話し合いは案外スムーズに……行くはずもなかった。行くわけないじゃないか。むしろみんな、結婚式に対して己の願望をぶつけまくって、やれあれがしたいこれがしたいと、要求出来る贅沢の限りを尽くし───! っていうわけでもないんだけど、言うだけは言うみたいな提案が続いた。
真桜たちは出会う将に片っ端から声をかけているようで、来る人来る人、みんなバラバラ。でも案外意見が合うようで、提案と妥協案とをそれぞれが相談し合うと、じゃああとでとばかりに解散。
こうして様々な将が自分の持つ結婚式像を語り、無理なものは無理と断言する俺と、それらを纏める風と稟とが解決案を口にすることで、結構な速度で話し合いは進んだ。
一番最初に来てくれたのが風と稟でよかった。あえて言うなら、その次に来たのが麗羽でよかった。あそこまで無茶を言わなければ、風や稟もこの場に留まらず、他の将のように部屋を出て行ってしまったに違いない。
「様々な人のいろいろな希望を聞くのも、これはこれで面白いものですねー……風としましては予算が間に合う限界まで、願いを聞き届けたいところですがー……」
「同じ女性として、願いたい気持ちは解りますから」
というのが風と稟の意見。
言う通り、きちんと聞くだけ聞いて、その要望が現実として実現可能なのかをきちんと分けてくれている。
さらに他の軍師が来るとそれを相談し合い、そうするとその軍師もこの場に残って、他の子が口にする願望を耳にするようになる。
「ご主人様は……愛されてますね……」
「愛してくれてるなら、もうちょっとやさしい式への願望を聞きたかった」
帽子の位置を変えて語るのは雛里だ。その隣には曲げた指を顎に添えて思考にふける朱里さん。
麗羽の提案した“優雅で華麗で美しくも可愛く、気品溢れて浪漫輝くわたくしに相応しい式”というのをどんなものにするか、考えているのだろうか。
浪漫輝くとか聞くとエス○ールのプラチナダイヤモンドファッションリングを思い出さずにいられない。
「式をどうするか、ですか。様々な意見を聞いても、飛びぬけたものばかりでどうしたものか。そもそも基準が飛びぬけている時点で、どう纏めたものかも見えづらいものがあります」
「おおぅ……そうですねー……。それをなんとかするのが軍師というものとはいえ、いつも通りといえばいつも通り、無茶を言ってくれますねー……」
稟は先ほどの鼻血などなかったかのように思考のまとめにかかり、風は風で糸目のままにキャンディーを舐めて、ぐでーと円卓に上半身を投げ出している。……ちなみに何故か俺の膝の上だ。
稟が時折ちらちらとこちらを見るけど、妄想するような出来事は一切起こらないから、だんだんと赤くなっていってるその顔をなんとかしてください。戻ってきた凪たちが第一に見るのが血まみれの部屋とか、勘弁だ。
「じゃあ、軽くでいいから纏めてみようか。まだ訊いてない人も居るけど、似たような案件は混ぜちゃう方向で」
「ええ、それが妥当でしょう。壱から拾まで受け入れていては、式だけで何日かかるか」
「そですねー。お兄さんにはその後、日本に伝わる伝説伝統伝承伝記、“初夜”をしてもらわないといけませんからねー」
「───」
心が叫んだ。シニタクナーイ!!
あとべつに初夜は日本だけってわけじゃないでしょ……他の国が実際のところどうなのかは知らないけど。
初夜/しょや。新婚夫婦が初めて迎える夜を指す。……もちろんこの場合、そのままの意味だけでは終わらない。むしろそんな名前がただの夜につけられている時点で、重要な意味がアルノデス。
人々よ……偉大なる先人たちよ。何故、何故夜にした。べつに初昼でもよかったじゃないか。初夕方でもよかったじゃないか。何故夜に。やはりそういう行為を意識したからなのですか?
「あの。え? 俺、一日に100人以上……え?」
だってそんな、義務感でするものじゃないだろそういうのって! かつては後継を理由にいろいろと頷かされた俺ではあるけどさ!
そそそそういうのはさ、ホラ、ネ? きちんと愛し合った二人が、義務としてでなく互いを求めた時にそっと、なんというか救われながらするものなんじゃないのか? 二人で静かで豊かで……。
そんなことを心を込めて語ってみた。
「一刀殿、女々しいです」
「女々しい言われた!?」
そしたら女々しいって言われた。ちなみに一般の女性の大半が義務としてそういう行為をするのはイヤと応えているらしい。どこ調べだ。
じゃあべつに初夜じゃなくても! と言ってみれば、「ええ、義務ではないのですから問題はありません」とけろりとした表情で言われた。あれぇ稟さん!? そういう行為について話してるのに、いつもの鼻血はないの!? 鼻───あ。
「誕生日でもないのに誕生日を祝われて首を傾げない人が居ますか? 私としてはそういった日を義務としてでなくめでたい日として迎え、抱かれることを善しと言っているまでです」
「う、うおお……!?」
稟が立派だ……! 凛々しい顔で、妄想が捗って鼻血を出しそうなことへ、きちんと意見を出している……!
…………これで、凛々しい顔つきのままに鼻血をたらしてなければ完璧だったのに。
「そうですね。それに私たちは、婚儀もしませんでしたから。あの白い着衣を身に付け、ご主人様と……はわわ、はわわわわ……!」
「あわわ、あわわわわ……! しゅ、朱里ちゃん、どんな髪型が似合うかな……!」
はわあわと意見を出しては赤くなる朱里と雛里は、一度思う存分に想像の世界へ羽撃いてもらおう。
穏や冥琳も別方向で纏めてみると言って出て行ったし、今はここで纏められることを。うんと頷いて今この場に居る人───思春、風、稟、朱里、雛里を見る。……朱里と雛里は想像の世界に羽ばたいているから放置で。
じゃあ風と稟と思春で…………あ。
「稟? 稟~……? ………………」
「稟ちゃん? 稟ちゃ~ん? …………」
「………気絶しているぞ、この女」
「稟ーっ!?」
さっきまで顔が赤かったのに、今はなんだか土気色。もしかして鼻血を必死で我慢してたのか!? そして我慢の限界の果てを目指した結果、本能が気絶を選んで……!
「………」
「………」
「………」
とりあえず、目を開け、凛々しい顔のままに往生した(*してません)稟に、静かに敬礼。俺と思春と風とで、纏めに入った。
……。
さて。“纏めるのは軍師の仕事ですよー”と風に任せることになりそうだったのを捻じ曲げて、部屋に篭っていても明るい案は見つからないぞと外に出た俺達。
凛々しく散った稟は医療班に任せるとして、俺はといえば……何故か風を肩車して、蒼い空の下、賑わう街の中を歩いていた。
朱里と雛里は、他の軍師と別の方向で纏めておきますと言って、別行動だ。大変ありがたい。
ありがたいんだけど……。
「あのー……風さん? どうして俺、あなたを肩車してるのでしょうか……」
「いえいえべつにこれといった理由はありませんがねー。思い出してもみてくださいお兄さん。お兄さんは街に出るたび、誰かしら小さい子の股間に首をうずめていたではありませんかー」
「肩車をそこまで誤解を招く方向で説明した人初めて見たよ!! やめて!? さっきまで挨拶してくれてた皆様の笑顔が一気にひきつったからやめて!?」
「そんなわけで風もお兄さんに身を任せたい一人としましては、こうして全てを委ねる覚悟でしてー」
「何気なくやってた肩車がここまで自分の首を絞めることになるなんて、俺……知りたくなかった……」
外に出た途端泣かされた。軍師怖い。
「まあまあお兄さん。風のことなど首にじゃれつく猫程度に認識してくれていればいいのですよ。にゃー」
「ね、猫……猫ねぇ……」
「そうすればお兄さんは、猫のお腹に頭をうずめながら街を歩く人に」
「なんで俺そんな方向で街歩かなきゃいけないの!? 肩車でいいから! 普通に肩車している人って認識でいいから!」
「おおっ……そうですかー。お兄さんはそんなにも女性の股に首をうずめるのが」
「ちがぁああああああう!!」
「……貴様ら、少しは静かにしろ……」
ともかくだ。散々と皆様に訊ねた結果、結婚式は盛大に、誰に内緒にするでもなくすることに決定した。100人以上と結婚することを“ドン引きして見るもの”として受け取るのではなく、きちんと愛し合い、国で認められているのだからこそ盛大に。
日本ではそりゃあもうドン引きされるものだろう。そもそも複数人に手を出した時点でいろいろとドン引きだ。誰と婚儀をするでもなく子宝にも恵まれまくって、いやもうほんといろいろありすぎた。
だからこそ、今こそ責任を取ろう。王となって、全てを受け止めよう。恥じることなどないのだと皆が頷いてくれるのなら、俺だって恥と受け取る理由はない。
いろいろと考えることがないわけじゃあない。……言い訳をさせてもらえるなら、様々な北郷が一つになったことで、いろいろな部分がフォローされている。上手く説明できないけど、たとえば別の自分が鍛錬が嫌いだったとして、鍛錬好きな俺が居たって外史があれば、そこは“より能力の高い方”が優先された。
もちろん統一される前の世界じゃあ筋肉は鍛えられなかったから、主に知識や氣ばかりが伸びていた俺だけど……そういった知識の先で、どこの北郷一刀が何を、何が、誰を一番に考えていたかで優先されるものはそれはもう当然の如く変わっていった。
つまりは、呉に降りた俺が蓮華が一番好きだったとして、他の外史では他の人が好きだったとしよう。じゃあ“誰が好きか”という感情がただ一人だけズバ抜けているかといったらそうじゃない。
困ったことに好きならば好きなだけ、その人に対する好きが優先されてしまった。全ての世界を合わせて見てみたとして、凪ならばどの世界の北郷一刀が一番愛していたか、その一番が凪に対しての感情として優先された。
ええっと、つまり様々な外史の中から、一番の感情が選ばれたってことは、みんなのことを一番好きってわけが解らん俺が誕生してしまったわけで……ええいやっぱり説明しづらい。
で、ともかく責任の話になるわけだけど。
全員を好きすぎるなら、なんとかしてやろうって思わないわけがないのだ。当然幸せにしてあげたいって思ってしまう。
じゃあ何故娘の場合は躊躇したか? ……娘だからだろ。娘を持った外史が“俺”の外史とほんの少しの例しかなかったんだから、躊躇は当然だ。そこに“他の一番”は無いし、優先される感情もなかったのだ、仕方ない。
ただ。ただだ。他の北郷一刀にしてみれば、俺にとっては娘でも“他人”なんだよね……。だからか、ふとした時に娘ではなく普通の可愛い女の子として見えてしまう時がある。大変困ったことに、外見年齢だけで言うなら自分とほぼ同じだから余計に。
呉の北郷一刀は辛うじて、登、延、述、柄、邵、琮は娘として認識しているけど、残念ながら子供の頃までだ。現代では成長している上に、血の繋がりはもう薄すぎる彼女たちを見て思うことは───……まあその、娘というよりは、なぁ……。
他の外史にも“娘が居た”って経験はあるんだけど、呉の娘だけで他の子は一切無しだった。どころか、他の外史じゃあ丕も禅も他の子……姫や平たちが生まれた記憶はない。せいぜいで桂花が身籠った、ということくらいだった。
外史って本当に様々がありすぎたよな……他の外史にはアレがあってもこっちの外史にはこれは起こらなかった~とか、そういうこともあるからどれをどう基準に置けばいいものか。
(幸せにしてやりたい、かぁ)
“いろいろ”あった。
様々な外史、願われた結末、結末の先のなにもない世界。“それからずっと、みんな幸せに暮らしましたとさ”の先には、俺達が望む未来は存在しなかった。
結末に辿り着くために懸命に生きて、戦って、願って、泣いて、それでも進んで。
ようやく結末に辿り着いても結末は結末でしかなくて、ハッピーエンドの笑顔のままに世界は終わって、ただ崩れる時を待つだけだった。
物語の中の自分たちがどれだけ明日を夢に描こうと、それを決めるのは世界。そんな世界を“自分”の数だけ覚えている。
だからこそ───今こそ、左慈の気持ちも解るのだ。
どれだけ心の中で描こうと抱こうと、世界の匙加減ひとつで曲げられ、“自分こそが辿り着きたい未来”には決して辿り着けない世界を恨む気持ち。
そこへ向かおうとすれば頭痛や消失感に襲われ、御遣いとしての在り方ごと消される世界。
物語は物語を願った者の願いしか叶えない。必死に生きている自分たちは、ただ物語を願った者の願いまでを描くだけだ。結末に辿り着いた途端、必死に生きた者たちは、そんな笑顔のままに世界とともに凍りつき、やがて崩れる。
「お兄さん? どうかしましたか?」
「うん? んー……ああ、はは……うん……」
幸せにしてやりたい。
“結末の続き”を自分で描ける世界にやっと辿り着けたのだ。
だったら願おう。描こう。何度でも夢を抱こう。
自分の出来る限りを以って、ハッピーエンドを迎えたその先でも、幾度となく描いていこう。
かつての娘達は誰かと結ばれたけれど、女としての幸せには到れなかったという。親である自分に笑顔を見せても、自分には見せない辛さを抱いていたことだってきっとあったのだ。
そんな世界はまっぴらだと、様々な北郷一刀が俺の胸を殴りつける。
他のやつらじゃ幸せに出来ないのなら、そんなやつらには任せるなと。誰なら幸せに出来るのか。誰との幸せを娘たちが願っているのかをよく考えろと、なんともまぁ無責任なことを叫びながら殴ってくれる。
でも……響くのだ。
“俺”だって親だ。親だったのだ。
娘達がどれほどの思いを抱きながら日々を生きていたのか。
笑顔ばかりに笑顔を向けて、幸せを願いながらも、いつしか自分の結末の先ばかりを見ていた気がする。
幸せを願うのなら、自分の価値観なんぞほったらかしにして、どうして丕を受け入れてやらなかったと言う自分まで居る現状。
殴りつけられる胸の内は、殴られるたびに心に響いて、やがて覚悟として固まってゆく。
時間がとてもかかる、難儀な覚悟だけど……お陰で、ようやく。
「なぁ、風、思春。幸せにしてやりたいって思ったらさ、それをするのは義務であっちゃあいけないよな」
「? そですねー……よく解りませんがー……義務として幸福を手渡されても、たとえばそれをくれるのがお兄さんだとしても、お兄さんが本当に笑っていないのなら、それは風にとっての幸福ではありえませんねー」
「思春は?」
「いつか華雄が言っていたな。義務で受け取れるもので喜べるものなど、給金程度だと。それ以外は自分で掴み取るものだ。……私の幸福には、もはや貴様の幸福が絶対条件だ。貴様が幸福を願うのであれば、その中での絶対条件は貴様が心からの笑顔でいることは譲れない───額に触れるな熱はない」
「え、いや、だってあの……思春? 顔赤いぞ? 熱あるか? 熱あるの僕でしたごめんなさい!」
「~……───はぁ。……私は。様々な世界を知り、その上でも蓮華様の傍ではなく貴様の傍に居る。その意味を少しは汲め、馬鹿者め」
「え、あ、うあっ……」
「おおぅ……」
自分の言葉で女性が真っ赤になるって場面を何度か見たことがある。
けど、逆はあまり経験がなかった。うわ、やばいこれすごい。顔が熱くて仕方が無い。
そ、そうだった。あれだけの外史が重なって一つになった世界なのに、思春は蓮華の傍よりも俺の傍に居て、しかも幸せにする宣言までしているのだ。
さらに今、溜め息のあとには、まるで鈍感な想い人に噛み砕いた告白をするような漫画の主人公みたいな言い回しをされて……俺いつヒロインになったの!? 口調も相まってもう格好よすぎてやばいです思春さん!
「そ、その……」
「ああ」
「えっと」
「ああ……」
「………」
「…………」
「……あ、ありがとう」
「……~……」
ほんと、どっちがヒロインだって話。
顔がちりちりと熱くなるのを感じるまま、感謝を口にしてみると、思春も顔を赤くして俯いてしまう。
ちなみにヒロインとはギリシア神話で喩えるなら、女英雄だそうだ。……ああ無理、俺英雄とか無理。せいぜいで亀の大王に攫われて配管工に助けられる姫っぽい立ち位置だ。そっちのヒロインがお似合いさ、俺。
「お兄さんは思春ちゃんに弱いですねー。このままでは婚儀をし終えた後も、尻に敷かれ続けるのではー?」
「続けるって……」
……あ……僕もうキミの中で尻に敷かれてるんですね……否定出来ないけど。