えっ⁉︎私って、乙女ゲームの世界に転生したんじゃないの⁉︎   作:ロヒシ&かづ えい子しょうゆ味

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六話 そんなわけないんじゃないの?

「抜き足…差し足…千鳥足……」

 

「忍び足ですよ、ソフィア様」

 

「うひゃあ‼︎」

 

背後から突然声をかけられた私は驚きのあまり声を裏返しながらその場に飛び上がった。

振り返ると、そこにはおかっぱ髪のメイドが無表情で立っていた。

 

「ディ、ディアナ⁉︎い、いつからそこに……?」

 

「ソフィア様のお側に仕えるのが私のお仕事ですので……所で、どちらに行かれるのですか?」

 

夜空のような黒い瞳が私を見据える。

吸い込まれそうになるほど綺麗な瞳と、人形のように美しく整った顔立ちに思わず息を呑む。

彼女は顔は無表情だけどどことなく声が怒っているように感じた。

 

「えっと……ちょっとお花を摘みに?」

 

「ソフィア様の目の前にあるのは玄関ですが、外で済まされるおつもりですか?」

 

「………えっと……」

 

「本来の花摘みに行くと仰られてお屋敷から逃げ出そうとされたのはこれで3回目になりますが…」

 

彼女の無言の圧力に負け、私は頭を垂れて謝った。

 

 

 

 

私の名前はソフィア・アイン・ベリックス。

乙女ゲーム『イグドラシルの聖女』の世界の悪役令嬢に転生した元日本人だ。

なんやかんやで私は断罪されて国外追放になるはずが、何故か『鬼の花嫁』という聞いたこともない刑で魔族が出現するアスラール山に追いやられ、そこで魔族に襲われた。

そして、この屋敷の主人である紅 夜叉丸という魔人に助けられた。

彼らは私に危害を加えるつもりはないけど、同時に私をこの屋敷から出すつもりもないらしい。

だから私は冒険者での経験を活かした隠密術で脱出を図ろうとしたんだけど、なんやかんやでこの黒髪のメイドーーディアナに毎回捕獲されてしまっている。

ん?なんやかんやってどういう事かって?

なんやかんやは、なんやかんやよ!

 

 

このディアナというメイドはとにかく神出鬼没だ。

いないと思ったら突然背後から現れたり、気配をまるで感じ取る事ができない。

かと思ったら、私がコレをして欲しいなぁと思った事をまるで予知したかのように先回りして準備してくれている。こんなスーパーメイド初めて見たかも。

 

 

 

「どうぞ」

 

部屋に戻ると、ディアナが紅茶とお茶菓子を用意してくれた。

正直、ディアナの淹れてくれる紅茶とお菓子は美味しい。私がこの屋敷から脱走するのに二の足を踏むくらい。

 

「その割には、本日で9回目の脱走未遂になりますが…」

 

と、目を閉じて部屋の隅に佇んでいるディアナが声をかけてきた。

だからさ、私の心読むの止めてくんない?

ヴォルク先生といい、魔族ってみんな心が読めるの?

 

「いえ、私は魔族ではありません」

 

「え?そうなの?」

 

じゃあ、何で私の考えてる事とか分かるの?

ヴォルク先生は私は考えている事が顔に出やすいとか言ってたけど、私の行動までは読めないはず……たぶん。

 

「主人と仰ぐ方の望みを叶えて差し上げるのがメイドの務めですので。ですのでソフィア様が何を望んでらっしゃるのかを事前に推測し、実行しているだけです」

 

「その割に私を外に出してくれないよね?」

 

「…主人と仰ぐ方の身の安全を守るのもメイドの務めです」

 

なるほど、どうやっても外に出すつもりはないみたい。

ここ何回か脱走図ったけど外に出るどころか、玄関のドアノブにさえ私は触れられないでいるしね。

 

「分かったわ。アンタ達が何考えてるのか分からないけど、私に危害を加えるつもりはないみたいだし、もう脱走するのは諦めるわ」

 

「ご理解いただきありがとうございます」

 

ぬぁ〜んちゃって。誰が諦めるもんですか。絶対この屋敷から脱出してやるんだからね。

 

「では、私も全力で阻止させてもらいますね?」

 

だから心読むの止めてよ。

 

 

 

 

 

このアスラール山はヴルームの奥地に聳え立つ広大な山だ。

温暖な気候と肥沃な大地が多いヴルームに於いて、このアスラール山の一帯だけがまるで世界から切り取ったかのように景色が変わる。

草木は生えてるけど花は咲かず、小動物どころか虫の子1匹いない。

窓の外から見えるのは曇天の空と荒れ果てた山の景色、それから時折姿を見かける魔物。

こんな所に住んで、あの魔族達は何を考えてるのかしら?

 

正直に言うと、私は退屈していた。

ここには何もする事がない。

ディアナに脱走を阻止された後は、その失敗を餓鬼丸とかいう魔族に笑われるし、外に出れないから運動もできない。

ディアナの淹れてくれるお茶は美味しいけど、屋敷にある本はどれも小難しいものばかりで眠たくなる。

大事な事だから2回言う。私は退屈していた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ディアナ」

 

「何でございましょう?」

 

「この間、貴女は魔族じゃないって言ってたけど、それじゃあ人間なの?」

 

「いえ、私はホムンクルスです」

 

「ホムンクルス?」

 

するとディアナは自分の事を話してくれた。遠い遠い昔の話を。

 

今から1000年以上も前にある国にとても優秀な魔術師の男がいた。

男は持って生まれた高い魔力で新しい魔法を次々と生み出し、人々の生活を豊かにしていた。

人々は男に感謝し、その国は他国と比べて大層栄えていたみたい。

 

男には美しい妻がいた。夜空のように綺麗な黒い髪と、雪のように美しい白い肌、全ての民に笑顔で手を差し伸べる優しい彼女は聖女と呼ばれ、慕われていた。

だがある時、その妻が不治の病にかかってしまった。

男はあらゆる魔法を試したが、妻を治すことはできず、彼女はそのまま還らぬ人となった。

それが男の心を壊してしまった。

男は魔術を用いて、死んだ妻を甦らせようとした。

しかし、どんな魔法を試しても妻を甦らせることはできなかった。

そして男は考えを変えた。

生き返らせないなら創り出せば良い。

男は死んだ妻の肉体から妻そっくりの人間を創り出した。

それがディアナ達ホムンクルスだった。

だけど、容姿は妻そっくりでも中身までは同じとばかりにはいかなかった。

創り出されたホムンクルスは彼の命令に黙って従う人形のようだった。

 

ーーこれは違う!こんなのは本当の彼女じゃない!……そうだ。人形が感情を持てないのなら、感情を与えてやれば良い。

 

そう考えた男だったが、いくつもの歳月が流れ、男の肉体は年老いていた。

だから男は悪魔に魂を売った。

魔族と融合し、人間を超越した男はその力を使って人間を襲い、妻に相応しい感情を持つ人間を攫っていった。

そして魔法でホムンクルスに人間の感情を移植する術を生み出した。

だが、どれだけの人間の感情を移植してもホムンクルスは妻のような人間にはなれなかった。

人間の心を入れても人形は人間にはなれない。

そんな絶望が男を襲っていた。

 

そして、年月が流れとうとう男は討伐されてしまった。

後に残ったのは男が最後に創り上げた一体のホムンクルス。それがディアナだった。

 

「私は、旦那様達に保護されました。そして名を与えていただき、メイドとしてお仕えすることになったのです」

 

「そんな事があったのね」

 

彼女の話を私は黙って聞いていた。

まさか彼女にそんな過去があったなんて……

愛した人を失い悪魔に魂を売ってまでも大切な人を取り戻そうとした男か……

私はそこまで狂うほど誰かを愛したことはない。

ベリックスの家族や使用人達、それから元婚約者だったジークの事も愛してると言えば愛してるけど、それはきっと違うものなんだよね。

その時、頭がズキっと痛むと何かの映像が頭の中に流れてきた。

 

 

ーーD_1020番……?コレ、名前なの?

 

ーーはい。私の製造番号です

 

ーーう〜ん、こんなに可愛いのに味気ない名前ねぇ……分かったわ!今日から貴女の名前は『ディアナ』よ!

 

ーーディ…アナ……?

 

ーーそう!ほら、この製造番号って字が汚いから『Diana』って感じに見えない?

 

ーー結構無理矢理な気がしますけど…

 

ーーうっさいわねハヤテ!私が決めたんだからそれで良いの!良い、ディアナ?貴女は今日から私の専属メイドよ!

 

ーーですが、私は創られた人形です。人間のような真似はできません

 

ーー違うわ。貴女は人形なんかじゃない!私がそれを実感させてあげる!貴女に生きる意味を与えあげる!

 

ーー………様

 

 

「ソフィア様?」

 

ディアナの声にハッと我に返った。

え?私……今の何?何か以前にも似たような感覚があった気がする。

 

 

 

 

 

最早恒例行事となった私とディアナの攻防戦。

今日も今日とてディアナに脱走を防がれ、私はドナドナよろしく部屋に戻り、彼女が用意してくれた朝ご飯を食べようとした。

その時、ふと思い出したというか思い立った。

ディアナの用意してくれるご飯は確かに美味しい。美味しいんだけど何かが足りない。

そうだ!せっかくメイドさんが用意してくれてるんだからアレ(・・)がなくっちゃ!

前世じゃ一回も行けたことなかったけど興味は有ったんだよねぇ〜。

 

「ねぇディアナ、調味料が一つ足りないんだけど?」

 

「申し訳ございません。直ぐにご用意致します」

 

「待った!その調味料はね、今私の目の前にあるの」

 

「……?」

 

「それはね、可愛い女の子の笑顔よ!」

 

ドヤ顔で私がそう言うと、ディアナが少し考えるような素振りを見せる。

 

「申し訳ございません。この屋敷には私以外の女性はおりませんのでソフィア様のお願いを叶えて差し上げることはできません」

 

と、思いっきり頭を下げられた。

 

「違う違う!私が言ってるのはディアナの事!」

 

「私…ですか?」

 

「そ!ほら、ここって景色とか凄い陰気臭いじゃない?これじゃあ折角の美味しい料理が勿体無いよ〜。だけどさ、ディアナの笑顔があれば、この料理ももっと美味しくなると思うんだよね!」

 

「私のような人形にそのような効果があるとは思えませんが、ソフィア様が御所望とあらば…」

 

そう言うと、ディアナがじっと私を見つめてきた。

 

「如何だったでしょうか?」

 

「へ?」

 

「…笑ってみました」

 

え?笑った?いつ?全然分からなかったんだけど?

 

「ごめんディアナ、もう一回笑ってもらって良い?」

 

「はい」

 

よし、今度は見逃さないわよ!スケスケだぜぇと、骨格が透けて見えるほどに眼を全集中よ!

だけど、どれだけディアナの顔を凝視しても目元や口元どころか皮膚がぴくりと動く気配すらなかった。

 

「どう…でしょうか?」

 

どうと訊かれ返答に困ってしまう。

すると、私が困惑してしまってるのを察したのかディアナが頭を下げた。

 

「申し訳ありません。私が至らないばかりに…」

 

「ディアナは悪くないよ。私が急に変なことお願いしたんだし」

 

「いえ、やはり私のように感情の無い人形では人間のように笑顔を作ることもできないのです」

 

その言葉に「違う!」と私は否定した。

初めて会った時、ディアナは確かに私に笑顔を向けてくれた。

天使のような明るい笑顔を。

それに、ディアナはいつも私の事を考えて良くしてくれている。

それは、私がどうしたら喜ぶかを考えてくれているから、喜びや悲しみという感情をこの子が理解しているから。

そんなディアナが感情の無い人形のワケがない!

ディアナは、人の感情を理解した、優しい心を持ったホムンクルスよ!

私はディアナの両方を掴んで告げた。

すると、ディアナの黒い瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちた。

 

「ご、ごめん!私、何かしちゃった⁉︎」

 

「いえ……ソフィア様にそう言っていただけたのが嬉しくて……ありがとうございます」

 

その時彼女は、あの時見せたような天使のような柔らかい微笑みを見せてくれた。

 

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