オリジムシ愛好家の述懐   作:糖分99%

8 / 14
チ ェ ン 出 な か っ た !

ホ シ グ マ か ぶ っ た !



8.エリヤのエゴイズム

 

「博士号取得おめでとう、エリヤ・アハズヤ君」

「いえ!教授のおかげです!」

 

 異様に背の高い本棚。積み上げられた無数の書物。元の部屋は狭くはないのだが、心なしか圧迫感すら感じる部屋に、初老のサルカズの男性と、若いサルカズの女性が談笑していた。

 

「しかしアハズヤ君……後悔しないのかい?」

「というと?」

「感染生物の研究は全く進んでいない。それは単に研究したがる者が少なく、研究のメリットもあまりなく、故に大学が予算を割かないからだ」

「ええ、知ってますよ」

「いいのかい?君は未来ある若者だ。有益な研究をして、安泰な生活を築きたいとは思わないのかい?」

「そりゃ、生活は楽な方がいいに決まってますよ」

 

 エリヤは博士号を取得したことを示す証明書の角を指でピンと弾き、回転させる。

 そして、エリヤが教授と呼ぶ男性に屈託のない笑みを見せる。

 

「でも、可愛いじゃないですか、オリジムシ。彼らを研究できるなら、それで私は幸せですよ?」

 

 

 

 

「街中で駆除され怪我をしたオリジムシの保護、ですか」

「そうだとも」

 

 教授は二つのケージを撫でる。その中には殻にヒビが入ったオリジムシが1匹ずつ入っていた。

 

「教授の著書は一通り読みましたが、そういう手法で検体を手に入れてたんですね。初耳ですよ教授」

「まぁ、学生の時には私の研究や感染生物の話はしなかったからな」

「別に話してもよかったんじゃないですか?その方が宣伝になりません?」

「そう思って昔はやってたが、感染生物だからね。話したところで興味を持つ学生は皆無だったよ。ああそうだ、君にもこれを渡しておかないとな」

 

 教授は一つの紙束をエリヤに渡した。

 それはそこまで分厚くもなく、紙質も新しいものに見えた。

 

「これは……オリジムシの飼育方法ですか。かなり新しいですね」

「なにせオリジムシの飼育方法など誰も調べていなかったからな。適切な人工飼料の調合なんかも私が長年のフィールドワークと実験で見つけたものだ」

「つまりはオリジムシの保護は最近始めたものなんですね。……そういえば教授の著書にもオリジムシ保護云々の話題が出たのはつい最近の書籍だけでしたね」

「そう。故にオリジムシの治療法は目処は立っているものの、まだ確立していない。当然、さらに危険度の高いアシッドムシ、ハガネガニ、バクダンムシもな」

 

 教授は机の一角を指差す。

 そこには無数の書類があり、赤色でバツや訂正文などが無数に見られた。

 

「私が目指すのは感染生物の治療法の確立、及び感染生物を遠ざける装置の開発だ」

「感染生物を遠ざける装置、ですか」

「ああ。移動都市内部に入り込んだオリジムシは内部構造を破壊することもある。だからこそ、オリジムシは駆除されるわけだが……それを未然に防げるのであるならば、このように傷つくオリジムシも出ることはないだろう」

 

 

 

 

「なに、フィールドワーク?何処へ?」

「南部に火山がありますでしょう?あそこです」

「待て、あそこは気性の荒いバクダンムシとオリジムシが群生している場所だぞ!戦闘力のない君一人で……」

「つまりはオリジムシとバクダンムシが共生している特殊な環境なのでしょう?行くしかないじゃないですか!それに私にはもしもの時のアーツがありますから、心配しないでください!では!」

「ちょっと待て……行ってしまった」

 

 

 

 

「教授!ただ今戻りました!」

「……はぁ、全く。アハズヤ君、家族に連絡も入れずに1ヶ月もフィールドワークに出かけるとは……家族が心配していたぞ?」

「……そう、ですか。……それより見てください!この写真を!」

 

 エリヤは1ヶ月の間に撮り溜め、現像した無数の写真のうち一枚を指差す。

 

「火山に生息するオリジムシの亜種、ヨウガンオリジムシとバクダンムシが共生している様子をとらえた写真です」

「奥にいるのは……オリジムシの女王か!?」

「はい!ついに女王個体のコロニーの至近距離での撮影に成功しました!」

「待て待て!こっちの写真女王と近すぎやしないか!?」

 

 教授が手に持つのはオリジムシの女王と呼ばれ個体のアップ写真。ズームはされているが、それでも撮影者と被写体の距離が近い。

 それに対してエリヤはしゃあしゃあと述べる。

 

「それですか?ええ、最初は警戒されてバクダンムシたちに襲われたんですけども、一週間経ったあたりでこちらを警戒する程度になって、二週間でこちらを監視する程度になり、三週間でほぼ無警戒になりました。この写真は最終週に撮ったものですね」

「……つまりは、オリジムシは人の区別がつくだけの知能を持つ、ということか」

「はっきりとはわかりませんが、恐らくは。知能が高いとしても、それは女王のみで、他の個体は女王に従っているだけかと」

「なるほど、私も行ってみるか……?」

「そしてこちらの写真。恐らくは猛禽類に高所から落とされ、殻を酷く損傷したオリジムシの写真です」

「……殻の損傷箇所に何か被せてあるな。これは?」

「源石を高い濃度で含む粘土状のものです。怪我をしたオリジムシに他のオリジムシがこれを使って殻を補修している光景を何度か見ました。フィールドワーク最終日にはここまで回復しています」

 

 エリヤが続いて見せた写真は同じオリジムシと見られるもの。

 しかし損傷していた殻はきれいに塞がれ、僅かな傷を残すのみとなっていた。

 

「なるほど源石を含む粘土か……素晴らしいな、アハズヤ君。……よし、これから忙しくなるぞ!」

「はい!」

 

 

 

 

 大学農学部の敷地の一角。

 そこは他の研究室から最近新たに切り離され、エリヤ達が所属する研究が借りることになった敷地だ。

 そこには殻を粘土のようなもので覆われたオリジムシ達が悠々と這っていた。

 

「オリジムシの保護及び治療、順調ですね」

「ああ。後はオリジムシ避けの開発だ。源石を含む単純な生物であるオリジムシなら、アーツである程度の制御もできるはずだ」

「……あの子、大丈夫でしょうか」

「あの子というと、あの危篤状態の子か」

「ええ。殆どの殻を失ってましたからね」

「……なに、心配することはない。オリジムシは人間よりも頑丈だ。彼らの生命力を信じよう」

「……はい」

 

 

 

 

「ジェームズ、ジョン、ジョンソン……」

「何をやっている、アハズヤ君?」

 

 エリヤは1匹のオリジムシの前で端末をいじり、何やら呟いていた。そのオリジムシは透明なケージの中に入れられており、常に内部は清潔に保たれていた。その殻は殆どが源石を含む粘土に覆われていた。

 

「あ、いえ。ちょっと名前を……」

「名前、か……」

 

 途端、教授は少しばかり困ったように眉を寄せた。

 

「……アハズヤ君、これは私の一個人の考えだ。だから聞き流してもらって構わない」

「……教授?」

「名前を生き物につける、という行為は、その生き物を完全に自然から切り離し、私物化する行為だ、と私は考えている。今保護しているオリジムシも、そこにいる子も、回復すればいずれは自然に返す。にも関わらず名前をつけてしまうのは、エゴイズムだと、私は思うのだよ。まぁ、私の『保護』もある種の人のエゴではあるが、さらに名前をつけるという人間の利己主義の上塗りは、私は避けたいのだよ」

「…………そう、ですよね。本来は大自然の中で、天災に揉まれながらも、名前などあらずとも逞しく生きるのが本来のこの子達の姿ですものね」

 

 

 

 

「………どういう……ことですか」

「……言った通りだ。治療が完了し、自然に返したはずのオリジムシが、再び移動都市に戻って来ていた。殻の番号も確認した。恐らくは、保護したことにより保護下の環境を気に入ったのだろう」

「その子達はどうなったんですか?」

「駆除されたよ」

「……つまり、なんですか。私達が保護した子は、保護したばかりに自然に帰らなかったと?自然に適応することを諦めた、と?」

「そうなるだろう。オリジムシは想像以上に知能が高かったようだ」

「じゃあ保護した子達は、私たちに殺されたようなものじゃないですか!そんな!そんな……!」

「……もう少しだ。もう少しでオリジムシを遠ざけるアーツ波の解析が終わる。それを利用した装置を作れ上げ、移動都市に配備されたならば……この都市に迷い込み、駆除され、私たちに保護されるオリジムシもいなくなるだろう」

 

 

 

 

「アハズヤ君、君は未来ある若者だ」

「……はい」

「君には、まだやるべき事がある」

「……はい」

「だから、今すぐこの国を出なさい」

「それは!」

「この国はじきに大きな内戦になるだろう。そうすれば若者は戦争に駆り出される」

「そんな……私、戦う力なんてありません、よ?そもそも研究職は戦争に出ない事が約束されているようなものじゃ……」

「対外戦争ならそうかもしれないが、内戦だからな。そしてアハズヤ君、君のアーツは確かに攻撃には向かない。だが、稀有で有用なアーツだ。例え一度に少しの物体しか運べないとしても、再使用まで時間が非常にかかるとしても、それでも瞬間移動するアーツは利便性が高い。特に情報に価値のある戦争においてな。……だからこそ、内戦が激化する前に、君を国外に逃す。君がやるべきことは戦場の運び屋なんかじゃない」

「……」

「これは私の推薦状だ。いくつか用意してある。行きたい国の、行きたい機関で、好きなように研究するといい」

「……教授は?」

「私は老いぼれな上にアーツも弱い。私は安全だろう。私は、な」

「……保護していたオリジムシはどうするのですか」

「……………ギリギリまで保護はする。だがいずれ、予算は割かれることはなくなるだろう。そうなれば………」

「そう……ですか」

 

 エリヤは重い足取りで、あるものに向き直った。

 それは、殻の殆どを粘土で覆っていたオリジムシ。殻は修復しつつあるが、それでも完全ではない。

 

「ではせめて……せめてこの子は連れて行きます。……まだ、治療が終わっていないので」

「ああ、君がいいなら連れて行ってあげてくれ」

 

 そして、エリヤはそのオリジムシに向き直った。

 

「……貴方の名前は、ジャン。ジャンよ。貴方が自然に帰れないというなら。このままここにいても、殺されてしまうだけというのなら……私のエゴで貴方を自然から切り離す。私のエゴで、貴方を生涯保護する。今後ともよろしく、ジャン」





第二資料

ジャンは常にファーブルについて回る非常に大型なオリジムシの特殊個体である。ファーブル曰く、かつては単なるオリジムシであったらしく、置かれた環境で特殊個体へと変化する、と彼女は見解を述べている。しかしながらオリジムシは感染生物という性質上研究が進んでおらず、その見解はエビデンスに乏しい。ただ一つ言えるのは、シエスタのポンペイと比べるとまだ小型であり、特異な攻撃をしてこない。そのため、ジャンは未だ成長途中であるという事である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。