オリジムシ愛好家の述懐   作:糖分99%

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4.イフリータの情意・下

「……は?」

 

 イフリータはバウムクーヘンを取る手を止め、信じられないと言ったような顔でファーブルを見る。

 

「食うのか?親を?」

「うん。食べる」

「親は抵抗するのか?」

「全くしないよ。為されるがままに食べられる」

「いや、何でだよ。意味がわかんねーよ。何でそんなこと……」

「『一番近くにある鎧の材料』だからね。ついでに中身は栄養にもなるし」

「でも、だからってそこまでする必要あるかよ……」

 

 イフリータは信じられないものを見る目で、ケージに入ったハガネガニの幼体を眺める。

 しかし、ファーブルはそれに構わず続ける。

 

「さて、今日は最後の質問になるかな。シエスタのポンペイって知ってる?」

「……ああ、知ってる。火を吹きまくるデカいオリジムシだろ?」

「そうそう。大きくなった特殊個体のオリジムシだね。ちなみにウチのジャンも特殊個体に突っ込みかけてる状態かな」

 

 ファーブルはすぐ隣のジャンの殻を撫でる。

 

「そして特殊個体のオリジムシの支配下にある他のオリジムシは社会性を持つ……頭が良くなるんだよね。そして特殊個体のオリジムシは大量に卵を生むようになる」

「確かに、レユニオンの術師もいないのに隊列を組んで襲いかかってきてたな。オリジムシの数も凄かった」

「でしょう?まぁ、私はその時いなかったから、同僚が撮った作戦記録でしか見たことが無いんだけどね。で、本題はここから」

 

 ファーブルはホワイトボードにサラサラと何かを描きだす。

 そのホワイトボードに書き上げられたのは、精巧なバクダンムシの絵だった。

 

「これ、何かわかる?」

「バカにすんな、バクダンムシだろ!」

「ごめんごめん、その通り。ポンペイ達と敵対した時、バクダンムシも出てきたでしょ?」

「ああ、そうだな。でもなんでバクダンムシがオリジムシに混ざってたんだ?違う生き物じゃないのか?」

「お、鋭いねぇ」

 

 ファーブルの口角がニッと上がる。

 

「オリジムシはカタツムリと同じような生物で、バクダンムシは蜘蛛の近縁種。じゃあなぜあの時この二種は一緒にいたんだろう?」

「……仲がいいとか?」

「概ねそんなところかな。オリジムシとバクダンムシは共生関係にあるんだ。まぁ正しくは『特殊個体の統率下にあるオリジムシとバクダンムシの相利共生』なんだけども、そこら辺はいいか。とりあえず、お互いにメリットがあって一緒に暮らしてるんだ」

「メリット?どんな?」

「本来のバクダンムシは特に群れもつくらず1匹で育ち、パートナーを見つけて、卵を産み捨てて、死ぬ。まぁ普通の節足動物の一生だね。でもね、オリジムシと共生したバクダンムシは違う。集団で生活して、女王のねぐら近くに卵を生む。……ポンペイは強かったでしょ?」

 

 あの時対峙したオリジムシの女王を思い出す。

 炎でいくら焼いても焦げない。他の連中が斬り付けても傷つかない。挙句には炎を撒き散らし自分たちを焼き殺そうとした、あの女王を。

 

「……ああ、強かったよ」

「でしょう?だから適当に生みっぱなしにするよりも、女王の近くに産んで、群れで暮らせば外敵の脅威から卵や幼体を守ることができる。しかも、特殊個体がいる場所は特殊個体に成長できるほど源石や餌が多い場所だから栄養に困ることもない」

「ふーん、安心して子供を増やせる、ってことか」

「そうだね。それじゃあ問題。ここまではバクダンムシのメリットを言ってきたけど、それじゃあオリジムシ側のメリットってなんだと思う?」

「ええー、ここで問題!?」

 

 イフリータは顔を顰める。

 だが、先ほどと違ってバクダンムシとオリジムシの共生した姿はシエスタでこの目で見た事のあるものだ。もしかしたら自分が見たものにヒントがあるかもしれない。

 バクダンムシはオリジムシと一緒になって襲いかかってきた。そしてオリジムシと同じように撃破され、自爆する。

 はっきりいって自爆する危険物を仲間にするメリットなんてあるんだろうか?

 

 ────いや、でも、もしかして。

 

 

「……もしかして優秀な兵士が手に入るって事?」

「正解!ご褒美をあげよう!」

 

 そして目の前に置かれたのは白い箱。隙間から甘い香りが漂ってくる。

 

「龍門で買ってきたケーキだよ。あ、サイレンスの分もあるから、仲良く食べてね」

「え、私のも?……ありがとう」

 

 イフリータの隣では虚を突かれたサイレンスがペコリと頭を下げている。

 そして目の前にケーキが入った箱が置かれたイフリータは────じっとファーブルが描いたバクダンムシの絵を眺めていた。

 

「でもそれって……バクダンムシの自爆に賭けたものじゃないか?たしかにバクダンムシはオリジムシよりかはタフだけど、だからといって特別強いわけじゃない。強いのは自爆攻撃くらいだ。……でもそれだと、バクダンムシが兵士として役に立つのって死ぬ時だけじゃないか」

「うん。そうだよ」

 

 無慈悲に言い放たれた言葉にハッと顔を上げ、ファーブルの目を見る。

 

「バクダンムシはね、特殊個体と共生している間は凶暴化して無謀な特攻を仕掛けるんだ。レユニオンに操られているわけでもないのに、傷ついても逃げようとしない。そして散ってゆく」

「それじゃあ本当に……ただの爆弾じゃねぇか」

「それだけじゃない。バクダンムシの周りをオリジムシが囲って襲いかかってくる光景も見ただろう?」

「ああ、見たよ……」

「あれは確実にバクダンムシが敵の元にたどり着いて自爆できるよう、その体を盾にした『決死隊』だよ」

「死にに行く、ってことか。そいつらも」

「そういうこと。それじゃあ、今日は宿題を出して終わろうか」

 

 ファーブルはジャンを撫で、ハガネガニの幼体とバクダンムシの絵を交互に見る。

 

「身を削って大量の卵を生むオリジムシ。自分の子に自分の体を食べさせるハガネガニの母。敵に向かっていって自爆するバクダンムシ。なぜ彼らは自分の命を捨てるようなことをするんだろう?」

 

 

 

 

「……わかんねーよ」

 

 わらわらと押し寄せるレユニオンの兵士達をまるで作業のように焼き尽くしながら、イフリータは独りごちる。

 

 ファーブルから聞いた話はイフリータに衝撃をもたらした。

 ただの雑魚だと思っていた奴らの、理解し難い一面を知って。

 単なる雑魚ではなく、気味の悪い怪物のように思えてきたのだ。

 

「……チッ」

 

 ジュウ、とレユニオンの肉どころか地面すら焼け焦げる音が聞こえる。

 やがて動くものはいなくなり、オペレーター達は事後処理をし始める。

 イフリータはそれには参加しない。それはいつもの事だが、いつものように陽気に威張り散らしたりはしない。ただしかめっ面で小さな化け物達の奇行に思いを巡らせていた。

 

 たくさんの卵を産む代わりに自分が弱る?ならそんなに産まなきゃいいじゃねーか。

 

 子供の鎧の為に自分を食わせる?そこらへんに捨て置いておけばいいじゃねーか。

 

 敵もろとも自爆する為突撃する?強い女王の側でぬくぬくと生きておけばいいじゃねーか。

 

 なぜ『自分』を捨てるのか。イフリータには理解できなかった。

 

 地面の眺めながらとぼとぼ歩くイフリータ。

 

 小さな化け物達に対して思うのは、自分さえ生きていればいいじゃないか、と────

 

 

 ────目の前にあったのは、鬼のような形相のサイレンスの顔────

 

 

 ────くるりと世界が回る。

 視界の端に映るのは見慣れたサイレンスの白衣。

 そして背中に走る衝撃。

 サイレンスによって地面に押し倒された、と理解するのにしばらくの時間を要した。

 

「お、おいサイレンス、どうしたんだ!?」

 

 驚きのあまり動転して強くサイレンスを引き剥がす。

 すると妙に強張ったサイレンスの体はイフリータの横に転がった。

 

「な、何やってんだよサイレン……ス?」

 

 飛び起きたイフリータの目の前にあったのは、サイレンスの背中から見慣れない細い棒が突き出ていた。

 そしてその背中は赤いものが滲み出ていた。

 

 キラリと何かが反射した。

 そこには倒れ伏しながらも震える手でボウガンを構える、血塗れのレユニオンがいた。

 反射的に火炎放射器状のロッドを手に取り、その炎を狙撃手にぶつける。

 呆気なく狙撃手は力尽きたが、イフリータは歓喜の声も上げないし、そもそも狙撃手のことなど眼中にない。

 

「あ、ああ、サイレンス、サイレンス!」

「ガヴィル先生、こっちです!」

「ボウガンか!脊椎、動脈ともに外してる。ありったけのタオル持ってこい!この体制のまま担架に乗っけるぞ、足持て!よし、1、2の、3!」

 

 ガヴィルの号令の下、サイレンスは手際良く担架に乗せられ、タオルで患部を止血される。

 その間にも、イフリータはサイレンスに縋り付くように体を抱いていた。

 

「サイレンス!返事してくれ、サイレンス!」

「……いっ……話すと痛むの。……大丈夫、傷は、大したこと、ないから。私には、わかる、から」

「でも!なんでっ!」

「それに」

 

 ぽん、とサイレンスは手をイフリータの頭に置いた。

 

「貴女が無事なら、私はそれでいいの」

 

 そのままサイレンスは担架で運ばれていった。

 

 なぜだろう。理由はわからない。

 シエスタでみたバクダンムシとその取り巻きのオリジムシ。

 そしてサイレンスが撃たれる直前に見せた鬼のような形相。

 その二つが何故か重なって見えたのだ。

 

 ああ、とイフリータは自然と声が漏れる。

 

 サイレンスも、オリジムシも、ハガネガニも、バクダンムシも────誰かの為に己が身を挺したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「正解、よく気がついたね!」

 

 後日、第二回目のファーブルとの勉強会で、ファーブルは嬉しそうに肯く。 

 席の配置も全く同じ。イフリータの隣には普段通りのサイレンスが座っていた。傷はその日のうちに他の医療オペレーターによって治されており、後遺症など全くない。傷跡すら目立たなくなるだろう。

 だが、当たりどころが悪ければ、今頃サイレンスはここにいないはずだ。

 

「じゃ、詳しく解説しようか。オリジムシは……」

「オリジムシは1匹でも多く、大人に育ってもらう為、だろ?だからなるべく多くの卵を産むんだ。自分の体を削って」

 

 ファーブルはまるで豆鉄砲を食らったかのような顔のまま、イフリータを見つめていた。

 

「ハガネガニもそうだ。少しでも子供が生き残るよう、自分の体を子供にあげるんだ。自分の鎧を子供に『あげる』ほうが、そこら辺の鉱石を食べるよりも効率がいいから」

 

「バクダンムシは、敵に女王が殺されたら、自分達の卵も危ないかもしれない。だから、自分の子供の為に、敵もろとも自爆するんだ。そのバクダンムシを守るオリジムシも、大量の卵を産む女王を守る為に、確実に敵を倒す為に、バクダンムシの盾になるんだ」

 

 イフリータは分かったことを、全て言葉にして吐き出した。

 ファーブルは目をぱちくりさせ、やがてサイレンスを手招きで呼ぶ。

 

「……なんか入れ知恵した?」

「するわけないでしょ。それじゃあ勉強の意味がないでしょう」

「え?じゃあ、なんか変わったことあった?」

「いや……特に変わったことは」

 

 イフリータに聴こえないように部屋の隅で話しているが、丸聞こえだ。

 

「……変わったことなんてない、か」

 

 当たり前に身を削るオリジムシのように、当たり前に身を捧げるハガネガニのように、当たり前に子の為命を捨てるバクダンムシのように。

 あの時のことをサイレンスは『特に変わったことなんてない』と言うのだ。

 

 オレは、サイレンスに身を挺して守られて生きている。多分今までもそうだったのだろう。これからもそうかもそれない。

 今までオレが適当に焼いてきたオリジムシも、その親のオリジムシが身を削って、誰かが生き残ってくれると願って産んだ子なのだろう。そしてその親もまた、さらにその親の願いを受けて生まれて、そしてその親もまた………

 サイレンスもそうなのだろうか。自分の見知らぬ親もそうなのだろうか。

 無限に続く『自己犠牲』のループに頭がこんがらがって、焼けそうになる。

 だが、不思議と気分はよかった。

 

 

 

 

「……ミッションクリア、と。また映像データ凄い量になってるなー」

 

 手元のカメラとドローンの映像を端末で表示し、唸るファーブル。

 作戦記録編集部としての現地での仕事が終われば、自分個人の仕事へと切り替える。

 イフリータがいるので焦げた死体ばかりだが、今回は戦線が広がった為、イフリータが仕留めていない感染生物や猟犬が居るはずだ。そこにならまだ一命を取り留めた子がいるかもしれない。

 そう思い、台車にコンテナとケージを乗せて歩き出す。

 

 と、目の前に小さな人影が立ちはだかった。

 イフリータ。その手にはオリジムシβが抱えられている。

 見たところ腹足を火傷してそのまま殻の中に引っ込んでいるようだ。内部の火傷の具合にもよるが、治療すれば助かるかもしれない。

 

「なぁ、ファーブル」

「どうしたの?」

「こいつも、こいつの親が身を削って産んだ子供の一匹なんだろ?」

「そうだね。さらにその親の親の親の……百分の一の百分の一の百分の一の……何度も繰り返された世代交代の果てに生き残った1匹だよ」

「……そうか」

 

 そして、スッとそのオリジムシを差し出した。

 

「おい、オレにもっと生き物について教えろ!いいな!」

 

 ファーブルはオリジムシを受け取り、思わず笑みを溢す。

 

 中々おっかない子供だと思ったけど、なんだ、結構素直で可愛いじゃないか。

 

「ああ、いいとも」

 

 ファーブルの角はゆらゆらと揺れていた。




第一資料

本名エリヤ・アハズヤ。元はカズデルの大学で生態学の研究者であったが、戦争が勃発した為龍門に移住した。その際研究室から特別手塩をかけて飼育していたオリジムシを連れてきており、それが『ジャン』である。カズデルにいた当時からロドスに所属する現在でも暇さえあればフィールドワークに出かけており、一定のクライミング技能とサバイバル技能を身につけている。
基本的に丁寧な口調と穏やかな態度ではあるが、普段の生活習慣による過労からか、予定を忘れたりする事が多々ある。
またかなりの『ゲテモノ食い』であり、昆虫食は当然。治療の結果死亡した感染生物さえも調理して食べる。

感染生物は見事な手腕と知見から完全に源石成分が取り除かれている。なので彼女から感染生物の肉を食用に勧められても安心して良い
 ────Dr.ケルシー

源石成分とかどうとか言う問題じゃないと思うのですが?
 ────アーミヤ

そうと知らずに食べて気絶したこちらの身にもなってもらいたい
 ────匿名希望・C
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