ねむの蕾   作:味わいミルク

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シンプルはベストじゃない

 閑古鳥がカッコウという鳥の別名だということを最近知った。物寂しい鳴き声を持つカッコウにちなんで、「閑古鳥が鳴く」という表現があるらしい。まさにこの店内の状況そのものじゃないか。飲食店が盛況するハズの夕刻時にこうも人がいないとは。カウンターで居眠りをこくマスターも、退屈そうにテーブルを拭くバイトのタマキちゃんの姿も、この時間には見慣れた光景だ。

 

「はぁー……暇ねぇ」

 

 客用のテーブルを何周目かした後で、タマキちゃんがおしぼりを放って呟いた。タマキちゃん、閉店まであと4時間はあるんだけどなぁ。まあ規定の閉店時間まで店を開いていた例はないんだけどね。閉店間際まで客がいたこともないし。

 

「もう8時になるからね。マスター起こして夕飯にしようか」

「やったぁ、ちょうどお腹空いてたんだよね」

 

 嬉しそうに掃除用具を片付けに行くタマキちゃんを見送って、カウンターのマスターの頭上に拳を落とす。後が怖いのでもちろん蚊を潰す程度の優しさを込めて。大体この人の頭を酒が入ったボトルで思い切り殴ったところで死にはしないだろう。というか早く起きろ。

 

「んん……んー」

 

 だるそうに、この上なく迷惑そうにしかめた面を上げながらマスターが起床。快眠を妨げられた目が恨みまがしくボクを見る。アンタはずっと寝てただけだろうが。2時間近く年頃のバイトの子の恋愛事情と愚痴を聞かされたボクの身にもなって欲しいものだ。

 

「もう8時だからさ、夕飯にしようよ。タマキちゃんもお腹空いたって」

「ん?……そうか」

「冷蔵庫に賞味期限ぎりぎりの卵あるからさ、それ使ってよ」

「……じゃあオムライスにでもするか」

「卵だったら、あたしはアレが食べたいなー。何て言ったっけ、エッグ……」

 

 いつの間にか戻って来たタマキちゃんがカウンターに身を乗り出す。

 

「あのさ、マフィンの上に卵の柔らかいのとかベーコンが載ってて……」

「エッグベネディクト?」

「そうそう!それよ」

「でもあれって、どちらかというと朝食の定番みたいな感じじゃなかったっけ」

「そう?別にあたしはどっちでもいいけど」

 

 じゃあエッグベネディクトだな、と厨房に消えるマスター。さすがのマスターも若い女の子には意見出来ない。ボクもそれ以上は何も言わずにカウンターの椅子に腰かける。何故かタマキちゃんもすぐ隣に座った。

 マスターは料理が上手い。個人の飲食店を経営するくらいの腕は十分にある。ただやる気がない。作ろうと思えば作れるくせに、この店のメニューは極端に種類が少ない。かといって酒の種類が豊富かと言ってもそうじゃない。マスター曰く「仕入れが面倒」だの「保管が大変」だの理由を並べ立てているわけだけど、単に面倒臭いのである。どうりで、というか当然客が来ないわけだ。

 

「マスターさんって不思議だよねぇ。ちゃんと料理作ればきっとお客さん来るのにさ、メニューはすっごく少ないし」

「ごもっともです。やる気がないんだよ、マスターは」

「あーあ、あたしもあれくらい料理が出来るようになったらイクタさん戻ってくるかなぁ……」

 

 ボクは何も言わない。昨日別れたばかりの彼氏をダシに冗談を言ったのか、本心なのかはボクにも分からないからだ。心底下らない話だ、なんて格好つけるわけでもない。タマキちゃんくらいの年の子にとっては、男女交際のあれこれが命より重い問題であるかもしれないのだから。その心理だけはボクには理解できないけど。

 結局その後は気詰まりな沈黙が残り、出されたエッグベネディクトを黙々と飲み込む作業だけが続いた。ベネディクトに満足したのか、料理を平らげる頃にはタマキちゃんはすっかりいつも通りの調子に戻っていた。それがフリなのかはやっぱり分からない。

 

 

 

 10時頃、結局1人も客が来なかったため2時間早い店仕舞いとなった。タマキちゃんを自宅まで送り届け、店の後片付けが終わったところで一息。マスターとカウンターを挟んでコーヒーを啜るこの時間が一番安心する、というか肩の力が一気に抜ける。午後は目一杯タマキちゃんの愚痴を聞かされたからな。いつも以上に肩が凝っている気がする。

 

「タマキちゃん、付き合ってた男と別れたらしいじゃないか」

「そうだよ……というか聞いてたんだ、てっきり寝てるのかと思ったけど」

「そのあたりはまだ起きていた」

 

 まあ、あれだけ豪快に泣いてたらね。それにしても営業時間中に居眠りをこく店長や、別れ話を愚痴りながら泣くバイトなんて、この店の店員は意識が低すぎやしないだろうか。

 

「そういえば、お前に仕事の依頼が来ている」

「は?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまったが、状況はなんとなく理解出来た。マスターの話に脈絡が無いのはいつものことだし、仕事の依頼もさして珍しくないことだ。マスターがカウンターの引き出しからやや薄汚れた茶封筒を取り出して寄越す。盛大にコーヒーを零したような跡があることについてはスルーだ。中の資料さえ読めればいいんだし、と思ったら当然封筒の中身にも染みを作っていた。ボクのジト目を無視するようにマスターがおかわりを淹れだす。

 

「……監視?」

 

 冒頭の仰々しい「監視任務」の4文字、対象の写真、数行の依頼内容。実にシンプルな内容である。それにしても対象若っ。まだ12歳になったばかりの子供だ。一応16歳であるボクも大人とは言えないけれど、写真の中の子供は良い意味で子供っぽさや、それらしさが滲んでいる。髪型や横顔の感じから男であることが窺えるけど、隣にいる同い年くらいの少年は友達だろうか?見切れていることと微妙なアングルから、そうだと判断するのは難しい。さらにハンター資格を有するプロハンターでもあるらしい。この年でなんてご立派なことだろう。

 ただこの依頼にはかなり問題がある。まず監視目的や期限に関する記載が一切見当たらないこと。目的はともかく、いつまで見張っていればいいのかが分からないのは困る。そして対象の現在地に関する詳細が明記されていないこと。ふと資料から顔を上げると、マスターがにやにや笑いながらボクを見ていることに気が付いた。この人、絶対面白がってるだろ。

 

「ターゲットは現在ヨークシンシティにいるらしいな」

「でも街のどこにいるかは書いてない。実際あれだけの巨大都市から子供1人を探すなんて、監視任務よりこっちの方が骨が折れる」

「不可能ではないんだな?」

「限りなく近いよ。それに時期が時期だしなぁ……」

「ドリームオークションか。確かあれは9月の始めの週だったな」

「街がオークションに参加するコレクターやら観光客やらで溢れ返るからね……それにあっちの“お仕事”の人達も当然いるだろうし」

 

 ただ気になることが一つ。この少年の出身地がヨークシンシティでは無いことから、何らかの目的があってこの街を訪れていることになる。滞在を始めたのが8月中旬~下旬の間。9月から始まる世界最大規模のオークションに参加するために訪れたと考えるのが自然だろう。子供とはいえ彼はプロハンターだ。オークションの参加目的などいくらでも考えられる。少々安直すぎるかな、とは思ったけれど結果オーライ。見つからなければ手段はいくらでもある。

 

「出来そうか?」

 

 マスターがさも面白そうに、決まりきった答えを求めてくる。

 

「出来るよ、なんとなく絞れてきたからね。まあ間違ってたとしても、人探しに関するツテが無いわけじゃないし」

 

 そうか、頑張れよとだけ言い残してマスターはさっさと自室に引き上げてしまった。さてと、ボクもそろそろ退散しよう。今日中にヨークシンシティ行きの飛行船の予約をしておいた方がいいだろうし。

 たった1枚の資料を片手に立ち上がり、コーヒーの染みのついた封筒はゴミ箱に放り投げておく。見たところ郵送されたものではないし、何の手掛かりもないだろう。ふと適当に糊付けされた写真が目に留まった。誰かに向かって話しかけている様子の子供。やはり横の見切れている少年は知り合いだろうか。

 

 12歳でプロハンター。ぽつりと呟いて写真を指でなぞる。羨望でも嫉妬でもない複雑な感情にオーラが揺れる。写真の端に指をずらして軽くめくると、簡単に剥がれ落ちた。拾い上げた写真の裏にプリントされた『8月17日』の日付。軽く伸びをして今度こそ店内を後にした。

 

 きっと仕事の話をしたら、タマキちゃんはお土産をねだるだろうな。ヨークシンシティの有名な土産物ってなんだろう。ついでに後で調べておこう。

 

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