アズレン3周年生放送見ながら物書きするもんじゃないな………
「アイツが?お前さんを?」
「アイツがサイレンスを?オレサマ知らなかったぞ?」
イーサンは片眉を上げ、半ば信じられないといった目でサイレンスを見る。
イフリータも過去のファーブルについては知らなかったのか、驚いた顔を見せる。
それもそうだろう。主治医と患者。子の親役と教師役。そして一種の確固たる信頼で結ばれた友人同士。
しかし今の友人であるサイレンスさえかつてのファーブルに嫌われていたというのだ。今の様子───特にイフリータの教師役を任せるくらいには信頼を寄せている────からは信じられない事実。
「そうね、イフリータは……当時はまだ集中治療を受けていて他人とは接触させていなかったから仕方ないわね」
「そう……か。じゃあ割と前の話なんだな」
「ええ。……あの頃はまぁ、酷かったといえば酷かったのかしら……」
◇
「行動隊作戦記録編集部所属、ファーブルです、よろしくお願い致します」
「……サイレンス。貴女の主治医を務めさせてもらうわ」
初めて会った時。初めて顔を合わせたその時。2人の間に特段特別な感情が生まれることはなかった。
行動隊の裏方の1人。医療オペレーターの1人。
受け持つ患者の1人。自分の担当医の1人。
それだけだった。それだけの関係で終わるはずだった。
「源石融合率8%、血中源石濃度は0.27μ/L……大きな問題は病巣の広がる速度ね。貴女、一体何をやっていたの?」
ロドスに入職したばかりのこの裏方は、噂では元は戦闘オペレーターとしてロドスの入社試験に応募しに来たのだという。その動機は「レユニオンを潰す」などと言う中々に血気盛んなもの。
しかし結果は能力が足りず不採用。代わりに撮影技術が買われ裏方として雇われる事になった。
なるほど確かに目の前にいるファーブルという女性は、明るく、何処か抜けており、温和だ。その人となりは戦闘とは無縁であろう。
「源石融合率の数値はロドス内ではまぁまぁ平均。ただ血中源石濃度は高い方な上、病状の進行が見られる。サルカズという種族上仕方のない部分はあるのだろうけど、履歴書の経緯を見る限りはカズデルを出てそれなりに時間が経っているし、その後龍門に滞在して職を転々としている間も特に源石と接触する機会はなかったように思える。一部空白期間は気になるけど……何をしていたの?」
「源石……ええ、まぁ、触っていますね、ほぼ毎日。……私が博士号を持っていることはご存知ですか?」
「ええ。生態学だったかしら……まさか」
「はい。オリジムシ、バクダンムシ、アシッドムシ、ハガネガニの研究を続けていまして……一匹ほど飼育もしていますし」
「……なるほど、ね。感染拡大の抑制治療を早急に行う必要があるわね。医者としては即刻研究の中止、飼育個体の放生を推奨するけど……」
「それはちょっと……」
「まぁでしょうね」
サイレンスは仕方ないと言わんばかりにフッと笑う。
「命を削ってでも探究に心身を捧げる……研究者としてその心はよくわかるよ。……覚悟を持ってそれをやっているのなら、私に止める権利はない。私は私なりに善処しよう」
「っ!ありがとうございます、サイレンスさん!」
以降、2人は主治医と患者として良好な関係であった。
それ以上、それ以下、それ以外ではないものの、それでも良好な関係であったのは間違いなかった。
しかし、その時は唐突であった。
いつものように採血し、薬を投与し、内服薬も処方し、定例の検査も終わりという時。
その日は終始無口であったファーブルはその時だけ、その口を開いた。
「……ライン生命に所属していたんですって?」
「……ええ。それをどこで?」
「メイヤーさんに聞きました」
「……そう」
「何故ですか」
「何故、とは」
「何故あんな所に所属していたのですか」
「何故って……」
「知っているのでしょう?ライン生命の実態を」
「それ、は」
「ええ、知っているでしょうとも、サイレンスさん。医療ドローン、特殊な医薬品などなどライン生命の技術をその手にした貴女なら」
サイレンスはファーブルの目を見た。
酷く冷たく、冷徹で。
しかして、激情を確かに宿したその目を。
なるほどレユニオンを撃滅すると宣ったのはこれか、と納得するほどの。
あの温和で緩い人格の内に仕舞われた、確かな激情。
「サイレンスさん。貴女があそこで何をしていたのか、私は詳しくは知りません。ですがあそこに僅かにでも身を置いたことは間違いなく罪ですよ。ええ、医者を名乗りながら、命を冒涜する研究所にいたのですから」
「っ!」
◇
「……なんて、事があったわね」
「こりゃまた……激しいな」
サイレンスの昔話に、先程ファーブルの激情を見た面々はある程度予想していたとはいえ、その激しさと性格の変わりように驚きを隠せない。
「……オレサマはファーブルの言い分は……理解できねぇよ。あそこへの評価は妥当だろうけどよ、サイレンスは……」
「いいのよ。ファーブルの言うことは正しいわ。……ええ、全てね」
サイレンスはため息をつき、「こんな所かな」と呟く。それはこれ以上の詮索はさせないと言う牽制だろうか。
ただ、ここまでのファーブルの激情を聞かされると、気になる事がある。
「でも、今ではそんな事ないし、寧ろファーブルはお前を信用しているだろ?なんかあったのか?」
イーサンは誰もが思っている事を代弁する。
ああ、とサイレンスはあっさりと答えた。
「しばらくしてファーブルが菓子折を持ってきて『あの時は本当に申し訳なかった』って謝ってきたよ」
「……はい?なぜ?唐突に?」
「うん。唐突に。そこからはなんというか……成り行きかな。元々大体同じ分野の研究者だから波長は合っていたんだろうね」
「……何故、彼女は唐突にサイレンスさんに対する態度を改めたのでしょうか」
「そのうちお前にも突然菓子折り持ってきて謝りにくるんじゃねーの?」
「やめてくれよ。それはそれで怖いぜ?」
◇
「残暑も厳しいとはいえ、夜は流石に冷えるぞ」
「……あ、サリアさんですか」
深夜のロドスの甲板にて。
ただ1人、ジャンも連れずに佇むファーブルにサリアは声をかけた。
ファーブルの手にはプラスチックの円盤が握られている。
「それは……星座早見板か」
「ええ。星座の神話をなぞるのは中々神秘的で面白いですよ?」
「ほう、そういう趣味があるとは知らなかったな」
しばしサリアとファーブルは空を眺めていたが、やがてサリアが口を開いた。
「昼間、食堂でイーサンと口論しただろう?」
「……何故それを?あ、もしやまたサイレンスとイフリータちゃんのストーカーですか?ダメですよそういうのは」
「いや、いやいやいや!違うぞ!?いつものように食堂を利用していただけだ!……ともかく。まぁお前も懲りないな」
「……ハハハ、子供みたいですよね」
「まぁ、主張も分からんでもないが、な」
「……あの時のことを思い出しますね。驚きましたよ。突然インタビューも担当したことのない戦闘オペレーターから呼び止められるんですから。相当怖かったんですからね?」
「あの時は軽く呼び止めたつもりだったんだが……まさかあんな大声で悲鳴をあげられるとはな。肝を潰したぞ」
「でもまぁ、あの時はサリアさんのおかげでサイレンスに対する誤解も解けましたし、おかげで今では大切な友人です。……本当にありがとうございました」
「いや、いい。ただまぁ、元同僚として少しばかり居た堪れなくなっただけだ。……彼女も、私も、逃げた口だ。あの悪夢からな」
「ええ……そうでした。そうでしたね……」
ファーブルの手は所在無さげに早見版を回す。
「……時折、子供みたいに頑固な私が嫌いになります。私のやっていることも、思うことも、確たる信念と共に正しいと思っています。……でも、どこか、どこか前提が間違っていて、正しいと思っていた言動が全て間違いだったら……そう思うこともあるんです」
「何、誰もが自分の正しさを持っている。お前にはお前の正しさが、他人には他人の正しさがある。そこに絶対はない」
「そう……ですよね。ええ、そうですとも」
「まぁ、今回子供なのはお互い様だとは思うがな」
「ええ!そうでしょう!あの人本当に頑固で意地っ張りで……」
「だからお互い様と言ったろう?」
「…………はい」
「まぁ、私達がライン生命で行った冒涜的な研究も、イーサンがレユニオンでの所業も、罪ではある。二度と消せない、な」
「そしてサリアさんのストーカーという罪もまた、ね」
「ぐっ……しつこく突いて来るな……」
「まぁ、消せない罪、ですからね。そりゃ誰かには延々と恨まれもするでしょう。……ええ、まぁ、罪なんて誰しもが持つものですが。そういう意味では本当、人間って業が深いですよね」
「そうだな……」
ファーブルは早見版を回す手を止める。
「……はぁ、そろそろいい時間ですし、私は寝ますね」
「ああそうだな。……イーサンとの付き合いも考えておくといい」
「……善処します」
早見版片手にサリアに背を向け去ってゆくファーブル。
それをサリアは見送る。
人には好き嫌いがある。
しかして、もはや言い尽くされた事ではあるが、好きと嫌いは対義語ではない。好きの対義語は無関心。
であるならば、嫌いの感情はなんなのだろうか。
ファーブルのイーサンへの感情はどう変化するのだろうか────
◇
ファーブルの日誌より
某年某月某日
龍門にきて何度目だろうか。また職を辞めた。だが、今回は一片も後悔などしていない。するはずがない。
あの研究所は生物を侮辱している。冒涜している。脈々と受け継がれてきた命の営み全てを否定している。
許さない。彼らを許さない。
一度でも彼らに心を許した自分を許さない。興味を抱いた私を許さない。
ライン生命に所属していたことはきっと名誉なことだろう。だが、それを肯定したら私の信念は崩れ去るだろう。
だからこそ、私はこの過去を無かったことにする。きっとライン生命も私がいたことを秘匿するだろう。
私は絶対に彼らを許さない。
私は絶対に私を許さない。
私はあの過去を遍く無かったことにする。