番外のさん/歩む道、我らは胡蝶とともにある
霊が乗り移って完了する生まれ変わり。
いろいろ条件はあるようなのだが、今となってはべつに血は関係ないらしい。なにせこの大陸のほぼに俺の血が混ざっているから、だそうだ。
冥琳も言っていたには言っていた。なにかが起こればそこから辻褄が始まるかもしれないと。
だとしても、まさか過去にまで干渉できるだなんて誰が知る。
そりゃあ、銅鏡を使って統一を願ったことでは一応、過去から現在にかけて干渉をしているわけだ。今さらあーだこーだ言ったって、なったものはなった、としか言いようがない。
でもそれって幽霊になってしまえば過去から現在までの歴史を変えられるってことじゃないか? いいのかそれ。
なんて思ってたら、目の前の女性が教えてくれました。干渉出来るのは自分が霊であった頃の時間だけであり、死んだばかりの人が過去に戻って歴史に干渉、なんてことは出来ないらしい。未来を見ることが出来ても、たとえば人として生まれ変わってしまった時点で、その先の出来事なんて記憶から消えて無くなってしまうんだそうだ。
だから現在に絶望して、“こんな筈じゃなかったのになぁ”なんて自殺して霊になったところで過去には戻れないし、辻褄に干渉することも出来ない。そもそも自殺なぞしたら地縛霊になって、自殺した場所から見える範囲までしか行動ができないから、惨めになるだけだと。
あとは……ややこしい話、一定以上の……その、知名度というのだろうか。が、ないと、歴史に干渉することなんて無理なんだそうだ。三国の戦いが三国志って名前で歴史に残っていたように、けれど残っていても“実はこうだったのでは”なんて“もしも”が許されないと、過去から未来を変えることなんて出来やしない。
それは、俺が銅鏡に願って、辻褄が現代に追いつくまでに“軸”として願ったものとそう変わらない。
例外として、いつかの瞬間に俺が銅鏡に願ったことで完成した“もしも”は、そこに存在する定義からは外れるのだとか。
例外ってなんだろう。
軽く首を傾げる俺に、彼女はクスッと笑って返した。
「では自己紹介を。姓は夏侯、名は
「……まさか執念で転生までするとは思わなかったぞ……?」
「そういう世界にしたのは父さまですよ。……さて、父さま? 人の祖を辿れば、誰が最初なのかなどわかったものではありません。いい加減、血も薄いようですし。そこで父さま? あなたは1800年後に生まれた者を前にしても、まだ血筋がどうとかを理由に受け入れてはくれませんか?」
「お前まだ諦めてなかったのか!?」
「当たり前です。なんのために父さまと同じ程度の外見年齢になるよう、産まれる時期を選んだと思っているのですか」
「………」
聞いてアロエリーナ。
ちょっと言いにくいんだけど、聞いてアロエリーナ。
かつての娘の執念が怖いの。
聞いてくれてありがとうアロエリーナ。
アロエなんてないので、エアアロエリーナに聞いてもらった。……え? 孟徳さん? 彼は都合の悪い時にばっかり現れる脳内妄想だから、きっと聞いてくれないよ。
「霊体で時を待つ中で、私たちも様々を知りました。成し遂げられなかったこともたくさんあって、口惜しさのあまりに危うく悪霊と化すところでしたけど、皆が廟を作り、祀ってくれたおかげで、この時代までを待つことが出来ました」
「……だからって、ここまで待つか、普通。いや、嬉しいんだぞ? 嬉しいは嬉しいんだ。正直、もう会えないんじゃないかと思っていたんだ。華琳との間に子供が出来て、たとえその子に“丕”って名前をつけても、お前であった記憶なんてきっと無い。だから……」
「そうですね、全くの別人になるでしょうね。むしろそっちにはこの体に宿る筈だった命を代わりに譲ってあります。父さまの子というのは誇らしくもあるのですが、“そういう対象”として見てもらえないことの辛さは、既に散々と味わいましたから」
「けどな、仮にも親子で」
「もう本当に“仮”ですから問題ありません」
「や、意識的な問題も」
「その考えを捨てる努力をしましょう」
「華琳がなんて言うか」
「むしろ応援してくれます」
「………」
ああそうだろうね。こだわらず抱いてあげればよかったのに、とさえ言われたよ。
「はぁっ……そりゃな、結局老いるまで誰も好きにならなかったお前だ。その覚悟はわかってるつもりだけどな」
「あ、説得は無駄ですから続けても仕方ないですよ、父さま」
「………」
「………」
「俺のどこが」
「全てですっ!」
質問も半端に、即答で返された。食い込み気味に全てを肯定されてしまえば、口があんぐりと開いたまま、閉じられなくなるほどに見事な呆然。
しかも自分のその感情を微塵も疑った様子のない、真っ直ぐな目だった。
「……一時的な気の迷いだって思ってたのに。どうしてこんなふうに育ったのかなぁ」
「父さま以外に男として見ることの出来る人物が居ませんでした。民や兵は、男女ではなく民や兵でしかありません。もちろん道具のように見ていた、なんて愚かな感情もありません。ただ、性別を意識した相手として見ることが出来ませんでした」
「お前のこと気になってた男だって結構居たのに」
「? 初耳ですが」
「お前がそういう話を聞こうとしなかっただけだろ……」
それ以前に俺がお帰り頂いた、という事実もあるにはある。
親ばかでごめんなさい。
「まあ、とりあえずみんなのところに行くか。娘が記憶を持ったままいきなり転生しました、とか言われても処理しきれない」
「ははぁ……けれど父さま? 外はもっと大変なことになっていると思いますが」
「……エ?」
外の空気を吸いたかった。
その心に導かれるまま、喋りながら扉の前へと歩き、ソレを開けていた。
部屋の空気が流れる。
外へ向けてか、中へ押し込まれるか。
部屋の中と外ではやっぱり温度は違うようで、そんな小さな温度差に目を瞬かせた瞬間、閉じた瞼の内側……黒よりも明るい色の中に、一瞬だけ映った景色が焼きついた。
焼きついたら……目を開けるのが怖くなっていた。
と、いうかだ。
……そんなのアリ?
「ア、アー……丕サン?」
「……父さま。いい加減に私に真名をください」
「華琳から貰えばよかったじゃないか。というか、だな……! どうしてみんな、揃いも揃って俺から貰いたがるんだ!」
目を閉じながらの問答。
そして、閉じた視界の先から、少し笑うような声。
「それはもちろん、お手伝いさんから受け取りたいからですよ」
……ああ、もう。
必死になって目を閉じてたのに、台無しだ。
俺をお手伝いさん、なんて呼ぶ人物なんて、一人しか居ない。
「……まさか。みんなこの歳あたりに生まれる子の在り方を譲ってもらった、なんて言わないよな?」
「「「「「言います」」」」」
声が綺麗に揃った。
しかも一人や二人どころか、十人や二十人でもきかない。
とてもとても嫌な予感とともに嬉しい予感も走って、ええいままよとばかりにパッチリと目を開く。
その先にあった光景を見て、まず思ったことといえば……
「キミたち。いったいなにをした」
こんなこと、出来るものなのか? っていうのが最初。
だって、目の前には娘達はおろか、警備隊の連中までもが居たのだから。
「父さ……いえ、ここはあえて。“ととさま”が願ったことを、そのまま託しただけですよ」
そう言ったのは禅。
にっこり笑顔でそう言って、誰の真似なのか胸をトンッとノックして見せた。
「俺が願ったことって」
「はい。遅くなりましたが、約束が為りましたので……ようやくここへと辿り着けました」
「いやいやいやっ、言っている意味がだなっ……」
「父よ、難しく考える必要はないぞ。簡単に言うと、私たちも母らと同じく父の願いと一緒に呼ばれたような存在だ」
「え?」
柄が腕を組みながら、目を伏せてうんうんと頷いている。妙な仕草で喋るのはやめなさいってあれだけ言ったのに。
「父は銅鏡に外史統一を願い、世界の支柱としては“あの頃”が傍にあることを願った。そこのところはモンゴルモミアゲハゲマッチョに聞いている」
「そこは貂蝉って一言で言ってやろうな……」
「父が中々こちらへ来られなかった事情も、于吉とかいう胡散臭いやつから聞いています」
「そうなのか?」
述がムフーと自慢げに語る。
……たぶん、なんでもいいから俺の知らないことを俺に教えてあげられるのが嬉しいのだろう。
「はいっ、私たちは父上との“約束”に縛られていましたから、すぐに父上のもとへと参じることはできませんでしたがっ」
「……お前は何処でも元気だなぁ、邵」
ツインテール状態じゃなければ明らかに明命なかつての娘が、元気に返事をする。
ここまで似ているのにもはや娘ではないというのは、いっそ詐欺ではなかろうか。
でも……そっか。約束を守るために、ずっとここで待っていてくれたんだよな。
左慈の言う通りじゃないか。
“果たされなければ眠りにつけない想いというものもある”
約束が果たされたからこそ、彼女たちの魂はようやく眠りにつけ、この時代へ御遣いとして来ることが許された。
そして、それが許される時間を10と数年戻っただけの話。しかも、娘という立場では婚儀が出来ないからという、ただそれだけの理由で。
「えと。それじゃあ……なんだ? その。お前たちも、もしかして御遣いの氣とかを……」
「いいえ~? 残念ながらそれはありませんよ~?」
答えたのは延。
相変わらずのぽやぽや感をそのままに、頬に手を当て首を傾げるようにしながら、にっこりと笑っている。
「ええっとですねぇ、私たちは普通ならばお父さんの娘としてそのままここへと降り立つところを、銅鏡の願いと御遣いの立場を代償に、子供として産まれてきてしまったのですよ~。ですから元の氣はあっても、それはお父さんが扱うような二種の氣ではなく、産まれ持ったものしかないんですねぇ~」
「いや……え? そんな代償行為をいったい誰とすれば、そんなことが可能なんだ?」
「常識や辻褄とですよ、お手伝いさん。お手伝いさんに呼ばれただけでは、御遣いの氣とともにただこの時代に飛ばされるだけです。ですから御遣いの氣を犠牲にして、産まれるところから始めました。元々霊体でしたし、偉大なる母らのように肉体を持って降り立てるほど、私たちが存在する“外史”は存在していなかったようです」
「それに、それを為すにはこの世界はもう、随分と辻褄を形にしすぎていたそうです。元の自分の体を持ったままこの時代に、ということを為すには、私たちの歴史は……死んだ、という歴史は、この時代に定着しすぎていたのです」
延に続き、琮、登が説明してくれる。
そこらへんのことは左慈が説明してくれたらしい。
……案外暇なのか、あいつら。
ていうか、こっち来てるんじゃああるまいな。
「……そっか。そういえば、華琳たちを呼んだ時も、辻褄が時代に追いつくまでの勝負のつもりでやったから……そっか」
なるほどだ。
なるほどだけど……まさかなぁ。
「それで全員、この時代に生まれ変わりってやつをしたってことか……」
「理由はどうあれ、私は父さまの傍に居たくて、その……っ!」
「……ファザコンって死んでも治らないんだなぁ……」
馬鹿ですら治ると言われているのに、そんなぱあっと花開くような眩しい笑顔で言われるとは。
しみじみ思いつつ、扉の先に居た娘達を見る。
娘達は娘達。そのまんまの意味で、全員いらっしゃる。
真っ先に思ったことはなんだろう。
俺こそお帰り? 改めてただいま?
……いや、ここは心を込めて、この言葉をある人に贈ろう。
……じいちゃん、頑張れっ!
名前はもう決まっているから、真名を考えてもらおう。
みんなの前だっていうのに突如として抱き付いてきた呂姫を抱きとめつつ、その頭を撫でる懐かしさを笑みとして浮かべながら、心の中のじいちゃんにサムズアップを贈った。
「で、だけどさ。俺の記憶が確かなら、廟には町人や兵の魂もあったから……その」
「? はい、ですから、父さまはこの世界の支柱として、“あの頃”を願いましたよね? 言葉としてよりも、意識として。助けてほしいという言葉の割には、“守れなかった”という思いのほうが強かったわねん、と……モンゴルモミアゲハゲマッチョが言ってました」
「だから、丕さん。貂蝉って呼んであげなさいってば」
……言いつつ、ああ、なんて納得してしまった。
つまりあの時、俺が見た兵たちみんなの幻は……不安だった俺のために、ひと足先に会いにきてくれた人達の姿なわけで───え?
「え……じゃあ……」
会える、のか? 居てくれるのか?
どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも届かなかった言葉が、今なら届けることが───
「……父よ。涙を溜めているところ、悪いが。これだけは言ってくれと左慈ってやつに頼まれた。……“世界は、思うほどやさしくはない。貴様が願った世界は平和になってからの世界だ。そこに、貴様の願うあの頃など無い”……と」
「っ……」
……ああ、そっか。
思い出せたのはあくまで、御遣いの氣が運んできてくれた記憶があったから。
全てが全て思い通りになるわけもなく、なにもかもが幸福である未来を思い描けるほど、あの時代の幸福と苦労が混ざり合うことなどなかったのだ。
そう思った瞬間、喉に、なにかが詰まる。
グッ……と込み上げる何かを喉からこぼれないようにしたら、代わりに涙がこぼれた。
それを見るや娘たちが一斉にざわざわと狼狽えはじめ、場は混乱の一途を激走する。
「………」
そんな騒ぎを前に、逆に落ち着けた。
親だから涙を我慢しろ、なんて覚悟は永久に要らないって、そう思う。
それでも引っ込んだ涙を無理矢理流そうとは思わないから、今は……
「……ありがとう」
そしてごめんなさい。平和ばかりを願ってしまい、ともに戦ってくれたあなたたちを願ってやれなかった。
口には出さず、記憶の中のみんなに謝り、自分を心配してくれるかつての娘達を、ぎゅっと抱き締めた。
……人数が多すぎて抱き締められなかった娘も居たけど、途端に背中に抱きつかれたり腕にしがみつかれたり、首に抱きつかれたり腰に抱きつかれたり……こ、こらっ! 邵っ、姫っ! 人の首を奪い合うんじゃありません! 首が絞まる! 絞まっ……ギャアーッ!!