ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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父親から彼になった日③

-_-/かずピー

 

 コーン……

 

「あー……その、華煉? 華煉~……?」

 

 華煉が卓に突っ伏してしまった。

 こう、なんというか……女性が突っ伏して泣くあの格好っぽいアレなアレで……ええと。まず、左腕を脇から肘まで卓につけます。その二の腕に右手をポンと乗せて、その右腕に目元を乗せるように突っ伏して、空いている左手を頭の上に乗せます。はい、女性泣きポーズの完成です。その際、二の腕に置く右手はポンとおかずに、自分の頭を抱くようにキュッと締めてもいい感じです。本人泣いてるけど。

 

「だ、大丈夫だぞ華煉。ととさまは、お前が熟女好きでも人妻好きでも応援する!」

「!? !? ───」

「あぁあああ! 丕姉さまに言葉の刃雨(じんう)が!」

「父さまさすがにあんまりです!」

「えぇっ!? 理解のある父になろうとした直後にダメ出し!?」

「ととさまぁ……状況をもっと考えようよぅ……。さっきの丕姉さまは、ひうっ!?」

 

 仕方ないなぁって顔で、人差し指をピンと立てた桜花が、七乃みたいに指をくるくる回し始めた途端、その指を華煉に掴まれた。

 目を真っ赤にしてジト目な彼女は、それでも眼光を腐らせたりなどしていない。涙目だけど。あら可愛い。

 

「よっ……ぐしゅっ……余計なことは謹んでもらいたいものね……。誰がいつ、私の代わりに想いを伝えろなどと言ったのかしら……?」

「あぅ……で、でも丕姉さま、またポカやらかしそうだし……」

「ほっ、ほうっておいて頂戴! ~……父さま!」

「え? は、はい?」

「私は女性好きなわけではありません! この心はあの日より今まで、ずっと、ずぅっと一人を想ってきました!」

「華煉───……お前、そこまで明命のことを」

「ちぃいがうって言ってるでしょうがいい加減本気で怒りますよこの鈍感大王!!」

「鈍感大王!?」

 

 かつての娘に鈍感大王言われた!

 や、やっ……だって目の前で飯店のおばさまへ向けた娘の熱烈告白なんてやられてみろ! あんなのの後に落ち着けってほうが無茶だろ!

 

「う、いや、解ってはいるんだっ、落ち着けっ! 今さらお前の気持ちを茶化すようなことを言って悪かった! で、でもだな、目の前で飯店のおばさまに熱烈な告白をしているかつての娘を見た俺の気持ちだって華煉には解らないだろ!」

「はぅぐっ!? ……~……で、ですからぁああっ……! あれはただの勘違いとか間違いとかそういった類のものでっ……! 私だって自分の気持ちを、欠片でも他の誰かに向けることを屈辱と思っているのにっ……よりによって……よりによって父さまの前で、あんな……!」

 

 言ってる途中で堪えられなくなったのか、再び卓に突っ伏して泣いてしまった。

 ……好きって言葉にこれほど想いを乗せられるって、素直にすごいと思える。俺も時代という名の遠距離恋愛は経験済みだけど、それだって何十年どころか1800年っていう華煉には負ける。

 だから、こればっかりは茶化すのは可哀想だ。やっておいてなんだけど。素でやっておいてなんだけど。混乱していたとはいえ、なんだけど。

 

「悪かった。ごめんな、華煉。焦っていたのは本当だけど、誤魔化しがなかったって言えば嘘になる。……ほんと、ごめんな。けど、もう大丈夫だ。父さん───いや、俺はきちんと、お前の気持ちから逃げずに、誤魔化さずに、受け止めるから」

「…………ぐすっ……ほんと……ですか……?」

「ああ。二言はないっ」

「本当に本当ですか……?」

「もちろんっ」

「じゃあ私と一番最初にその、いとなみ? してくれますか……?」

「おうっ! …………OH?」

「……やくそく、ですからね?」

「………………OH…………」

 

 その後。涙をぬぐいながら「さ、食べましょう」と匙子を動かす華煉を前に、今度は俺が女性泣きポーズで人生についてを深く深く考え始めたのは言うまでもない。

 好蓮や桜花に散々と慰められてもしばらく立ち直れず、けれど二人の“自分たちの初体験は最悪でしたから”という言葉に覚悟を決め、この北郷の持ちうる限りの経験を武器に、彼女を満足させることを胸に誓ったのでした。

 幸せにすると決めたのなら、そこから逃げるわけにはいかないのです。義務としてでなく、親としてでもなく、ただ一人の、女性の幸福を願う男として。

 

「……そうだな。いつまでも距離がどうとか言ってる場合じゃないもんな。俺も、もういろんな覚悟を決めてきた。その覚悟だって、いっつも自分に自覚や認識が不足していただけ、っていうのが毎度のオチだったんだ。で、多分それは今回もだ」

「父さま……?」

「解ったよ、華煉。俺ももう受け入れる。だから───」

 

 引き伸ばすのももうやめだ。全部受け入れて、その上で幸せにする。だから早速、今夜にでも───と。提案をしようとしてみれば、流れでなにかを察したのか好蓮と桜花が止めてくる。

 

(ととさまっ!? なんで急にそんなにやる気なのっ!? あ、えと、それが駄目って言いたいわけじゃないけどっ!)

(その通りです父さまっ……! 大体ここで真正面から何を言うつもりですかっ……! 言わなくていいと言っているわけではなく、言葉を選んでくださいっ、姉さまが気絶します……! 姉さまは基本、こういうことには疎すぎるくらいなんですからっ……!)

(いきなり言葉を選べと言われてもな……なんだ? つまり、華煉が引きそうなくらいの言葉を選べってことか? 疎いなら、それも相当に引きそうな)

(そ、そうだね、それがいいと思うよっ、ととさまがんばって!)

(姉さまは一度、心を落ち着かせてから挑むべきです……! ここで無理にその気になっても、きっとあまりの痛みに受け入れたことを後悔することに……!)

(……とりあえず、お前らのかつての相手に一層の殺意が芽生えたのだけ報告しておく)

 

 ろくなことじゃない。古くからの房中術云々なんて言葉があろうが、その術を身に着けている人がどれほどいるのかって話だ。

 学んでいたとして、実践出来る人こそどれほど居るのか。……いや、今は殺意もほうって、俺の言葉を待っている華煉に……こう、多少どころか一発で冷静になれる言葉を贈ろう。

 確かにさっきから真っ赤っかで、冷静じゃないところが確実にあるから。

 だから俺は、その言葉を頭の中でイメージして、先ほど彼女が俺の手を掴もうとしたようにこちらから手を引き寄せ、自分も傍にゆき、抱き締めつつ言ったのだ。

 

「なぁ・・・スケベしようや・・・・」

 

 あ、無理だ。なんかいっそかつて築いた親子仲まで崩壊するほどの何かが俺の中に走った。

 いろいろなものが終わりを告げる、無慈悲なる堕天使、もとい駄天使のハンドベルが脳内に響く中、華煉は顔を真顔にする───どころか真っ赤な顔のままに俺の背に手を回してきて、なにも言わずに静かにこくりと頷いた。

 

(((あれぇえええええええっ!!?)))

 

 俺を含めた、娘たちの困惑の絶叫が心に響いた。

 馬鹿な、ぬかりは無かったはず。完璧に、誰もが引く言葉を選んだ筈なのに! 引くどころか目まで潤ませて頷くって、何事!?

 

「ひひひひひ丕姉さまっ!? お気を確かに持って!? そんな、初めてのお誘いをそんな言葉で頷いていいの!?」

「言わせといてひどいなお前! 桜花きみちょっとそこ座りなさい!」

「あわぁあわわ違うんだよととさま! だって丕姉さまはいろいろ初めてなのに、よりにもよってそんな言葉で受け入れなきゃいけないなんて!」

「平気よ、禅。営みには少々抵抗があるけれど、父さまの言うスケベというのは“助平”、男女の愛の確認のことでしょう? 男女が普段思っていても中々口出せないことを互いに伝えながら、ゆっくりと想いを確かめ合うことだと聞いているわ」

「「「───……」」」

 

 うん。とりあえず、誰が教えたのかは解らんけど、その人物にはおしおきしよう。……俺達三人の思いは、今確かにひとつになった。

 

「華煉? それをきみに教えたのは誰だい? 父さんに教えてくれるかな」

「え? あ、はい……いつかの日、翠がえろえろ魔人だのすけべ大王だのと言っていたので、蒲公英に助平とはどういう意味かと聞いたら、今のような答えが」

 

 蒲公英ぉおおおおおおっ!! お前かぁああああっ!!

 似たような方向性なだけあって、ま~た桂花かとも思ったけど、“あいつがスケベを肯定的な意味で教えるわけないもんなぁもう!!”とか脳内が“どのようなお仕置きをしてくれようかァアア!!”と叫んでいる中、華煉は顔を赤くしたまま、潤んだ瞳のままに背中に回していた手を離すと、俺の胸にぽむすと顔をおしつけ、胸部分の服を掴んでこしこしぐりぐりと顔を擦り付けてきた。

 ギャアーアアアア罪悪感がひどぃいいいっ!! まさか受け入れられるとは思ってもみなかったから、実質これが華煉への口説き文句みたいなものになるわけで!! あっ……アーッ!! アアーッ!! いっそ殺してくれぇえええっ!! かつての娘への口説き文句がスケベしようやって! スケベしようやってぇえええっ!!

 

「好蓮……桜花……八つ当たりって解ってるけど、あとでお仕置きな……」

「えぇえええっ!!?」

「とっ、父さま!? それはあんまりではっ!? そそそれは私たちが言い出したことではありますが、内容を考えたのは父さまでっ……!」

「この反応見れば、引くとか関係無しに真っ直ぐなこと言ってやったほうがよかったって解るだろ……俺、今罪悪感がひどい……」

「うひぅっ……!? そ、それは、私もですが……!」

「ああ……あんなので幸せそうにしてる丕姉さまが眩しいよぅ……」

 

 桜花……言った俺もアレだけど、あんなの呼ばわりは心が抉られるから勘弁してくれ……。

 ともあれ、食事は温かい内に食べないともったいない。まだ俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてきている華煉の頭を撫でて、メシ食うぞーと合図を送る。と、ぽ~っとした顔で俺を見上げてきて……あの、やめてください可愛いから。ああもう、我が娘ながら……ああもう娘じゃなかった。えーと、慕ってくれる子ながら、なんでこう可愛いのか。

 少しずつ娘じゃない娘じゃないって言い聞かせてた所為もあってか、やたらとこう、可愛く見えて仕方ない。が、今は食事だ。勘違いとはいえ、華煉が熱烈告白をした相手が作ってくれた料理……ありがたく頂こう。

 

「でも、いいよね、ああいうの。ぜ……私の時は、相手は特になにも言ってくれなかったなぁ」

「ああ、それは私もね。あくまで次代の子を身籠るための相手でしかなかったということよ。愛を確かめ合うという意味では、素直に姉さまが羨ましいわ」

「うーん……言わなくても解るだろって態度が嫌いだったなぁ、私」

「ああ、それはあったわね。それで不都合があればこちらを睨んできたり」

 

 席に着き、いただきますを唱えてみれば、盛大なる男への文句が飛び交い始める。華煉はぽーっとした表情のままに箸を持ち、けれどその視線は俺に向けたままだったりする。

 

「そのくせととさまに知られることには怯えててね」

「それだ、あのびくびくとした態度! だというのに二人きりになると途端に態度を大きくして!」

「あの時の柄姉さまはすごかったねー」

「お陰ですっきりしたわね。男どもが黙りこくってしまって」

「うちべんけー、だっけ? とにかく、登姉さまと二人きりだと思って大きな態度で現れた相手を、柄姉さまが壁に激突するほど思いっきり殴った時は……すっとしたなぁ」

「私も、あの時は王の娘だからと気を張りすぎていたわ。問題を起こせば父さまや母さまに迷惑がかかると、我慢をしすぎていたのよ」

「それは私もだけどね。でも、考えてみるとあの頃からだよね、男の人が私たちを怖がるようになったのって」

「仕方ないわ。男どもがこぞって、嫁を見下していたのだから。婿になったなら上に立てるだなんて、どうして思い至ったのだか」

「ぷふふふふっ……柄姉さまの相手は、逆にいっつもびくびくしてたよね……!」

「行為の時にあまりの痛さに泣かされて、その腹癒せに“痛いだろこのばか!”と言って殴って、相手も泣かせたというのだから……くっふふふふふ……!!」

 

 そして……かつての娘達の会話が怖いです。

 いろいろぶちまけたいこととか、あったんだなぁって。

 代わりに、そういう相手が居なかった華煉は、妹たちの痛み云々に反応を示し、顔の赤みを瞬時に消して真顔になっていた。

 

「あなたたちの相手は、それほどまでに最低だったの?」

「あ、うん。やさしさもないし感謝もないし、いつもなにかに怯えながら、なんていうのかな、“相手をしていた”って感じの関係だったかな」

「好きになる努力もなく、本当に務めていたという感じでした。あれを見てしまえば、いっそ私たちも姉さまのように父さまを好きなままで居れば、と後悔したほどです」

「───それは、姉妹全員がそうなのかしら?」

「ひうっ!? え、えっと、丕姉さま……? 飯店で殺気はまずいよぅ……?」

「姉妹のほぼが同じ意見です。父さまと母さま方の関係を見ていれば、きっと幸せな筈だと信じてしまうのも、仕方のないことなのですが───それぞれの“父と母”のような“あそこまで”は期待していなかったとはいえ、それでも“こんな筈ではなかった”と思う者が大半です」

「そうだねー……私も、絶対に幸せになれるって思ってたのになぁ」

 

 ……あー……殺意が。なにをやっているんだあの頃の男たち……!

 幸せにするどころか後悔ばっかりさせて、それでいて報復受けて怖がって、って……ああもう情けない。

 怖いって部分なら、そりゃあ解らんでもない。静かに怒った時の魏武の大剣様とか、もう恐怖の権化だろ。けど、きみらの持つ恐怖はそういうのじゃないだろう、男達よ。

 ……大方、初夜の……行為の際、痛がったり涙したりした相手を見て、自分でも屈服させられるとか勘違いしてしまったんだろう。もしそんな理由を最初に行為をして経験した男に聞いて、前戯も半端にわざとそうしたというのなら、男が見下されていたことなんて、むしろ自業自得だとさえ思えてしまう。

 さらに言えば、自分までもが情けなくて仕方ない。そんなことさえ知らず、みんなとの別れや左慈との最後ばかりを考えていたのだから。

 

(……もっと、この娘たちのことも、考えるんだ。あの頃にしてやれなかった分まで)

 

 目を閉じて、いつかは完了出来なかった覚悟を胸に叩き込む。

 そうして目を開けてみれば……自分の見ている世界は、また随分と色を変えてくれた。

 ……女性を泣かせる時は幸せの涙を。歌などによくある言葉を思い出して、静かに笑う。そうしてから……穏やかな気分のままに、気づけば俺の顔を見ながらもくもくと料理を食べている華煉へ、苦笑を返すのだった。

 

「あ、あの。それで、父さま。その……すけべ、は。いつするのでしょうか」

「おぼっふ!?」

「うぶぅっふ!?」

 

 とほー、と溜め息を吐いてから、喋り疲れて飲み物を飲んでいた好蓮と桜花が噴き出した。そりゃあ、時折ポカをする以外完璧だった姉の口から、すけべしますか宣言とか相当驚くだろう。

 

「そうだな。戻ってからするか」

「えぇええええーっ!?」

 

 その直後の爆弾投下で、華煉を見ながらわなわなと震えていた好蓮が、こちらをゴキィと振り向いて絶叫。……のちに首の後ろを押さえながら静かに震え始めた。振り向くならバッと振り向く程度にしておきなさい。なんだいゴキィと振り返るって。

 

「えなぁああちょちょちょととさまっ!? え!? 戻って、って、えぇっ!?」

「は、はいっ、頑張りますねっ……!」

 

 で、俺の返事に幸せそうなはにかみ笑顔を見せる華煉を前に、好蓮と桜花は目をぐるぐるさせて俯いていた。

 

「……登姉さま……私、もう状況に付いていけないよぅ」

「くっはぁああ……! 痛……いたぁあ……! ───……えっ!? あ、そ、そうね、仕方ないわよ禅……! だって、あの父さまが、こんなに早く、この問題に対して決断を下すだなんて、誰も思わないもの……!」

「でも、これで丕姉さまも大人の階段を……」

「……母さま方が惚れ込むほどの相手が初めての相手……私も、我が儘で居ればよかったな……」

「だ、大丈夫だよぅ登姉さまっ、これからは、そうなれるんだからっ」

「……そうよね、そうだったわね。もう忘れましょう、あんな忌まわしい過去なんて」

「……でもやっぱり怖いから、丕姉さまの体験を聞いてからにしようカナ……」

「そ、そうね。それがいいわね。ごめんなさい姉さま……私たち、やっぱりまだ怖いです」

 

 華煉がてれてれと恥ずかしがってもじもじしている間、二人の妹はそんな会話をしていたらしい。らしいというか聞こえたんだけど……聞こえなかったことにしてやるのもやさしさだと思うのだ。

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