ねむの蕾   作:味わいミルク

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接触

ぎりぎりで逃げ切ったボク達は、ビジネスビルらしき建物のロビーに身を隠した。先程からひっきりなしに人が出入りをしているが、誰もボク達に目を留めるものはいない。市街地に入ってしまえば、奴らもこの人混みの中からボク達の跡を辿るのは不可能だろう。

 

「…………あのさ」

 

 ソファーの上で縮こまっていた少年が、ボクを見て何か言いたそうに視線を向けてくる。その隣では気を失ったままのゴンが静かに寝息を立てていた。

 

「どうしたの?」

「……さっきはどうも」

 

 ……どうやらお礼を言いたかったらしい。その割には怒ったような顔をしているのが気になるけれど。

 

「いいよ、あの時はボクの命も危なかったしね。キミ達はついでだよ」

「…………」

「……キミ、名前は?」

「キルア……キルア・ゾルディック」

「キルア君か」

「別に呼び捨てでいいよ」

「……アンタは?」

「ボクはケントだ」

 

 キルアは相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたまま、素っ気ない言葉を返してくる。……ちょっと可愛げのない子供だ。まだ助けられたことを気にしているのだろうか。

 

「ところで、さっきは悪かったね。首、怪我したりしてない?」

「気にしてないよ。オレが驚いて騒がないようにするためにやったんだろ」

「まあね。……でも正直驚いたよ、あんなにあっさり信用してくれるとは思わなかったからさ」

「……別にアンタを信用したわけじゃない。二重尾行されてるって知ったのはあの時だったし、アイツら相手じゃオレ達だけで逃げ切るのは無理だから……アンタが敵でも捕まることには変わりないって思った。だったらアンタが味方で、オレ達を逃がしてくれる方に可能性を賭けただけだよ」

「へぇ……そっか。子供のわりには頭が回るんだね。尾行には気がつかなかったみたいだけど」

 

 思わぬ反撃にキルアがイラついた様にボクを睨む。……おっと、お互い様だろう。キミの言い分にはボクも少しばかりムッとしたからな。

 

「というかアンタは何であの場にいたんだよ」

「それはまあ……偶然……かな」

「んなワケないだろ!……アンタ、念能力者だろ?アイツらもアンタの存在には最後まで気が付いていなかった……それに逃げる時いきなり辺りが真っ白になって、何も見えなくなった!あれは偶然じゃない。アンタの能力か何かだ!」

 

 しらを切るボクに苛立ったのか、キルアが大声でまくし立てた。

 

「……落ち着きなって。あんまり大声出すと奴らに気づかれるかもよ」

 

 キルアがびくっとして辺りを見回したが、にやにやしているボクに気が付くと顔を真っ赤にして俯いてしまった。妙に大人びているけれど、意外と子供っぽい一面もあるらしい。

 

「ちなみに、キミ達はなんで彼らを追っていたの?」

「……アンタには関係ないだろ」

「……関係なくは無いんじゃないかな。キミ達のおかげでボクは随分危険な目にあったわけだし」

「別に助けてほしいなんて頼んでないけど」

 

 ……うーん、本当に可愛くないな。ボクはにこやかに笑いながら、キルアの顔に向かって人差し指を突き出した。

 

「……何?」

「さっきの質問に答えてあげようかなって」

「は?」

「ボクの能力を知りたがってたみたいだから」

 

 警戒心を露わにしたキルアが、ゴンを庇うように身を乗り出した。今度こそ剥き出しの殺気を向けられているのが分かる。

 

「アンタ……一体何なんだ?」

 

 ただならぬキルアの様子に、通り過ぎていく人達がちらちらとボク達を気にしている。しかし緊張状態も束の間、間の抜けた声がその場の空気をぶち壊した。

 

「んんー……あれ?キルア、どうしたの」

 

 目を覚ましたゴンがきょろきょろと辺りを見回している。思わず呆気にとられて目を逸らしたキルアの額を、ボクは指先で軽く小突いた。

 

「なーんて、冗談だよ。冗談」

「え?このお兄さん……誰?」

 

 1人状況が呑み込めない様子のゴンが、困ったようにボクとキルアを交互に見ている。そして何かを思い出したように突然叫んだ。

 

「ああっ!そういえば奴らは!?」

「……色々あって取り逃がしたよ」

「えっ、そうなの?というかオレは何で寝てたんだっけ?……それにここは?」

「そのことなら、そこのオニーサンが話してくれるよ……ケントさんだっけ」

 

 わざとらしく首をかしげるキルア。もっと強く小突いてやればよかったな。ゴンに状況を説明するついでにボク自身の情報も引き出そうというワケか。なかなかずる賢い子だ。

 

 

「ところで、キミの名前は?」

 

 

 もちろん知っているが聞かないワケにもいくまい。何せボク達は初対面なんだから。

 

「ゴン=フリークス!お兄さんは……えっと……」

 

 監視対象との接触。こんな失態は初めてだが、まあ仕方ない。むしろこのまま好印象を与えておけば監視もしやすくなるだろう。後はどうやってこの2人に取り入るか。行動を共に出来るぐらいの関係になれば、当初の予定に支障は出るが任務の成功率は上がる。

 

「ケントだよ、よろしく」

 

 表情筋が吊りそうなぐらい、にっこりとボクは微笑んだ。

 


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