赤煉瓦警備隊   作:草浪

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第3話

「不知火姉さんも元は一水戦です。そんな話は聞いたことがありません」

 

「もちろん、所属していた全員ではないわ。それに、彼女たちが何かしているという確証はないの」

 

 愛宕さんはそう言うと、髪をかき上げました。

 

「では何故・・・・・・」

 

「私の前任が阿武隈に撃たれたのよ。肩と足に一発ずつ、至近距離から胸に二発」

 

 愛宕さんの前任。野分は頭の中で過去の資料を漁りました。言われてみれば、舞鶴支局の部隊の管轄者に野分の知っている名前は無かったはずです。ですが、愛宕さんがいまの部隊を率いているということは、そういうことなのでしょう。

 

「処刑ですか・・・・・・見せしめのような・・・・・・」

 

「そうね。彼も私たちを必死に止めたわ。そのせいで・・・・・・私たちのせいで殺されたわ。こうなってしまってはもう引くに引けないの。私たちは何があっても阿武隈たちを挙げる。そうするしかないわ」

 

ーーーー

 

 車を走らせること数十分。道路交通法という概念がない運転で眠気も飛びました。まだ心臓がバクバク言っています。車を降り、自然豊かな舞鶴の空気を肺一杯に吸い込み、車内の空気を一気にはき出す。少し落ち着いたところであたりを見ると、人気の無い登山道の入り口でした。ふと視界の中で車に寄りかかっている何かがこちらを見ていました。視線をそちらに向けると、見たことのある顔が面白そうに野分を見ていました。

 

「早かったな。まだ動きはないぞ」

 

「飛ばしてきた甲斐があるわね。野分ちゃん。こちら木曾ちゃん。木曾ちゃん、こちら今日から配属になった野分ちゃん」

 

「野分です」

 

「知ってる。愛宕の運転で大変だったろ。帰りはこっちに乗っていくか?」

 

 差し出された手をしっかり握り返し、まっすぐと木曾さんの目を見ました。

 

「是非お願いします」

 

「どういう意味かしら~?」

 

「そういう意味です。それで、これから何をやるんですか?」

 

 愛宕さんの本気の疑問を無視し、もう一つ大きく深呼吸しました。やっと落ち着いた気がします。後ろで愛宕さんのため息が聞こえましたが、野分は無視します。怖いですから。木曾さんは面白そうに野分たちを見ると、愛宕さんのピックアップの荷台の後ろに移動しました。野分と愛宕さんもそれに続きます。

 

「仲良くなれたようで何よりだ。歓迎会はあとでやるにして、今は仕事に集中だ」

 

「そうね。その時いろいろ聞かせて貰うわ。野分ちゃん。その抱えている端末を置いて頂戴。ミルスペックだからそんなに大事に抱えてなくても壊れないわ」

 

 どうやら無意識のうちに愛宕さんの運転で万が一があっても端末が壊れないようにしっかりと抱きしめていたようです。愛宕さんの言われたとおりに端末を荷台に置くと、愛宕さんは慣れた手つきで操作し、このあたりの地図を出しました。それを野分と木曾さんはのぞき込むように見ました。

 

「今、私たちはここね。私と野分ちゃんで突入するから、木曾さんは見張りをお願い。私たちが取り逃がしたら撃っていいわ。話が聞けるまで生きていればいいから」

 

「了解。なるべく急所は外そう」

 

「ちょっと待ってください」

 

「待たない。野分ちゃんは危険だと判断したら躊躇わず引き金を引きなさい」

 

 愛宕さんはそう言い、荷台に据え付けられているハードケースの鍵を開け、中から防弾ベストと拳銃を取り出しました。野分の目の前に横須賀の時から使っているベストと足柄さんが使っていたはずのシグが置かれました。いつの間にか向こうの仕事道具がこちらに届いていたようですが手違いがあったようです。木曾さんはここまで乗ってきた車まで戻ると、トランクをあけていろいろと準備を始めてしまいました。

 

「聞いてもらえないなら、野分はここで待ってます」

 

 置かれたそれらに触れようとせず、野分は言いました。愛宕さんは一瞬睨むように野分を見ましたが、すぐにいつもの気の抜けた表情に戻りました。木曾さんは雑に防弾チョッキ着て、小銃を脇に挟みながら野分の方に戻ってきました。

 

「なんだ? 怖いのか? だったら俺の後ろに隠れてればいい。突入は愛宕一人で行ってもらおう」

 

 木曾さんは優しくそう言いました。きっと本気で野分の心配をしてくれているのでしょう。愛宕さんの芝居じみた「困ったわねぇ」という表情とは全然違います。

 

「木曾ちゃん。そんなわけないでしょう。横須賀じゃもっと派手なことやってたんだから。それで、いまここにいる人数で他のやりようがあるなら聞くわよ?」

 

 愛宕さんは腰に手を置き、何でも聞いてあげるし、やってあげると言わんばかりでしたが、そうじゃありません。

 

「撃つとか発砲するとか、そんな物騒なことではなく、説得とかお話し合いとか、別の方法があると思います」

 

 出会い頭に発砲して拉致するだけなら簡単ですが、それを良しとするのはおかしいでしょう。この人達は鉄火場に立ちすぎて普通の捜査のやり方を忘れてしまっている。きっとそうなのでしょう。

 

「なるほど・・・・・・じゃあお話を聞きにいきましょう。それなら野分ちゃんも納得して付いてきてくれるのね?」

 

「それなら大丈夫です」

 

 さっきの話を聞いて、どうも愛宕さん達は短絡的に捜査を推し進めようとしている気がしてなりません。野分は何度目かわからないため息を吐き、防弾チョッキを被りました。

 

ーーーー

 

 人気の無い登山道の道中、古びた古民家を改装した喫茶店。

 喫茶店といえば聞こえはいいですが、看板も木々に隠れてしまい、ぱっと見でここが喫茶店だとは解らないでしょう。かろうじて中を覗けば客席とキッチンが見えるので何かしらの飲食店だということはわかります。出入り口には準備中の看板が出ていますが、どうやらお茶を飲みに来たお客さんを相手に商売をする気はないようです。

 

『裏口は塞いだ。隠し通路でもなければ出入り口は表だけだ』

 

「ご苦労様。じゃあ野分ちゃん。行きましょうか」

 

 インカムから聞こえてくるのは落ち着ききった二人の声です。まるで緊張感のない、そんな感じです。日向さんの様に気を引き締めろと言うわけでもなく、足柄さんの様に野分を落ち着かせようとするわけでもなく、ただ仕事を、まるで書類仕事でもするかのような落ち着きようです。見えないようにお店の入り口まで近づくと、愛宕さんは野分に反対側に立つように指示しました。

 

「特捜ですよ~誰かいませんか~」

 

 愛宕さんが間延びした声でそう言いましたが、言い終える前にドアを蹴破っていました。野分の頭は一瞬何が起きたかわかりませんでしたが、身体は条件反射的に拳銃を構えて中に入っていました。野分は今、軽いパニックを起こしています。

 

「誰か~……誰かいませんか~?」

 

 野分の脇を、愛宕さんは拳銃を構えながらすり抜けていきます。少し呼吸を整えて、愛宕さんに続きます。こういう時、足柄さんや日向さんは野分にあわせてくれましたが、愛宕さんは自分にあわせろと言わんばかりに進んでいきます。狭い室内、正直見るところが多いです。ですが、確実に人がいる気配がします。外は木曾さんが見ていてくれるから、まだ中にいるはずです。一階には人がいないことを確認し、奥にある階段をあがると、二階は生活スペースのようです。狭い廊下にいくつかの部屋がありますが、一つのドアをのぞけば全て開けてあります。愛宕さんは振り返り野分の顔を見ます。下がって身を隠せということでしょう。言われたとおり、少し離れた空き部屋に入り、中を簡単に確認しました。

 

『準備はいいかしら?』

 

 やっぱり愛宕さんの声は落ち着き払っています。野分の心臓はこれでもかと言わんばかりにバクバクいっているのに。

 

「大丈夫です」

 

『いきなり突入なんてしないから大丈夫よ』

 

 開いているドアから様子を覗うと、愛宕さんも野分と同じように開いた部屋に身を隠して様子を覗っていました。愛宕さんはポケットからライターを取り出し、ドアに向かって投げました。ドアにぶつかり、コツンと音が立つと同時に発砲音が響き、思わず身を隠しました。音が鳴り止み、ドアを見ると数カ所穴が空いています。

 

『木曾ちゃん聞こえるかしら?』

 

『おう。おっぱじめたな』

 

『これからよ。南側二階の部屋よ』

 

『移動する・・・・・・確認した。窓はあるが下からじゃ中は見えないな』

 

『フラッシュを投げ込んでもらえる? それにあわせて突入するわ』

 

『暴投したらどうするんだ?』

 

『三ヶ月無給で働いてもらう』

 

『それはキツい』

 

 木曾さんからの無線が途切れるやいなや、ガラスが割れる音と同時に炸裂音が響きました。それと同時に愛宕さん動き、野分も続きました。愛宕さんがドアを蹴破り、野分も続いて中に入りました。

 

「武器を捨てて~、手は頭の上で組んで~」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 男性の呻く声と愛宕さんの間延びした声でいかがわしい状況にも思えますが、一応緊迫した状況です。男性は持っている拳銃を放そうとはしませんし、愛宕さんはきっとあと1ミリ引き金を絞れば彼は逝ってしまうでしょう。文字通りに。

 

「ちきしょう!」

 

 男性が拳銃を持った手を動かしたら瞬間、炸裂音が響きました。男性のうめき声が一層大きくなります。何が起きたのか、一瞬わかりませんでした。愛宕さんはそのまま男性との距離を詰め、彼が落とした拳銃を野分の方に蹴飛ばしました。何をしたのかはわかりませんが、男性はあっという間にうつぶせにさせられ、手と足をタイラップで拘束されていました。

 

「野分ちゃん。ここはお店だからタオルとガムテープぐらいあるでしょう」

 

 男性の太ももから流れる血。それも既にかなりの量が出ているようにも思われます。

 

「そういう問題じゃないでしょう! 早く病院に・・・・・・」

 

「いい?野分ちゃん。目がろくに見えない男が銃を振り回したの。それも引き金に指をかけたままね。このまま彼が死んでも、私たちは何も悪くない」

 

「「それでも捜査員(警察)ですかッ!」(かッ!)

 

 彼と野分の声が重なりましたが、愛宕さんは首をすくめると彼の襟首を掴み海老反りにするような形で頭を持ち上げました。

 

「いい?あなたがもしまだ生きたいというのなら、彼女に応急処置できる道具の場所を教えることと、素直に私たちに協力することね」

 

「わかったッ! わかったから早く手当をッ!」

 

 愛宕さんは優しく微笑むと、そのまま彼を担ぎ上げました。野分に下に降りると目で言いました。まだまだ言いたいことはありますが、とりあえず愛宕さんの指示に従いました。

 そのまま一階の店舗に降り、愛宕さんは状態が良さそうな椅子に彼を雑に降ろしました。野分は言われたとおりタオルと配管の応急処置に使うようなアルミテープを見つけ、それを愛宕さんに渡しました。これを探す間、喫茶店にしては妙に広い厨房から、いろいろメニューにも、普通の家庭にもないような品々を見つけてしまいました。野分は渡した後は他に何か無いか探すことにしました。

 

「それで、なんであんなものを持っていて、それを私たちに向けたわけ?」

 

「警察は敵だからな」

 

「それは違うわ。親御さんにお互いの利害関係をはっきりさせた上で、お互い謙虚なお付き合いをする相手だと教わらなかった?」

 

「だとしたらいいのかよ。こんなことして。俺には」

 

「後ろ盾でもいるの? それは素敵ね。じゃあそれがどこの誰で、どちら様を相手に商いをしているか、教えてくれるかしら?」

 

 客席の方から、喫茶店に似つかわしくない会話が聞こえてきますが、野分はなんとなく耳を傾けながら近くに置いてあった折り畳みコンテナを組み立て、そこに面白そうなものを適当に入れました。

 

「おいッ! 何をしているッ! やめろッ!」

 

「彼女は放っておきましょう。今は私の質問に・・・・・・」

 

「そんなガタガタやんなッ! もっと丁寧に扱え!」

 

「大丈夫よ。銃は簡単に暴発しないわ」

 

 銃は暴発しないでしょうね。けど、確かに暴発しそうなものがここにはたくさんあります。野分はそれらをコンテナ一杯に詰めました。他のものは後で取りに来ましょう。今は漏れたら一番厄介なものだけ集めました。重たくなったコンテナを抱え、厨房を出ると、背の高い愛宕さんはコンテナの中身が見えたようで嬉しそうな笑みを一瞬野分に向けました。野分に男性の足下にコンテナを運ぶように合図をしています。すごく嫌な予感がしますが、逆らうわけにもいきません。そのままコンテナを男性の足下に置くと、愛宕さんはその一個を手に取り、男性に見せつけるように目の前でいじり始めました。

 

「あら? ここは随分と珍しい果物を扱っているのね。パイナップルとレモン、米国産かしら?」

 

 愛宕さんの言うことがよくわかりませんが、コンテナ一杯に詰めた手榴弾をそう言うのでしょう。正直、早く外に運び出して常識的かつ良心的な方にお渡ししたいですが、目の前にいる元重巡洋艦はまだ遊び足りないようです。

 

「そいつぁ・・・・・・玩具だよ。良く出来ているだろう?」

 

「あら。そうなの。私こういうの好きなのよねぇ。お兄さんとは気が合いそうだわ」

 

 愛宕さんはそう言い、持っていた手榴弾にキスをすると椅子に拘束された男性の前に屈みました。よく見ると、男性は椅子に縛り付けられています。愛宕さんは素敵な笑顔を浮かべると手榴弾のピンを抜き、男性の手にしっかりと握りこませました。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「おい! 待て!」

 

「私の気持ちよ。ちゃんと握っておいてね。私たちは外で待ってるわ。その気になったらお話を聞かせて頂戴ね。野分ちゃん、行きましょう」

 

 愛宕さんは立ち上がると男性の足の間にコンテナを割り込ませました。目の前で行われている光景が信じられず、どうしていいのかわかりません。そんな野分の手を愛宕さんが掴みます。

 

「待て! 待ってくれ! わかった。話す! 話すからピンを戻してくれ!」

 

「あら。気が変わったの? ならおめかししてくるから少し待ってて」

 

 愛宕さんは男性にウィンクすると、そのまま野分の手を取りながら足早に出口の方へ歩き始めました。愛宕さんに手を引かれながら外へ出る途中、愛宕さんが指先でピンを回しているのが見えました。本当に抜いているじゃないですか。

 横須賀に帰りたい。もうこの仕事を続けられる気がしない。そうだ。辞めて喫茶店でも開きましょう。のんびりとした場所でくろげる空間を提供できる、そんな喫茶店がいいですね。

 舞鶴に来た初日。知っている舞鶴ではなく、全く知らない場所に来てしまいました。日向さんや足柄さんに「舞鶴はどうだ?」と聞かれたら、「とてもいい場所ですが二度と仕事で行きたくありません」と答えるでしょう。

 

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