「うう……禅ちゃんも乗り気なんだ……」
「はい。かかさまには申し訳ありませんが、前世で連れ添った人がひどすぎました。他の姉妹もそうだと思います。もう男と連れ添うのは、と。だからむしろ、いつまでもかかさま……ハッ!? いえその、母さまたちが連れ添ったままのととっ……───あぅう……。と、ととさまと連れ添うことがどれほど幸せなのか、知りたいのです」
「う、うー……! だめって言いたいのに、ご主人様の悪いところを上手く挙げられない……! あ、愛紗ちゃ~んっ!」
「なっ……!? と、桃香さま、その件で私を頼られましても、私とてご主人様の悪いところなどどう挙げれば良いか……! だ、大体、“臨終までを生きた私”は卑怯だ! 仕事もするし鍛錬もするご主人様と一緒に生きるなどと! 最初からそうであったなら、私とて悪口など出なかったろうに……!」
あー……そういえば蜀側に降りた俺は、よく愛紗にジト目で見られていたよなぁ。
……なるほど、そう考えると、魏で最後まで生きた俺は、愛紗にとっては理想の男性……らしい。欲を言うなら自分より強い相手とのことだが、一言言おう。無茶言うな。
「むしろお前が賛成なのが一番信じられないんだが……」
「知を残すためとはいえ、嫌々連れ添った相手に抱かれて吐いたわ。嫌だと言ってもやめなかったわね。男なんて本当にクズよ。だとしてもお母様はあんたに抱かれて私を産んだわ。罵倒しながらもなんだかんだで一緒に居る……そこに、ちょっと興味が出ただけよ」
荀惲は「ああやだやだ」と言いつつも顔を赤くしてそっぽを向いた。
……なんとなくだけど、頭を撫でてみたら顔を真っ赤にして俺を見上げ、どうしてか慌て出す。……いや、どうしてかもなにもないんだけどな。
ここまでの人数の娘が居ると、なんとなくわかることもあるんだ。この反応、構ってほしいのに自分からは言い出せない時の、いじけた呂姫によーく似ていた。
思えば荀惲とはろくに話も出来なかったし、頑張ってきたことを褒めてやることも出来なかった。主に桂花が俺から遠ざけまくってた所為で。
かつてを思いつつ苦笑をこぼすと、真っ赤なままであうあう言っていた惲が、急に「にゃーっ!」と叫んで頭を撫でる俺の手を払った。
「お母様おかしいです! この男に頭を撫でられたら、嫌悪よりも安心感が先に! 男なのに! 男なのにぃいっ!!」
「落ち着きなさい惲! それはその男が妖術で貴女を操ろうとしているだけよ!」
「妖術!? こ、この痴れ者! 娘をあやかしの術でたぶらかそうなんて、恥くらい知りなさいよ!」
「桂花ぁああっ! どぉおしてお前はいっつもいっつもぉおおっ!!」
叫びつつも後退るだけで、逃げるなんてことはしない惲。
……これで、頑張ってくれているのかもしれない。
けどそうか、やっぱり惲は男が嫌いか。
桂花に言われて洗脳されていた部分もあったんだろうけど、嫌々連れ添った相手が悪すぎたと。そういえば娘達って、連れ添った相手は意地でも俺に会わせようとしなかったよな……どうしてだろう。
お陰で現在、彼女らの前世たる相手はこの時代には居ない……かもしれない。
やっぱり許すべきじゃなかったのかなぁなんて思いつつ、娘達全員がこんな状態とは……と視線を移せば、子高……孫登と話している蓮華さん。
「登。あなたもなの?」
「私は……堂々としている男の人がいいです。いつも私に……いえ、女性に怯え、見栄ばかりを張ろうとする人ではなく。顔色を窺うなとは言いません。あの時代、女性の方が強かったのは確かですし、そんな人達に囲まれる日々は確かに怖かったのかもしれませんが……」
「?」
子高が俺を見る。
親と話し合い、好きにしろとでも言われたのか、早速俺のところへ突撃を開始した娘達を捌いている俺を。というかね! なんで突撃してくる! いいからちょっと落ち着きなさい! 一応ここ、玉座の間なんだから!
「……確かに、あなたたちを軽くあしらえる男なんて、一刀以外には居ないわね……」
「呂姫なんて余計にですよ。今の私たちにはかつてあった年齢差がありませんから、それも余計に」
ちなみにその呂姫さん。
恋と目を合わせて、じっと見つめあったのち、恋がこくりと頷いたらこちらへ突撃してきた。誰よりも先に。
物凄い勢いで走ってきて首目掛けて飛びついてきた彼女を、まずは右腕で受け止めることで躱す。しかしめげずに首を狙う彼女へと、俺の首は私のものだとばかりに駆けて来た邵が飛びつき……その助太刀にと駆けて来た述が参戦、あとは次から次へとだ。
ああ……! 彼女らに御遣いの氣が無くて本当によかった……! じゃなければどうなっていたことか……! 力負けしてもみくちゃにされて、生傷が絶えないどころじゃなかっただろう……!
ていうかね!? 祭さん!? 笑ってないでなんとかして!? こっちはもうさっきから全力で氣を行使してて、いい加減疲れっ……てないけど、あああもうこういう場合っていっそ疲れたほうが“いい加減にしなさい”とか言って引き剥がされただろうに!
邵を剥がせば姫が抱き付いてきて、姫を剥がせば禅が……禅!? キミもですか!? 確かにあの頃は常識的な娘として、こういうスキンシップはなかった気がするけど! あ、あぁーもう! どんと来い娘達! いっぱいいっぱい甘やかしてやる! ……いや違うよ!? け、結婚を許したわけじゃないんだからねっ!?
ツンデレ怒りをする中でも、娘達は遠慮することなく突撃を続けた。
それを躱したり剥がしたり捌いたりをしている内に、そんな体捌きを捕えることに熱中し始めたのか、娘達の目がやがて真剣なものに……! って待って!? なんでこんなことに!? 別に鍛錬とかしてるわけじゃないんだけど!?
「とっ! はっ! とわっ!? ちょっ……落ち着きなさいキミタチ! 今は大事な話の途中で」
「腰っ……いただきまし、きゃうっ!?」
関平のタックル! それを額へのデコピンで一瞬押さえ、その一瞬の間に剥がした邵を生贄に捧げ、躱す。
「ふわぅあぁーっ!?」
「はっ!? この抱き心地は……邵姉さま!?」
そんな行動も抜け目無く狙ってくる娘たちを次々と捌いて、邪魔にならないように少しずつ玉座の間の端へと下がってゆく。
「……最初からあそこまで捌ければ、戦でも十分通用したのではないかしら」
「惜しいわねー、戦の中であんな一刀と出会えてたら、もう全力で魏を潰しにかかってたのに」
「あら雪蓮。あの時の戦が全力ではなかったとでも言うつもり?」
「あっはは、違うわよ。そういう意味じゃなくて、一刀の居るところばかりを狙ったってこと。間諜でも飛ばして、一刀が遠征にでも出たらそこを狙う~とかね」
「そう? けれどね、雪蓮。一刀はあの頃、弱かったからこそ今の一刀があるのよ。あの時代で努力を覚えたからこそ弱さも強さも知っている。最初から強かったなら、ああはならなかった。想像がつかないあなたではないでしょう?」
「まあねー。私はただ、あの頃に全力で戦いたかったなー、なんて願望を挙げてるだけだし。華琳こそわかってるでしょ? “戦の中だからこそ出来ることもあった”。今、どれだけ望んだって“殺し合い”なんて出来ないわよ」
「ええそうね。真剣勝負は出来ても、殺し合いは無理よ。時代の問題ではなく、心構えの問題で」
「………」
「………」
「惚れた弱みって怖いわねー。まさか自分がこんなことになるなんて、思ってもみなかったわよ」
「そう? 弱みなど見せなければいいだけのことじゃない」
「触れられるだけで顔を真っ赤にする小覇王様がよく言うわよ」
「だからっ……自分のかつての二つ名をからかいに使うのはやめなさいと言っているでしょう……!」
「まあ結局のところ、わかっていることはひとつでしょ? ……私たちはもう、この中の誰にだって、殺す気で得物を振るったりなんて出来ないってこと」
「……そうね。ひとつでも欠けてしまったら心を砕いてしまう柱があるんだもの、それは無理なことね」
捌いて捌いて捌きまくって、娘達全員の手から逃れた刹那。
バッと床を指差して咆哮。
「正座ッッ!!」
「「「「「!!」」」」」
途端、娘ら全員が条件反射のように正座をする。
……かつての時代、説教といったら正座であった。
その名残が、まだ心の底に刻まれていたらしい。
そうじゃなかったら言葉の途中で襲われていたに違いない。
みんなが正座した時点で俺も安堵して、その場にドカッと腰を下ろした。
一番近くに居た曹丕が、ハッとして動こうとするけど、俺も座っていることに気づくと立ち上がることが出来なかったようだ。
「それで、華琳~!? どうするんだこれから~!」
とりあえずは落ち着いてくれた娘達を前に、玉座の傍に立ちつつ雪蓮と話していたらしい華琳に先を問う。
と、どうしてか雪蓮とくすくすと笑い合って、雪蓮が蓮華と桃香に手招きして傍に立たせた……と思ったら、
「どうするもなにも。ここで断れば要らない暴動を起こすだけでしょう? 過去にあなたは親子だからという理由で丕の想いを受け取らなかったわね。ええ、親だから。ならば今のこの状況、好かれていることにどういう問題があるというのかしら?」
「大有りでしょう!? 血縁はどうあれ、かつての娘だぞ!?」
「ええそうね、かつての、ね。どこに問題があるのかしら」
「気持ちの問題が大有りですが!? ていうかだなっ、俺にしてみれば一度結婚した相手から女性を奪うようなものなんだが!? しかも娘!」
「あら。この時代のこの子たちがいつ結婚をしたというのよ。言ってしまえば私たちだってそういった関係ではないわね。全ての外史が集って、結果として生まれたこの外史。そういう記憶はあれど、経験はしていないようなのだから」
「ふっ……ぐっ……!!」
愛した経験もあり、子供を生んだ経験もある。
けれどそれは全て記憶だ、この時代ではまだ何もしていない。
つまり、つまりだ。あの覇王様はこう言いたいわけだ。
「まさか、いい機会だからこの場に居る全員を受け入れろ、とか」
「話が早いわね。その通りよ」
「死ぬわぁああああああっ!! 今でさえ散々振り回されてるのにこれ以上俺にどうしろっていうんだぁああっ!!」
「人は順応出来るものなのでしょう? あなたの鍛錬の常套句じゃない」
「慣れろと!?」
いやっ……いやっ! だって今でさえもっと構ってほしいとか目で訴えてくる将がいらっしゃるのに、その上倍近くの人が増えてみなさい!? あなたたち前言撤回してまで暴走しそうで、したらしたで俺が死にそうなんですが!?
いらない暴動が起こるっていうのもそりゃわかるよ!? 他の娘はどうであれ、丕にしてみれば1800年も待った、そのっ……こ、恋路の成就になるわけなんだからっ……! けどな、だからってだなっ!
「なによ。これだけの女に言い寄られて、なにが不満だというの? きっと日本国もあなたを認めるわよ? なにせこの国の問題を早くも解決出来るのだもの。男を下に見る女の改善、女性ばかりが産まれるために定着してしまった一夫多妻制度。あなた一人でどうとでも出来るじゃない」
「……! ……!」
反論しようにも声が出ない。どうしろと。
しかも無駄に日本国に期待されている分、断ろうにも断りきれない。
日本からしてみれば一人の学生を贄に出せば解決し、しかも上手くすれば氣のことまで知ることが出来るという嬉しいおまけつき。もっとも、教えるとしても道場に通わないなら教える気もまったくない。つまりこれはビジネスですか? いえ、解決する前に俺が過労死しそうです。
「で、でもな? ほら、女性の人数に対して男がっ……! いくらなんでも体力的に……! あ、夜のことって意味じゃなくて、そもそもの人数差の話だぞ!?」
「安心なさい、疲れたら華佗にどうとでもしてもらうから」
「チクショオオーッ!!」
解決策が身近に居てしまう時の悲しみって、きっとある。
いや、実は、別に受け入れるだけならいいかも、とは思っている。
丕のことを思えば余計にだ。結局誰とも結ばれずに一人を愛したってところには、素直に感動さえ出来る。これで相手が父親じゃなければ、って思いの方がデカいのは仕方ないにしてもだ。
受け入れなければ丕は断固として抗議を飛ばすだろうし、みんなが良くて私たちはダメなのは何故だって話に発展。理由が“娘だから”ではもはや通用しない始末だし、そもそも“誰かが良くてお前はダメ”って考え大嫌い! 冗談でなければ言いたくもない! そういう意味ではいろいろごめん及川!