 

質問しようと口を開きかけたマリアの口をムーアの手が塞いだ。

 

「話は終わりだ。口閉じとけ」

 

耳元で囁かれ、くすぐったさに頬を染めつつ身を硬直させてしまう。

 

なに? なんなの?

 

マリアが混乱していると、突然背後から声をかけられた。

 

「おや? お邪魔でしたか?」

 

「っ!?」

 

「ああ、お邪魔だ。覗き見だけで帰ればいいのによ」

 

「それは申し訳ありません。ですがそういうわけにもいかないわけでして」

 

聞き覚えのない声がした方を振り向くと、木々の間から痩せ形のメガネをした男が現れた。

 

「お初にお目にかかります。私の名はゼストと申します」

 

礼儀正しく頭を下げるゼストを見た瞬間、ムーアは眉をひそめた。

 

「……魔人、か?」

 

「な!? 魔人!?」

 

「おや、バレてましたか。でしたら話は早い」

 

ゼストが指を鳴らすと大勢の魔人がムーアとマリアを囲むように現れた。動きからして精鋭の魔人達だ。

 

「い、いつの間に……!?」

 

驚愕するマリア。そんな中、ゼストはムーアに手を差し出した。

 

「我々と手を組みませんか? 貴女がシン=ウォルフォードを抑えてくれれば我々はそれ相応の対価を支払います」

 

「っ!?」

 

笑みを浮かべ提案するゼスト。ムーアは思案しているのか、眉をひそめてゼスト達を眺めている。マリアは固唾を飲んでことの成り行きを見守った。

 

「……いや、違うな。半端者か」

 

「……はい? 今なんと?」

 

ムーアの呟きに対してゼストが聞き返した次の瞬間、ゼストは吹っ飛び木に叩きつけられた。

 

「ガ……ハッ……!?」

 

「隊長!?」

 

魔人達の殺意が一斉にムーアに向けられる。マリアは殺意を肌で感じ恐怖で身を固めてしまう。だがムーアはそんな緊迫した空気を無視して残念そうに首を振る。

 

「大した技量もねえのに魔人化したんだな。強いて言うなら魔人もどきってところか」

 

「な、何を言う!? 我々は歴とした魔人だ!!」

 

「勝手に言ってろ。もう興味もねえ、失せな」

 

その言葉に魔人達の怒りが爆発した。

 

「おのれ! 人間風情が!」

 

「調子に乗るなよ!!」

 

強力な魔法がムーアへ放たれる。そのうちの数発はマリアの方へ向かっていた。

 

「っ!?」

 

咄嗟に防御しようとしたマリアだったが、突如力強く引っ張られ抱きしめられた。

 

「へ…………?」

 

膨大な魔力に包まれた直後、微かな振動が背をなぞった。魔人達の攻撃がほぼ完全に無効化されている。

 

「な、なんだコイツは!? 全然効いてないぞ!?」

 

「そんな筈がないだろ!! たかが人間に──」

 

「おい」

 

ムーアの一言に魔人達の攻撃の手がピタリと止まった。静寂が流れ、緊迫した空気がその場を満たす。

 

「人の女を巻き込んでんじゃねえよ」

 

静かな口調の中に怒りを感じる。この男は本気でマリアを傷付けようとした魔人達にキレていた。

 

あの凶悪で恐ろしい手が、どこまでも優しくマリアを支えていた。

 

「あ……ああ……」

 

「…………化け物」

 

魔人達の呟きが聞こえる。完全に戦意喪失しているようだ。声に怯えが満ちている。

 

「3秒以内に失せろ」

 

「撤収!!!!!」

 

その直後、魔人達はゼストを抱えて目にも止まらない速度で撤退していった。

 

「逃げ足は一人前だな」

 

魔人達の気配が消え安心したマリアだったが、ハッと我に帰りムーアに抱かれている現状をハッキリと認識した。

 

「っ!? ッッ!?!? ッッッ!?!?!?」

 

マリアはもがくようにムーアの腕を振り解くと慌てて距離を取った。そんなマリアをムーアは心底愉快そうに笑った。

 

「ガハハハハッ! そんだけ元気がありゃ十分だ。にしても期待外れにもほどがあるな。せめて親玉くらいは魔人であって欲しいね」

 

魔人達が去った方を見ながら魔力を収めるムーア。マリアはそんなムーアの横顔を見つめ続けていた。

 

「……」

 

魔人が接触してきた。それは今すぐにでも国へ報告するべき緊急事態だ。

 

だがマリアはそれどころではなかった。

 

先程から心臓がバクバクと激しく動悸し収まらないのだ。

 

「っ……!!」

 

頭では分かっている。この男は敵だ。憎むべき相手だ。だがマリアは目の前の、あまりに頼りになる、圧倒的な力を持つ男から目を離せなくなっていた。

 

 

 

……………………

 

 

悲劇の磔から数日が経った。

 

病院の一室にシンはいた。側にはシンを支えるようにシシリーが寄り添っている。

 

「……ミッシェルおじさん……爺ちゃん……婆ちゃん……」

 

立ち尽くすシンの前には三つのベッドがあった。三人は半死半生であり、意識は未だ戻らない。

 

「なんでこんなことにっ……!」

 

肩を震わせるシン。シシリーはそんなシンを優しく抱き寄せた。

 

「大丈夫です……三人とも絶対に目を覚ましますから……」

 

「……ありがとう」

 

しばらく三人を見つめていたシンだったがやがて絞り出すような声で告げた。

 

「……声が聞こえたんだ。“感情に身を任せろ”って聞き覚えのない声がずっと頭の中で響いてた。それは冷たくて暗くて、どこか心地が良くて……。でもシシリーの声で目が覚めた。そっちに行っちゃいけないって思えたんだ。シシリーがいなかったら……今頃俺は……」

 

「っ……!! シンくん……!!」

 

シンはシシリーを強く抱きしめた。

 

「もうこれ以上は奪わせない。一緒に戦ってくれ、シシリー」

 

「はいっ!」

 

シンとシシリーが病室を出ると、そこには研究会のメンバー達が集まっていた。

 

「お熱いことで結構だな、シン」

 

「オーグ……」

 

「父上からのお達しだ。多少の地形の変化は目を瞑るだとさ」

 

「なんの許可だよそれは……」

 

苦笑いを浮かべるシン。つられるように周囲で笑みが溢れる。いつもの空気が戻ってきた。

 

先日までムーアにやられたトラウマで閉じこもっていたマークを筆頭にムーアに苦汁を舐めさせられた面々がやる気に満ちた表情を浮かべていた。

 

「正直まだ怖いっすけど……寝てるわけにはいかないっす!」

 

「マークが闘うんなら私もっ!!」

 

「まずマリアを早く助けないと! それからあのムカつく顔面に魔法を叩き込む!」

 

「ムーアの性格上、無事だとは思うけど……」

 

「憶測は危険。私達もそれで痛い目にあった」

 

「リベンジでござるな」

 

「はい。やられっぱなしではいられません」

 

やる気満々の研究会のメンバー達。そして許嫁に支えられたトニーもそこにいた。

 

「……僕は戦えそうにないや……。ごめんねぇ、不甲斐なくて……」

 

痛々しい姿で俯くトニーにシンは首を横に振ってみせた。

 

「そんなことない。あのムーアをあと一歩のところまで追い込んだんだ。トニーは立派な騎士だよ」

 

「シンくん……」

 

感涙するトニー。

 

病室の前にはまだまだ大勢の人達がいた。

 

「シンお兄ちゃん! ファイトです!」

 

「この国の未来、お任せしますわ。どうか皆さんご無事で」

 

「やるぞ、シン。奴に一泡吹かせてやる」

 

「こらしめてやりましょう。身の程を弁えない愚か者を」

 

メイ姫、オーグの婚約者であるエリー、そして幼い頃から世話になってきた宮廷魔法師団所属の魔法使いのジーク、近衛騎士団所属の騎士クリス。みんながそこにいた。

 

「やりましょう。シンくん」

 

「ああ」

 

自分にはこれだけの守らなくてはならない存在がいる。

 

シンは覚悟の決まった表情で告げた。

 

「勝とう。みんなで」

 

 

 

……………

 

 

 

魔人達が現れてから数日が経った。

 

マリアは焚き火にてムーアのために魚を焼いている。ここ数日一緒に過ごすうちに、なし崩し的にムーアの生活の世話をするようになっていた。

 

ムーアは食事を終えるといつも通り横になった。シン達が動き出すまで待っているのだ。

 

「……いつまで待ち続けるの?」

 

「さあな、あと数日待つかもしれねえなぁ」

 

ムーアの横顔にはいつもの笑みが浮かんでいた。マリアはその横顔をじっと見つめ、おもむろに口を開いた。

 

「ねえ、ムーア」

 

「あん?」

 

「あなた、なんでそんなふうに笑うの?」

 

「ああ? どういう意味だ?」

 

「あなたの笑い方って、なんだかチグハグな時があるわよね」

 

その瞬間、ムーアの笑みが引っ込み、鋭い視線がマリアを貫いた。

 

普通ならここで止めておくべきなんだろうが、マリアはムーアの変化に構う事なく言葉を重ねた。

 

「ねえ、あなたは何をそんなに憎んで──」

 

「黙れ」

 

ムーアの手がマリアの首を掴んだ。

 

「それ以上踏み入ってくるんじゃねえ。俺にかかればこんな細い首一瞬でへし折れるんだぞ」

 

「そうね、知ってるわ。あなたが絶対に私を傷付けないってことも」

 

「……」

 

ムーアを知らない人からしたら怒ってるように思えるだろう。私だって少し前まで恐ろしくて仕方なかった筈だ。でも、たくさん話をした。ムーアが何を観て、何を聴き、何を考えて生きてきたのか知った。

 

だから断言できる、ムーアは怒ってない。

 

マリアは真っ直ぐにムーアを見つめ見返す。初めてちゃんと目が合った気がした。

 

「教えて。あなたのもう一つの顔」

 

もっと知りたい。魔物のように凶暴で、悪魔のように狡猾で、子供のように純粋なこの男のことを。

 

ムーアは静かに私を見つめていた。そこにいつもの笑みはない。初めて見る表情だ。

 

「俺は──」

 

ムーアが口を開いたその時、巨大な炎がムーアを包み込んだ。それと同時に草陰から小さな影が飛び出しマリアを抱え上げ、凄まじい勢いでムーアから引き離した。

 

「マリア、確保ーーーー!!!」

 

「ナイス、アリス!! ユーリ、お願い!!」

 

「了解よぉっ!!」

 

未だ燃え盛るムーアの前にリンとユーリが現れた。リンが合図を出すと、ユーリの魔法がムーアの足下の地面を突き上げた。

 

炎に気を取られていたムーアは突如足場が不安定になったことで虚を突かれ軽くよろける。

 

「「はぁっ!!」」

 

よろけたところに上空から降り立ってきたトールとシシリーの風魔法が同時に直撃し、ムーアの身体が押し上げられる。そこへジェットブーツで加速したユリウスが突撃した。

 

「おぉぉおおおお!!!」

 

宙に浮いたムーアの鳩尾にユリウスの拳が突き刺さる。

 

凄まじい勢いで吹っ飛ばされるムーアの先には、シンが『ゲート』を展開し待ち構えていた。

 

「そういうことか──!」

 

「今更気付いてももう遅せえよ!!」

 

ムーアの姿がゲートの向こうに消えていった。

 

「え、え……? 何が起こって……」

 

一瞬で起きた出来事に、マリアは呆然とムーアが消えた場所を見つめるしか出来ないでいた。そんなマリアの元に仲間達が駆け寄ってくる。

 

「マリア!! 大丈夫だった!? 何もされてない?」

 

「怖かったよね? もう大丈夫だよ!!」

 

みんなは心配そうな表情を浮かべたり、もう大丈夫だと優しい笑みを浮かべていた。

 

でも今はそれどころじゃない。ムーアは? ムーアはどこに行ったの?

 

困惑するマリアを置いて、仲間達はすぐさま次の行動に移っていた。

 

「ゲートが開けた! 行こう!!」

 

「ごめんマリア! 説明は後で!! とりあえず今はついてきて!」

 

アリスに手を引かれ、新たに開かれたゲートに吸い込まれる。ゲートを潜った先には、壮絶な光景が広がっていた。

 

「一列目下がれ!! 二列目、前へ!!」

 

「「「「ハッ!!!」」」」

 

「放てえっ!!!」

 

三重のドーナツ型に展開された軍隊。その円の中心へ向けてジークの指示に合わせて魔法使い達が一斉に魔法を放っていた。

 

「オーグ!! どうなってる!?」

 

「見ての通りだ!! ムーア=バルドの誘導は成功!! 今は作戦通りとにかく魔力が尽きるまで撃ち込んでる!!」

 

殿下とシンは言葉を交わしながら険しい表情で円の中心を見つめている。

 

「殿下……これは一体……」

 

マリアが声をかけると、オーグは安堵するように胸を撫で下ろした。

 

「メッシーナ、無事だったか! クロード、怪我の有無を確認しがてら説明をしてやってくれ」

 

「はい!」

 

 

シシリーは怪我がないか調べながら話してくれた。

 

ムーアを確実に仕留めるため、何日も話し合ったこと。

 

一番難所と思われていたムーアの転移が上手くいったこと。

 

目の前で行われている破壊はシンが考えた魔法を絶え間なく撃ち続ける戦術だということ。

 

魔法使いを三列に布陣して、一列目が魔法を放ったら三列目まで下がって次の魔法の準備をする。その間に二列目の部隊が前に出て魔法を撃つ。その次は三列目の部隊が……。という具合に、一斉射撃が間断なく行われるという戦術だ。

 

「じゃ、じゃあ……あそこにいるのは……!?」

 

未だ魔法が集中し続けている円の中心を震える指でさす。マリアの脳裏にムーアの姿が映った。

 

「そろそろ頃合いだろう。シン! 思いっきりやってやれ!」

 

「おうっ!!!」

 

オーグの言葉にシンは気合の入った返事とともに空へ飛び立った。

 

「マリアは休んでて! 私達で決着付けてくるよ!」

 

「ま、待って……!!」

 

シンを追うようにジェットブーツで飛び去る仲間達。マリアは必死に手を伸ばすが、その手は空を切った。

 

「英雄様が来たぞ!! 使用する魔法を風魔法に変えろ!!」

 

「英雄様!! お願いします!!」

 

英雄の登場に歓声が飛び交った。

 

 

やめて。

 

 

シンを中心に魔力が集中していく。今まで何度も目にしてきた、自分達とは桁違いの破壊力を持つ火炎魔法だ。

 

 

お願い、やめて。

 

 

マリアの願いも虚しく、シンの魔法が放たれた。

 

「ムーアッ!!」

 

凄まじい破壊音にマリアの声が掻き消される。

 

シンの放った魔法の爆炎が天を貫いた。熱も衝撃も一切こちらに伝わってこない事実に言いようのない恐怖を覚える。

 

「こ、これは……想像以上だ……」

 

「はい。強いのは分かっていましたがこれほどとは……」

 

ジークとクリスはシン達の魔法の威力に唾を飲み込んだ。

 

未だ爆炎は柱となり留まり続けている。その場にいるシン以外の魔法使いによる風魔法がシンの炎を更に強化させ続けていた。

 

「……美しい」

 

「あれが……新たなる英雄……シン=ウォルフォード……」

 

マリアの近くにいた兵士がポツリと呟く。その場にいた全員が目の前の神秘的な光景に心を奪われていた。

 

だがマリアはそれどころではなかった。立ち尽くしている兵士達の間を駆け抜けムーアの元へ向かう。

 

やはり止めるべきだった。シンがどれほど常識から外れた存在かもっと真剣に話すべきだった。

 

マリアは炎の柱に突っ込もうとした。

 

その時だ。

 

 

『威國』

 

 

炎の柱が真っ二つに割れた。風圧の余波が円状に展開していた軍を半分に引き裂く。

 

「ぎゃああああ!?!?」

 

「な、なんだ!? なにが起きている!?」

 

人々のどよめきや悲鳴が響き渡る中、マリアの耳にハッキリとムーアの声が聞こえた。

 

「……そう、こなくっちゃなぁ」

 

割れた炎の中から所々燃えているムーアが現れた。髪が逆立ち、鬼のような笑みを浮かべている。膨大な魔力の影響か、昂ぶる感情の表れか、ムーアの周囲の空間が歪んでいた。

 

「……あ……ああ……」

 

「……まるで怪物だな」

 

ムーアという脅威を初めて目の当たりにしたシシリーとオーグは思わず言葉を詰まらせた。

 

「ッ!! 怯むな!! 無傷なはずがない! 我々で留めを刺すぞ!!」

 

「「「「はっ!!!」」」」

 

「魔法師団、撤収!! 騎士団と入れ替われ!!」

 

「「「「はっ!!!」」」」

 

クリスの一喝により逃げ腰になっていた兵士達の動きが統率される。ジークは素早く魔法師団を纏め騎士団の背後へ下がった。

 

「目標!!! ムーア=バルド!!! 全軍突撃ィ!!!」

 

ウォォオオオオオオ!!!!

 

人の群れが波となりムーアへ向かって動き出した。だがムーアの意識はすでに頭上高くに浮かぶシンの方へ向いていた。

 

「ガハハハハッ!! 俺は、この瞬間をずっと待ち続けていたんだっ!!」

 

ムーアは凄まじい勢いで上空へ飛び上がり、勢いよく剣を振り上げた。

 

「っ!?」

 

シンが迫る豪剣を防壁で受け止めた瞬間、

 

凄まじい衝撃が発生し、大地を駆けていた兵士達は突如、糸が切れたように倒れ伏した。

 

「あ、ガッ……」

 

「ッ……」

 

気絶の連鎖は留まることなく、衝撃の及んでいない兵士達まで意識を刈り取っていった。

 

「う、ぐぅ…………!?」

 

「意識が……持ってかれる……」

 

「皆さん……!! しっかり……!!」

 

倒れそうになっていた研究会メンバー達はシシリーの咄嗟の回復魔法により辛うじて意識を保っていた。

 

回復魔法の恩恵を受けれなかった者達は抗う術なく地に伏した。

 

ほんの一瞬で、軍は壊滅してしまった。

 

「これは……現実なのか……?」

 

思わず漏れ出てしまったオーグの呟きはその場の全員の心情を代弁していた。

 

「………ムーア」

 

マリアは上空で戦うムーアを見上げ、安心したように呟いた。

 

 

 

「ガハハハハッ!!」

 

あり得ない状況を作り出した張本人は笑い声と共にシンへ拳を繰り出した。

 

「ぐふっ!?」

 

防壁で受けたにも関わらず、シンは地面に叩きつけられる。

 

「シン君っ!?」

 

「不味いな。気絶してる兵に気を遣って攻撃魔法が使えていない」

 

未だ気絶のダメージから脱することが出来ないオーグ達。ムーアは周囲に構うことなく攻撃を繰り出すため、倒れていた兵士達は巻き添えを喰らい宙に飛ばされていった。

 

「いい加減に、しろよっ!!」

 

シンは目一杯に身体能力を強化すると、ムーアに組みつき戦地から引き離していった。

 

「ッ! 我々も行くぞ!!」

 

「「「「了解!!!」」」」

 

ようやくダメージから脱したオーグ達がジェットブーツを駆使して後を追うと、シンとムーアが人智を超えた戦いを繰り広げていた。

 

「はあっ!!」

 

巨大な青白い炎の球が複数放たれる。だがムーアにとってそれは牽制にすらならなかった。

 

「とっくに知ってんだよこんな炎!!」

 

ムーアは加速しながら炎を強引に突破すると、シンへ鋭い蹴りを放った。

 

「くっ!!」

 

首元へ放たれた回し蹴りを済んでのところでガードするシンだったが、予想以上の威力に吹っ飛ばされた。

 

「ガハハハハッ!!!」

 

更にムーアは目にも止まらない速度でシンに接近すると拳のラッシュを叩き込んだ。物理完全防御の防壁を張っているにも関わらず防壁にヒビが入っている。

 

「嘘……だろっ!?」

 

シンは咄嗟にジェットブーツで上空へ脱出した。だが危機を脱したと思ったのも束の間、ムーアが空を()()()()()()きた。

 

「なぁ!?」

 

「オラァッ!」

 

虚を突かれたためか、防壁が間に合わず鋭いラリアットがシンの喉元に刺さる。

 

「ガハッ!?」

 

「「「「「シン!?」くん!?」殿!?」」」」」

 

地面に墜落したシンを守るように研究会メンバーが集結した。

 

「ぐぅ……!? クソッッ!!!」

 

「落ち着けシン!!」

 

制服に付与した治癒魔法で回復ひたシンはすぐさま攻撃に転じようとするがオーグに制された。

 

「無闇に突っ込んではダメだ!! 力押しでどうにかなる相手ではないだろう!?」

 

「あ、ああ……悪い、オーグ。少し落ち着いた」

 

親友の言葉に冷静になるシン。ムーアはシン達の前に悠々と着地すると口端を吊り上げオーグを見た。

 

「ほお? 随分信頼されてるんだな、王子サマ」

 

「仲間なんだ。当然だろう?」

 

「ああ、仲間ってのはそういうもんらしい。まさかまた俺の前に立ちはだかるとは思わなかった。嬉しい誤算だ」

 

「「「「「「っ……」」」」」」

 

ムーアは心底嬉しそうに凶悪な笑みをシン達へ向けた。一度ムーアと遭遇した者達は蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。

 

「なんで……なんでこんなことをするんですかっ!」

 

「ああ?」

 

シシリーは声を荒げムーアを糾弾した。

 

「シン君も殿下も、みんなみんな、自分以外の人たちの幸せを願って戦ってるんです! そんな人達を貴方は自分勝手に傷付けたんですよ!?」

 

「ガハハハハッ!! んなもん、俺より弱いお前らが悪い。八つ当たりすんなよ」

 

「なっ……」

 

あまりに勝手な物言いにシシリーは言葉を失った。

 

「やっぱ最初はよ、一番気持ち悪い奴らから潰してぇなと思ってよ。賢者と導師から始めることにしたんだ。まさかそれより強い孫がいるとは思わなかったがな。どうだ? あのオブジェは気に入ってくれたか?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべながら問いかけるムーアに、シンの怒りが爆発した。

 

「黙れよ……!」

 

シンから濃密な魔力が溢れ出す。常人では立っていられないほどの魔力だ。

 

「こ、これは……!?」

 

「以前より魔力量が増えてる……!?」

 

シンはムーアの目の前へ進み出た。

 

「本当に強い人達はな、大切な『今』を守るために力を使うんだ。お前みたいな力を持った気でいるだけの人間に俺達は絶対に負けない」

 

ムーアはそんなシンを前により一層笑みを深くした。

 

「さぁて、力を持った気でいるのは──どっちなんだろうなぁ?」

 

シンと同レベルの魔力がムーアから溢れ出し、拳に集中した。

 

「っ!!」

 

シンとムーアの拳が衝突する。

 

ムーアが仕掛けたのを皮切りに戦闘が始まった。研究会のメンバーはシンを中心に攻撃を展開する。

 

「くらえ!!」

 

「えーい!!」

 

アリスとユーリの魔法が同時に直撃するが、ムーアの勢いは少しも落ちない。

 

「これ効いてるの!? あいつピンピンしてるんだけど!?」

 

「それでも攻撃を続けるしかない!!」

 

「近付きすぎるな!! 接近されれば勝ち目はないぞ!!」

 

「クソッ!!」

 

数々のオリジナル魔法を放つシン。ムーアはシンの攻撃を淡々と捌いていった。

 

「光の収束、水の圧縮、酸素による炎の強化、か。知ってる知識ばかりだな」

 

ボソリと呟くと、今まさに雷魔法を放とうとしていたオーグの背後に出現し、胸ぐらを掴み上げた。

 

「うぐっ!?」

 

「足りねえ。この程度じゃあ全然物足りねえ。お前を潰せばスイッチ入るか?」

 

そう言いつつ掴んでいる方とは反対の手に雷が収束し始めた。

 

「っ!?」

 

「「「「殿下っ!!」」」」

 

「オーグ!!!」

 

全員がオーグを助けようと動き出したが、もはや間に合わない。

 

「『雷霆』!!!!」

 

凄まじい雷鳴と共に放たれた一撃。オーグは悲鳴を上げる暇もなく地面に叩き伏せられた。

 

「テメェェエエエ!!!!!」

 

殺す気で放たれたバイブレーションソードの一閃。切れない物などない魔道具だったが、不壊の文字が刻まれたムーアの剣には刃こぼれ一つ作れなかった。

 

「それも実証済みだぁ!!」

 

ムーアはシンを防護服の上から斬り飛ばすと、足を振り上げオーグにトドメを刺そうとした。だがそれは真横から迫っていたユリウスの体当たりに阻まれた。

 

「おおおおっ!!」

 

「捨身か! 悪くねえ!」

 

嬉しそうにユリウスの顔面を殴るムーア。ユリウスは大きくのけぞるも再び食らいついた。

 

「トール!! 今のうちに殿下を!!」

 

「っ!! はいっ!」

 

ジェットブーツを使用し高速でオーグを回収するトール。ムーアはその後ろ姿を見送りユリウスの顔面を鷲掴んだ。

 

「グッ!?」

 

「いい気迫だったぜ? お前は立派な戦士だ」

 

振りかぶった拳がユリウスの胴に直撃する。すると目の錯覚か現実か、ユリウスを中心とした空間がひび割れた。

 

「ガ……ハッ……!?」

 

破壊の波はユリウスだけでなく、ヒビ割れた周囲を巻き込んで広がっていった。

 

「ユリウスッ!?!?」

 

オーグを担いでいたトールは思わず叫んだ。ユリウスは全身が砕けたのか、力なくその場に横たわった。

 

「ハァァアア!!!」

 

シンの全力のパンチがムーアに直撃する。更に至近距離から指向性爆発魔法を次々と叩き込んだ。

 

「アァァアアアアッ!!!」

 

炎が一帯を消しとばした。シンの前には文字通り更地が広がっている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

並の人間ではまず原型すら残らない火力だが、怪物にその理屈は通らなかった。

 

「今のが効いてないんすか……!?」

 

ムーアは腕をクロスさせそこに佇んでいた。シンの高火力を生身の肉体で受けきったのだ。

 

「やるじゃねえか。だいぶキツかったぞ」

 

ムーアの魔力がどんどん増していく。際限のない力がそこにあった。

 

「「「「「っ……!?」」」」」

 

その場の全員が恐怖を感じ行動に移ろうとした。だがシン達が行動するより早く、ムーアは剣を振り上げていた。

 

「ッ……!?」

 

剣の間合いにしては大分遠い。だが自分達の死が目前まで迫っていることは明確に感じられた。

 

「あ……あ……」

 

のしかかる圧迫感に息を途切れさせるマーク。一番深いトラウマが植え付けられていたのか、頭が真っ白になっていた。

 

「や、やめ……」

 

恐怖で固まるマークを前に、剣は容赦なく振り払われた。

 

「『破々刃』ァ!!」

 

「伏せてっ!!」

 

オリヴィアの言葉に我に帰った全員が瞬時に身をかがめた。固まっていたマークもオリビアに引きずられギリギリで身を伏せる。

 

横薙ぎに放たれた斬撃がシン達の頭上を通り過ぎ、遠く離れた山脈を切り裂いた。もしもオリビアが動いてなかったら全員纏めて真っ二つになっていただろう。

 

「う……あ……」

 

「………」

 

その場にいた全員の顔面が蒼白になる。

 

あまりにも理不尽すぎる力だった。

 

厄災の申し子のような存在が目の前にいた。

 

「ごめん、みんな……。奥の手を使う、時間を稼いでくれ」

 

「「「「ッ!!」」」」

 

シンの言葉に全員が息を呑んだ。ただでさえ規格外なシンをして奥の手と言わせる魔法。これまでの比ではないことは明らかだった。

 

「シシリー……、オーグとユリウスを頼んだ」

 

「ッ……はいっ!」

 

恐怖心を押さえこみ、研究会メンバー達は時間稼ぎのために魔力を練りながらムーアを囲んだ。

 

「やっと殺る気になったか」

 

不敵に笑うムーアにシンは殺意に満ちた表情で返答する。

 

「ああ、跡形もなく消し去ってやるよ」

 

「いいぜ、やってみろよ」

 

そう言うやいなや、ムーアは剣をしまい仁王立ちになった。

 

「え………?」

 

命懸けで時間稼ぎするつもりだったメンバー達は唖然としてムーアを見つめた。

 

「テメエの全力を真正面から受け切ってやる。そんでその後は俺の番だ」

 

あまりに傲慢な態度にシンは表情を一変させ敵意を剥き出しにした。

 

「ッ! なら食らってみろよっ!!」

 

シンの両手にこれまでとは比べ物にならない熱量が発生する。あまりに強大なエネルギーなのか、額から汗を流し、歯を食いしばって集中していた。

 

それに対し、ムーアは見守るだけだった。明らかな脅威を目の前にして、ただ待っていた。

 

異様な光景を前に、研究会メンバー達が戸惑いながらも見ていると、シンとムーアの間に人影が割り込んだ。

 

「…………マリア?」

 

突然の乱入に誰もが驚愕した。マリアはシンの前に立ち塞がると静かに告げた。

 

「お願い……もうこれ以上、傷付けないで」

 

「「「「!?」」」」

 

予想外な言葉に全員が硬直する中、リンがキッとムーアを睨んだ。

 

「卑怯者!! マリアを洗脳したの!?」

 

「……違うわ。私は洗脳なんてされてない」

 

リンの糾弾をハッキリと否定するマリアの目は確かに正気だった。仲間達は余計に混乱した。

 

「な、ならなんでそんな奴を庇うんですか!?」

 

「そうだよ!! そいつが何をしてきたか忘れたの!?」

 

アリスはマリアに手を伸ばした。

 

「近寄らないで!」

 

「ッ!?」

 

物理防御障壁がマリアとアリスの間に展開される。それはこれ以上ない拒絶だった。

 

「………マリア………?」

 

目を見開き、呆然と立ち尽くすアリス達。

 

「う、ぐうっ……!?」

 

思いがけないショックで集中が乱されたのか、シンの掌に集まっていたエネルギーが不安定に暴れ狂った。

 

「不味い……! このままじゃ抑え切れなくなる……! 頼むマリア!! どいてくれ!!」

 

「っ……!」

 

マリアは覚悟を決めたように目を瞑った、その時。ムーアがマリアを突き飛ばした。

 

「え……?」

 

「勝手に命張ってんじゃねえ。これは俺が望んだことだ」

 

マリアが的から外れた瞬間、シンは暴走しかけていたエネルギーを安定させた。

 

「『原子融合』『熱核反応』」

 

詠唱と共に集まっていたエネルギーが形を作っていく。ただでさえ膨大だったエネルギーが肌で分かるほどに強大なモノへと変化した。

 

「『方向指定』」

 

魔法に指向性がつき、ムーアへ真っ直ぐ向けられた。ムーアの笑みがより凶悪なものになる。

 

「『発射』っ!!!!」

 

シンの核魔法がムーアに直撃した。

 

放たれた熱線が徐々に肉体を焼きながら侵食していき、ムーアを貫いた。

 

「ムーアッ!!!!」

 

ムーアはマリアの悲痛な叫びを聞きながら意識を消失させた。

 

 

………

 

 

『そりゃこうなるだろうな。あんなもん食らって無事で済むわけがねぇ』

 

真っ暗闇の意識の中、一人漂っていたムーアに呆れたような声が響いてくる。ムーアはその声に言い返した。

 

『だが避けるわけにはいかねえ』

 

『ああ、そうだな。そうでなきゃ俺じゃねえ』

 

暗闇の中から紅い瞳に黒い肌のムーアが現れた。

 

『ただ殺すだけなら、どうとでも出来るもんな』

 

魔人ムーアは不敵に笑った。

 

 

 

物心ついた頃から視界は常に真っ赤に染まっていた。なにがきっかけなのかは覚えていない。ただ真っ赤なだけの、くだらない世界がそこにあった。

 

何も持たずに生まれ、何かを与えられることもない。奪うことでしか得ることが出来ない世界。

 

『だから全部奪ってやった。金も、食い物も、知識も、力も』

 

母が覚醒した時もそうだ。欲が透けて見えていたから逆手にとってやった。

 

『間抜けな奴だったな。自分にしか使えない力だって思い込んでいた』

 

手に入れた力で好き放題した。その結果、色んな奴が俺を追うようになった。

 

『窃盗罪だか強盗罪だかで逮捕するって言ってきたな。罪を償えとも言われた』

 

奪って奪われるのは当たり前だろう? なのになんで、奴等は奪う行為を罪だと非難してくるんだ?

 

お前らは俺が奪われているのを黙認していたじゃないか。なんでそんな意味の分からない主張をするんだ?

 

『俺は勘違いしていたんだ。奴らは耳障りのいい言葉で己を飾って、結局は自分達の都合でしか動いてねえんだってな』

 

ただでさえくだらない世界だってのに、そんなクソ共が力を持ってるんだと思うと吐き気がした。

 

『だからこそ、俺は真正面から潰さなきゃならない。避けるだの不意打ちだの、奴らみたいな卑怯な真似はしない。全部受け止めて、その上で粉々にしてやる』

 

そうやって俺は魔人になり、壊すためだけに生きて終わるはずだった。

 

 

 

『だがそうはならなかった』

 

人間ムーアは楽しそうに笑う。

 

きっかけは母に語らせた異世界の物語だ。

 

暇つぶしのつもりで聴いた物語に、これまで抱いたことの無い感情が芽生えた。

 

ルールなど知ったことかと、各々の信念を胸に冒険する海賊達の物語。そんなただの御伽話に心動かされてしまった。

 

『なんて気持ちのいい連中なんだと、俺はどんどんのめり込んでいった』

 

未知を、夢を求め続ける彼らは他のどんなモノより輝いているように感じた。

 

『奪うだけだった俺が、求めることの素晴らしさを知った』

 

ただの物語だ、現実はこんなものじゃない。そう思うにはあまりに衝撃的すぎた。

 

『この広すぎる世界で思うままに、楽しく生きたい』

 

誰よりも強欲に、誰よりも傲慢に、誰よりも自由に。

 

赤一色だった世界に初めて色がついた。

 

 

 

『お前に手を伸ばせば、俺は魔人になるんだよな』

 

『ああ、無敵の魔人が誕生する』

 

『そうなったら人間としての俺は失われるのか』

 

『そりゃそうだろう。魔人になるってことはそういうことだ』

 

『それじゃあダメだ。魔人にはならない』

 

『それじゃあ俺を拒絶するか?』

 

『いいや、それはあり得ない』

 

何もかも破壊してしまいたいのも俺、何もかも欲しいと求めるのも俺だ。どちらかを捨てるつもりはない。

 

『『自分に正直に生きなきゃな。自重なんてバカ共の世迷言だぜ』』

 

ムーアは不敵に楽しそうに笑った。

 

 

……………

 

 

「「「うぉぉおお!!!」」」

 

「やったぁ!! 勝ったぁ!!!」

 

勝鬨が上がる。シンの魔法はムーアを貫き、今なお焼き続けている。

 

ムーアはそのまま傾いていき、

 

 

倒れる寸前で踏み止まった。

 

 

「え……?」

 

間違いなく倒したと喜ぶシン達に水を差すようにムーアはそこに立っていた。

 

「ガハハハハッ……ああ、今のは死ぬかと思った……!!」

 

笑みを浮かべるムーア。シンは青ざめ後退った。

 

「か、核のエネルギーだぞ!?!? 生きてられる筈がないんだ!!」

 

現代知識が理外の力にねじ伏せられた。これまで通用してきた知識が通用しなかった。そのショックは計り知れない。

 

「こんな……こんな()()()あり得ないだろっ!?!?」

 

後退りつつムーアを声を荒げるシン。

皮肉なことに、これまで非常識だと言われ続けていたシンが非常識を叫んでいた。

 

「誇れよ、シン=ウォルフォード。お前は俺の寿命を確実に削った」

 

ムーアは立ちすくむシンに悪魔のような笑みを見せ、剣を地面に突き刺すと、両手を掲げ”何か”を掴んだ。よほど巨大なモノなのか、腕に無数の血管が浮かんでいる。

 

「次は、俺の番だぜ」

 

「「「「「ッ!!!」」」」」

 

猛烈に嫌な予感がしたシン達はムーアに魔法を放とうとしたが、すでに手遅れだった。

 

ムーアは掴んだ”何か”を勢いよく引き摺り下ろした。

 

 

「『天地鳴動』」

 

 

直後、世界が大きく傾いた。

 

「うあああああ!?!?」

 

「掴まって!! 落ちるわよ!?」

 

「なんなんだよこれは!?!? 一体、なんなんだよ!!!!」

 

隆起し、沈降し、引き裂かれる。大地がムーアの手により無茶苦茶にされていた。

 

シンはせり上がった大地の上で、唖然としていた。研究会メンバー達も空を見上げて目を見開いた。

 

「嘘……」

 

「空が……」

 

未だ大地の破壊は止まらない。だがそれ以上の出来事がそこにあった。

 

「空が……降ってくる……」

 

人の力でどうにか出来るはずのないモノが、たった一人の人間によって引き摺り下ろされていた。

 

「シン君っ!!! 逃げてっ!!」

 

シシリーは必死に駆けながら呼びかけるが、シンは呆然と堕ちてくる空を見上げるだけだった。あまりに絶望的な光景を前にして、何も行動出来ないのだ。

 

迫り墜ちる空と迫り上がる大地がシンを挟んで衝突した。

 

大地が大きくうねりながら形を急激に変えていく。その衝撃は遠く離れたアールスハイド王国すら激しく揺らした。

 

やがて衝撃が止むと、ムーアの前に巨大な山がいくつも出来ていた。

 

「空と大地を閉じた。文字通り、幕引きだ」

 

笑みを浮かべるムーアの側にはマリアの姿があった。

 

「……」

 

目の前の光景に辛そうな表情を浮かべるマリア。ムーアはそんなマリアに優しく声をかけた。

 

「安心しろ、誰も死んじゃいない。これ以上やるのは違うからな」

 

「………時間を頂戴」

 

「ああ、いいだろう」

 

ムーアが見守るなか、マリアは魔法を駆使してシン達を掘り出し丁寧に並べた。

 

「……マリ……ア」

 

辛うじて意識が残っていたシシリーが弱々しく手を伸ばした。マリアはその手を取らなかった。

 

「……ごめんなさい。私はもう、みんなと一緒にいれない」

 

「……」

 

「みんなを嫌いになったわけじゃない。ただ、この人を失いたくないの」

 

マリアの声が届いたのか、シシリーは伸ばしていた手を力なく落とし、薄く開いていた目を閉じた。

 

ムーアに立ち向かう者はいなくなった。

 

アールスハイド王国の敗北が決定した。

 

 

 

……………

 

 

 

「おい、聞いたかよ」

 

「なにを?」

 

「アールスハイド王国がたった一人の人間に敗北したって話だ」

 

「ああ、それか。どうせガセなんだろ? 一人で国を落とすなんて魔人ですらキツイぞ?」

 

「それが本当かもしれねえんだってよ。最近になってイース神聖国がそいつに降伏したらしい」

 

「はあ? そんな話聞いてねえぞ?」

 

「そりゃ情報規制されてるからだ。あの国から戻ってきた幹部魔人の手下の仲間がそう言ってたんだ」

 

「……一気に嘘くさくなったな。やっぱそんな話信じられねえよ」

 

「まあ、俺だってこの目で見たわけじゃねえから、よっと」

 

魔人二人はのんびり会話しつつ瓦礫の隙間に隠れていた女の子、ミリを引っ張り出した。周囲には無残に殺された国民達の死体が転がっていた。

 

「ひっ……!!」

 

「さーて、かくれんぼは終わりだ。おい、どうする?」

 

「燃やしてもいいが、流石に飽きたし捻ってみようぜ?」

 

「う……うあ……だ、誰か……!」

 

助けを求めるミリを魔人達は顔を見合わせ下品に笑い飛ばした。

 

「ギャハハハッ!! 助けなんて来ないって分からねえのか? これだからガキは」

 

「ガハハハハッ!! 弱っちい癖に弱い者いじめか! 笑えるぜ」

 

「「は?」」

 

聞き覚えのない声に振り返ると、そこには男と女がいた。

 

「ムーア、こいつら相手に会話なんて時間の無駄よ」

 

「まあそう言うな、マリア。俺の矜恃の問題だ」

 

魔人達はムーアと呼ばれた男を見て首を傾げた。

 

「おいテメエ、何者だ? 俺達が怖くねえのか?」

 

ムーアは目にも止まらない速度で魔人二人の頭に手を添えると、力任せに押し潰した。

 

「格下に思うことなんか何もねえよ、バーカ」

 

ミリは目の前のムーアを凝視し、驚きで目を見開いた。

 

「あ、貴方はあの時の……!?」

 

「よおミリ、無事だったか。少し遅くなったが借りを返しにきたぜ」

 

ミリは訳も分からないまま軽く抱き抱えられた。

 

「親は何処だ?」

 

「あ、う……分から、ない……の。いきなり奴らが来て……逃げれなくて……」

 

「そうか、なら一緒に探してやるよ。安心しな」

 

ムーアは必死に言葉を紡ぐミリの頭を撫でると、マリアに預けた。

 

「そういう事だ。少し任せる」

 

「それはいいけど、この国の魔人はどうするの?」

 

ムーアはマリアの問いに笑顔で答えた。

 

「俺の恩人を襲ったんだぞ? 当然殲滅だ」

 

 

 

 

厄災バルド。大陸を彷徨う怪物。

 

どこからともなく現れ、去った後には草も残らない。

 

過去最強の魔法使い集団アルティメットマジシャンズ、総勢11名の人知を超えた魔法使い達をもってしてもこの厄災を抑えられなかった。

 

ある国は畏怖し、ある国は崇拝し、ある国は滅び、ある国は平伏した。

 

泣く子も黙る大厄災。遭遇したなら過ぎ去るのを待て。

 

怪物の伝説は歌となり後世まで語り継がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 






だいぶ中途半端ですが、ここで終わりとさせていただきます。
元々アニメを見て思い付きで書いていたのでアニメ最終話までのつもりで書いていました。もし賢者の孫、二期が放送されたら続きの話を書くかも知れません。

拙い作品でしたが、ここまで期間が空いても読んでくださってありがとうございます。


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