「じゃあ買うのは凪。持つのは思春でいいか? 断ったら全部俺がやる」
「待て、それは───ふわっ!? なばばばば貴様なにを!」
「命令だ」
「───」
待ったをかけた思春の頭を撫でて、にっこり笑顔で言ってみる。と、真っ赤な顔のままに固まり、俯いてしまった。
その隙にハイと凪に財布を渡して饅頭を買ってもらうと、ハッと復活した思春に饅頭が入った袋を渡す。
「~……手の上で遊ばれている自分が情けない……!」
「情けないって思える内はまだ大丈夫だよ…………。大丈夫……大丈夫なんだ、思春……」
「当事者のお前が何故そこまで遠い目をする!」
「いろいろあったんだ……いろいろ……」
御遣いの氣が馴染めば馴染むほど、筋肉が出来て、一層に体に氣脈が増えるほど、様々な自分のかつてが蘇る。
そうするともう精神おじいちゃんどころか仙人レベルで……かつての自分を思い出すのです。
蜀で桃香と一緒に愛紗に怒られたこととか、魏で春蘭に追われて叫びながら逃げたこととか、呉でシャオに振り回されたり思春に脅されたり祭さんに叩きのめされたりした日々とか…………ああうん、なんかもう、やっぱりどこに行っても立ち位置あんまり変わんねぇ。
もはや口調がどうとかそんなことを思う余裕もないくらい、自分の過去がアッチャーな自分が居る。
そんな自分がこうして集合した俺だ……情けないとかそんな考えをするよりも、なにか出来ることがあるでしょーよと考えるようになってくる。
プ、プライドで春蘭の剛撃が躱せるもんかぁ! 情けなくても生きたいよ俺!
(進め! 立ちはだかる者はすべて切り伏せよ!)
(孟徳さん!?)
その場合、切り捨てられるの間違い無く俺だからね!?
脳内孟徳さんと愉快な問答を繰り返しつつ、まだ納得いかなそうな思春を促して元の場所へ。
それぞれ望んだ饅頭を配ると、真桜が「意識しとらんかったけど、これって王様にねだって買ぉてもらった饅頭になるんやね……」と。すると沙和がびくりと肩を震わせて、「華琳様に買ってもらった~とか意識しちゃうと、食べづらいの……!」と。
まあ、王様といえば自国の王を連想するのは仕方ないもんなぁ。
しかし出来たての饅頭は温かいうちに。
さあさと促して、食べてもらった。
「ぬむむっ!? このメンマまん、肉が細かいそぼろ状で入っとって、けどメンマはごろりとしたシャキシャキメンマ……! 噛む度に味が口の中に広がって、なんとも言えぬ“噛み締める喜び”が……!」
「あんまんもいい味なのっ! 落ち着くまでどたばたしてたからろくに味わえなかったけど、やっぱり出来立てって最高~!」
「隊長、ごちそうさまですっ」
「いろいろ言ってた割りに、きちんと味わってるじゃないか、真桜」
「なはは、そらぁ気持ちの切り替えくらいチャチャッと出来んと、あの世界じゃ生きてけんかったやろ。こんくらい、あの時代やったら子供でも出来るわ」
「むしろ、子供の方が得意か。泣いた子供がもう笑うって感じで」
「そですねー、お兄さんの場合は特に、幼児体系から大人まで、痛がる相手をとろけさせることに関しては達人級でしたしねー」
「天下の往来でやめてください風さん」
真顔でツッコんだ。
ともかくこうしていろいろと気持ちの整理は出来た。
苦笑も悩みもそりゃああるけど、幸せにしたいって思えたなら実行実行! 相手の迷惑にならない程度に全力で、俺達に出来る最高の結婚式を目指そう。
「あー、ところで隊長? ウチら散々といろんなとこ回って声かけてったんやけど……これ、部屋に戻ったら結構な人待たせてたり……なぁ?」
「……お、お昼休みだったーってことでなんとかならないか?」
「お昼休みなー……正直饅頭一個じゃ足らんねやけど、これってやっぱり呼んで回ったウチらにも責任あるんよね?」
「えー? 隊長のために集めたのにー?」
「隊長。部屋にはなにか書き置きでもあったり……?」
「凛々しい顔で気絶している女性が、椅子に座ってる」
「どういった状況ですか!?」
そういえば稟へのお土産を忘れた。
仕方ないので、いろいろ文句が飛ぶことを覚悟で桃をいくつか買っていった。
案の定部屋の前や中には結構な数の人が居て、その大半が娘だったこともあり、なんだかとっても賑やかだった。
一緒に居るところに三羽烏が呼びに来たのか、丕を筆頭にいつもの娘たちも居る。
部屋の中で未だに気絶していた稟はこの際そのままで、いろいろと質問をしながら桃を切り分ける俺。
なんかこういう時、“親”って感じがして嬉しい。
ひとつのものを切り分けて、複数の子供に分ける……そう、こんなこともしたかった。
だっていうのに俺が料理をしようとすると、とことん邪魔をしてきて……! ふ、普通で悪かったなー! 普通だから頑張ろうとしたんじゃないかー!
そう心の中で叫んだこともあったなぁ……。
遠い目をしながら切り分けた沢山の桃を、娘たちに一人二つまでなーと言って食べさせる。
休みだった三羽烏の休日を奪ってしまったことを謝りつつ、「ご褒美とか期待してるでー」といつもの笑顔で去っていく真桜や、凪や沙和を見送って、桃に夢中な娘達に結婚についての質問。
「姫は結婚についてどう思う?」
「父と結婚……いい。家族でなくなったの、とても悲しい。だからする。家族なら、ずっと一緒」
「平は?」
「虎がやかましいので早く身を固めたいです……」
「ああ、張虎か……」
霞の娘だからと言っていいのか、やたらと関平にべったりだもんなぁ。
「はは、逆に“ウチも平もこれできっちり家族になったんやから、もっと一緒に~”とか言いそうだな」
「ち、父上、この話は無かったことに……!」
「望むところだ」
「父さま!?」
汗をだらだらと流す平に即答で返してみれば、丕が悲鳴にも似た声で叫んだ。
落ち着きなさい、冗談だから。
「ん。なぁみんな。俺は一度、お前たちの父として生活した。もちろん、他の人の娘として生まれ変わっても、俺からしてみれば確かに娘だ」
「と、父さま、それは、けどっ」
「まあまあ。丕、まずは聞いてくれ。……えっとな、父さん、娘としてはもちろんだけど、きちんとお前たちを女性として見ようと思う。いろいろと考えたんだけど……それはもういろいろ考えたんだけどな? いい加減、現実をきっちりと見据えて、幸せにしたいって思ったなら“出来る今”を大事にしないとって、そう心に決められたから」
「え…………あの。それでは」
「ああ。俺は俺の意志で、流れとかそうしなきゃいけないって強制でもなく、お前たちを受け入れていきたい。だからまあ、まずはその一歩として娘としての名、というよりは……真名を与えて、それで呼びたいと思う。字呼びや名呼びのままじゃ、娘って意識を変えられない気がするからな」
「「「「───!!」」」」
娘たちが一様に驚愕の表情を見せる。それこそほんと、自分の耳を疑うみたいに。
……あ、あれ? そんなに意外か?
「……北郷。自分がかつてはどんな態度で娘らと接していたか、少しは考えてみろ」
「え? 最近じゃ常に考えてるけど」
「ならば考え方が甘い。つまり───」
それから思春さんが語ってくれた。
結局、生まれてから俺が消えるまで、一度たりとも真名を与えられなかった彼女たちだ。そんな、あの世界でのある意味での“親の責任”を投げっぱなしていた俺が自分に真名を与え、しかも女性として意識するためにその名を呼ぶ、なんて言うんだから───それはもちろん驚くのは当たり前だ、なんてことを。なるほど、説明された俺も驚いている。
「と、父さまっ! とととと父さま父さまっ! 父さまぁっ!」
「おわぁあたたたた!? ちょ、丕!? なんで引っ張るんだやめなさい!」
「欲しいです! 真名っ……真名、欲しいです! ください! 呼ばれたいです! 父さまに!」
「待て待て待てっ、さすがにまだ全員分は考えてないんだっ! だからまずは三人、な?」
「「「「───」」」」
「……ばかもの」
あれ? さっきまでの団欒風景が一瞬にして絶対零度空間に変わった。
え? 思春さん? 馬鹿者ってなに!? なんでいきなり馬鹿者発言!? そんな額に手を当てて溜め息まで吐くほど馬鹿ですか今の俺!
「三人……たった三人……」
「誰が……? いったい誰の真名を……?」
───アー、ナルホドー。
この人数の中、たった三人にしか真名をつけないって、そりゃいろいろな意味で角も立つヨネー。
……失敗した。あとで自室にでも呼んでから、じっくりと授ければよかった。
「いろいろと期待しているところ、ごめんな。まずは各国の王の娘として、丕」
「!! あ……は、~……! はいぃっ!」
「登」
「え!? わ、わたっ……はいっ!」
「禅」
「はいっ!」
「この三人に真名を贈る。他のみんなはもうちょっと待っててくれな。きちんとよ~く考えて決めたいんだ」
言ってみる……が、明らかに悔しそうだったり寂しそうだったり悲しそうだったり。
うん……なんかごめん。どうやら思いっきり期待させてしまったようで……。
名を呼んだ三人が俺の前に歩いてきて、綺麗に横並びになる。言われたわけでもないのにこうなるのは、染み付いたものなんだろうなぁ。
「じゃあ、まずは丕」
「はい」
名を呼べば一歩前へ。俺はそんな彼女へ、用意しておいた紙に筆を走らせ文字を連ねる。
書かれた文字は“華煉”。あの時代を生き、無駄に達筆になったそれでの、綺麗な文字だ。
「“かれん”。この真名をお前に贈る。……いっぱい待たせた。受け取ってくれるか?」
真名とは言っても相手が気に入ってくれなきゃ意味が無「は、はい! 受け取ります! もう返しませんから!」……あ、うん。泣きそうな顔で受け取ってくれました。泣きそう……だったのに、その文字を見てほにゃあああとどうしようもなく顔が緩んでゆく。
「次に、登」
「はいっ」
やはり一歩前へ。再び筆を走らせると“好蓮”の文字を書き連ねて、登に渡す。
「“はおれん”。この真名をお前に贈る。呉の王族なら、やっぱり“蓮”はないとな」
「~っ……あ、ありがとうございます父さま! ありっ……ううっ……ありがど……うぅううう~……!!」
「ホワーッ!? えなぁあななな泣くほどのことか!? ごめんなほんと! 待たせ過ぎたよな! ごめんな!」
考えてみれば、呉の王族は“蓮”で繋がっている。
なのに自分にはそれが無くて、そのままずぅっと生きてきたんだ。……そりゃ、嬉しいに決まっている。
本人にしてみれば、ようやく“孫家”になれたって意識もあるのかもしれない。
そんな考えに到ってしまえば、頭に浮かぶのは後悔ばかりだ。申し訳なさを胸に、泣きながら大事そうに自分の真名が書かれた紙を抱く子高───好蓮の頭を撫でた。あ、あとあんまり抱き締めたら千切れるから……やめて。それ以上、いけない。
「……うん。じゃあ……次、禅」
「はい」
禅は他の二人と比べて、随分と落ち着いた様子で返事をする。
一歩前に出る姿勢も随分と様になっていた。
一時は末っ子ってことでいろいろあったもんなぁ……。反面教師とは違うけど、癖のある将や姉を見てきて、一番成長出来たのって禅なんじゃなかろうか。
かつてを懐かしみながら筆を走らせて、“桜花”の文字を。その紙を禅の前へ。
「“おうか”。この真名をお前に贈る。……いろいろと苦労させたな。これからは俺も、もっと頑張れると思うから」
「ととさ……お父さまの苦労は随分と身近で見てきましたから、大丈夫です。それは、私も苦労しましたけど……」
「……禅? ととさまでいいぞ?」
「うぐっ……だ、だって恥ずかしいじゃないですか、前世では老いるまで生きたのに、子供になったからって子供の口調って。そ、そりゃあまた、産まれるところからやり直したよ? でも……」
「あのな。親にとって、子供はいつまで経っても子供だ。成長がどうとか以前に、そういうものなんだよ。だから無理するくらいならそのままでいいし、むしろ禅……桜花に丁寧口調で喋られると違和感がすごい」
「そこまでなの!?」
禅……桜花が、真名が書かれた紙を受け取りながら、それはもうとても驚いた顔をした。
だってなぁ……老いるところまで、とか言ってるけど、老いた時でも二人きりの時に、たまにととさま発言して顔を赤くしてたくらいだし。
そういう迂闊さと言えばいいのか、そういうところってやっぱり桃香の娘だなぁって思わせるのだ。
「とにかく。無理に大人になろうとしないでよろしい。子供の意識に自分を引っ張られそうなら、むしろ悟ったものの考えよりもそっちを優先させるように。みんなもいいな?」
「でしたら父上! 子供としてひとつ“おねだり”をしたいことが!」
「いきなりだなおい!」
言った途端に関平がシュザァと滑り込んできて、俺の服の袖をグイィと引っ張る。
言った手前、一応聞いてみれば───
「真名をください!」
「「「「私も!!」」」」
平の声に合わせて、子供たちの声が一斉に放たれた。
「そうだぞ父! 大体私と関平とで呼び方が似ていて難しいとかで、以前は難儀していただろうに!」
「ですですっ! 私と袁尚とでもそうですよ!」
「いや、尚は母親の麗羽さまとも被っているだろう……あれはどうなんだ? 私も述で、袁術姉さま……美羽姉さまと被っているし」
「そうですねぇ~、むしろお父さん? 先に産まれた私たちを差し置いて、禅ちゃんを三番目にだなんてぇ~……」
「お手伝いさん、順番よりむしろ素晴らしい名をください。偉大なる父と母に並ぶ素晴らしい名を!」
……心が一度解き放たれてしまえば、躊躇っていうものはなくなるものだ。
娘たちは遠慮無用に“おねだり”をして、四方八方から俺の服を引っ張る。その中心で、服を引っ張られまくるシャイニング・御遣い・北郷。
助けを求めて思春を見てみれば、“自業自得だ”と溜め息とともに視線で応えられた。
「あ、あのな、みんな。急いだっていい名前っていうのは完成しないものでだな。特に俺はネーミングセンスってものが皆無であって、今与えた三つの真名だって、受け取ってもらえた俺こそが感動の嵐であるからしてだなっ……!」
「では父よ! 思いついたものをずばっと言ってみてくれ!」
「ロドリゲス」
───その瞬間、娘たちで構築された輪は、一瞬で分解したという。
「というのは流石に冗談だけどな。女の子なのにこんなのをつけられるの、嫌だろ?」
「ぐっ……ひ、卑怯だぞ父よ! 例えだろうとさすがにあれはないだろう!」
「じゃあ柄には……そうだなぁ」
「うぅっ……もらえるって期待しているのに、あんな例を出されたあとだと怖い……! ち、父? いいのを頼むぞ? 一番いいのを頼むぞ? 絶対だぞ?」
「じゃあイーノックで」
「父のばかぁあああっ!!」
「ああっ!? 柄が逃げた!? ちょっ……冗談だ冗談! 冗談だから戻ってこい! 柄!? 柄ぃいいーっ!!」
慌てて後を追う。足に氣を込めて、誰に遠慮することもなく全力で。
……結果としてすぐに捕まえられたものの、向かう先が間違い無く呉の屋敷方面だったことに、本当に本当にすぐに追ってよかったと安堵。
祭さんに報告されていたら、どうなっていたことか……!
そもそも真名っていう大事なものを考えるところで、冗談なんて混ぜた俺がいけなかった。反省。
そんなこともあって、まずは柄の真名を考えることになり……
「大体父は子供のことをほうっておきすぎなんだ。父に理解のある私たちだからまだいいのだろうが、私たちでなければとうに家庭崩壊にだな……!」
ある程度時間が過ぎて、他の娘がそれぞれの時間のために動き出しても、柄は傍を離れようとしませんでした。
いや、うん。嬉しいんだけどね? 子供に甘えられる親っていいなぁとか思っていた時期もあった俺だから、とっても嬉しいんだけど。
今だって執務室の椅子に座る俺の膝の上に、ちょこんと座ってあーでもないこーでもないと言っているかつての娘。既に背格好が同じくらいなこともあって、いつか感じた複雑な気持ちがぶり返してくるのを止められない。
娘が同じ年の瀬になって、やがて追い抜かれたいつか。
思い出さずにはいられない複雑な気持ちを胸に、未だに不満を口にして頬を膨らませている柄の頭を撫でる。
膝の上のお姫様はもっと撫でろとばかりに、逆に俺の手に向かって頭を突き出してくる。まるで猫だ。普段はこんなことはしないのに、どうやら泣いてしまったことで子供の頃を思い出してしまったらしい。
(子供の頃って、無条件に褒められたいって思ってたもんなぁ……)
自分の歩き方に胸を張って生きるのは難しい。
子供の頃には出来たそれが、いつしか見当違いって言葉が当て嵌められてゆくと、いろいろと生き辛くなってゆく。
柄は……そういった意味では胸を張って生きようとするタイプだった。
だからこそ、逆に褒められ慣れていない。“この子なら大丈夫”って親に勝手に思われてしまうタイプの子だからだ。
そして、なまじそういうことさえ受け入れてしまう子だから、他の姉妹が褒められていて羨ましいとは思っても、口には出さずに胸にしまう。
「………」
今日くらい、不満をぶちまけなさいと、無言で頭を撫でまくった。
いっそ甘やかしまくる気持ちで、後ろから抱き締めるようにして頭やその周辺を撫でまくると、自分から頭を突き出すのをやめて、完全に力を抜いて……やがて、眠った。
「………」
すぅすぅと眠る柄をそのままに、彼女越しに見る机の上の紙に、真名候補をオガーと書き連ねてゆく。
パソコンは使わない。こういうのは直筆で書いてこそだ。
「こういうのをあと50個近く……くっはぁあ……! 全国の名づけ親には頭が下がるな……!」
なにせ、イジメやからかいに繋がるような名前は避けなくてはいけない。
親が気に入ったからって、子供が受け入れるとは限らないのだ。
なので子供の立場に立ってみたり、自分がつけられた場合に喜べるか、そしてなにより読み方の違いでヘンテコなものにならないかを考えて……!
「……べつにイーノックだってロドリゲスだって、おかしな名前じゃないんだけどな」
つける対象にもよるってだけで。片方、一応天使に認められたメタトロンさんらしいが。
ともあれ考える。
このあと早速、丕……あーっと、うん。華煉や好蓮や桜花と外に食べに行くことになっているし、時間は出来るだけ取らないとだ。
なによりまず、俺の中の意識改革が必要だ。
娘として見てしまう自分を少しは引っ込めておけるようにしないと。
まさかなぁ、娘と結婚とはなぁ、と。まだ思わずにはいられないものの、それも意識して減らしていこう。
じゃないと、他人の子として生まれ変わるほどに思ってくれる相手に失礼だ。それが、たとえかつての娘でも。
「黄柄……柄……塚? 束……たばね? いや、それはない」
出来るだけ姓名や姓字の呼び方から離れたもののほうがいいだろう。
じゃないと、まだ見ぬ誰かと呼び方が被る可能性もある。
というわけで。
「刀の柄……いやいや、別に俺の名前を無理に入れる必要はないよな、やっぱり」
難しいな。相変わらずだけど、難しい。祭さんの文字も一文字だし、応用に使うにもどうにもこうにも。一つの祭りと書いて“かずさ”とか……いやいや落ち着け。
(いやでも、他にいい名前……いや、うーん……)
そうしてうんうんと悩んでいる内に、約束の時間になる。
時折誰かしらが来訪したらしいけど、声をかけても唸るだけだったとか。
ちなみにその誰かしらが七乃であり、膝に娘を乗せてうんうん唸る御遣いの噂が流れかけたが、そこは僕らの思春さんがシメ……もとい止めてくださり、事無きを得た。