ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

28 / 79
父親から彼になった日④

 ……で、それからのでぇとだが。

 なんだか全員がもじもじしてしまって、親密になる~どころの話ではなく、それどころか好蓮と桜花が“夜は長いほうがいいから”という奇妙な理由で俺と華煉を押し帰し、中断みたいな形で終了。

 結果として俺の自室へと華煉とともに戻ることになり───部屋の中心で二人、見つめ合った。

 

「で、ではそのっ……ととと父さまっ、すけっすけけっ……」

「いや待て華煉、それはもう言わなくていい」

「けべっ!?」

 

 愛を確かめ合う行為=スケベって認識をしてしまっている華煉さんは、なんともアレだった。なのでなんとか落ち着かせようとするも、彼女はそれどころではないらしい。

 ああ、目がまたぐるぐる回ってる。色も変色したり戻ったりで忙しいし、けれど視線を外すのは不安なのか、頑張って俺の方をじぃっと見ている。そんな彼女の頭をぐりぐり撫でると、きしりと寝台に座り、隣をぽむぽむと叩いて着席を促す。特に抵抗もなくとすんと座った華煉は、なんだか楽しそうだ。

 

「それで、ええと、まずは手を繋ぐんですよね?」

 

 隣の少女は、教えられた知識を思い出すように、きちんと段階を踏んでの先へと到ろうとしている。そんな彼女にそれは違うというのも気が引けるわけで。

 ならばと、段飛ばしではあるけれど、そこまで不自然ではない方向から進むことにした。

 自分の手を見て顔をむずむずさせている華煉。その手をやさしく掴んで、引っ張るようにして彼女を胸に抱く。ぽむすと胸に納まった彼女は、「え?」なんて戸惑いの声を上げた。───その戸惑いが混乱に進む前に、自分の座っている位置を素早く変えて、軽く持ち上げた彼女を深く座った足の間にぽすんと落ち着かせる。

 そこまでしても「え? え?」と混乱している華煉の、握ったままの手をそのまま撫でて、後ろからきゅむと抱き締めた。途端、「はわわーっ!?」と、どこぞの軍師さまのような言葉が裏返って放たれる。

 

「とととっとと父さま父さまこれはあのそのスケベするにしても上級者向けと言うかわたったたたた私たちにはまだ速いのではいえもちろん父さまにこうされることが嫌なわけでは」

「だからスケベ言わない」

 

 月明かりしか灯りがない状態でも解るほど、華煉は見事に真っ赤だった。そんな彼女の頭を左手で撫でて、右手ではお腹辺りをやさしく撫でる。いつか、天下一品武道会の席で、星にやったように氣を込めて。

 すると俺と華煉の氣が混ざり合うようになって、やがて呼吸も同調すると、こうしていることこそが自然だと思えてくる。

 まるで熱の中で溶け合っているような、ただただ相手のことばかりを考えて……いや、自分のことのように考えられるのだから、呼吸が合わされば、自然と近しくなる。距離がどうと言うのではなく、ただ、近しく。

 そうして、俺達は語り合った。お互いがお互いをどう思っているのか、どう思っていきたいのか、様々なことを。心と体を繋ぐようにして、時に見下ろし、見上げられ、目が合えば微笑む。

 娘だった子だから大事にしたい、ではなく、この子だからこそ大事にしたいと意識を変えてゆき、それも波長を華煉に溶け込ませているからか、思いのほか上手くいく。

 次第に見つめ合う回数が増え、笑む回数も増え、照れる回数も増え。

 やがてどちらともなく目を閉じると、互いの唇が重なった。

 深くなく、ただ軽く触れるだけのくちづけ。

 華煉は“ほう……”と熱っぽいため息を吐くと軽く離れ、顔を赤くしたままに「す、すけべ……してしまいました」と言った。……だからやめなさい、ムードさんが全力で逃げてゆくから。

 

(───でも)

 

 華煉がこれで終わりだ、と思っているなら、それでいいんじゃないだろうか。これから先は、きちんと知識を得てからでも───

 

「せ、接吻をしてしまいました……! これで私にも、子供が出来るのでしょうか……!」

 

 前言撤回、このままこの娘を人々の前に出せば、質問責めにされたのちにキスして妊娠したとか言いかねない。なので驚かないように、ゆっくりと、ゆっくりと、行為を進めてゆく。

 

「……華煉。えっとな、言わなきゃいけないことがあるんだが」

「え……はい……?」

 

 幸せそうな、ぽうっととろけた表情で俺を見上げる華煉に、現実と事実を伝えることにする。ただ知らないだけなのだから、きちんと教えてあげればいいのだ。それはなにも悪いことじゃない。

 

「あのな、人は、これだけじゃ妊娠しないぞ」

「え……ですが」

「好蓮や桜花が言っていた痛みっていうのは、歯と歯がぶつかるとかそういうのじゃないんだ」

「そうなのですか……? あの……父さまはそれを、私に……?」

「お前はどうしたい? 俺は……でぇとの間中、ずぅっと自分の意識と戦ってた。常識がどうとか娘がどうとか。で、結論だ。常識で捉えれば問題は無いし、そもそも娘じゃ無くなってる。お前のことは大事だし、他の男に任せるのは嫌だって心から思っちまった。幸せにしてやりたいって……俺が、幸せにしてやりたいって思っちまったんだ。そこから問答を繰り返したってなにも変わらないし終わらない。だから───」

「だから……?」

「俺の判断が遅れた所為で、お前が別の誰かに泣かされるとか、そんなのは俺が嫌だ。“きっと幸せになる、平和になった国が育んだ男だから娘を幸せにしてくれる”。そんな考えはただの願望でしかなかったって思い知らされた。……全員が全員そうじゃないことくらい知ってる。それでもな、華煉。……俺は、女性が男に身を委ねる場面で、相手を傷つけることで優位に立とうとする男に、大事だと思う存在を任せて笑い続けられるほど、平和を過信しちゃいない」

「あ、の……それはいったいひゃうっ!?」

 

 みんなで辿り着いた平和があった。みんなで築いた平和があった。

 けれどそこには女性が優位である事実が当然としてあって、男は確かに肩身の狭い思いをしてきたんだと思う。

 でもだ。そんな女性が、“男に体を許す”なんて場面を復讐めいたことのために使うなんて、とても許せたものじゃない。時を戻せるのなら、その場所まで素っ飛んでいって、その下衆の顔面を力いっぱい殴ってやりたい。国の問題になる? 上等だ、娘を泣かす奴は敵である。

 ……華煉を抱き締めたまま、寝台にぽすんと倒れた。当然、足の間に座っていた華煉は俺の上に寝転がるように倒れる。

 

「は、はわっ、はわわわわ……! て、てをっ……手を繋ぐどころか腕を組んで、その上相手の上に寝転がるなんて……!」

 

 彼女の中で、彼女のスケベレベルが物凄い勢いで上がっているらしい。そんな彼女はもぞりと体を動かして、俺と向き合う形で俺の上に寝そべった。

 相変わらず目を潤ませて、なにかを期待して、なにかを恐れているような顔だ。あぁ、その、なんだろう。表情はどこかむず痒そうなのに、目は揺れている。そんな感じだ。

 

「……父さまは、私が───私たちが泣かされるのは、いやなのですね」

「ああ、嫌だ」

「では……父さまは幸せにしてくれるのですか?」

「おう、するつもりだけはたくさんあるぞ」

「…………あのですね、父さま。私たちは───……」

 

 くすりと笑って、華煉が言う。恐れはなく、嬉しそうな顔で。けれど、困惑も少しだけ混ぜながら。「父さまになら、泣かされたっていいと、思っているのですよ」と。

 

「華煉……」

「だって、父さまは泣いている人をほうってはおきません。泣いていると何処からでも現れるって、登が自慢していたことがありました」

「あ、あー……そうだな。で、慰めるはずが拒絶されて、後ろから蹴られるわけだ」

「それは言わないであげてください。登、とても後悔していました」

「今さら蒸し返したりなんかするもんか。でもな、華煉。俺は故意に人を泣かすつもりなんてこれっぽっちもないぞ? むしろ華琳に試しに怒ってみろとか言われて、やってみれば華琳が泣いたほどだ」

「母さまが!? あ、あぁああ、あのあの、あの、母さま、が……泣く……? 人前で……?」

「…………」

「…………」

「いやごくりって喉鳴らしてないで。べつに怒ったりしないし泣かせもしないって。言っただろ、幸せにしてやりたいんだ。偉そうに言うつもりもないし、上から目線で言いたいわけでもない。自分の在り方ってものを解った上で、支えたいし支えてほしい。一人で誰かを支え切れるほど、強くないからなぁ俺」

「あの、正気ですか父さま」

「この距離で正気を疑うのはやめてくれ、ダメージがひどい」

 

 息さえかかるほどの至近距離。そんな距離で父の正気が疑われた。

 え? ううん? 泣いてないよ? 僕強い子だもん。

 

「言いたいことは解るよ。誰があの頃の都を支えてきたと思ってるんだ、とかだろ?」

「当たり前です。父さまが居なければ、母さま方が亡くなってからの三国は様々な部分が崩れていました」

「ウワー、ソレハ初耳ダー。じゃあ俺が消えたあとの三国は、さぞかしガッタガタだったんだろうな~」

「…………父さま」

「はいはい、睨まない。……ここまで三国の在り方を引っ張ってきたお前が、ソレを否定しちゃだめだろ? まあ盛大なブーメランなんだろうけど、どれだけ頑張っても一人の力は一人の力なんだ。俺が出来たのは書類整理と見回り程度だった。その他をやってくれたのはみんなであって俺じゃない。柱ではあっても、全てを支えられたわけじゃない。だろ?」

「………」

 

 じっと俺の目を見る目は、納得なんて言葉とは無縁らしい。それでも、じと目とさえ取れるほどの苛立ちを含んだ目を真っ直ぐに見て、言葉を紡いだ。

 

「な、華煉。人が幸せになるために必要なものってなんだと思う? 溢れるほどの金か? 争いが一切ない平和な世界か?」

「……人、それぞれ……?」

「はい正解」

 

 正解者は抱き締めの刑だとばかりに、ぎゅ~っと抱き締めてやる。

 やっぱりはわはわ言って慌てるすぐ傍で、俺は表情を崩さないままに天井を見ていた。

 

「“その生き方”を心底嫌わない人が、小さな幸せのために手を取って、それで街が出来ている。街が重なって町になって、町が連なって国になる。そこから齎される幸せなんてのはさ、華煉。誰がそこを支えているかっていうのはもちろん大事だけど……たった一人に寄り添わなきゃ成り立てない世界なんて、結局どこか壊れてる。だから支えるものを支える人が居て、その人を支える人が居る。……幸せのかたちなんてのは、ただ隠れて桃を食って笑う。そんなことでだって噛み締められるものなんだ。そんなちっぽけを糧に生きるのだっていい。そんな些細を喜びにして生きる人だって居る」

「……私の喜びや幸せは、小さなことなんかではありません」

「そっか。それは頼もしいな。でも、“あの曹孟徳が泣くわけがない”なんて決め付けてる時点で、まだまだ視野はちっぽけだよ。“泣いてたら俺が必ず来てくれる”、なんて信じ続けるのもダメダメだ」

「あぅ……」

「で、だ。華煉? 今日のお前の目標はなんだった?」

「え? もくひょ───はぅ!?」

 

 間近で見る表情が落胆に変わる。いや、俺へじゃなくて、自分への落胆で。だと思いたい。

 

「はは、そうだなぁ……ズバリ、俺に女として見てもらうこと。じゃないか?」

「!? ~っ……」

「……やっぱりか。なのに泣いて俺の到着を待とうとするなんて、まだまだ甘え足りないんじゃないか?」

「───……」

 

 あぅ、と小さく呟いて、一瞬悔しそうな顔をするのだが……結局、なにも返せずに俺の胸にごしごしと額をこすりつけてくる。

 で、言うのだ。「今日の父さまは意地悪です」と。

 

「うむ。父とて人なのだよ、娘よ。だから、愚痴も吐くし泣きもする。……で、吐いたからにはこれで終わりだ」

「え?」

「嫌だと思うことも、苦しかったことも、辛かったことも……悲しかったことも。吐き出せばきりがないことでも、悔しいけどいつかは確実に思い出ってものになるんだよな。でも、確かにそれは俺の中にあるものだから、今さらそれを疑ったり否定したりはしない。それでいいって思える」

「あ、の……あの、え? あの……仰る意味が……」

「幸せにしてやりたいって思って、他のやつには任せたくないって思って、他の誰かがお前の傍に居る光景を想像したら、嫉妬だってした。答えはそれだけでいいんだって、納得する。だから」

「だから……?」

「今から、本当の子作りをする。あ、嫌だったら全力で抵抗すること。痛かったら我慢しないこと。やめてほしくなったらすぐに言うこと。いいな?」

「………………」

 

 抱き締めたまま語りかけると、すぐ傍で頷く気配。

 背中に回していた左手を、自分の左肩に顎を乗せるようにしている彼女の頭に乗せると、そのままもう一度抱き締めた。

 

「けれど、父さま……。その、お恥ずかしながら、私は父さまの仰る“本当の子作り”とやらのやり方がまったく解りません……」

「……昔の日本じゃ、こういう時は天井のシミ云々を言うらしいけどな」

「天井の染みを……? ええと、どうするのでしょうか」

「数えればいいらしい。その間に終わってるって、そういう文句だ」

 

 月明かりを頼りに天井の染みを数えろというのは、結構難しい。月明かりがたくさん差し込む場所ならまだしも、そう上手くはいかないもんだ。

 そして我らが娘達は、書物などを読む速度が速読並みだ。案外あっという間にシミの数さえ確認してしまうのではないだろうか。

 

「……嫌です」

「うん?」

 

 きゅむ、と抱き締め返される。考え事の途中でダメとか言われると結構驚くもので、すぐ横にある華煉の顔を見てみれば、その顔は少し膨れっ面だった。

 

「どうしてそんなことを言うのですか。父さまとする初めての行為なのに、その間中、天井なんてものに意識を向けておけと言うのですか? 嫌です、冗談じゃありません、誰なんですかそんな世迷言を言い出した人は。私が直々にその愛から目を逸らす根性を叩き直してくれます……!」

「俺、この文句にその返し方をする人、初めて見た」

 

 それでも華煉に取っては大事なことらしく、俺を抱き締める腕に強い力が込められてゆく。俺はといえば、そんな彼女の頭をやさしくぽんぽんと叩いて、落ち着きなさいと宥めてゆく。

 

「あぅ……それは、父さまは経験豊富だから余裕があるのかもしれませんが……」

「余裕ナイヨ。イロイロナ葛藤、殺シテイルトコヨ」

「え?」

 

 いざとなれば緊張はするし躊躇もする。が、今や自分が唱える心の問題以外に、常識的な問題などなにもない。

 血の繋がりだって従妹どころの薄さじゃないし、年齢の問題だってない。あるのは、俺が彼女らへ向ける“娘とそういう行為”をという躊躇だけだ。

 娘達からしてみれば迷惑この上ないこと……───というか、娘達にそういう葛藤がないのが驚きなくらいだ。それとも───あるんだろうか、彼女らにも、そんな葛藤が。俺みたいに頑張って、“娘”ではなく“彼女”と意識する、なんてことをしていたりするのだろうか。

 

「………」

 

 考えても仕方のないことを、軽く溜め息を吐いて頭から追い出す。今するべきことはそんなことじゃないし、かといってそれを誤魔化すために抱き締めるのも違う。

 ならどうするのか? ……より、溶け合おう。理解しよう。考えるだけじゃなく、きちんと訊いて、知って、氣も、体も、心も、全部を溶かして混ぜ合わせるように重ねてゆく。

 そんな考えが多少の違和感や動きとして、氣を通して伝わったのだろうか。華煉は少しみじろぎをするも、自らも一層に抱き付く力を強め、こくりと頷いた。

 

「………」

「………」

 

 やがてどちらともなく、申し合わせていたかのように動いて……くちづけを交わし、氣を、心を、体を、ひとつにするように溶け合わせていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告