男たちが“いい経験が出来ました”と言って終わった大会。
そのしばらくあとに、日本国からお手紙が届いた。
内容は、是非とも氣を教える教官になってほしい、というもの。
お返事は当然───
「道場の門下生以外には教えません」
「ええ、当然ね」
お国がどうこう以前にこちらも生活かかっております。
それに苦労して覚えたものを“俺、偉いから教えろ”っていうのは受け入れられない。
や、そりゃあ待遇云々も書いてあるよ? でもこれ、待遇がどうとかっていうよりは“名誉なことである”とか言葉だけで済ませようとしている。
自国でお偉いさんとでっかい繋がりが作れる? どうせ氣の使い方を覚えればポイ捨てでしょう。いやー、すごいなー、自国の偉い人なのに全ッ然信用できないヤー。
まあ、仕方ないといえば仕方ない。事情を知らない人にしてみれば、ただの大陸側に特別視されている一般人にすぎないんだから。
「実際どうなんだろうな。俺が過去に名を残した北郷一刀であるー! とか言ったら、きちんと信じてくれるのかな」
「信じれば利益になるのなら信じるでしょうね。そうでないなら笑われるだけよ」
「あぁやっぱり」
笑いつつ、手紙を閉じた。
かつての自室の机。その椅子に座りながら、いつかのように華琳を膝の上に乗せて。
あの頃に比べたら、なんて静かなことだろう。
仕事が無いってだけでこんなに静かだ。
「……けど……今さらだけど、やることあんまりないなぁ」
「飽食の時代とはよく言ったものね。あの時代よりも飽きるほどの食料、手持ち無沙汰になるほどの人手、溢れる職種。私たちがすることなんてほとんど無いじゃない」
「これはこれで寂しいよな。やることって言ったら歴史の真実を話して聞かせるか、鍛錬指導くらいだ」
「時代の流れというものね。私たちも、客として招かれることはあっても、ここの王になる、などということはないのだから」
「だよな。この大陸だって、支柱なんてものが無くたって今までやってこれたんだし、あとは男女が頑張って盛り上げていけばいいんだ。ずうっと支柱が支えてなきゃいけない理由なんか、ここにはもう無いだろ」
「そうね。殺し合いをする理由だってないのだし」
飽食……食に飽きるか。
ほんと、贅沢な時代だ。
今この時代で三国同士で戦争をするとして、その理由を挙げるとしたらなんだろう。
食は間に合っている。娯楽もある。
仲が悪いわけでもないし、特に競い合ってもいない。
過去に比べて刺激は無くなったんだろうなって思う。
じゃあどうするか。
……いっそまた天下一品武道会でも開くか? 三国だけに留まらず、世界中から腕自慢を呼んで。
それなら戦争なんて物騒な話にしなくても、張り合うことの楽しさってものを覚えてくれるかもしれない。
今までが上手くいきすぎていたんだ。氣を操れるからと、そこに胡坐を掻いてしまってはあまりにもつまらない。
「かつての英雄に挑戦できる権利を~とか言うお題で、世界大会でも開いてみるか?」
「いやよ。見世物になりたいのなら自分ひとりで勝手にやっていなさい。それこそ格闘技の大会で勝てば有名になれるでしょう?」
「氣があるから勝てる~とか、そういう単純なやつじゃないだろ、あれは」
K1とかボクシングとかいろいろあるけど、やってみるかと訊かれたならば答えはNO。無理に敵を作りたいわけじゃないし、大会に出たいから強くなったわけじゃあない。
むしろ左慈ってラスボスを倒したのだから、鍛錬もしなくていい、はずなんだけど……やらないと落ち着かない自分がとっくに完成してしまっている。
指導員として有名になるきっかけは大会で少しは集まったと思う。
けど、弱い人に指導されてもなぁと溜め息を吐く人なんて大勢だろう。
じゃあどうするか?
「……なぁ華琳。道場を安定させるにはどうしたらいいと思う?」
「三国の王を素手で倒したと正直に言えばいいじゃない。王らだって自らの敗北を認めぬほど腐ってはいないでしょう?」
「でもそれをすると、他国に広まるだろ? 知らなくてもいい人にまで敗北を知られるって、恥ずかしいじゃないか」
「そんな妙なところで“やさしく在りなさい”なんて言わないわよ。もっと別のところでやさしく在りなさい。むしろ天狗の鼻を折ることに小さな限度なんて気にするものじゃないわ。やるなら徹底的にやりなさい」
「や、鼻折れて、もう随分しおらしくなっただろ」
そう。
単身で乗り込んで王をブチノメす、なんてことをやったためか、各国の女性は随分と大人しくなった。
まだ男を見下す存在も居るけど、今じゃ逆に“そうしないとプライドを保っていられない”みたいな感じで、こっちの方が心配になるくらい。
そういう女性は強制鍛錬コース。
見下したいならまず強くなりなさいお馬鹿さんとばかりに、嫌がろうが鍛錬地獄。
自分が偉いわけでもなく強いわけでもなく、ただ女だから男を見下せた女性っていうのが結構居たのだ。どっかで聞いた話だなとも思った。
なので鍛錬。強くなって偉くなって、それからふんぞり返りなさいと。……ふんぞり返れるものなら。
鍛錬をやってみれば、今男がどれだけの苦労をしながら頑張っているかがわかるってものだ。実際、そういった女性は一日経たずに吐いて、ぐったりさん。
どうして私がー、などとお決まりの文句を飽きることなくこぼしている。
そんな時は反論出来ないほど正論を言って聞かせて、愚痴をこぼせる元気があるのならとさらに鍛錬。女性は吐いた。
そんなことが何日も続いていくと、合同鍛錬って意味も込めて頑張っている男連中と鍛錬中に競い合う場面もあるわけで。
男連中の鼻が伸びすぎないようにと用意している通称“鼻折り合同鍛錬”。女性は早速、男を馬鹿にしてケタケタ笑っていた。
男は特になにも返さずに無心に鍛錬に集中。
その時の俺はといえば、凪と───
「……なぁ凪」
「はい、なんでしょう、隊長」
「……女に対する男の態度が、すごく冷たい気がする……」
「……私も同じことを考えていました」
───なんて会話をしていた。
歩み寄る人は居るのだ。
が、明らかに最初から見下すことしか考えていない女性に歩み寄ろうとする男性は居ない。
やがてその女性は周囲に悪態ばかりをつき続けたために孤立。
ほぼ誰からも相手にされなくなり───暴走。
通路を歩いていた天気のいい日に、彼女は暴れた。
「お前のような男が居るからぁああ!!」と叫んで、俺に襲いかかった───……ところを思春に一瞬にして叩き伏せられ、地面でしくしくと泣いた。
元娘たちの話によるとこの女性、“女性の天下”を誰よりも好いていたらしい。
誰の血を色濃く引いているのかわかりそうなものだ。困ったことに。
だけどそのまま解放するわけにもいかないので事情を訊いていたんだけど、またも暴走。
罵詈雑言の限りを尽くし、聞く姿勢を取りつつ危害を加えるつもりはないということを知ってもらうため、押さえつけられている彼女を解放、座ってもらい、自分も正座をしてみせる……が、やっぱり出るのは男を侮蔑する言葉ばかり。
どうしたもんかな、なんて思っていると、華琳様登場。
……そう、しおらしくなった結果には、間違い無く覇王様が係わっている。
通りすがりに歩いてきた彼女に、現状打破を相談した俺の所為でもあるのかもだけど。
「……華琳。なにやったのか教えてくれなかったけど、やっぱりやりすぎだったんじゃないか……?」
「さあ? 言わせてもらえばあの子が勝手に暴走して勝手に納得して勝手に仕えるようになっただけよ? 私にはなんの関係もないわよ」
関係は大有りである。
なにせ行動が行き過ぎた彼女が華琳に捕まり、運悪く振り向きざまに罵詈雑言を吐き散らかしてしまったから、さあ南無阿弥陀仏。さあ大変どころの騒ぎじゃない。
笑顔のままでミシリと青筋を浮かび上がらせた覇王様を前に、本気の本気で悲鳴を上げた女性。のちに彼女は問答無用で引きずられてゆき……翌日までその姿を見る者はおらず、翌日になったら……やたらとしおらしく、華琳を崇拝してらっしゃった。
第二の桂花の誕生である。
……桂花とは違って、男を罵倒することは無くなったんだけどね。
「華琳様は素晴らしい~とか言って、また女性天下を築き上げようとか思ったりしないか?」
「つまらないことをしたら罰を与えると言ってあるわ、問題ないわよ」
「罰って───ああいや、想像ついたからいいや」
男嫌いへの躾として華琳がさせることなんて、あっち方面だろうし。
しかも俺が駆り出されそうだから全力で知らぬフリ。
「………」
「………」
ふと会話が途切れる。
内容が内容だからという意味ではなく、自然と間みたいなものが空いた。
耳を澄ませば聞こえてくる喧噪。
寒い時期などとうに過ぎ、開けっ放しの窓からは風が静かに流れてくる。
「一生懸命守ってきた場所だけど、1800年も離れてると……やっぱり違うもんだよな」
「当然でしょう? 私たちが何年で曹の旗から天下統一までを駆け抜けたと思っているのよ」
「……そっか。そりゃそうだ、あんな速度で進めば、1800年も経っておいて変わらないわけがない」
それでも思わずにはいられない。
あんなに大切で、あんなに頑張って発展を望んでいた場所は、もう……
「……ん。でも、やっぱり違う。目に見える変化ってだけじゃなくて……どれだけ物が動かされていなくても、やっぱり……“他人の家”なんだよな」
「…………そうね」
当たり前と言えば当たり前。
俺達が居た歴史から……そう、例えの時点でもう“歴史”といえるほど前の時代から今まで、確かにこうして残っている建築物やその他もろもろ。
でも、もはやここが自分の部屋だなんて思えない。
あれほど愛着があったというのに、心が微笑みながら首を横に振るうのだ。
もう、ここは自分の部屋ではないのだ、と。
どれだけ国に貢献しても、どれだけ過去になにかを為していたのだとしても、ここは……もう完成してしまったあとのものなのだと。
そう、完成だ。
あの頃に俺達が目指した様々は、この時代へ到る内に様々な人が叶えてきた。
今さらここで俺達がすることなんて……俺達にしか出来ないことなんて、きっと無い。時代は進んで技術は進歩して、あの頃では出来なかった様々が、今ではいろいろな人が出来るのだ。
打ち滅ぼさなければいけない敵が居るわけでもない。
戦わなければ食べられないわけでもない。
出来ることなど、現代に順応して暮らすこと、くらいだろう。
誰が急かすでもない。
「………」
ただ。
あの頃には出来なかった、“誰にも何にも怯えることなく楽しく生きる”ということくらいは……目指せる気がした。
武器を手に取らず、既に平和である場所で……ゆっくりと、今度はみんなと一緒に老いていける。
幸せな老後のためには、まず稼がないとだ。
稼ぐには? ……道場だろう。
「……な、華琳。今でもその……ええっと。今から真面目な質問するな? 茶化すとか面白がるとかせず、どうか真面目に返してくれ」
「? ええ、いいけれど」
「うん」
深呼吸。
ゆっくりと、膝の上の華琳にまで腹の膨らみで届くくらい。
それが終わったら、出会いから今までのことを思い返して……一言を。
「華琳は今でも俺のこと、好きでいてくれてるか?
「!? なっ……、───…………ええ。ここで察しろ、なんて馬鹿は唱えないわよ。私は北郷一刀を……、その。愛している」
「……───ありがとう」
俺も、きみを愛している。
相手を膝に乗せたままの告白なんて、とも思うけど、そんなものは個人の自由だ。面と向かって言いたいってこともあったが、やっぱり恥ずかしい。
女性にとってはとっても大事なものだろうけど、ごめんなさい。こっちの勇気の振り絞る瞬間も、どうかわかってやって欲しい。
(いや、でも……いや、いや……あー……よしっ!)
座っている向きを変えて華琳を膝から下ろし、きちんと立って向き合う。
そして彼女の両肩に手を置いて、まっすぐに目を見て……いざ!
「かっ、かかか華琳っ!」
「え……な、なによ」
「そのっ……───すぅ、はぁ……っ!」
胸のノックはしない。
やれば覚悟は決まるだろうけど、今回ばっかりはそれに頼らず……!
「───俺と、結婚してくれ!」
どもることもなく、つっかえることもなく、真っ直ぐに言葉を届けた。
…………。
そして訪れる沈黙。
(ギャーアーッ!!)
そして沈黙が長ければ長いほど恐ろしいのは、告白した者にとっての地獄である。
いっそ彼女の肩から手を離して逃げ出したいのに、それをやっては意味がないことを知っているから出来ない。出来ないというかやっちゃダメ。ダメだけどいっそ逃げたい。
「……、…………? …………?」
愛していると言われた。
愛していると返した。
心は既にひとつだ……そう思っていたのに、どうしてか返事は来ない。
変わらず彼女の瞳を見つめていても、表情に変化はなく、多少驚いている顔をしたまま…………
「……? あ、れ……? 華琳? 華琳~? ……華琳さん!?」
……彼女は、気絶していた。