料理を作り終えたのちのこと。
料理に関しては腕自慢の将……ああ、もう将じゃないんだった。
流琉や斗詩、祭さんや紫苑に手伝ってもらって、普段の倍以上の量で仕上がった。
それらを、俺を除いたみんなに食べてもらっている隙に、俺は一人、街から外れた場所に建てられた、立派な
中国の廟では墓は別の場所にあるっていうけど、ここだとどうなんだろう、なんて考える。いわばここは仏壇であり、墓とはまた違う。ここで手を合わせれば、墓まで届くかと言えば首を捻るけど……それは仏壇で手を合わせる日本でだって同じことだ。
「………」
……思えば、“こっち”じゃどういった作法なのかを知らない。
かつてはみんなを見送りはしたけれど、あの頃と今のものが同じかどうかもわからない。
適当にやっていいものではないだろう、とも考えたんだけど───どうしてだろうなぁ。作法はそりゃあ大事だけど、今は“俺らしく”やらないといけない気がした。
だから……まあ。怒られた時は怒られた時ってことで、手を合わせた。
ご苦労様ともお疲れ様とも言える、長い長い時間。
いろいろと堅苦しいこともあっただろう。
面倒なことだって当然のようにあっただろう。
それでも…………ああ、それでも……こんな、自分のことばっかり考えていた親との約束を守ってくれて……本当に本当にありがとう。
きちんと届いたから。
この1800年後まで、届いてくれたから。
「……ありがとう」
やっぱりそれしか伝えようがない。
誇らしいって言うのとは違って、自慢出来る、と言うのとも違う。
ソレは確かにそうであっても、欲しいのはきっと、叶えてもらった俺が踏ん反り返るような未来とか、そんなものじゃあ決して無い。
じゃあなにが? と問われれば、結局ありがとうしか届けられない。
今この場に居てくれたなら、自分に出来ることなら叶えてやりたいって思うのに。
「登。禅。延。述。邵。柄。琮。…………丕」
ありがとうを唱えれば笑ってくれるだろうか。
いつか見た幻みたいな仲間のように、笑顔をくれるだろうか。
こんなに食べられませんよ、なんて……あんなふうに笑ってくれるだろうか。
そんなふうに思うのに、口から漏れる言葉は違って。
何を飾るでもなく考えるでもなく、俺の中で……俺の知らない間に、届けたい言葉なんてものは決まっていたようだった。
「……頑張ったな」
届けた言葉は父としてのそれだった。
手を合わせ終えた廟の中で、真っ直ぐに前を見て、目を閉じるでもなく、どうしようもなくこぼれる笑みのまま。
確かに誇らしくて、確かに自慢したくて、届けたい言葉がありがとうだったとしても、他人行儀に感謝を届けるのではなく、過去に生きた伝説に届けるのではなく。
ただ親と子として、褒める言葉を口にした。
呆れられるだろうか。
笑われるだろうか。
それでもいい。
それでいい。
その方がきっと、自分らしいに違いないのだから。
「また来るな。って、次に向かうのが墓だから、またすぐに会うことになりそうだけど」
たははと笑って、踵を返す。
墓に向かう前に食事っていうのもなんか違うなって思ったから、実は何も食べていない。
くぅ、と鳴る腹を一発殴ったのちに、やっぱり笑って一歩を踏み出───した直後。いや、踏み出したどころか、その一歩が地面につく前に、───
「………」
くいっと、服を引っ張られた気がした。
振り向いてみても、当然誰も居ない。
そんな状況で思い出したのが、よりにもよって……子供たちが小さな頃に聞かせていた、即興昔話とかだったんだから笑える。
当然、怖い話もしたのだから……なるほど、こんな仕返しもアリなのかな。
怖い話をした所為で泣いたりしてしまった娘達を思い出して、やっぱり笑った。
「そこに、居るのか? ……居るなら聞いてくれ」
笑ったけれど、それは“そんな馬鹿な”と嘲笑するようなものじゃあなくて。
みんなと再会したあの日、かつての仲間たちの幻を見て泣いた日を覚えているからこそ、そんなことだってあるのだと理解しての笑みだった。
「頑張ったな、なんて言葉しか口に出来ないで、ごめんな。今さら頭なんて撫でられて喜ぶわけもないと思うけど、俺は───いてっ! え? あ、い、いててっ!? ……えぇっ!?」
何故か、何も無いのに足を蹴られたような痛み。
……ワーイ娘ダ、娘ガオルヨー。
じゃなくて、居る。確実に居てはります。
凄いな、ポルターガイストとは違うんだろうけど……いや、そうなのか?
なんにせよ……エート、まずはごめんなさい。絶対に、絶ッッッ対にマナー違反なのはわかっておりますが。
「激写」
ケータイで写真を撮った。
するとどうでしょう。
「………」
……腰に手を当てて、ぷんすか怒ってる丕さんが居た。
姿は……16~8あたりの歳の頃のものだろうか。
その後ろに隠れるようにしている、幽霊の守護霊さんみたいな存在にも、呆れと同時に笑みがこぼれる。
「お前なぁ……どれだけ強い思念を遺せば、こんなハッキリ写るんだよ……。幽霊の存在率の定義なんて知らないけどさ」
娘の強き執念を知った気がした。
その後ろにたくさんの……人影、シルエットって言ったほうがいい、輪郭しかないヒトノカタチがあるのに気づいたけど、それはきっとここに意識を遺した者たちの影なのだろう。
俺達や娘達だけが頑張ったから果たせた約束じゃあないのだ。だからこそ、想いも約束もここにある。
「………」
廟の中には、俺以外には誰も居ない。
監視役は居るようだけど、李さんが話は通してありますと言った通り、注意されることもない。写真を撮った時は睨まれたけど……うん。とりあえず自ら近づいて、事情を説明した。もちろん写真も見せた上で。そしたら逆に感心された。俺が、じゃなくて丕が。
そうだよなー、本当に怖いくらいにハッキリ写ってるもんなぁ。
なんかもうお墓参りの時にある独特のしんみり感なんて、これだけで吹き飛んだよ。
風情云々よりもまず、この方が俺達らしいなんて思ってしまうあたり、散々とあの時代で振り回された者の“慣れ”ってやつが、随分と染み付いてしまっているようだ。
「禅も、頑張ったな。随分と待たせちゃったけど……───ただいま。今、帰ったよ」
写真の中、ぷんすかさんの後ろに隠れるようにして存在する娘にも、感謝を。
ようやく果たせた約束を思って笑った途端、なんだか懐かしい香りがした。
亞莎に膝枕をした雨の日に抱きしめた、娘の香り。
(……どうしてだろうなー、そんなわけじゃないのに、俺が“抱き締める”とか考えると別の方向に誤解されそうな気がするのは)
漏れるのはやっぱり苦笑。
昔からずうっと、たぶんそれはこれからもあまり変わらない。
もっと素直に笑えたらいいのにって思わなくもないけど、苦笑だって立派な笑みだ。
慣れてしまえば、そんな笑みだって大事に思える今に辿り着ける。
だから……だから。
「みんなぁっ! ───今っ! 帰ったぞぉおおおおーっ!!」
しみじみ言うだけじゃ足りない。
待ちくたびれて、疲れてしまった人にも届くようにと大声で叫んだ。
───途端、ぱちんって音。
まるで視覚のスイッチが切り替わったかのように見えている景色が変わって、あの頃の景色が見えた。
それは長い時間ではなかったけれど、その景色の中に、見知ったみんなを見た瞬間には……我慢することもせず、叫んでいた。
ただいまもごめんなさいも、遅くなったもありがとうも。
触れることの出来ない景色に精一杯に手を伸ばして、待っていてくれた人達に叫んで届けた。
娘達だけじゃない。
民や兵が、国で隔てることもなく、そこに居た。
溢れるように届けられる感情は“ありがとう”ばかり。
寄せ書きに、感謝と名を連ねた者の姿もたくさん見つけて、恥と取ることもなく泣きながら感謝を叫んだ。
感謝の数だけ想いは溢れて、自分がそんなにも感謝されていたことに、当然の困惑も抱いたけれど……それを疑って捨てるほど馬鹿じゃないし、みんな以上と自負できるほどに俺だって感謝してきた。
こんな自分と一緒に歩いてくれてありがとう。
信じてついてきてくれてありがとう。
ともに笑顔でいてくれてありがとう。
……一緒に死ねなくて、ごめん。
もう、自分がなにを叫んでいるかもわからないくらい、感情が溢れていた。
涙は止まらないし嗚咽が邪魔して上手く声を出せなくて。
それでもみんなは笑顔でそこに居て……笑顔のまま、静かに消えていった。
「……い、いまの……は……」
「………」
震えながら声を絞り出したのは、一緒に居た監視役の人。
彼にも見えたのだろう。
呆然としたまま震えて、けれどその目からは涙がこぼれていた。
溢れるほどのたくさんの感情に当てられたのだろう。
……困ったことに、俺も涙が止まらない。
「…………~……」
みんなから届けられた言葉は“ありがとう”と……“おかえりなさい”。
それと、激怒と一緒に届けられた“死ねなくてなんて言うな”だった。
……。
IF。
もしもって言葉が通用する世界があるとするなら、たぶんこの世界ほど許される場所はないんじゃないかなって思う時がある。
正史を排除して出来た外史の世界……世界中の様々な人の“もしも”が集まって出来た世界がここだ。
幽霊に話しかけられる“もしも”なんて、立派な霊能力者さんなら日常的なのかもしれないし、そう考えれば……それはそれほど“もしも”である必要なんてないのかもしれない。
勉強をしたから勉強が出来るようになりました、なんてものと一緒で、学べば出来る“もしも”なんて……案外自分たちが方法を知らないだけで、それに合った学び方さえ出来たなら、簡単にもしもの範疇から出られるものなのかもしれない。
後のことを話そうか。
廟をあとにして娘達の墓へ行くと、そこには大きな墓があった。
墓地というか……宮殿? いや、それは言いすぎか。
先祖を大事にするという風習が過去より強く存在しているらしく、特にこの大陸を外から守り抜いた者や、そもそもの過去の英雄たちは大変大事にされているそうで、どれくらい前かはわからずとも、大抵の者は皆、そこで眠っているのだという。
そこで墓参りもして、みんなのところへ戻る最中、声を聞いた。
聞こえた声は……最初の方がかすれていたけど、強い思いを宿した声だった。
……、……れ変わればいいのよ。簡単じゃない。
聞こえた声に振り向いても誰もいない。
首を傾げつつ……戻り、一夜を明かした。
問題なのはここからだった。
話は変わるんだけど、“霊は時間に縛られていない”って話を知っているだろうか。
有名だった某霊能力者さんは、先立ってしまった家族の霊に未来のことを聞かされ、降りかかる災難などを回避したこともあるという話があった。
霊に会ったら死後の姿じゃなくて、若い頃の姿だった、なんて話もよくあるだろう。実際、今回会った丕や、民や兵だって昔のまんまの姿だった。
霊と知り合えた人が霊に時間を訊ねると、朝であるかも夜であるかもわからない場合が多いらしい。
その上で腕時計を見せたところで、時間は文字の上に水を落としたように滲み、歪んでしまい、知ることが出来ないともいう。
───と、まあ霊についてを語ったが、そう。問題なのはここからなのだ。
ここが“IF”って期待に溢れた世界だというなら、一番強いのはたぶん幽霊だと俺は言う。
遥か過去に霊体となった者が居たとして、ずうっと未来の誰かさんのことが心配で、そのずうっと未来のことを見たとします。
お
で、そんな廟で待ってたら、待っていた人が約束を果たしに来てくれました。
そう。
約束が果たされる未来を、その霊達は知ってしまったのです。
ではこれからどうしましょう。
今から誰かの身に宿って、生まれ変わりましょうか?
だとしても赤子からでは一緒に歩けません。
産まれるまでだって時間がかかりすぎます。
じゃあどうするか?
過去に戻ってから生まれ変わればいいのよ。簡単じゃない。
帰り道に聞こえた声は、たぶんこれ。
生まれ変わり説はこの世界にはよくあるものだ。
前世の記憶がある子供、なんて仰天な番組があったのを覚えている。
なのに、死んだ日と子供の年齢が合わない、なんてこともあった。
……まあその。どうして俺がこんなことを思い返しているのか~というと。
「………」
朝。
目が覚めたら、昨日まで見ていた景色がそこになかった。
そう言われて信じる人は何人居るだろうな。
いや、間違い無く自分の部屋なんだ。
あの時代で使っていた、間違えようのない自分の部屋だ。
ただし。
「………」
「………」
誰か居た。
上半身だけ起こして見た視界の中、寝台の横ににっこにこ笑顔で立つ誰かさん。
アレレー、オカシイナー。つい先日写真に撮った姿とまるで一緒だぞー?
「あっ……」
「……!」
口から声が漏れる。
もう我慢出来ない……口を開いた途端、何かを期待するようにきゃらんと輝いた彼女の目を真っ直ぐに見て、言い放った。
「悪霊退散!!」
返事はビンタであった。