オリジムシ愛好家の述懐   作:糖分99%

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上級エリートタグって実在してたんですね……



5.その瞳は誰のもの

「な〜ぁ〜!早く聞かせてくれよ!『溶岩オリジムシ三十日巡りin夏の活火山』の続きをさ〜!」

「あぅあぅあぅ」

 

 イフリータに胸元を掴まれ、力一杯前後に揺すられるファーブル。

 戦場での激務、編集部での激務により心身共に疲労困ぱいのファーブルはなされるがままにガックンガックン頭も揺れる。

 イフリータはファーブルにもある程度心を開いてくれたようで、勉強会にも最初ほど嫌がらずに来てくれるし、ファーブルのちょっとした小話も興味津々といった様子で聞いてくれるし、オリジムシの現場での保護も手伝ってくれる。

 とはいえ子供っぽくて我儘で俺様な性格は変わらないようで、ファーブルの目に浮かぶクマなど知ったことではないと言わんばかりに昨日の小話の続きをせがんでくる。

 はっきり言って体力の限界。今すぐにでもベッドに飛び込みたい。

 そんな中、軽い足音と共に助け舟がやってくる。

 

「イフリータ、そこにいたの。もう遅いから部屋に帰って寝なさい」

「えー、まだ眠くねぇよ」

「イフリータ」

「……ちぇー」

 

 イフリータの主治医兼保護者役、サイレンスだ。イフリータもサイレンスにだけは逆らえないようで、唇を尖らせ、ファーブルを解放する。

 

「オリヴィア、助かったよ……」

「貴女も早く寝なさい。凄いクマができてるよ?……明後日の定期検診、忘れないでね」

「ふぁい……」

 

 イフリータの手を引き自室へと戻ってゆくサイレンスの後ろ姿を見送り、ファーブルは目頭を軽く揉む。

 

 確かに編集部の仕事は激務だ。だが危険な前線にも出る代わりに、後方でずっと編集作業をしているオペレーターよりも休日は多い。

にも関わらずこの有様なのはその休暇を全て研究に費やしているからだ。

 とはいえ、流石に限界が近いかもしれない。

 次の休日は自堕落に自室で寝ているのもいいか。もしくは軽くスポーツでもして体をほぐすのも良いかもしれない。あぁ、解すといえばマッサージに行ってみようかな。

 

 そんな事を考えていると、すぐ側にいたジャンが忙しなく周りを回り始め、ファーブル自身は何かの視線を感じた。

 見渡すが、誰もいない。

 

 ここ最近、こう言った事がよくある。どうにも何者かの視線を感じる事が多くなった。

 いよいよ疲労でおかしくなったか、と最初こそ思ったが、視線を感じる時に限ってジャンの落ち着きがなくなるのだ。多分、気のせいではあるまい。

 そしてロドスはとにかく人材が豊かだ。豊か過ぎる。よって人の視姦が趣味なんていう変態が居てもおかしくはあるまい。

 そうすると、何か起こる前に相談する必要がある。

 となれば、行く場所はただ一つ。

 

 

 

 

「視線、ですか?」

 

 困ったように首を傾げるのはコータス(厳密には違うらしい)のアーミヤ。見た目はどう見ても少女なのだが、これでロドスのCEOであり、表の最高権力者なのだから侮れない。

 ファーブルがやってきたのはドクターの執務室。デスクにはドクターが、その隣にアーミヤが助手として立っている。

 

「私は特に心当たりはありませんが……でも、なんでファーブルさんが?」

「いえ、全く。恨みを買われるようなことは……多分してないですし」

「ファーブルさんは非戦闘員ですし、レユニオンからも個別で恨みを買う事は……もしかしたらファーブルさんの持つ作戦記録が目的とか?」

「あー、情報ですかー」

「もしレユニオンが潜入してファーブルさんをつけているとなれば相応の対応が必要となります。ドクターはどう思いますか?」

 

 ずっと黙っていたドクターに話を振る。

 ただ、ドクターは言葉こそ発しなかったものの、ファーブルが視線を感じるという話題を発した時から少しばかり落ち着きを無くしていた。

 言うなれば、なにかを言おうか言うまいか迷った様子だった。

 だが、アーミヤに話を振られてようやくその口を開いた。

 

「……実は私も何者かの視線を感じていてね」

「ドクター、初耳ですよそれは!そう言った事はちゃんと相談してください!」

「いや、私も最初は疲労が原因の錯覚かと思っていてね」

「あー、ドクターはいっつも理性切らしてますからね……アーミヤ代表、ドクターをちゃんと休ませてますか?人は十分な休息を取らないと死ぬんですよ?」

「もの凄いクマを付けている人に言われたくないです……ともかく、侵入者の存在が疑われる以上、なんらかの対策を練らないと……」

「あー、すまん、ちょっと疑問なんだが」

 

 若くしてCEOなだけあって行動も素早い。侵入者対策を早速アーミヤは練ろうとするが、それにドクターが待ったをかける。

 

「その私やファーブルをつけている者だが、非戦闘員である私やファーブルに気取られるというのはおかしくないか?」

「それは……確かに」

「そうですね……例えばレッドさんが尾行したなら、少なくとも戦闘に関しては一般人であるドクターやファーブルさんに気取られることはないでしょう。督察隊隊長のチェンさんも、尾行は専門ではないはずですが、それでも一般人に遅れを取る事は……」

「となると、私やファーブルをつけている者の潜入者としての能力は低いと言うことになる」

「それは……」

 

 あり得るのか?

 もし仮にレユニオンからの侵入者だとした場合、特殊カメラや装置を使わない限り視認できない迷彩を纏い、侵入に重きを置いた迷彩兵や、トップクラスの実力者としてクラウンスレイヤーのような暗殺向きの人材もいる。それらがドクターやファーブルを尾行していたならまず気づけないだろう。

 他勢力からの侵入者だとしても、相応の力がある者が送られてくるはずだ。

 

 では、一体誰が?

 

「……相手方の目的を図りかねますね」

「監視カメラを一応漁っておきますか」

「そうだな。後は……あ、そうだ」

 

 ぽん、とドクターは手を打ち、ファーブルに視線を向けた。

 

「ファーブルは確か小型カメラの類を持ってたな?」

「ん?ええ、ありますよ。定点カメラや身に付けるタイプ、または動物に貼り付けて行動を観察するもの、さらに小動物にも使える超小型カメラとかも」

「よし、それを身につけよう。自分の死角になる背中とかにつけておけば尾行する者の姿が映るかもしれない」

「……上手くいきますかね?」

「相手が手練れなら首を振るが、恐らくはそうではない。なら賭けてみる価値はあるだろう」

 

 

 

 

 短めの髪をあえてゴムで縛り上げる。

 そのゴムには小さな飾りがついており、特殊な蛍光灯の明かりできらりと光る。

 

 そう、これが件の超小型カメラだ。急遽カメラを飾りっぽく改造してゴムに取り付けたのだ。ドクターには同じような飾りがついたピンを渡してある。

 その飾りが後ろを向くようにして身に付け、視線を感じるまで過ごす。これがドクター達と立てた作戦だ。

 

 さらにファーブルにはもう一つの手があった。

 

「これでよし、と」

 

 無数のオリジムシが蠢く大部屋。バスケットコート三面分だろうか。それに混じるバクダンムシとハガネガニ。

 この広大なスペースこそ、研究室の隣に設けられた飼育場である。

 その飼育場にて飼われているオリジムシの一部に、小さなシールを貼っていた。これが本来の小動物行動観察用のカメラの姿である。ネズミのような小動物に取り付けても、被験体の行動を阻害せずに映像記録を残す事ができる優れモノである。

 

 ファーブルはカメラを貼った個体をメモすると、壁のレバーを引く。

 すると警告音をと共に天井の一部がゆっくりと降りてくる。やがて端が床に着き、開いた天井からは外の光が漏れる。

 そう、オリジムシの飼育場は元は甲板に繋がる倉庫だった。使われていなかった倉庫を改装し、オリジムシの飼育場に、その隣の部屋を研究室兼自室に改装したのだ。

 ここを選んだのは単にスペースが広い事と、紫外線を放つ蛍光灯を使って入るものの、やはり時にはちゃんと日光も浴びせるべきと考えた為、外との出入りがしやすい甲板に面した倉庫を選んだのだ。

 

「Get out、Get out」

 

 ファーブルがそう言うと、今までずっとファーブルの側にいたジャンが、坂を登って外に出ようとする。すると他のオリジムシ達とバクダンムシ達もジャンの後を着いて行く。

 こう言う光景を見ると、特殊個体となったジャンの知能の高さと、特殊個体の統率力がよくわかる。

 更にファーブルは立てかけてあった杖を取り、床を叩きながらジャンと共に坂を登る。すると今度はハガネガニ達がファーブルの後を追う。

 これはいつも餌をあげる前に杖を叩いてから与えるため、学習して音に寄ってくるようになった為このような行動をとっているのだ。ハガネガニのような社会性のない生物にはこの方法がいい。ただしオリジムシもバクダンムシもハガネガニもほぼ同じ餌を同じタイミングで与えている為、一部の食い意地の張ったオリジムシとバクダンムシがジャンの隊列から逸れてファーブルの後を追っている。それでいいのか。

 

 外に出てオリジムシ達を『放牧』した後、ファーブルは折り畳み椅子を広げて座り、水筒に入れた紅茶を啜る。そして持ってきた雑誌を広げ、眺める。

 

 例の視線は放牧中にも感じた事があった。ならばもしかしたら、甲板を動き回るカメラを取り付けたオリジムシの1匹が視線の主を映すかもしれない。

 今回はそんな期待を抱いての予定外の放牧だった。

 しかし、普段なら放牧中に各個体の詳しい健康チェックもするところだが、これは予定外の放牧。以前の定義放牧でチェックは終わらせてしまった。

 となるとやる事はない。日頃の疲れも相まって、いつの間にかファーブルは睡魔に飲まれていた。

 

 

 

 

「というわけで、監視カメラに不審な人物は写っていませんでした」

 

 数日後、アーミヤは少ししょんぼりした顔で報告をあげる。

 

「どうやらロドス内部の監視カメラの死角を把握しているようです」

「なるほど、内部の情報を把握している……というか、内部犯の可能性が余計に高くなったな、よくやったアーミヤ」

 

 それに対してドクターはフォローも忘れない。さすが三大トップのうち一人なだけある。

 

「では、ファーブルの方はどうだった?」

「ええはい、回収したカメラからデータを移送して、怪しい人物がいないか探したんですが」

 

 スッと何枚かの現像した写真をデスクに置く。

 

「この人が写ってたのですが……」

「え、この人は……」

 

 

 

 

 コンコンとドクターの執務室がノックされる。

 アーミヤが入室許可を出すと、一拍遅れて扉が開かれる。

 入室してきたのは元ライン生命所属のヴイーヴル、サリアだった。

 

「珍しいな、私を執務室に呼び出すなど。……それに珍しい顔もいるな」

 

 サリアはあまり接点のないはずのファーブルを一瞥すると、ドクターに向き直る。

 

「それで、一体何の用だ?」

「ひとまずはこれを見てもらいたく思います」

 

 ファーブルはデスクに写真を並べる。

 そこに写っていたのは、監視カメラの死角に身を潜め、“こちら”を見つめるサリアの姿だった。

 また別の写真は、かなりのローアングルから折り畳み椅子に座り眠るファーブルをじっと見つめるサリアの姿が映されていた。

 その写真を見た途端、先ほどまでの冷静さがサリアから無くなった。

 

「なっ!? こ、これをどこで!?」

「妙な気配を感じて小型カメラをドクターと私、そして放牧中のオリジムシに仕掛けさせてもらいました」

「それで、なぜお二人を尾行していたのですか?答えてください、サリアさん」

 

 アーミヤが静かに詰め寄る。

 サリアはぐっ、と呻き、目が泳ぐ。

 普段見られないような動揺の後、普段聞かないような覇気のない声で語り出す。

 

「ど、ドクターは最近イフリータやサイレンスと良く話しているだろう?それで、まぁ、その、何の話をしているのか気になって……な」

「……そういえば、視線を感じるのは大体彼女達と話してる時だな」

「……ん?ちょっと待ってください。私は別にお二人と話してる時じゃなくても視線を感じてたのですけども」

「ファーブルは、その、いきなりイフリータと親しげにし始めたからな……どういう人物なのかよく知らなかったので、その……」

 

 ふぅ、とドクターは溜息をつく。

 

「そうか、分かった。もう行っていいぞ。この事も、この画像も破棄する」

「……いいのか?処罰等は……」

「そこら辺の事情は私も知っている。イフリータ周りの事で気を揉むのもな」

「……すまないな、ドクター」

「あといい加減イフリータに会ってきたらどうだ?それができなくとも、いい加減サイレンスとある程度は歩み寄ったほうがいいと思うぞ。少なくとも二人のイフリータに関して目指すものは、本質的には同じなんだから」

「………わかった、善処しよう。……迷惑をかけたな。では失礼する」

 

 サリアは退出し、扉が閉められる。

 ふぅー、と長い溜息をついたのはファーブルだった。

 

「本当に驚きましたよ、まさかあのサリアさんが写ってるなんて。サイレンスとイフリータと同じライン生命所属という事は聞いてますが、三人の間で何かあったのですか?」

 

 ファーブルの質問に対し、しばし黙り込むドクターとアーミヤ。

 やがてドクターが自分を納得させるように頷き、口を開く。

 

「まぁ、無関係とはいえなくなったし、ある程度は言うべきか。……サリアはライン生命のやり方に疑問を覚えて、ライン生命から抜けたんだ。その原因の一つと思われるのがある実験の失敗……おそらくはイフリータ絡みのサイレンスとの対立だろう」

「なるほど……?」

「イフリータはライン生命で『何らかの施術』をされたらしい。おそらくは非人道的な何かをね。結局、サイレンスもイフリータを連れてライン生命から抜け出したが、依然として二人の仲は険悪なまま。サリアはイフリータに会うことを遠慮してるし、サイレンスはサリアにイフリータに会わせようとしない、と言う状態だ」

「うわぁ……」

 

 あんまり知りたくなかったドロドロの事実。

 そして、何となくイフリータの歪みにも納得がいく。

 いろいろと思う事はあれど、口から出たのはくだらないものだった。

 

「なんでしょう、この……別居して家を出た父親と、残された母親と娘、みたいな感じは」

「……ぷふっ、まぁ確かにそんな感じだな。二人とも娘……イフリータの幸せを願うなら、とっとと和解したほうがいいと思うんだがな。イフリータもサリアに会いたがってたしな」

 

 

 ともかく、これで謎の視線の騒動は解決した。

 

 

 

 ……かに見えた。

 

 

 

「サリアさんがここに来るなんて珍しいですね。もう尾行とかしてないですよね?」

「うっ、それを責められるのは」

「冗談です。それで何の御用でしょうか?」

「……あの時、超小型のカメラを使っていたな?おそらくカメラの扱いに長けていると思われる。そこで頼みなのだが……」

「ここにカメラを設置してイフリータの様子を撮影してほしい、はダメです。盗撮は立派な犯罪ですよ?」

「うぐぅ……」

「そんな狡い方法は貴女らしくありません。ちゃんとサイレンスと話し合ってください」

「……」

 

 どうにも普段とは違い弱気な───職場だと強気なのに、家に帰ると奥さんに尻に敷かれがちな中間管理職のお父さんみたいな────雰囲気を漂わせるサリアが訪問してきたり。

 

 

 

「小型カメラ、あるんだって?」

「……あのー、ラップランドさん、どこでそれを?」

「それを一つ買いたいんだ。いいよね?」

「何に使うかお聞きしても……?」

「テキサスっているだろう?ちょっとその子の行動観察をね?ほら、行動観察用小型カメラの正しい使い方だろう?」

「人に対して扱うものでは……」

「まぁまぁ、そんな硬いことを言わないで。ね?」

「ひぇっ」

 

 ラップランドに脅迫紛い(本人がその気であったのかはわからないが)の要求を受けたり。

 

 

「簡潔に言おう。こちらに来たのは他でもない。小型カメラの取引についてだ」

「貴方もですかシルバーアッシュさん!というかカランド交易の力で自前で用意できるでしょう!?」

「優秀な人材を得るにはその周りから攻め落とすものだ。わかるかね?」

「言っている意味がわかりません!」

「何、少し耳を貸し給え」

「え、ちょっ、なんですか……………」

「……………………どうだね?」

「乗った」

 

 シルバーアッシュと密約を交わしたり。

 

 気になる人のことを知りたい。それは人として当たり前の要求だろう。

 しかして盗撮という方法で解決するのはこれ如何に。

 ただ、これ以降サリアとサイレンスの話声を聞くことが増えたので、サリアは戦場と同じく、サイレンスと正々堂々と向かい合うようになったようだ

 とはいえ、聞こえる声はいつも口論なのだが。

 

 がんばれサリアパパ、めげるなサリアパパ。いつかその努力が報われる時が来るぞ!

 

 ついでにこのゴタゴタのせいで定期検診をまたすっぽ抜かすことになった。




上級エリートタグでサリアのお迎えが完了しました。これでサイレンス、イフリータ、サリアのライン一家が揃いました。

ところでテキサスにご執心気味なラップランドとはいえ、盗撮までするんですかね……しそうな気も、しなさそうな気も……
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