華に。   作:柑れな

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この小説は、LGBTQ+を扱った作品です。
筆者(以下、私)はトランスジェンダーのMTFを自称しています。
作中、GIDのことについて強い表現を使う場面もありますが差別的な意思はありません。
不快に思われないよう尽力しますが、不快に思われる可能性があることをご留意ください。

二話です。小学五年生です。
習い事、塾についてのお話がメインです。


第2

塾。

 

 小学生高学年のクラスに一人は行っているであろう。

零も塾に通っていた。どちらかというとしっかり勉強させて、テストを毎月するような、そんな塾だった。

正直なところ面倒くさいとしか思っていなかった。

勉強は苦手。めんどくさがり屋。飽き性。

 

 そもそもおそらく勉強して賢くなって生きるタイプではない。

もっとアートや運動など、個性を伸ばした仕事の方が向いている。

しかし当の本人は「行っておいた方がいいだろう」という曖昧な気持ちで行っていた。

 

 自転車を停め、塾の扉を開く。

入塾カードを切り、一限目の教室の席へ向かう。

毎月初日はクラス内での席替えがある。先生がランダムに振り分けるものだ。

ざわつく教室の黒板、貼り出された紙を見て落胆する。

 

 最悪だ。隣の席に「あいつ」がいる。

 

 「あいつ」というのは、零が塾内で最も嫌っている元気っ子。

 

「わッ隣芽咲かよやだな〜」

 

「山本......こっちから願い下げなんだけど。」

 

 山本 泰我(やまもと たいが)。普段から零のことを茶化してくる。

極力接触はしたくなかったが、隣となっては接触せざるを得ない。

こいつは茶化す時、零のことを「ちゃん」付けで呼んでくることがある。

それが一番頭にくる。普通にちゃんつけされて呼ばれるのは昔から嫌ではない。

むしろ君呼びより気持ちがいいまである。

が、こいつのちゃん呼びだけは嫌だ。神経を逆撫してくるような、そんな感覚になる。

今月は授業ギリギリにきてさっと帰ろう。そう心に決めた。

 

 今日もチャイムが鳴る。細身の塾長の歩幅の狭い足音が響く。

 

「はいやるよー席つきなー」

 

 一時間目は算数だ。この教科ほど得意でも不得意でもない微妙な教科はない。

図形は得意だが式の計算は苦手だ。図形問題はいつも好成績が残せる。

今月は図形をメインにした授業のようだ。今月の月例テストは楽だ、としか思っていなかった。

授業の内容もすぐに入ってくる。やはり自分は図形に向いているようだ。

図形系の仕事は何があるのだろうか?これだけで仕事を決めるのは安直な気もするが、決めたくなるほど図形問題が楽しいし、解くことができる。

 

 授業はすぐに終わった。授業中に宿題も終わらせることができた。次の塾までが楽だ。

その後は英語の授業が待っている。英語は正直しったこっちゃない。

得意苦手以前に知らない。わからない。だから授業もすぐ終わった。

 

 塾が終わるのは夜7時前だ。少しのこって、授業中に考えたことを先生に尋ねてみる。

「図形が得意な人が行く仕事とかあるんですかー?」

 

「おっ零は図形が得意だもんね。そうだな、モデラーってわかる?物をパソコンの中で作る仕事なんだけど、そういう仕事とか、物づくりが向いてるかもね。」

 

 物づくりの仕事。少しだがイメージはある。

しかし当の本人は本当に聞いてみただけで何も考えていなかった。

 

 そろそろ帰ろう。荷物を前カゴに乗せ、自転車に乗る。

わざとゆっくり目に漕ぐ。山本に絡む時間を極限まで減らすためだ。

家の方向は違えど、途中まで同じ道を通る。なるべく避けたかった。

普段はそれで避けているが、この日はそうともいかなかった。

 

「遅いじゃん何話してたん??」

 

 __絡まれてしまった。あぁ面倒くさい。

道からちょっと外れたところで他の知らない生徒と話をしていたようだ。

見つかってしまった。ここで逃げると追いかけてくるのを知っている。諦めよう。

 

「こいつはおねぇだから可愛い物大好きなんだよ。ねー零ちゃん!」

 

「は......? 」

 

 訳のわからない煽りとも侮辱ともいえない言葉をかけられる。

こういう発言が一番腹が立つ。しかも紹介するかのような言い方だ。

その知らない生徒と関わるのは別に構わないが、訳のわからない第一印象を山本によってつけられるのは心の底から嫌だった。

 

「あぁ〜ごめん別におねぇではないです。芽咲です。この人嫌なのでバイバイ。」

 

 捨て台詞のように吐いてそのまますぐに急いで帰った。

普段から山本にはおねぇと呼ばれる。零は、その言葉が差別をする言葉にしか思えなかった。

帰りに山本に絡まれると家についてから食べる夕飯がおいしくなくなってしまう。

母と祖母に申し訳なくなってしまう。全く持って山本は零にとっての害にしかならない。

 

 その日はロールキャベツだった。家族手作りのロールキャベツはとても美味しい。

......おいしいことに違いはないのだが、帰り際のアレのせいで美味しいものも美味しくなくなってしまう。

 

「帰り本当に気をつけて帰ろ....」

 

 改めてそう思った。

 

 

 翌日だ。今日も学校がある。ランドセルに教科書類を詰め込む。

今日は半日で帰ることができる。いつになっても帰りが早い日は素晴らしい。朝から気持ちがいい。

意気揚々と家を飛び出し、軍団集合場所へ歩く。とはいえ、別に遠くはない。

集合時間の少し前に到着する。メンバーのうち半数ぐらいが集まっている。

朝の関門、晃輔を乗り越えればあとは今日一日楽だ。

 

「おはよう。」

 

「よう。」

 

 年は下だが、こちらを下に見ているとしか思えない挨拶だ。初めのうちはどうかと思っていたが、もう慣れた。

今日はしりとりをしながら登校するようだ。もはや恒例まである。

この登校中に行うしりとりは、心理戦だ。

大人もやるように、「その語で始まる文字が少ない語」をどれだけだせるか。

これにかかっていた。

「む」「ぷ」「り」などがよく挙がる。「プッチンカップ」など、同じ言葉でおわる言葉は強い。

この逆転もできる言葉をいつ使うか。いつしか朝の心理戦になっていた。まぁ、今までうやむやになって勝ち負けをはっきりさせて終わったことはないのだが。

 

 この日もどちらの勝ちということはなく、普通に学校に着いた。

こうしてしりとりをする日は自然と煽られることも、イライラすることもない。気分がいい登校になる。

 

 また四階分階段を上る。夏は汗が吹き出してくる。いまだにクーラーはなく、扇風機しかない為毎朝扇風機の前はたくさんの生徒が集まり、首振りに合わせてかに歩きをする。毎朝の恒例行事だ。

 

 しばらくして、授業が始まった。算数の授業だ。

昨日の塾とは違い、数式の授業だ。嫌だ。

よくわからないのでノートに落書きをする。プラスやマイナスの記号を3Dっぽく描いてみた。

あまりよくわからないが、こういうことをするのがものづくりなのだろうか?

いつの間にか授業は終わっていた。

 

 二限目。国語だ。教科書の物語の感想文をノートに書き、隣の人と見せ合う、という授業だ。

特に何も考えず、思い立ったまま書き連ね、先生の言う通り隣の女の子と交換した。

その渡されたノートを見た時、声が出なかった。

 

 __字が、綺麗だった。

その時まで自分の字が綺麗とか汚いとか気にしたことなどなかったが、こんな字になりたいと思った。

本来は感想文についての話し合いをする時間だが、気が気ではなかった。

綺麗な字は可愛くて可愛くて仕方がなかった。

 

「ねぇねぇ字めっちゃ綺麗じゃない??」

 

「なんか雑誌に載ってた!小さく書くと綺麗に見えるらしいよ〜」

 

 そう聞いて以降、字が小さくなった。

10ミリ方眼のノートのマス目の中央に、3ミリくらいの文字を書く。

小さく書くだけで一気に綺麗に見える。味をしめ、可愛く見せたいという意思だけで書いていた。

当然読みにくい。だから先生からも字を大きくしましょう、といった注意が来ていた。

零は、それでも小さく文字を書くことに拘っていた。

 

 徐々に「可愛い」を、身の回りに意図的に求め始めていた。

それまで、「男の子はかっこいい物」「女の子は可愛い物」という「世の中が定義しているイメージ」に従って物を買ってもらって言われるがまま使っていた。

しかし文字を変え始めてから、男の子だからかっこいい物を使うというイメージに疑問を持ち始めた。

男の子が可愛い物を使う、女の子がかっこいい物を使うのはそこまでおかしいだろうか?

「他の子は欲しがらない」「普通はそうだから」という理由だけで認められないのだろうか。

軽くではあるが、そんなことを思った。

 

 

 しばらくして、クラス内では「プロフィール帳」というものが流行り始めた。

インターネットが身近になく、そういったコミュニティもなかったため、とても気になるものだった。

ある時、クラスの女の子が書いてくれ、とプロフィール帳を持ってきた。

血液型や誕生日、好きなものなどを書いていくことでクラスみんなのプロフィールが集まる。

今の時代でもあるのかはわからないが、使いようによっては大問題になりそうだ。

 

 例の如く、そのプロフィール帳もとても可愛いものだった。

ラメがひかり、デフォルメされ可愛くなったキャラクターがいて、カラフルにデザインされている。

もちろん可愛いものに目覚めた零が気にならないわけがない。

クラス中のたくさんの女の子が、みんな違うデザインのプロフィール帳を持っていた。

書いて、と渡されるたびに、小さい文字でデコってデコって可愛くして返す。

当然、渡されて想定外のイメージにギョッとする女の子もいた。それでも毎回可愛くして返した

 

いつの日か、親に欲しいとせがんだ。しかし、

 

「これ女の子向けじゃん。変な目で見られるよ?」

 

 そう言って買ってもらえなかった。

ただの買わない理由付けかもしれないが、いわゆる「性別イメージ」で様々な物を否定されることが増えてきた。

 

 冬が近づく。

零の学校では、毎年作品展と学芸会が交互に行われる。

今年は作品展のようで、学校では図画工作の時間が増えてきている。

図画工作も例の如く苦手ではないが、何も考えずに作り始めるからできがパッとしないものが多かった。

今年は紙粘土で何かを作るらしい。

立体造形はそこまで得意ではないが、頑張るしかないのだろう。

 

この時、すでに零はこう思うようになっていた。

 

「自分はおかしいんだ。」

 

 種が撒かれる。




第二話でした。
山本君はいい意味でも悪い意味でも自分に影響を与えた存在です。
今後もちまちま中学卒業までは出てきてくれると信じています。
また皆様はプロフィール帳をご存知でしょうか?クラス内でとても流行っていて、人気な先生からもらえるとレアだとか、この先生は書いてくれないなど様々あった覚えがあります。
持ってる人も本自体もキラキラして見えていました。

少しずつ性差に違和感と疑問、不愉快さを感じるようになります。
次は作品展のお話です。
柑れな

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