「バニラさん???」
その後限定家具取得後
「バニラさん?????」
あ、少し短めです
尻尾。
なんてことはない体の一部位である。
しかし何故か、その一つの部位は妙に生物を引きつける引力があるのだ。
確かに、女性のある部位(大きさは大きいほど良いと言う者や、全く逆を主張する者もいる)は他者を引きつける摩訶不思議な引力を持つが、それはあくまでも人間の男に限る。
しかし尻尾は性別問わず、場合によっては別種の生物すら引きつける引力があるのだ。
なぜ揺れる尻尾に引かれるのか。犬が自分の尻尾を追いかけるように、もしくは他の犬が揺れる尻尾にじゃれつくように、狩猟本能が擽られているのだろうか。
いや、今はそのような与太話はどうでも良い。
人は時折一つの事柄に偏執することがままある。その際にはおおよそ理性では理解し得ない行動を取ることも往々にしてある。
取り分け、慣れない手続きや新しい環境に放り込まれつつあるファーブルの理性は────どうもすこし限界が近かったようだ。
マンティコアとの遭遇後、ファーブルは若干心ここにあらずと言った様子であった。
先程とのあまりの変わり様にバニラが気がつかないわけもなく、2人が食器類を返却口に返した辺りで思い切って声をかけてみた。
「あの、どうされました?」
「……へ?いや、どうって?」
「先程から、なんというか、何か考え事をしている様で。つい先ほどまでそんなことはなかったじゃないですか?」
「あー……マンティコアさん、いましたよね?」
「はい。あの時は驚きましたが」
「あの尻尾……触ってみたいなー……って」
「……えっと、もしかしてずっとその事を?」
「うん。……バニラさんも触ってみたいって言ってたでしょ?」
「はい、確かに言いましたが……」
そこまで呆けるほどの強烈な衝動では無かったのだが。
なんていいそうになるのをバニラはグッと堪える。口は禍の元。個性的すぎる人材が豊か過ぎるロドスで暮らして学んだ事だ。
とはいえ、バニラもまたある一点において個性的すぎる人材に当てはまるのだが……いや、ファーブルと比べるのならば常識人の範疇か。
ただ、ここで止めておくべきであったとバニラは後々後悔する事になる。
◇
「あの……これは?」
「マンティコアさんを映したビデオカメラの同型機です」
「それは見た目からしてわかるのですが、なぜそれを私に?」
「え?マンティコアさんの尻尾触りたいんじゃ……?」
「た、確かに触りたいとは言いましたが、これは一体……?」
「いや、マンティコアさんを探すのに協力してくれるのかな、って思って」
特殊カメラを唐突に手渡され、ファーブルの口から放たれるとんでもない勘違い。
今からやろうとしているのはマンティコアへのストーカー行為ほかならない。
「あ、あの、こういうのやめたほうが……」
「で、でも、あの尻尾凄く立派だったでしょ!?」
「は、はい」
「艶々してて表面の甲殻のキメも良くて……触り心地良さそうだったでしょ!?」
「は、はい」
「じゃあ触らなきゃ!」
「は、はい……はい?」
今とんでもない飛躍をした様な気がする。
なるほど、確かにマンティコアの尻尾の触り心地はさぞ良いだろう。バニラも興味がある。
しかしながらだからと言ってストーカー紛いのことをするだろうか?
だが今ファーブルは正常な判断力を失っている。別にあの時の怪しい薬を摂取したわけではない。ワルファリンによって完璧な治療もなされた。酒も入っていない。
ただちょっと、ストレスで妙にテンションがハイになってしまっているだけである。
しかも悪い条件はこれだけではない。
ファーブルはバニラよりロドス加入時期が早い。
だからなんだ、と諸兄は思われるかもしれないが、バニラはたとえ年下であっても(明らかに成人前であっても)先輩として敬う非常に腰の低いオペレーターである。
さらに加えてBSWの同僚に頭が上がらないあたり、流され易い。
両者ともに自覚はないだろうが、やってることは完全に性格につけ込んだパワハラである。
変態な上ハラスメントにまで手を出すとは、見損なったぞファーブル。
そんな諸兄の声が聞こえてきそうではあるが、その声は無情にも2人に届かない。
残念ながら、バニラはマンティコアへのストーカーに巻き込まれる事になった。
◇
結論から言おう。
目的は果たされなかった。
理由は単純。マンティコアの方が追跡者として上手であった為だ。
まさかマンティコアもロドス内で、しかも同僚に追われる羽目になるとは夢にも思っていなかった為、2人に見つかり追いかけられた際には非常に慌ててはいたが、たとえ姿がカメラによって露見していたとしてもそこは元暗殺者。あっという間に2人を巻いてしまった。
が、それが良くなかった。
『上手くいかないと余計燃える』研究者にありがちな負けん気が刺激されてしまった。
「……これ、なんですか?」
「元々は不審者撃退用の携帯用ネット射出器。ネットを頑健にして、重りをつけて、射出装置をさらに強力にした野生生物の動きを止めるための道具だよ」
「……で、こちらは」
「センサーモジュールとそれに連動したモーター及びバネ。形状記憶合金を内部に内蔵したワイヤーにより脚を瞬時に絡めとる、やっぱり生け捕り用の装置。ちなみにこのセンサーモジュールは二重式で、通常センサーと対光学迷彩センサー二つが取り付けられていて、通常センサーが0、対光学迷彩センサーが1の値を返したときだけ連動したモーターが作動するようになってる。」
「こんなものロドスに設置するつもりですか!?」
「負ける気せぇへんホームやし」
「何を言っているのですか!?」
「あとマンティコアの行動範囲はなんとなくわかってる。自室、ドクターの執務室、屋上、ケルシー先生の研究室、医療機関の間を主に行き来していることは把握済みだよ」
「……え、なんでそんなこと知っているんですか」
「フフフ……目撃情報や掲示板に貼られた個々人への通知、趣味嗜好や傾向から大体のオペレーターの行動範囲は把握済みよ……これくらいできなきゃ生態学者なんて名乗れないわ*1」
「ひえ……」
もはや狂人である。
ファーブルが罠を設置したのはドクターの執務室近くの薄暗い通路。その脇でファーブルはネットを持ち待機。バニラも凶器に引きずられるように同じように待機している。
「これバレたらまずいんじゃ……」
「始末書は感染生物絡みで書いてきた。大丈夫」
「私は大丈夫じゃないです!」
涙目で訴えかけるバニラに、ファーブルは落ち着かせるように両肩を持ち、澄んだ目でこう宣った。
「バニラ、安心して。責任は私が全て負うから」
いい事を言っているようだがしていることはストーカー……を超えた拉致の強要である。
そんな事をしている間にセンサーの作動音が響く。
「今!ネット射出!」
「は、はひぃ」
弾かれるようにファーブルは飛び出し、バニラも釣られて廊下に飛び出した。
────ところで、興奮して手がつけられなくなった人にはどうしてやるのがいいのだろうか?
簡単な事だ。冷水をその顔にぶっかけてやればいい。
「────ほう、マンティコアから通報があってもしやときてみれば、楽しそうな事をしているな、ファーブル、バニラ」
脚をワイヤーに絡め取られ、さらに2人が射出したネットが被さりながらも、仁王立ちし腕を組んで睨みつけるのは────ロドス三代権力者、ロドス医療部門リーダー、ケルシーであった。
「あっ、あっあっ……ケルシー……先生」
────ただし、この2人に浴びせられたのは絶対零度の視線であったが。
◇
この後どうなったのか、最早特筆して語るまでもない。
ケルシー、アーミヤ、ドクターとロドス最高権力者たちが集まる中、ドクターの後ろに隠れるマンティコアにファーブルとバニラは平身低頭して平謝り。
ファーブルは「その尻尾が触りたかったんです!」などと宣った際には曲者揃いのロドスの権力者3人も絶句した。
その後ファーブルはきっちり絞られ、始末書を書く羽目となった。
なおバニラは情状酌量されたものの、協力してしまった事実は消えない為、始末書から逃げることは叶わなかった。
◇
「あー……終わった……」
自室のデスクトップを前に突っ伏すファーブル。画面に映し出されているのは始末書本文。
激務の中追加された始末書は当然ながらファーブルの心身をさらに削ったが、自業自得である。
「……ん?」
ふと、何かの香りが鼻腔をくすぐった。
甘く良い香り。
そこには丁寧に包装されたいくつかの飴玉が入っていた。
しかし、鼻をくすぐったのは飴の匂いではなく、花のような香り。
袋を手に取り、嗅いでみる。
「……ラナが調香したものでも、メランサちゃんが調香したものでもない香りだ……」
◇
「この尻尾……触りたがる……変な人……」
「…………でも、悪くない……かも」
マンティコア考え直せ、そいつは変態だ
今回最大の犠牲者はバニラですね……
第三資料
「全く信じがたいことですが、彼女はかなりの数のオペレーター(戦闘オペレーターに至っては殆ど)の現在位置をかなり高い確率で言い当てることができます。気味が悪いです。ロドス内の防犯カメラのデータを抜き取っている可能性があります」
────一般医療オペレーター
「失礼な!私はただすれ違った時の顔や掲示板での個人呼び出しや毎週、毎月、毎年の個々人のルーティンを把握しているだけで、断じてそのような犯罪はしていない!」
────ファーブル
「何故オペレーターの予定を把握している?」
────ケルシー医師
「作戦記録に載せるインタビューを行う際、個々人の予定を把握していた方が捕まえ易いでしょう?」
────ファーブル
「端末から連絡を取ればいいだろう?」
────ケルシー医師
「あ」
────ファーブル