「--し。--下さいーーし。拓也、起きて下さいまし、拓也!」
「ん〜、後五分」
「もうその手には乗りませんわ! 拓也はいつもそう言って一時間は寝るんですのよ!」
「そうだっけ? そうかなぁ……よし、起きよう」
「そうして下さいまし」
目を擦りながら起き上がり私服に着替え、窓を開ける。光が勢いよく差し込み目を細めるが、しばらくして目が慣れる。
僕は近くにある仕事用のノートパソコンを開き作業を始める。
早乙女さん……カレンと僕のすっ飛ばし婚から大分時間も経ち既にカレンダーは八月になっている。
雲一つない晴天。だが、それが鬱陶しく感じる。季節は夏、今年は例年よりも気温が高くなる様で僕もカレンも参っている状態だ。それの証拠に僕が仕事をする隣でカレンは扇風機に向かって座って居る。
「暑いですわ拓也」
「いや、そう言われても……僕も熱いからどうにかして欲しいんだけどね。まさかこんな時にクーラーが壊れるなんて」
「本当に、勘弁して欲しいですわね」
そう、今の時期暑くただでさえ気温が高いのにクーラーが壊れると言う緊急事態。電気屋に電話をしてみたが修理が来るまで丸一日は掛かるそうだ。そう考えるとクーラーを直すために汗水流して働いている修理する人は偉い。
そしてさりげなくカレンが隣に居ると言ったが、カレンは現在僕の家に居る。よく考えなくても結婚をしたのだからどちらかの家に住むのは当たり前だ。しかし、カレンが住んでいたアパートは近々新しい住人が来るかも知れないとの事なので僕の家に引っ越して来たのだ。
僕の住んでいる家は両親が元々住んでいた家で、田舎の方に移り住んだ両親からこの家を引き継ぎ生活していた。部屋は大分余っていたのでカレンの部屋も直ぐに出来た。しかし、今まで貧乏生活をしていたカレンにはどれも新鮮に感じている様で始めの一ヶ月は本当に楽しそうに家事をしていた。勿論、今もしっかり家事はこなしてくれていていい妻を持ったと会社の同僚に胸を張って言っている程だ。
「でも本当に暑いね……あ、下に買って来て置いたアイスあるけどカレンは食べる?」
「ええ、ありがたく頂戴いたしますわ」
カレンは薄い部屋着をパタパタと動かしながら暑さを紛らわして返答をする。最近まで人が居なかった生活に初めはなれなかったが過ごしているうちに慣れてしまった。もっと新鮮な感覚を味わいたいと言うのはあるが、カレンとの生活に慣れるのは嫌な事ではない。寧ろすぐに馴染めていると言う安心感さえある。
そんな事を考えながら下にあるアイスを冷蔵庫から取り出し二階に戻ろうとすると、不意に何かが届いているのに気づく。
それは封筒の中に入っており、新樹拓也様へと記入されており差出人は両親だった。
「父さんと母さんがなにか送ってくれるなんて珍しいな……やっと休みが貰えたのかな」
実はうちの両親は田舎に移り住んだとは言え仕事がよく舞い込んでくるらしい。それでひと段落したら僕に何かしらを送ってくる。それが僕と両親の元気か確かめる手段になっている。
それはそうと、封筒の中身が気になる。しかし手にアイスを持っている事を思い出し、すぐに二階のカレンが居る部屋に戻った。
「はい、どうぞ」
「申し訳ないですわね」
「良いの良いの。これくらいはするし、疲れてるんなら肩揉みもするよ?」
「流石にそこまでして貰わなくても大丈夫ですわ。それとその封筒はなんですの?」
カレンに言われ、封筒を持っている事を思い出し封を開けてみる。
すると中には二枚のチケットが入っていた。
『夏のひと時の思い出を作ろう! 新オープンしたプール無料入場券』と書いてある。
そして裏面に記載しれている小さな位置が地図を見ると、最近まで工事をしていた場所だった。あそこはプールを作っていたのか。
「カレン、両親からプールの無料入場券貰ったんだけど……」
「プール?! 今プールと申しましたの?!」
「う、うん。しかも新しく出来たプールの」
「まぁ! わたくしプールなんて初めてですの!」
「そうなの? てっきりお嬢様の時に大きなプールとか敷地内にあって入ってるものかと思ってたけど」
カレンは昔、上流階級の早乙女家の長女だったらしい。が、会社が破綻し現在に至るという事だ。
「いいですの拓也。それは聞いてはいけない事ですわ」
「分かった。無理にとは言わないからさ……あ、じゃあさ、今から行こうよプール。どうせ家にいても暑いだけだし、カレンの初プールと言う事で」
「ええ、それはいいんですのよ? でも……」
「でも?」
もじもじとするカレンを可愛いと思いつつもそれを言葉に出さずに言いたい事を待つ。そしてついにカレンの口から言葉が発せられる。
「み、水着を持ってないんですの」
「……買いに行こっか」
僕とカレンはすぐに出かける準備をして、車に乗り込み近場のショッピングモールに向かって車を走らせた。
* * * *
その後、無事に買い物を終え一旦家に帰りプールに行く準備をしてプールにやって来た。僕は前から夏になるとプールに先輩達に強制連行されていたので海パンはあった。
「今年はまた違ったプール日和になりそうだ」
なにせ結婚して初めてのお出かけ。今までは仕事の都合で中々出かけることができなかったが今日はとことんカレンと遊ぼう。
僕は張り切って準備体操をしていると、聞き覚えのある人の声が聞こえて来た。
「あれ? 新樹さん?」
「あ、縁太郎くん」
僕に声をかけて来たのはカレンがいた白城相談所の仲人、白城縁太郎くんだった。歳もそこまでます離れていないから別に敬語はいいと僕から言ったのだが、とても律儀なのか敬語を未だに外してくれないでいる。
「新樹さんはカレンとここに?」
「うん。両親からここのチケット貰ってさ。丁度クーラー壊れてるし行こうってなったんだ。……それはそうと、隣の綺麗な人は?」
先程から気になっていだが、縁太郎くんの隣に物凄い美人な人が居る。モデルの様なスラリとした体型にカレンとはまた違った黒の長い髪。そそれに加えとても似合う黒に白のラインが入っている水着。この人も縁太郎くんの所の会員なのだろうか。それとも……
「彼女さん?」
「え? あ、その、まぁ……」
「?」
「あ、自己紹介がまだでしたね。僕は新樹拓也。縁太郎くんから聞いてると思うけどカレンの夫です……自分で言うのは中々慣れないな」
「あ、水無月……結衣です」
水無月さんは挨拶を軽くすると縁太郎くんの方にすこし寄った。やはり二人は付き合っているのだろうか……それにしてもカレンが遅い。着替えに手間がかかってるのだろうか。
「あ……新樹さん、う、後ろ」
「え? 後ろ? ………あ」
僕が後ろを振り向くと、先ほど買った水着を着用しているカレンが立っていた。しかも仁王立ちのすごいオーラを出しながら。
「拓也……あなたは妻を差し置いて他の人を褒めるんですの?」
「いや、その、これは違うんだよカレン。確かに水無月さんに見惚れてたのは認めるけど僕にとってはカレンが一番だしカレンが一番輝いて見えるよ」
焦りながらもカレンを褒めると、ゆっくりオーラが消えて行きカレンは頬を赤くして指を絡めながらモジモジし始める。
「そ、そんな事人前で言わないでくださいまし」
「? カレンは可愛いんだからいいじゃないか」
「ねぇ、縁太郎」
「ああ、言いたい事は分かるよ」
「私達なに見せられてるんだろう」
「俺達なに見せられてるんだろう」
* * * *
「喉が乾きましたわね」
「そうだね」
あれから縁太郎くんと水無月さんもら含めてプールを思う存分に楽しんだ。そして今は休憩中で縁太郎くんもぐったりしている。
「………」
「え? 僕に買ってこいと?」
「それ以外にあるとでも思うんですの?」
「それ以外って……まぁ、丁度買いに行こうとしてたしいいんだけどね。カレンはなににする?」
「わたくしはなんでもいいですわ。縁太郎と結衣はどうしますの?」
「お、俺はお茶を……」
「カフェオレ」
「了解。じゃぁまってて」
僕は一旦ロッカールームに戻り財布を取りに行ってから近くの自販機に行き、目的の飲み物を買った。因みにカレンは水無月さんと同じカフェオレ、僕はグリーンダカラ。
なんとなくカレンが小腹を空かせそうかなと思っいなにか買おうと思ったが、後で帰る時に買えば丁度いいだろうと思いその場を後にした。
* * * *
このプールでは飲食する場所が決まっておりそこ以外では食べてはいけない事になっている。ここら辺は何処のプールでも同じだろう。しかし問題は少しクーラーが効いた場所にあると言う事だ。プールから上がり、少々濡れている状態でそんな場所に行けば十中八九風をひく。しかし、外でも飲食ができる場所があるためそこを利用する事にした。
「えっと縁太郎くん達は……あそこか」
僕は周りを見渡し縁太郎くん達を見つけ、そこに行こうとした時だった。
「離して下さいまし!」
「いいじゃん、おねーさん超スタイルいいし。彼氏なんかほっといて俺達と遊ぼうぜ」
「おい見ろよ。隣の子もモデル見てぇに美人だぜ」
カレン達がチャラついた大学生に絡まれているのを発見した。しかし、助け様にも足がすくむ。愛すると誓った嫁が目の前でナンパされているのに足がすくむなんて、相変わらずダメな旦那だと思ってしまう。
しかし、そこに縁太郎くんが間に割って入っていた。
「おい、俺の連れになにしてる」
「うお、おにーさんがこの子達のカレシ? なんか弱そうじゃね?」
「それな」
そう言って縁太郎くんを笑う大学生。それに耐えかねた水無月さんが口を挟もうとした時、カレンが軽い悲鳴を上げた。
「キャッ!」
「姉ちゃん、プールよりいいことしないか?」
「は、離して下さいまし!」
「おお、健気に振り解こうとして。男の力に勝てるわけないだろ?」
そう言ってカレンの顎を掴み強引に自分の方に向かせゆっくりと口を近づける。
瞬間、いつの間にか飲み物を投げ出してその男の顔を掴んでいた。
「ぐっ! な、なんだテメェ!」
「今……俺の嫁さんに手、出そうとしたな?」
「それがどうし……いだだだだ!」
男の顔を掴む力をさらに強める。この手のやつは一度叩き直した方がいいのか。
「いいか? 俺の嫁に手出ししたり、連れに手出してみろ……次はこれじゃすまねぇぞ?」
「ちっ、舐めやがって!」
チンピラの一人が水無月さんと縁太郎くんから離れ迫って来る。その隙をつきカレンを縁太郎くんに預ける。チンピラは大きく右ストレートをしてくるが遅い。手を掴み引き寄せ背負い投げをする。
「痛って!」
「遅いな。これじゃあ高校生の方がまだマシだぜ?」
「お、お前何者なんだよ!」
「何者でもいいだろ。ただの一般市民だよ」
その後はスタッフと警備員を呼び取り押さえてもらった。あの大学生は迷惑の問い合わせが酷かったらしいが暴力沙汰になりかねる事を恐れてしばらく手が出せなかったとの事。
「いやぁ、縁太郎達になにもなくてよかったよ」
「あはは……それより、新樹さんって何者なんですか? 背負い投げかんかしてましたけど。カレンはなにか知ってるか?」
「……知りませんわ」
「カレン、怒ってるの?」
プイっと僕から視線を逸らすカレンは大分ご立腹の様だ。まぁ、教えないのは教えないで悪いのは僕なんだけども。
「いや、ただ柔道で世界大会行ったくらいだよ」
「せっ、世界大会?!」
「そんなの聞いてませんわ!」
「いや、だってもうやらないって決めてたし……なによりこれでカレンが傷つくかもしれないんだ。言いたくないさ」
「でも、なんでカレンがキスされようとした時にあんな早く反応できたの?」
そう言って首を傾げる水無月さんを見ると本当に天然なんだろう。帰国子女とか言ってた気がするし、仕方ないのかもしれない。
「それはまぁ、大切な嫁が目の前でナンパされてキスされそうになればああはなるさ。おかげで久しぶり俺なんて言ったし」
「元は一人称俺だったんですか?」
「うん、でも柔道辞めてから大人しくなろうって僕になったんだ」
「………」
そこからは先ほどの話題にはあえて触れずに解散し家に帰った。
* * * *
家に帰ってからも、しばらくカレンは怒っていた。功績の事を言わなかったのがダメだったのか、足がすくんでしまったのか分からないがとにかく謝らなければとカレンに話しかけた。
「カレン」
「……」
「ねぇカレン、なんで怒ってるの? 僕が功績の事を教えなかったから? 足がすくんですぐに助けられなかったから?」
ゆっくりカレンに問いかけると、ようやく口を開いてくれた。
「怖かったんですの」
「怖かった?」
「拓也が、怪我をしてしまったらと考えると怖くて……たまらないんですの」
「カレン……」
カレンはなにも怒って居なかった。ただ、僕の身を案じてくれて居ただけなのだ。僕はカレンを抱き寄せ頭を撫でる。
「ごめん、心配させて。でも、どうしても我慢出来なかった。カレンがほかの男とキスするのが」
「わたくしだって。拓也以外の男とするのは嫌ですわ」
「………」
「………」
「あ、あの」
「あ、あの」
同時に声がかぶる。そしてカレンを見ると頬を赤く染め、なんとも言えない雰囲気になる。ここは男になるべきなのだろうか。僕は意を決してカレンをお姫様抱っこする。
「た、拓也?」
「ごめん、カレン。しばらく耐えられないかも」
「……いいですわ。拓也となら」
その日、僕とカレンは本当の意味で結ばれたのだと思う。
深い意味を込めている訳ではないが、隣で寝ているカレンを撫でるとどうしようもない幸福感が押し寄せてくる。
これからもカレンと過ごす日々が楽しみでたまらない。
「おやすみ、カレン」
僕はカレンの頬にキスをして、目を閉じる。
「おやすみなさい、拓也」
「起きてるなら言ってよカレン」
「拓也ので起きたんですわよ?」
「あはは……寝よっか」
「そうですわね」
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