ブレイズのチェンソーの挙動がかなりリアルで好き
燻る炎。
迸る雷電。
煌く光。
舞う血飛沫。
レユニオン達の仮面は砕け、己の血潮で朱に染まる。
その上を覆い尽くすのは黒い波。
レユニオンの死骸を覆い尽くす黒い波の上をただ一人が悠々と歩く。
その人影も黒い波に覆われていたが、しかして黒い波は、まるで守るようにその人影の体を這い回っていた。
その手に持つのは歪な刃。
体を覆う黒い波が割れ、その顔が露わになる。
その顔は───
────私?
ベコォ!!
「ブッ!?!!?」
頭に凄まじい衝撃が走り、目の前を星が瞬く。
その星が消え去った時、目の前にあったのは、まるで編集が進んでいない作戦記録の映像データが映し出された画面であった。
「ファーブル、いい夢は見れたか?」
間髪入れずに野太い声が頭上から投げかけられる。
顔をあげれば、書類を筒状に丸め、肩をポンポンと叩く、文字通りオニの編集長がそこにいた。
「へ、へへへ……お陰様で……」
「そうか。なら出来上がった作戦記録にも期待しておこう。くれぐれも三時間もの無駄なインタビューやオリジムシばっかフォーカスを当てた“電子ゴミ”を提出しないように!」
「へーい……」
「返事!」
「Sir, yes sir!!」
編集長にケツを引っ叩かれいそいそとパソコンに向き直る。
しかし寝起きで頭が回らない。寝落ちする直前に一体何をしようとしていたのか思い出せない。
いかんいかん、これでは残業コースだ。コーヒーでも飲んで頭をスッキリさせなくては。確かスティック状のインスタントコーヒーを持ってきていたような……
ファーブルが心の清涼剤たるコーヒーを探すため鞄を漁っていると、「そうだ」思い出したように編集長がこちらを振り向く。
「お前の主治医からこっちに連絡があったぞ。『定期検診に来させろ』だそうだ。お前またサボってるのか?」
「げ」
編集長の言葉でファーブルは慌てて自分の端末のカレンダーを開く。そこには2日前の日付に『定期検診』と赤文字で入力されていた。
現場に出て作戦記録の撮影。ロドスに帰還して作戦記録の編集。保護した生物の治療。飼育している感染生物達の世話。それらに毎日追われているせいでとにかく暇がない。
別にファーブルの部署が特別ブラックと言うわけではない。危険な現場に頻繁に出る非戦闘員なだけあって休日はかなり多めに貰えている。しかしながらその休日をほとんど感染生物の世話と研究、及びフィールドワークに割くせいでやっぱり時間がない。
結果、しばしば定期検診をすっぽ抜かしてしまう。
「全く……お前さん、そんだけデカいなら飼い主を無理やりにでも診療室に押して行ってやれ」
編集長はファーブルの側にいたジャンに冗談めかしてそう言うと、自分のデスクへと戻って行った。
午後の予定、全部立て直さないと……
ファーブルは自分の立てた今日の計画が崩れ去った事を察し、深く溜息をついた。
◇
「……うん。先週と比べて特に大きな変化はなし。ただ相変わらず睡眠時間は足りていないから、そこは注意して」
「ええ……これ以上私の生活から何を削れと……それに睡眠時間ならオリヴィアだっていつも眠そうじゃん」
「……」
「ごめん、冗談だって」
小綺麗で清潔にされた診療室にて、ファーブルはカルテを持つ研究者、リーベリのサイレンスと向き合っていた。
サイレンスはファーブルの主治医でもあり、何度も顔を合わせているからこそ、ファーブルの態度はサイレンスの本名で呼ぶ位には砕けたものになっていた。またサイレンスもそれを受け入れているようで、それに関して特に何を言うわけでもなかった。
ただし、これが許されるのはあくまでも二人しかいない私的な場であるからこそなのだが。
「……まぁ、いいわ。とりあえず今度から定期検診を忘れないように。……言っても無駄でしょうけど」
「善処しておくよ」
「その言葉、一体何度聞いたことか。あ、そうだエリヤ」
思い出したようにサイレンスがカルテからファーブルに顔を向ける。
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「私に?珍しいね」
「うん。……イフリータの事なんだけど」
「あー……あの子」
その時脳裏に過るのはケタケタと悪戯っぽく、かつ残酷に笑うサルカズの少女。
異常なまでに強力なアーツの炎で戦場を火の海に変えてしまう。当然その中に放り込まれたレユニオンや感染生物は溜まったものではなく、イフリータが出撃した時は流石のファーブルも感染生物の保護を半ば諦めていた。
また見た目相応にヤンチャをするのだが、その力も相まってヤンチャの被害がとんでもない。サイレンスの言う事や、最近ではドクターの言う事も聞くようになったのが唯一の救いか。
「その子がどうかしたの?」
「うん。エリヤ。貴女に情操教育を頼もうと思って」
「……ん?私に?オリヴィア本気?」
「本気も本気よ」
サイレンスが切り出した頼み事はまるで予想外、かつ専門外の事だった。
「ちょっとまった。情操教育って……教員免許を取ってるわけでもないし、カウンセラーの資格も持ってないし……何で私なの?」
「あの子の戦い方や言動を見ていれば、あの子の心に欠けているものが有るのはわかるでしょう?」
「……というと?」
「命の重み。他者の痛み。あの子はちゃんとそれを理解してない」
「……まぁ、そうかもしれないけど、でも何で私に?」
「倫理学や哲学の研究者がいたらそっちに頼んでいたかもしれないけど、ロドスにはそんな人はいないでしょう?命の重さを知る人、と言えば医者だけど……」
「イフリータは医者嫌いだしね」
「そう。だから貴女に頼んでいるの。感染生物の生死をいつも目の当たりにしている貴女に」
「……オリヴィアがやっちゃダメなの?」
「…………私は……そうね。命に関して語る資格は無いかな」
サイレンスの瞳が俯きがちになる。その瞳に映るのは自分の白いデスクではなく、自分の後ろめたい過去だろうか。
「……わかった。引き受けるよ」
「………ありがとう、感謝する」
「いいよ。その代わり私一人じゃ不安だからオリヴィアも同伴してね」
「ええ、元よりそのつもりよ」
頼みを受け入れてくれたことにほっとしたのだろうか。いつも固く結ばれた口が少しばかり綻ぶ。
それを見たファーブルの角もゆらゆらと揺れるのだった。
◇
数回のノックが聞こえる。
どうぞ、と返せば静かにファーブルの自室の扉が開かれる。
「いらっしゃい、サイレンス、イフリータちゃん」
「お邪魔します。……ほら、イフリータ」
「……おじゃましまーす」
三人の休日が重なる日、予定時刻通りに二人はファーブルの自室兼研究室にやってきた。
ファーブルの予想通り、イフリータは不機嫌なようだ。大方最初は反発したがサイレンスに強く言われて渋々、といったところか。
「さ、座って座って」
席に座った二人にそれぞれ飲み物を出す。サイレンスにはコーヒーを。イフリータには特別甘くしたココアを。
自分の手元にはサイレンスと同じコーヒーを置き、イフリータの対面に座る。
と、イフリータが口を開いた。
「おい、ファーブルと言ったか?俺様はサイレンスに言われて仕方なくここに来て勉強にしてやるんだ!感謝しろよ!」
「ちょっとイフリータ」
「……ふん」
「ははは……」
なんと言うか、予想通りの反応と言うべきか。
「まぁ、来てくれただけ感謝かな。あと勉強と言ってもそんなにガチガチに詰め込むものじゃ無いから、ゆったりしてていいよ」
そう言ってファーブルは小さなホワイトボードを取り出す。
「さて、さっそくだけど問題。オリジムシは卵生……卵で増えるんだけど、一度に何個卵を生むでしょうか。1、10個。2、50個。3、100個。さてどれでしょう」
「なんだよいきなり」
なんの脈絡もない質問に眉をしかめるイフリータ。だがすぐにホワイトボードに書かれた数字を見比べているあたり、素直に考えてくれているようだ。
「……3番」
「正解!ご褒美にこれをあげよう」
そういって取り出したのはさらに盛り付けられた数枚のチョコクッキーだった。
「おおっ!くれるのか!?」
「もちろん、このあと正解したらもっとあげるよ」
「本当か!?へへへ、勉強中にお菓子を食えるならこのまま受けても……んん、受けてやってもいいぜ?」
「ふふ、ありがとう」
「サイレンスも食うか?」
「……ありがとう。でもそれは貴女が問題に正解して勝ち取ったものなんだから、貴女が食べちゃってもいいよ」
「そうか?じゃあ全部もーらおっと」
そういって無邪気にクッキーを頬張る姿からは戦場での狂気など微塵も感じさせない。
「さて、たくさん卵を産むってことはそれだけ親は栄養を取らなくちゃいけない。栄養が取れなければ最悪自分が死んでしまう」
「んぐ……じゃあなんでそんなにたくさん卵を産むんだ?ただでさえオリジムシって弱っちいのに」
「さて、なんでだろうね?じゃあ第二問。ちょっとまっててね」
ファーブルは立ち上がり、奥から一つのケージを持ってくる。
そこには掌より少し大きいくらいのハガネガニが歩き回っていた。
「ハガネガニか?見かける奴よりもだいぶ小さくねぇか?」
「まだ子供だからね。でもこんなに小さくても既に鋼の鎧を身につけているんだ」
「ふーん」
「ハガネガニの母親は卵が孵るまでずっと背中に抱えて過ごすんだ。でも産まれたばかりの子供には鋼の鎧はないし、大きさも今目の前にいる子よりもずっと小さい。だからなるべく早く鋼の鎧を着込まないといけない。ではどうやってハガネガニの子供は鎧を身につけるんだろう?」
「え、番号は?」
「ふふふ、自分で考えてみてね」
「ええー!難しすぎるだろ!」
イフリータはぐちぐちと文句を言いながらも腕を組んでうんうん唸って考えている。
暫く考えていたが、これだ、と言う答えにたどり着かなかったのか、様子を伺うように言葉を紡ぐ。
「……すぐ側にある鉄屑を食べる……とか?」
「……うん、まぁ正解にしようか」
「正解!?やったぜ!」
「はい、ご褒美」
取り出したのは小さなバアムクーヘンだ。
既にクッキーを食べきっていたイフリータはすぐさまバアムクーヘンに手を伸ばす。
「まぁ、完全に正解じゃないけどね。ちょっと難しすぎたからおまけって事で」
「ふーん。じゃあ『完全な正解』ってなんだ?」
イフリータからの質問に、ファーブルはハガネガニの幼体が入ったケージを撫でながら答えた。
「産まれたばかりのハガネガニの子供はね、自分を背負ってきた母親を食べるんだよ」