ねむの蕾   作:味わいミルク

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パリストン=ヒル

「いやぁ、ホントにお久しぶりですね」

 

 立ち上がって挨拶しようとしたボクを、パリストンさんが手を振って止めた。

 

「遅れてすみません、随分待ったんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ、ボクもさっき来たばかりですから」

 

 ファミリーレストランのボックス席を挟んで、1年半ぶりに会う男の顔を眺めた。相変わらずにこにこと胡散臭い笑顔を浮かべて、通りがかったウェイトレスに飲み物を頼んでいる。

 

「すみません、ケント君。時間を指定したのはボクの方だったのに」

「別にいいですよ。協会の仕事、忙しいんですよね?」

「まぁ、実は昨日も支部の方で会議があって……それが予想以上に長引いたせいで予約していた飛行船を逃しちゃったんですよ」

「へぇ……支部の会議にも副会長が直々に出るんですね」

「少し大きな案件についての会議ですからねぇ」

 

 楽しそうに話すパリストンさんは、副会長という役職の割にはちっとも苦労人に見えない。きっと今の状況も彼にとっては遊びの内でしかないんだろう。パリストンさんにとっての「予想以上」がそうそう起こらないことをボクは知っている。今こうしてボクと会って話すことも、彼からすればお遊びの内だ。

 

「それで、今日はボクに何の用ですか?」

 

 ただボクも結構な負けず嫌いだ。遊ばれていることが分かっていて、素直に手綱を取らせたりはしない。少しの、ほんの僅かな緊張をオーラにのせて揺らめかせる。さすがのパリストンさんも口元では笑いながらも、目尻は元の位置に戻った。つまり目は笑ってないってことだ。

 

「そうですね……もうちょっと引っ張ろうと思ったんですけど、ケント君も忙しいようですから用件を済ませちゃいましょう」

 

 ボクの目の前に一枚の紙が差し出された。といっても何か書かれているわけでもなく、写真が真ん中に貼り付けてあるだけだった。もちろん見覚えのある写真だ。ヨークシンシティの中央広場と、アップで映されている子供。

 

「……ボクの仕事の話ですか?」

「まぁそうとも言えます。一応単刀直入に聞きますが、この依頼は誰から受けたものですか?」

「誰って……それは」

 

 言いかけたところで、思わず口ごもる。これはパリストンさんがボクに依頼したことではないのだろうか?今の今までそう思い込んでいたから、マスターにも依頼人についての事情を聞かなかったのだ。

 

「もしかして、ボクからの依頼だと思ってました?」

 

 ……ぐ、読まれてる。

 

「実は違うんですよ……マスターは話さなかったのかな?」

「そう、ですね。ボクはただ依頼書を渡されただけですから。よく考えてみれば協会の依頼にしてはおかしい点がいくつもあったんですけど」

「そんな怪しい依頼をすんなり受けたんですか?」

「重要なのは依頼そのものではないんです。これはマスターを経由して頼まれたものですから」

「……なるほど。ただマスターとケント君には問題が無くても、こちらからしたらそういうワケにはいかないんですよね」

 

 ウェイトレスが運んできたアイスコーヒーを受け取りながら、パリストンさんがにこやかにボクを見つめた。こういう時にあえて笑顔で迫られると、妙なプレッシャーを感じる。頬を赤らめて去っていったウェイトレスには分からないだろうが、ボクにとって今のパリストンさんの笑みは脅迫めいているようにしか見えない。

 しかし言いたいことは分かる。マスターとボク、そしてパリストンさんは言うなれば雇用主と雇用者の関係にあるのだ。「ハンター協会」の副会長であるパリストンさんから、マスターを仲介して仕事を請け負うのがボクだ。といってもボクが受けるのは余った仕事のおこぼれくらいだけど。本来は協会専門のハンター達に仕事を仲介するのがマスターの役目だ。現在経営している飲食店もその仲介所として使われている。

 

「これって契約違反……になるんですか?」

「いやいや、そんな大層なコトにはしませんよ。知っての通りマスターには協専のハンター達への仲介という仕事を任せています……ただ、あえて言うならボクは彼に仕事を与えている立場です」

「…………」

「この仕事は協会にとってもボクにとってもかなり大きいモノです。そんな重要な仕事をハンター資格を有さない人間に任せている……それはボクがマスターを信頼しているからです」

「要は自分の知らない所で何の許可も得ずに、マスターが勝手に依頼を受けていたことが問題だというわけですか」

「……それだけではありません。ケント君、君はハンター資格を持っています。もちろん間接的にボクの下で働いているわけですから、私的に依頼を受ける場合はきちんと話を通してもらわないといけません」

 

 確かに……反論のしようがない。しかしパリストンさんは一つだけ嘘をついている。マスターと彼の間にあるのは「信頼」関係ではない。

 

「パリストンさん……すみません。でも頼まれた以上は依頼を断るワケにはいかないんです」

「もちろん受けてしまった以上、今回のことは目をつぶっておきます。次からはちゃんとボクに相談して下さいね」

「……はい、分かりました」

 

 意外にもあっさりとその件に関しては引き下がってくれた。どうやらボク達の上下関係への念押しが今回の目的だったようだ。依頼についてパリストンさんはどこまで知っているのだろうか。テーブルの上の写真を手に取って、それとなくボクは聞いてみた。

 

「依頼のこと、もう知ってるんですか?」

「簡単に調べさせてもらったくらいですよ。ケント君も詳しい内容はまだ分からないんじゃないですか?」

「そうですね……不確定要素だらけって感じです」

「助けが必要な時はいつでも言って下さい、出来る限りのことは協力しますよ」

 

 パリストンさんが伝票を掴んで立ち上がる。話すことはもうない、ということだろう。ボクも黙って店の入り口に向かう。自動ドアの外に出ると、一気に熱気が押し寄せてきた。

 

「ホントはケント君の話をもっと聞きたかったんですけどねー。ボクも仕事があるので、この辺で失礼します。マスターにはよろしく言っておいて下さい」

「はい……あと飲み物、ごちそうさまでした」

「ああ、遅刻のお詫びだから気にしなくていいですよ」

 

 別れの挨拶もそこそこに、パリストンさんは去って行った。夕方からまた支部での会議があるらしい。彼の後ろ姿を見送って、ボクも次の目的地を目指して歩き始めた。昨日の捜索でターゲットが現れそうな場所には目星がついている。あと数日もすれば直接顔を拝めるだろう。

 それにしても、この仕事の依頼人は一体誰なんだろう。パリストンさんは心当たりがあるような素振りは見せたけれど、案の定教えてはくれなかった。マスターも知っていてボクに隠していたことになる。そんなことは今までになかった。何とも言えない疎外感を感じてボクはふて腐れる。とりあえず手っ取り早いのは本人自身に確認することだ。気怠い熱気の下、ボクは上着のポケットから携帯電話を取り出した。

 

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