一日を明かしただけで、都はとても賑やかになっていた。
もちろん昨日の都がそうでなかったとは言わないが、目を移すと何処にでも笑顔がある。そんな景色にかつてを重ね、笑顔になっている自分を笑ってしまう。
「御遣いさまーっ!」
「御遣いさまぁあっ! また会えて嬉しいです!」
街には見知った顔ばかり。
聞けば、都には必要最低限の管理をする者しか置かなかったらしく、今現在ここに居るみんなは……厳密に言えば昨日までは居なかった者。つまり……あの頃のみんなだ。
喜びも後悔も混ぜた思いで見つめる視界には、転生したらしい兵や民の姿。
どこまで贅沢な願いを託したんだか、俺は。贅沢を唱えるなら、もっと貪欲にいけばよかったのに、とも思えてしまうけど。
みんなはもちろん、俺との再会を喜ぶだけではなくて、生前に後悔したことをしようとする人も結構居たりして、その顔は笑顔だったり泣き顔だったり。
「かあちゃん……かあちゃんよぉ……! 俺ぁ、仕事に出てた所為でお前を見送ってやれなくて……!」
「なぁに今さらめそめそしてんだいっ! あんたは立派にあたしたちを守ろうとしてくれたんじゃないかいっ!」
「もう無理はさせねぇっ! 今だったら薬だってあの頃よりあるんだっ! 絶対に、絶対に俺より先になんか死なせたりしねぇ!」
「……はいはい、まったく……。いい大人が青っ洟たらして泣いてんじゃないよ。……でも、ありがとうね」
「っ……~……! かああちゃあああんっ!!」
「だぁっ! もうっ! 泣くんじゃないったら! ほらっ! 御遣い様も見てるだろうっ!?」
過去から生まれ変わって現在に至っても、約束が果たされたのが今だからなのか、昨日か今日にかつての記憶を思い出す者も多かった。
かあちゃんだのなんだのと言っている人たちも居るが、面白いことに俺と外見年齢は変わらない。そりゃそうだ、あの頃の二人はまだ結婚すらしていなかった。若い筈なのに、口調は亡くなる前の口調だっていうんだから、そこにはきちんと歴史がある。
「……うん」
さて。
都への帰還を果たした翌日の朝。
雲ひとつない蒼天の下、一人でゆっくりと散歩をしていた。
都の街に溢れる喧噪はいつかのまま。
ただし、若い者ばかりが居るというのに聞こえる口調は大人のものばかり。
完全にかつてのままの、とは当然いかないまでも、眩しいくらいの“あの頃”がここにはあった。
それがこの時代にあるのは、自分がきちんとあの頃の平和な世界を心に焼き付けていたからなのだろう。
……我が儘だろうけど、どうして戦の頃のみんなも思い出してやれなかったのか。それだけが悔しくて仕方ない。
思い出せなくなってしまったみんなの顔も、思い出して涙したあの頃も、今では悔しさばかりに埋め尽くされて、でも……彼らが頑張ってくれたからこそあるこの平和だ。それを悔しさで否定するつもりなんて……当然ないのだ。
思い出せたものを否定したりはしない。
またいずれ忘れてしまうのだとしても……ならせめて、この平和を守っていこう。
豪快に笑う、外見だけは若い店番の女の人に投げ渡された物を見て、滲む涙を拭って誓った。
貰った桃を、齧って笑う。
まずはいろいろやらないとだ。
娘達や街のみんな、兵がこの時代に来たことで、教えなきゃいけないことが一気に増えた。
昨日まででも結構なものだったけど、これはやり甲斐がありそうだ。
まずはこっちで実績を見せつけて、こちらでも取れるのなら資格なんかも手に入れて。
それから、大手を振って日本に………………
「帰れる……カナ」
なんか全力で引き止められるか、みんなして付いてくるとか言いそうだった。
さすがにあの人数を連れていっても、案内出来る部屋などないわけで。
……あれ? これってもしかして、俺がここに住むしかなくなるのか? 道場を継げと託されたのに?
「まあ、娘達だって臨終まで生きたんだし、今さらそんな我が儘なんて言わないよな」
それを言ったら、自分と一緒になってくれたみんなもだけど……みんなの場合、他の外史の意識と……主に若い頃の意識との統合が多かったから、精神がそっちに引っ張られてるんだろうからいいんだが……宅の娘たちの意識は、たぶんそうじゃない。……たぶん。
だからよっぽどのことが無い限り、また恋をしたり結婚したりをするんだろうし、そしたらまた俺は貴様なんぞにィイイと相手を殴りにかかるのだろうか。ダ、ダイジョウブダヨ? 流石に猛、ソンナコト。……いかん、“もう”が猛ってらっしゃる。
そうだな、そうしたら娘達も自然とここに残ることになるんだろうし、きっと大して変わらない。
「うん」
桃を食べ尽くして、胸をノックした。
一度は忘れてしまったみんなの顔を思い浮かべ、これからも強く生きてゆく意志を胸に叩き込むようにして。
どうか見守っていてくれ。
願ってやれなくてごめん。
思い出せたあの日、せめて会いにきてくれてありがとう。
ごめんとありがとうを胸に、今日も一歩を踏み出した。
……。
そして立った、久しぶりの玉座の間。
自分の部屋……まあ、屋敷か? その建物の隣に位置するそこへ、久しぶりに大勢が集まった。
面白いことに、母親と同じくらいの背格好の娘達に、皆呆然としている。
「さて。もう集められた理由など察しがついているでしょうけれど。昨日と本日とで、状況が変わったわ」
急に娘が再び、しかも今の自分と同じ外見年齢で現れれば、そりゃあ誰だって驚くだろう。
むしろ昨日まで李さんだった人が、かつての娘になっているのだから驚き以外に何を抱けと。そんな様子の母親である稟は、眼鏡をいじりつつも困った顔をしていた。
玉座に座るのは当然華琳。
他の外史では天下を統一した桃香や蓮華も、“その先”までを記憶していないことから、素直に華琳に場を譲った。
「軽く纏めた情報は陸延からもらっているわ。事が起こったのは昨夜であり、それを感じ取った貂蝉、卑弥呼、左慈、于吉が廟へと訪れたそうね」
「はいぃ~、既に安定に向かっていた辻褄をいじくるのは危険だ、とのことだったんですけどねぇ? ならば既に生まれていた子として傍に立つのなら問題はないでしょう? と」
「……そう。まあ、あの腑抜けた者たちを鍛え直すのは骨が折れそうだったのだから、それは別に構わないのだけれど。それはつまり、あなたたちはもう私たちの娘ではないということよね?」
華琳が鋭い方向で目を細め、言い放つ。
それに対し、動揺したのは母親たちの方だ。
「はいぃ~、それはもちろんですよぅ? 意識は確かに元の私たちですけれど~……血縁としては、遠い子孫ということになりますねぇ~」
「それで? そうなってしまった以上、私たちがもしこれから子を産むとして、娘として産まれるのは、“昨日までその体に存在していた魂”を宿した子供であり、あなたたちではないということ?」
「はい~」
「「「「───」」」」
全員、ますます同様、停止。
のちに華琳が出した言葉は、「冗談ではないわね」だった。
「子孫とはいえ、何処の誰とも知らぬ者が作った子を産めということ?」
「いえいえぇ、魂はそうであっても、記憶などは全然。それらの記憶も私たちの中にはあるので、産まれてくる子は間違い無く孟徳母さまの娘ですよぅ?」
あ……やっぱり娘なのは確定なのですか。
それってやっぱり俺の血の所為なのですか? そうなのですか?
「……つまり、他の男の種で育まれた者ではないと?」
「当たり前ですよぅ。お父さんと孟徳母さまが頑張って出来る子なのに、どうして他の男の種で産まれるんですかぁ」
「……そ、そうね。そうだったわね。………」
あちこちから安堵の溜め息が。
いやあの……昨日までの子が可哀相だからやめてあげて……。
「こほんっ! ……では、別のことを訊くけれど」
華琳さん、顔真っ赤です。
でもなんだか嬉しい。今を生きていた子の場所を無理矢理娘達が奪ってしまた状況なのに、ちょっと不謹慎とは思いつつも……やっぱり嬉しい
「あなたたちはこの国で生きて行くのかしら。日本の一刀の家には、もうこれ以上入る余裕はないのだけれど」
「いいや、曹操。その問題は別の方向で解決している」
「……なんですって?」
赤いままの華琳に待ったを唱えたのは冥琳だ。
縦セーターがやたら眩しい、随分と時代に染まった服装だ。
「彼女らが北郷の道場に来るとして、私たちはフランチェスカに通うことが決定している。フランチェスカは全寮制だ。私たちが寮に入る分、道場に空きが出るだろう」
「あら。冥琳? あの時代では娘だったとしても、今は遠い血縁というだけのこの子達をどう紹介する気なのかしら?」
「北郷老は冗談を好かん。正直にありのままを話せばいいさ。あの時代では娘だった。この時代では事情があって血縁ではないと。祖父がどうしようもないほどに“血”にこだわるのであればどうしようもない。こだわらぬのであれば迎えてくれる。それだけのことだろう」
「それだけではないから言っているのだけれど?」
「なに?」
言って、華琳がじいっと見つめるのは……娘達。主に曹丕だったりした。
「さて、かつての娘たちよ。あなたたちに問おう。あなたたちは娘として一刀についてくるの? それとも女としてついてくるの?」
ざわっ……と、間違い無く玉座の間にとんでもなく大きな動揺が走「女としてです」ッタァアアーッ!?
即答!? 丕さん!? あなたって人は!
「もはや確認するまでもないとは思いますが、私は父さまと結ばれるためならば1800年すら堪える意地と覚悟がありました。今さらその想いは変わりません」
「………」
「………」
「丕。“諦めなさい”、と言ったら?」
「諦めません。というより、もはや諦める理由がありません」
「……この国に一夫多妻制をしつこいくらいに残すよう文献を記したのはこのため?」
「言いましたよね。1800年すら堪えることの出来る想いだと」
かつての母と娘が、胸を張って睨み合う。
その張られた胸の差に、ビキビキと母側の額に血管が浮き出るが、けっしてツッコんではいけません。
「まあ、そうね。あなたの気持ちはあの頃からわかっていたことだから。……それで? 他の者はどうか」
華琳が娘達に向き直り、言い放つ。
するとどうでしょう。みんながみんな胸をノックして、……ワア、スゴークイヤナヨカーン。
「えへへぇ、面白いことにですねぇ~、“血筋”という枠から離れてみると、お父さんはそれはもう素晴らしい殿方でしてねぇ? いえいえ、元々が私が支えてあげなくてはと幾度も思ったお父さんですし、いっそこうなったのは何かの好機だと思いましてぇ。ねぇ述ちゃん?」
「親だからと諦めた者は大半です。むしろ、かつては他の男を迎え入れたからこそ、父上の良さに苦悩する姉妹のほうが多かったくらいです。……登姉さまはそれで後悔したのですから」
「受け入れてみれば、人の顔色ばっかり窺ってびくびくして。どうしてこんな人だったのか、などと何度も思ったものです」
「ですですっ、なので断然父上がいいかとっ」
「お手伝いさんほどお顔が輝いて見える方など居ませんでした。むしろ娘だどうだと、それで否定され続けるのもいい加減に限界です。偉大なる父は既に死んだのですから」
「だから勝手に殺さないで!? 生きてるからね!?」
「……現在の父は母にベタ惚れで、娘の私は基本、放置ですから。やはり私と真剣に向き合って接してくれる人など、お手伝いさん以外にはいらっしゃいません」
「私はべつにどちらでも……と言いたいところですけど、ととさ……父さま以外の人と一緒になって知ったことは、あまり楽しいことではありませんでしたから。だから、ですね、ととさま……じゃなくて父さま。結婚というものの良さを教えてくれると、嬉しいです」
「禅……キミもなのか……」
キミだけはまともだと思ってたのに。
そして柄さん? なぜキミは祭さんの前に立っているので?
しかも胸を張りながら、祭さんをヴィスィーと指差した上で。
「母よ! 今日は宣戦布告に来たぞ!」
「ほほう……? なんじゃ、北郷を奪ってみせるとでもぬかすつもりか?」
ハッ……ハ、アゥハハハハ? ややややだなぁ祭さん、そんなわ「な、なんでわかった!?」
そこは普通に、歳や背格好も同じになったんだから、この状態で仕合で勝負だーとかそっちでいいんじゃないですか!? ほ、ほらぁ! 祭さんも頭痛そうにしてるし!
「……お主はちぃとも成長せんのぉ……ああ、だが別に構わん」
構って!? 祭さっ……祭さん!? そこは構って!?
「時に柄よ。お主、過去に娘を産んでおったよな?」
「お、おお? それは……まあその」
「もちろん儂も覚えておる。生まれた頃は随分と親ばかになっていたが……柄よ」
「だ、だからなんだ、母よ」
「……初体験はどうじゃった?」
「あんなもの、痛くて気持ち悪いだけだっ! なにがよくて父と何度もするのか、神経を疑うぞ、母よ!」
「かっかっか! そうかそうか! 応、それを訊きたかっただけよ! ……ならば楽しみにしておけぃ、童。北郷とするそれは、お主の常識が覆るぞ」
「???」
「可哀相にのぉ、どうせ義務的にやったことしかないのだろう。もしその時が来たなら、たっぷりと愛してもらえ」
「な、なに……? 母は賛成なのか? 仮にもかつての父と私が、その」
「別に、あの時代から親が子を襲うことなど無かった訳ではないじゃろう。嫌悪するか否かは本人同士が嫌がるかどうかじゃ。それの何処に儂の感情が関係する」
「………」
相変わらずな祭さんだ。
むしろ止めてください。