ねむの蕾   作:味わいミルク

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ヨークシンシティ

一昔前まで造船産業によって栄えていたモトナシティは、ヨルビアン大陸の北端に位置する港街である。飛行船が物資の輸出入や一般の交通機関として代替するようになってから、造船だけでなく港町としての機能も衰退を辿るばかりとなった。今や当時の勢いも虚しく、ただ寂れていくだけの街である。2年程前にこの街の繁華街であった場所に、マスターと共にやってきた。そして廃墟同然のビルを買い取って今の飲食店を経営している。

 ちなみにモトナシティには飛行場が無いため、隣町から直通の便でヨークシンシティへ向かうことになった。長かった飛行船の旅を経て、現地に到着したのは5日後の昼過ぎだった。

 

「お兄ちゃん、この骨董品3点セットに興味あるかい?」

 

 昼食がとれそうな店を探して歩いていると、突然腕を掴まれて呼び止められた。タンクトップに上下革のジャンパーと何ともいかした恰好のオジサンに、ずるずると引きずられるまま青いビニールシートの上に屈み込む。シートの上にはごたごたと「骨董品らしきモノ」が置かれていて、それぞれに小さな紙が貼りつけてある。よく見ると値段と人名らしい走り書きがしてあった。しかも書かれている値段は一つだけじゃない。

 

「これって、どの値段で売ってるんですか?」

「うん?お兄ちゃんは値札競売市は初めてなのか。これは欲しいモノを見つけたら、貼っつけてある紙に自分の名前と希望の金額を書くんだ。そんでもって、規定時間を過ぎたとき一番高い額を書いてくれた人に売るってわけだよ」

「……オークションみたいなものですね」

「そうそう、ここには他にもいっぱい出店してる人がいるだろう?一般の観光客や市民も参加しやすい競売市なんだ」

 

 なるほど、と頷いて笑顔でその場を退散。よほど買い手がつかないのか、オジサンが慌てて先程の「骨董品らしきモノ」をごり押ししてくるが、人込みに紛れて適当に撒いておいた。それにしても人が多い。ただでさえ競売市のテントやシートで狭くなった道に人が溢れ返っている。熱気で蒸し返している市場を抜け、静かな通りを探して歩く。途中のファストフード店で昼食を済ませてからこれからの計画を練った。

 それなりに偵察する場所の目星はつけておいてある。最初は街の「中央広場」。石造りの大階段と教会を持つ雰囲気のある広場だ。対象の写真の背景と一致する場所であり、何度かテレビ中継で映ったこともある有名な広場だったため見覚えはあった。次に、いくつか名の知れているオークションハウスを当たろうと考えた。直接ハウスの関係者から客の情報を聞くのは無理かもしれないが、周辺の聞き込みで情報を得られるかもしれない。オークションハウスの登録履歴も一応調べておいた方がいいだろう。

 

 

 

 「はぁ……腹減ったなぁ」

 

 飛行船での5日の旅、休む暇もない捜索にさすがのボクも疲れを感じていた。中央広場の階段に座り込み、観光パンフレットを広げて近場のホテルを探す。午後の8時を過ぎてもさすがは大都会。広場は人で埋め尽くされている。ぼうっとパンフを眺めていると突然携帯電話が震えだした。画面には『マスター』と映し出されている。

 

「もしもし。マスター?」

「……ケント君、元気ィ?」

「どちら様でしょうか」

「あたしだよ、タマキ。分かってるくせにー、マスターさんから携帯借りてるの」

「ああ、タマキちゃんか。どうしたの?お土産の候補でも決まった?」

「そんなことでわざわざ電話しないよ!」

 

 冗談のつもりだったんだけど、電話の向こうからタマキちゃんの怒った声が聞こえてくる。マスターが仕事中にこうして電話をかけてくることは滅多にないけど、タマキちゃんはこうして頻繁に電話を寄越してくれる。今日は自分の携帯電話を忘れでもしたのだろうか。

 

「ケント君がそっちに行ってからもう5日も経ってるんだよ?連絡くらい入れてよ、寂しいじゃん」

「ごめんごめん、こっちに着いてからも忙しくて」

「仕事タイヘンなの?」

「うーん、まあね。それに今回のはかなり長期になりそうだし」

「そっか……それでも時々電話くらいはしてね。ケント君はまだ子供だからさぁ……異国の地で心細くなってるんじゃないかって、お姉さんすっごく心配」

「タマキちゃんよりは大人だと思うけど」

「……あたしより2歳も年下のくせに」

「事実上は、ね」

 

 そんな下らない会話を20分程したところで、ボクは隙を見て切り上げようとした。まだ今日の寝床も見つかっていないのに、あまりゆっくりはしていられない。

 

「タマキちゃん、ボクこれからホテル探さなきゃならないからさ。そろそろ……」

「あっ、ごめんね?じゃあまた連絡よろしくね、くれなかったらあたしから電話しちゃうから!」

「はは……それじゃ」

「うん……いや、ちょっと待って!」

 

 電源ボタンに指が伸びかけていたところに、タマキちゃんの制止が入る。やれやれ、ボクは女の人がするような長電話は好きじゃないんだけどなぁ。

 

「マスターさんからの伝言、忘れてた!」

「……それが用件だよね」

「ごめんごめん!……それでね、明日の11時半にパリストンさんがケント君に会いにヨークシンへ来るみたいだよ」

「え……」

「場所は……忘れちゃったから後でマスターさんに聞いてメールするね」

「……はぁ」

「じゃっ、おやすみー」

 

 しばらく通話の切れた携帯電話を耳にあてたまま、ぼうっと考え込む。明日……“あの人”が来る。今回の仕事の件だろうか。それにしてもパリストンさんに会うのは久しぶりだ。確か1年半くらい前に開店したばかりのマスターの店を訪れて以来だろう。

 相変わらずですね君も、と笑って飲み物だけを頼んで帰って行ったあの日。マスターは渋い顔でひたすらカウンターを拭いていた記憶がある。初対面のタマキちゃんは妙にそわそわしていたし、珍しく入っていた客も彼を見るなり店を出て行ってしまった。ボクが言えることじゃないんだけど、パリストンさんは不思議な人だ。求心力と遠心力を併せ持つ人間、と言えばいいのだろうか。矛盾しているようで矛盾していない不思議な特性。

 

 相変わらずですね。ボク達が顔を突き合わせる度に、パリストンさんは決まってそう言った。マスターの次に付き合いの長いお知り合い。そしてボクとマスターのことをよく知っている人間。

 

 ぐうう……シリアスな気分に浸っていたところを、容赦なく腹の虫が現実に引き戻す。とりあえず腹ごしらえでもして、宿探しはそれからだ。

 

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