シルバーエデン   作:グランド・オブ・ミル

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ハーメルンでは初となる私のオリジナル小説です。私の趣味をふんだんに盛り込みました。


序章

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕はその日、大学の食堂にいた。様々な学部・学科の生徒でごった返す普段ならまずいかない場所だ。特別お腹がすいていたわけじゃない。ある人物に呼び出されたんだ。

 

 僕は取り合えずちょうど空いていた席に腰かけた。食堂全体の端っこ、窓際の、互いに向かい合う形の二人席だ。一人、もしくは同じ研究室のメンバーで利用する生徒の多い食堂で、余りやすい席。僕にとって都合がよかった。

 ちらりと時計を見れば現在の時刻は午前10時55分。待ち合わせ時間の5分前だ。その人物はまだ見えない。ちょうどいい時間なので、僕は混みだす前に昼食をとることにした。店員を呼んで、その日の日替わりランチだったとんかつ定食を注文する。

 

「………どうも、お待たせしましたね。」

 

 お冷を飲みながら窓の外を眺めていると、澄んだ声をかけられた。振り向くと羽衣のような上品なブラウスを身に纏った女性が立っていた。髪型は背中ほどのストレートで、キュッと結んだ桜色の唇は大和撫子を彷彿とさせる。目の下に隈があるが、それすらも彼女の容姿を際立たせるアクセントになっていた。

 

「…………かけてもいいかしら?」

 

「もちろん、僕を呼んだのは君じゃないか。」

 

 僕がそう言うと、彼女は音もたてずに椅子を引いて座る。たったそれだけで、ただの大学食堂が五つ星レストランのように思える。

 

「………初めてです」

 

「ん?」

 

「………(わたくし)自らに椅子を引かせた方は。」

 

「そりゃそうだろう。僕は君とお見合いをするわけじゃないんだ。」

 

「ふふっ」

 

 僕が言い返すと彼女は口に手を当てて笑った。言動の通り彼女_パルム・ヴァレンタインは正真正銘のお嬢様だ。この国でも有数のヴァレンタイン財閥の次女で、第二王子の婚約者でもある。学内でも成績優秀で次席、皆の憧れの的だ。間違ってもこんな場所で僕なんかが会食できる相手ではない。

 

 ちょうどその時、注文していたとんかつ定食が届いた。味噌汁の湯気で僕の眼鏡が曇る。それを見て彼女は少し目を見開いたが、僕は気にも留めず食べ始める。このサクサクとした歯ごたえ、それなりにレベルの高い大学の食堂だけあって料理のレベルも充分だ。

 

「………平然と食べるんですね」

 

「『目の前に(わたくし)がいるのに』、かい?」

 

「…………」

 

「別にいいだろ、お昼時に食堂にいるんだ。食事をして何が悪い。」

 

 お嬢様と会食して、相手の了承も得ずに注文して食べるのは常識的におかしいと言われるだろうが僕はそんなこと気にしない。彼女のような権力に歯向かうためとかそういうことじゃない。相手が誰だろうとこうする。僕自身ガサツな性格というのもあるが、いちいちそういうことを気にしてうじうじしているのが性に合わないのだ。

 

「………ふふっ」

 

 また、彼女が笑った。何のことがよく分からず、僕はとんかつを食べた口をご飯をかきこむ。

 

「”ハイバラ・エイトロー”」

 

 その時、彼女が唐突に僕の名前を呼んでその手が止まった。

 

「ある農家の長男として生まれるも、科学と魔法を学ぶことに楽しさを見出し、大学へ入学。しかし、実力や適性が合わず、成績は不調。今年で3年生になるが、未だに所属する研究室も決まっていない。」

 

「…………」

 

「そのような経歴から自身の才覚に悩み、カウンセラーを度々利用している。」

 

「………すごいね。その通ってるカウンセラーより僕のことに詳しいよ。」

 

 何故彼女がここまで僕のことを調べたのか知らないが、僕のことを理解してくれたのは素直に嬉しかった。何せこの大学という場所は社会に片足を突っ込んでいるため、表面上は暖かく見えてもその実情は逆。何百人という生徒が限られた椅子を奪い合い、敗れた者は容赦なくはじかれる椅子取りゲームだ。そしてこれは社会にも言えることだが、厄介なことにこのゲームは明らかに負けが決まってもゲームオーバーにならない。勝者が椅子でふんぞり返る様を、僕のような敗者はゲームを降りることもできずまざまざと見せつけられる。その状態をズルズルと続けなければならない。

 そんな厄介なゲームに参戦してしまったものだから、人に、ましてや敗者に理解を示してくれるものなど少ない。それこそ商業的にそれをビジネスにしているカウンセラーくらいだ。だからこそ、また一人、僕の気持ちを分かってくれる人ができたのは嬉しい。たとえそれが同情や嘲笑だったとしても。

 

「………それで、何の用があって僕を呼び出したんだ? 分かっていると思うけど、共同研究のお誘いなら別を当たった方が互いのためだよ。愛しの王子様にでも頼むといい。」

 

 僕が自虐混じりにそう言うと彼女はずいっとテーブルに身を乗り出し、端整な顔を近づけてきた。突然のことに僕は身を引いた。

 

「………思った通り、良い。」

 

「は?」

 

「自分の”役割”を見出せず、迷い、諦め、それでもなお上を目指そうと目は死んでいない………」

 

 彼女の陶磁器のような指が僕の頬を撫でる。誰もが羨むその状況で、僕は蛇に睨まれた蛙のような心境だった。

 

「天才だけが持つ立場や名声を羨む凡人、金メダリストの椅子に手を伸ばすことしかできない銀メダリスト。遠いけど近い、近いのに届かない。天高く舞う鳥に啄まれることを待ちながら、その鳥を、その空を、見上げるだけの虫………。その気持ちはよく分かる………。」

 

「…………分かる?」

 

 その言葉を聞いた時、僕は彼女の手を払いのけていた。さっきまで、どんな形でも理解されることを喜んでいた男が。彼女の目を睨むように見つめ、言葉を発する。

 

「そんなことっ………軽々しく言わないでほしい………!」

 

 だってそれは、それだけは彼女が言ってはいけない言葉だった。天才(そっち側)の人間が、凡才(こっち側)の気持ちが分かるだなんて、例え間違いでも許せなかった。

 

 つい、熱くなったようだ。近くの席に座っていた生徒の何人かがこちらを向いている。僕は激情を息と共に吐きだし、眼鏡の位置を直す。

 

「……ごめん。」

 

「いいえ、(わたくし)が悪いのですから。それにしてもやはり良い。たくさんの方と会ってきましたが、貴方が一番です。」

 

「さっきから何だい? 良いとか悪いとか」

 

「ハイバラ、(わたくし)のために力を揮ってくれませんか?」

 

「さっきも言ったけど僕は……」

 

 言いかけて、彼女が僕の手を包み込むように握った。ご飯粒の付いた箸が床に落ちる。

 

「”役割”から逸脱しましょう。共に堕ちましょう、”悪”に。」

 

 僕はこの時、彼女の瞳の奥で静かに燃える黒い炎を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




予想以上に筆が乗り、短めにする予定だった序章が長めになりました。
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