現場となった一軒家は幹線道路から少し離れた場所の住宅地でした。横須賀よりも少し隣家との間隔が広く、閑静すぎる住宅地ですが、こちらではよくある住宅地と言えるでしょう。
野分たちの車列は木曾さん達が言うようにPC、つまりはパトカーを引き付けることもなく現場に辿り着くことが出来ました。というよりは、この静かな街で銃を持った男が人質をに
とって立て籠もっている事件の方が道路交通法違反よりも大事でしょう。多くの地元警察官が既に非常線を張り辺りを封鎖していました。千歳さんや木曾さん、愛宕さんも迷惑を考えず、その非常線ギリギリで車を止めて降りました。
「車をどけなさいッ!」
「特捜よ。入らせてもらうわ」
千歳さんは一喝した警官に身分証を見せ、木曾さんと愛宕さんはその横の非常線を当たり前のようにくぐっていきました。野分も警官の方に軽く頭を下げて中に入りました。
「まさか私達より先にこれだけの数を動かしているなんて思わなかったわ」
愛宕さんと木曽さんの後ろに追いつくと、愛宕さんはため息混じりにそうボヤきました。
「昨日はこっちが抑えたからな。よっぽど悔しいんだろ」
木曾さんは周りの訝しむ視線を気にする素振りもなく、現場となっている民家を見上げました。
「なんの話ですか?」
あまり健全なお話ではないことは野分にもわかります。ですが、知りたくない事実もあります。
「のわっちの所のお偉いさんの関係者がここにいるのよ」
野分の後ろを歩いていた千歳さんがボソッと言うと愛宕さんは軽く首を鳴らして警官の輪に入っていきました。
「おはよう。朝早くからご苦労様」
「愛宕さん……それに皆さんも……どうしてここに?」
輪の中で家の見取り図を見ていた男性、きっとこの現場の指揮をしている方でしょう。まだ朝も早いのにキチッと背広を着こなした男性が困ったように愛宕さんを見ました。
「なんだよ。俺たちがいちゃ不味いか?」
木曾さんが茶化すように言うと男性は盛大にため息をつきました。
「大有りだよ。うちの偉いさんもここにいる。あんた達を見たらまた癇癪を起こす」
あまり聞かれたくない内容なのでしょう。彼はボソッと囁くと愛宕さんは手を叩いてわざとらしい反応を示しました。
「あら〜。じゃあご挨拶に行かないと」
「その必要はないわ」
愛宕さんは一瞬表情を強張らせましたが、すぐに笑顔に戻り、声のする方に顔を向けました。
「おはよう。瑞鶴ちゃん。お互い朝早くから大変ね〜」
「お互い? あんた達なんて呼んでないわ。ここは私たちに任せてさっさと赤煉瓦に帰りなさいな。掃除でもして見学者をもてなしてなさい」
瑞鶴さんはさっさと帰れと言わんばかりに手を振りました。
「お生憎様、この時間は見学の申請は無いのよ。だから暇してても仕方ないしお仕事を手伝ってあげるわ」
「必要ないわ。いても良いけど邪魔はしないで」
「野分。俺たちは準備してするぞ」
「邪魔しないで言っているでしょッ!」
野分は木曾さんに背中押されながら、振り返ると今にも飛び出して来そうな瑞鶴さんを愛宕さんの困ったように窘めていました。
ーーーー
「どうして瑞鶴さんがここに?」
木曾さんの車まで戻り防弾チョッキを着込みながら既に用意を終えて一服している木曾さんに尋ねました。
「知らん。この前から急に県警の偉いさんになってここに来た」
木曾さんは既に用意を終え、開けたトランクに腰かけながら煙草を吹かしていました。木曾さんはジッと一軒家を眺めながら考え事をしているようでした。煙を大きく一つ吐き出すと、煙草を持っていた携帯灰皿に入れました。
「俺たちのやり方が気に食わないらしい」
「当たり前でしょ!」
ズカズカと歩み寄ってきた瑞鶴さんは木曾さんの目の前に立つと見下すように木曾さんを睨みつけました。木曾さんは興味なさそうに瑞鶴さんを見返すと、瑞鶴さんはそれが気にくわなかったのでしょう。目尻を更につり上げました。
「ここは日本でッ! 何はともあれ平和になったッ! それなのにあんた達特捜は強引な捜査をするッ! 平気で銃はぶっ放すッ! いや、それが拳銃ならまだいいわ。そこにあるのは何ッ!?」
瑞鶴さんは木曾さんの車のトランクに入っていた火器類……野分用の小銃と拳銃、それに加えて木曾さんの小銃、散弾銃、それらの弾倉、弾薬類。良くも悪くも瑞鶴さんの言うとおり、日本国内を走る車のトランクではありません。常に身分証を持ち歩かなければ、職務質問を受けてすぐに取調室行きでしょう。
「何って仕事道具だよ」
木曾さんは肩をすくめて小馬鹿にするように戯けて見せました。既に頭に血が上っている瑞鶴さんは更に激昂しました。
「こんなもので解決できるかッ!?」
トランクの凶器に手を伸ばした瑞鶴さんの腕を木曾さんは掴みました。しかし、瑞鶴さんはそれをふりほどき、諦めずにそれらを掴もうとしました。
「おいッ……」
木曾さんは瑞鶴さんの腕を捻り挙げると、顔を覗きこむように睨みました。瑞鶴さんも一瞬痛みに顔を歪めましたが、負けじと木曾さんを睨み返しました
「何度も言わせるなよ。これは仕事道具なんだよ。これが今の俺たちの艤装なんだよ。気安く触るんじゃねぇ」
しばらく睨みあっていました。野分は一つ、自然と漏れた大きなため息を吐くと二人の間に割って入りました。
「そこらへんで。言い争っている場合じゃないないでしょう」
野分がそう言うと、瑞鶴さんは木曾さんの手を振り解くと痛む腕を摩りながらもまだ木曾さんを睨んでいました。
「どういう確執があるのかは野分はわかりません。ですが、ここで啀み合っている場合じゃないでしょう」
「俺は別に気にしちゃいねぇよ」
木曾さんは瑞鶴さんから顔を逸らすと新しい煙草を咥えました。瑞鶴さんも大きく息を吐き出すと野分の方を見ました。
「翔鶴姉ぇから聞いているわ。あんた、大人しそうに見えて無茶するそうじゃない」
「無茶をしなきゃ仕事にならなかっただけです。出来ることならさっき瑞鶴さんが仰る通り、こんなものに頼らずとも仕事がしたいものです」
野分がそう言うと、木曾さんが鼻で笑いました。野分も昨日の一件でわかっています。ここではそれじゃあ仕事にならないことぐらい。
「さっき愛宕とこんな約束をしたわ」
「約束ですか?」
瑞鶴さんは野分から視線を外し、そっぽを向いている木曾さんの方を見ました。瑞鶴さんは先ほど木曾さんがやったように小馬鹿にするように見下しました。
「容疑者には一発の銃弾も撃たせない。もし撃ったら全部あんた達に任せるわ」
木曾さんは横目で瑞鶴さんを見ながらゆっくりと煙を吐き出しました。出来るものならやってみろ。まるでそう言いたそうでした。
「俺たちの出番がないことを祈るよ」
木曾さんはそう言うと、再び瑞鶴さんが視線を逸らし、ゆっくりと煙草を燻らせました。
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『事が起こってから対処するってこと?』
千歳さんの呆れた声が無線越しに聞こえてきます。愛宕さんの指示で、野分と木曾さんは裏口から、愛宕さんと千歳さんは正面から突入することになりました。
『そういうこと。色々持ってきてもらって悪いけど、今回は我慢して頂戴』
いつものような緩い口調ではなく、明らかにイライラしている愛宕さんには少し怖いものを感じます。
「でもいいのかよ。瑞鶴のやつ、突入班も来させてるじゃないか」
先ほどの一件があったせいか、木曾さんからは怒りではなく、呆れが感じられました。
『発砲許可は出さないそうよ。万が一のことがあったら私達に押し付けるみたいね』
とりあえず体裁は整えました。でも動く前にうちが動き出しました。そういうことでしょう。
こちらが動けば上手くいく。瑞鶴さんもそう考えてのことでしょうか。もし何かあれば、瑞鶴さんの方もお咎めがあるはずですから。
「そらいい。手柄は向こうだが、責任はこっちってことだな」
木曾さんが何故か嬉しそうに言いました。無線の向こうで愛宕さんと千歳さんのため息が聞こえた気がしました。
「一つ聞いてもいいですか?」
いつまで小競り合いをしているつもりでしょうか。きっとこの人達は仕事になれば体が勝手に動くタイプなのでしょう。野分はそうじゃありません。今も不安でいっぱいです。
『どうぞ?』
愛宕さんは不思議そうに、でも優しく答えてくれました。
「中の様子はどうなっているんですか? 脅威はいくつですか?」
「さすがは資料通りのしっかりさんだな」
横にいた木曾さんが感心するように呟きました。野分が試されているのか、それとも普段からこういう感じなのか。それはわかりませんが、もう不安でいっぱいです。
『不明よ。人質に取られているのはうちに勤務している若い子らしいわ。青い迷彩を着ているみたいだから、暗いところじゃわかりにくいけど撃っちゃ駄目よ?』
「なんて大雑把な……」
野分の不安は更に大きくなりました。もしかしたら、緊張をしている野分を気遣って普段通りに接していてくれてるのでしょうか。考えてみれば、日向さんも足柄さんも現場では普段通りでしたか。
「もとより、こんな行儀良くやるつもりは無かったんだから仕方あるまい。撃っていいやつと撃っちゃいけないやつがわかればそれでよかったんだよ」
『軍人さんを人質にとって、君達はいい子だから大人しく降伏しなさい!って言って素直に応じる輩じゃないでしょうにね』
それはそうですが、それですぐに撃っていては野分達の方が質が質が悪いと思います。
「そうだぜ。瑞鶴が拡声器ごしに何か言ったら突入しちまおうぜ」
『もちろんそのつもりよ。だからこんな特等席を用意してもらったんじゃない』
「絶対後で問題になると思うのですが……」
舞鶴に来てから何回目かわからないため息が漏れました。木曾さんはそんな野分の肩を軽く小突くと、しっかりしろと言いたげな表情でこちらを見ていました。
『そうならない為にチャチャっとやっちゃいましょ』
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結局、瑞鶴さんの一言目で、いえ、言葉を発した瞬間には突入せず、しばらくやりとりを静観していました。説得はすぐに怒鳴りあいに変わり、拡声器で増強された瑞鶴さんの声は説得というよりは脅迫に近いものを感じました。
「いいから大人しく出てきなさいッ! どうなっても知らないわよッ!」
「うるせぇッ! やれるもんならやってみろッ!」
瑞鶴さんと立てこもり犯のやりとりでわかったことは相手は一人ではなさそうです。
ですが、木曾さんは臆することなく勝手口を蹴破りました。木曾さんはすばやく中に滑り込むと、小銃についたライトを付けました。
「特捜だッ! お前ら神妙にお縄につけぃッ!」
「火盗改ですか・・・・・・」
蹴破った木曾さんの死角をカバーする様に位地取ると、遠くで規則正しい発砲音が響きました。すでに愛宕さんたちは交戦を始めたようです。
『二人やったわ~』
「了解。野分、俺たちも行くぞ」
「了解」
野分がそう返した途端、木曾さんの声に反応したのでしょう、おかってに数名の立てこもり犯が駆け込んできました。ですが、木曾さんは躊躇わずに引き金を引きました。
「木曾さんッ!」
「安心しろ。峰打ちだ」
峰打ち。つまりは急所を外したということですが、立てこもり犯も撃ち返してきました。思わず身を屈めましたが、相手が撃ってきた弾は見当外れの場所に着弾しました。
「野郎ッ!」
木曾さんは立て続けに発砲しました。殺してはいません。ライトで照らされた立てこもり犯の二人はもう肩から先は使い物にはならないでしょう。ですが、言葉にならない叫び声をあげていました。木曾さんは二人の太ももを撃ち抜くと、顔を思い切り蹴飛ばしました。
「こいつら・・・・・・」
「やりすぎじゃ・・・・・・」
木曾さんを小銃を構え直しました。
「気を抜くなよ。こいつら、ヤッてやがる」
「やってる? 何をですか?」
「違法に元気になれるやつだよ。1発2発撃ち込んで止まる奴らじゃねぇ」
「そこまでして・・・・・・」
「そこまでしたからこんなことやってんだよ。愛宕と千歳が一発で仕留められなかった時点で気がつくべきだった。危なかったぜ」
木曾さんはそう言うと、二階にあがる階段に向かいました。狭い階段です。撃ち降ろされたら木曾さんも野分も無事ではないでしょう。
「先に行くぞ」
木曾さんは銃口がぶれない様にしっかりと上半身に力を入れ、素早く階段を上りました。野分もその後ろに続きます。階段を上ると、狭い廊下とふすまで仕切られた部屋がいくつかありました。木曾さんは咄嗟にライトを消すと野分に覆い被さるように伏せました。それと同時に発砲音が響き、ふすまの反対側にあった窓が割れる音が聞こえてきます。しばらく発砲音が続きましたが、ひときわ大きく響くような発砲音をしばらく響いたのを最後に銃声は鳴り止みました。
「もう大丈夫よ」
キーンと耳鳴りが響く中、千歳さんの声が頭の上から聞こえました。
「すまない。助かった」
野分の上から木曾さんが退き、顔を上げると千歳さんが心配そうにこちらを見ていました。ですが、肩に担いだ機関銃は何なのでしょうか。
「どういたしまして」
木曾さんは何事もないように立ち上がると、そのままふすまを開けました。野分も立ち上がり、中を覗くと狭い室内に血を流している男性が数名倒れていました。辛うじて息はありそうですがすぐに手当をしなければ助からないでしょう。
「しかし、人質ごと撃ち抜いていたらどうするつもりだったんだよ」
「残念、人質なら愛宕がもう回収してるわ。きっとビックリするわよ」
「意味がわからん」
野分の視界で何かが動きました。木曾さんと千歳さんは気がいている様子はありません。ゆっくりと腕をあげ、持っていた銃をこちらに向けました。当てられるとは思えません。ですが、危険なことには変わりません。野分が撃たなければ、大事になる。そう思ったときには体が勝手に動いてました。
持っていた小銃を構え、親指で安全装置を単発に押し込みました。乗っている照準器の調整は済んでいるのでしょうか。木曾さんのことです。信じましょう。銃口がこちらを向ける前に無力化しなくてはいけません。照準器の中の赤い点を相手の肩口にあわせて引き金を引きました。
1発、思いの外反動が強く銃口が跳ね上がりましたが、押さえ込んだと思います。跳ね上がった照準の中では着弾は見えませんでしたが、当たったとは思います。
「のわっちッ!?」
千歳さんが素っ頓狂な声を上げましたが、木曾さんはすぐに反応してくれました。飛び込むように標的に近づき、やり方は乱暴でしたが拘束しました。
「よくやった!」
木曾さんは千歳さんの方をみるとニヤッと笑いました。
「威力があってもバラまけばいいもんじゃないってことだな」
千歳さんは少しムスッとした様子でした。とりあえず大丈夫、そう思ったと同時にスッと体から力が抜けました。
「おいッ!」「のわっちッ!」
ゆっくり力が抜ける。木曾さんと千歳さんの声が聞こえましたが、どうにもなりそうにないですね。ゆっくり後ろに倒れると、野分の頭のうしろに何かがガツンとあたり、意識がすぐに戻りました。
「あら~疲れちゃった? 甘えんぼさんね~」
頭が止まった場所から顔をあげると、すぐ近くに愛宕さんの顔がありました。
「痛いのですが・・・・・・」
「人の胸に倒れ込んできておいて、随分な挨拶ね」
野分は一つ大きなため息をついて、足に力を入れて立ち上がりました。
「大丈夫か?」
いつの間にか近づいていた木曾さんに顔をのぞき込まれると、ガシッと頭を掴まれました。
「おいッ! しっかりしろッ!」
「野分は大丈夫ですよ?」
「駄目そうだな・・・・・・」
「そうみたいね」
木曾さんと愛宕さんは何故か野分にだめ出しをしています。何故でしょう。野分も一応は働いたとは思うのですが。
「んで、なんでお前がここにいるんだ?」
「大鳳ちゃんを外に連れ出すと同時に上から派手に銃声が聞こえたから急いで駆けつけたのよ。そしたら、階段の上で野分ちゃんが落ちそうになってたから駆け上がってきたのよ」
木曾さんは野分の頭を離すと、千歳さんが野分の顔をのぞき込み、納得したように頷きました。
「のわっち。とりあえず、外の空気を吸いにいきましょう」
千歳さんは野分の肩を抱いてベランダの方に連れて行ってくれました。愛宕さんは足を擦りながら疲れたとアピールをしています。それを見た木曾さんは鼻で笑いました。
「ちょうどいいじゃないか。最近運動不足だったろ?」
「なんか失礼ね」
ーーーー
ベランダに出て、外の空気に触れていると、少しずつ頭がはっきりしてきました。野分はそんなことになっていた自覚はありませんでしたが、頭がはっきりしてくるとドッと体が重くなりました。
「大丈夫?」
横にいた千歳さんが、背中を擦ってくれました。別に悪酔いしたわけではないのですが。
「空気が悪かったわな。馴れない体には辛かったろう」
木曾さんは煙草に火を付けながらそう言いました。
「大丈夫です。疲れていたんでしょうか?」
「いや、野分もトリップしかけていただけだ。さっきまで目がイッてたからな」
「私が口付けたやつで悪いけど、よかったら飲んで」
千歳さんは来ているベストの背中から伸びているチューブを野分に渡しました。野分は何も考えず、それを受け取り、チューブの先端を吸うと温い水が野分の口の中に流れてきました。
「あら。以外とそういうの気にしないのね」
「そういうこと言わないの。非常事態なんだから」
愛宕さんの木曾さんとのやりとりを無視して、しばらくチューブを吸い続けていると何も出てこなくなりました。野分はチューブの先端を持っていたハンカチで拭いて千歳さんに返しました。一つ、大きなため息を漏らすと、千歳さんがキョトンとした顔で野分を見ていました。
「のわっち・・・・・・全部飲んだの?」
「あっ・・・・・・ごめんなさい。何も考えずに全部飲んでしまいました」
何も考えていませんでした。千歳さんの分を考えずにずっと飲んでいました。
「いや、大丈夫なんだけど・・・・・・まだ1リッター以上はあったわよ?」
「ちょっとッ! 何そこでサボってんのよッ!」
水のおかげでだいぶ良くなった頭の中に、拡声器越しの瑞鶴さんの声が響きました。
「ちょっと問題があってね~。すぐ戻るわよ~」
「もう安全なのッ!? うちも突入していいのッ!?」
「あいつ、自分たちは安全になってから入ってくる気かよ」
「まぁ、あの連中相手に一発も撃っちゃ駄目と言われてる現場も大変そうだけどね」
瑞鶴さんが下で騒いでいますが、愛宕さんも木曾さんも千歳さんもどこ吹く風です。現場で煙草を吸うなと怒鳴る瑞鶴さんをよそ目に、3人は中に戻ろうとしました。野分も後を追おうと思うと、すぐ近くでエンジンの掛かる音が聞こえました。ベランダの手すりに身を乗り出し、音のする方を見ると、ガレージに置かれている車のヘッドライトが地面を照らしていました。
「危ないッ!」
野分がそう叫ぶと同時に、ガレージから飛び出した車が包囲していた警官を数名はね飛ばし、非常線のすぐ近くに止めていた木曾さんの車をはじき飛ばして行きました。3人もすぐにベランダに戻ってきました。
「あ~の~や~ろ~う~」
額に青筋を浮かべた木曾さんは持っていた小銃をフルオートで逃走車に発砲し始めました。
「木曾さんッ! 落ち着いてッ!」
「馬鹿野郎ッ! これが落ち着いていられるかッ!」
木曾さんを宥めようとしていると、野分の体が一瞬で宙に浮いたかと思うと、そのまま二階のベランダから地面に向かって飛んでいました。
「へっ?」
「追うわよ!」
地面にぶつかる直前で野分の体が止まると、どうやら野分は愛宕さんの脇に抱えられていたようです。愛宕さんが着地するとすぐ横に千歳さんと木曾さんが軽やかに着地しました。
「おらッ! お前ら退けッ!」
木曾さんが一喝すると、それに呼応するように瑞鶴さんが叫びました。
「あんた達ッ! 何をやっているのッ!」
「そうよ。相手は一台。私と野分ちゃんでなんとかするから、千歳ちゃん達は現場を抑えなさい」
「だけど、俺の車がッ!」
「あんたは今頭に血が上ってるからお留守番よ。ここは二人に任せましょう」
千歳さんが木曾さんを宥めています。抱えられた野分はそのまま運転席に乗せられ、愛宕さんは助手席に乗り込みました。とりあえず座り直しブレーキの位地を確かめると、愛宕さんはエンジンスタートのボタンを押しました。
「一応聞きますが、野分が運転するんですか?」
「私の運転、嫌なんじゃないの?」
「大きい車の運転は苦手なのですが・・・・・・」
「大丈夫よ、運転は大きくても小さくても同じだから。それより早く出して。木曾ちゃんに後ろから撃たれたくはないでしょ?」
「わかりました」
ーーーー
何回か横転しそうになりましたが、逃走車は一般車両を避けなくてはいけないのに対して、野分達はパトライトを回していたので一般車が避けてくれので、比較的スムーズに追いつくことが出来ました。
「それで、どうするんですか? このままガス欠するまで走り続けるというのですか」
「まさか。その前にケリつけるわよ」
愛宕さんはそう言い、グローブボックスから妙に大きい拳銃を取り出しました。
「なんですか。それは」
愛宕さんは野分の方に素敵な笑みを浮かべると、窓を開けて身を乗り出しました。
「よ~そろ~」
大きな発砲音が窓のそとから立て続けに聞こえてきます。それと同時に逃走車から何かが飛び出したかと思うと、急に大きく左に曲がると歩道を乗り上げ、電柱にぶつかるとやっと止まりました。
「人がいたらどうするんですか・・・・・・」
「こんな時間に人なんていないわよ」
車を逃走車の後ろに止め、ドアを開けたままにして降りました。小銃を構え、素早く近づきました。愛宕さんも先ほどの大型拳銃を構えたまま運転席に近づきました。
エアバッグにつっぶしている男性が見えました。意識ははっきりしていないでしょう。エアバッグに乗っている頭が不気味に痙攣しています。
「両手を挙げて、車から降りてください」
野分がそう叫ぶと、愛宕さんは窓を叩き割ると、そのまま男性を引きずり出しました。
「痛ぇよ・・・・・・痛ぇよ・・・・・・」
「あら~、大変。早く病院に行けるといいわね~」
引きずり出された男性は立てずに地面に突っ伏していました。愛宕さんはそんな彼に構うことなく、両手を後ろに回し手錠をかけました。
「それにしても相手が悪かったわね~。私たちも、人質に取った相手も。運が無かったと思って諦めて頂戴」
愛宕さんは男性を乱暴にピックアップの荷台にのせました。
「じゃあ野分ちゃん、帰りましょう・・・・・・・・・・・・どうしたの?」
「頭が痛いです・・・・・・」
「大変、オフィスに着いたら少し休んで。これからが大変なんだから」
野分の頭痛の種はどんどん大きくなっていきそうです。