ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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離れない猫っぽいなにか①

番外のはち/最初に猫が叫んで、最後にデレた猫が拗ねるお話

 

 チュンチュン、チ、チチチ「エサにゃああーっ!!」ヂュチィーッ!? ヂーッ! ヂチーッ!!

 

「………」

 

 最悪の朝を迎えた気分だった。とりあえず体を起こして窓まで駆けて、開け放てば「逃がしてやりなさいぃいいっ!!」と絶叫。

 朝っぱらから息を荒げて、溜め息とともに自室へと視線を戻せば……今の絶叫で起きたのか、上半身を起こした状態で顔を真っ赤にして、布団で体を隠している華煉。

 ……さて。そんな状況からでも解るように、今の俺は裸なわけで。

 

「………」

 

 なんかもういろいろ最悪だった。

 けれど華煉はくすくすと笑うと、「本当に退屈だけはしない場所ですよね」と言う。そんな事実を真っ直ぐに言われてしまえば、“まったくだ”と素直に相槌をうつしかないわけで。そんな俺の反応を見て、華煉も昨夜を思い出したのか、なんというか表情をとろけさせていった。

 とはいえさすがに服を着ないでいるわけにもいかず、新しい服を装着。

 昨夜……行為のあと、堂々と風呂に入る時間でもなかったため、桶に水を持ってきて体を拭いたりもしたのだが……拭いている最中にスイッチが入って、何度目かの行為に走ったのは秘密だ。

 ……アノ、ハイ。一度では離してくれませんでした。

 いっそ力尽きるまでやった気さえする。一応言い訳をするなら、体を拭いていた時にスイッチが入ったのは華煉であって俺じゃない。

 まさかエロスに積極的な性格だったのか───!? と怖くなったりもしたが、えーと……あー、その、なんというか。自分の中に俺が居る、ということに比類なき幸福を感じるのだとか。

 ……実際、繋がっている時は幸せ笑顔で涙をこぼしていたほど。その涙も痛みの所為じゃなくて幸福からくるものだというのだから、かつての我が娘ながら、どれほど俺が好きなのか。

 

「で……なぁ、華煉。本当に大丈夫だったのか? 痛みとか───」

「…………」

「華煉? 華煉ー?」

「…………」

 

 ……だめだこれ。完全に幸福状態だ。

 話しかけても返事をしないくせに、俺が移動するときっちりと視線で追ってくる。

 いつも通り頭の上で手を弾ませてやれば、正気に戻るだろうと手を伸ばせば、その手の指がはむりと銜えられた。

 

「………」

「…………」

 

 すぽりと抜いて、今度は左手で……銜えられた。

 ならば同時で───と両手を伸ばすと、右手人差し指を銜えられ、左手は両手でハッシと掴まれた。その上で、頬にまで持っていかれてすりすりぺろぺろ。

 その瞬間、湧き上がる感情をなんと唱えましょう。

 ちなみにこんな状態のために、華煉は服を着ていない。俺が着替える中、ずーっとぽーっとしたまま、俺のことを見つめていた。

 で、布団を押さえていた手で俺の左手を掴んだわけだから……その。ぽすりと布団は落ちるわけで。咄嗟に抱き締めて、布団を掛け直してやろうとする。なにせ窓が開けっ放しだ。朝の見回りやら、あの時代では結構聞き耳立てていたりしたどこぞの昇り竜さんとか、覗いていないとも限らないわけだから。

 なのに、片手で抱き締められ、布団に手をかけた俺を見て、華煉の表情が“ふわぁあっ……”と花開くような自然さでとろけた。いやちょっと待て違うこれは誤解だと言う暇もなく、首に腕を回され、キスされた。……こんなことをされてしまうと、抱き締めてめっちゃくちゃに撫で回したりしたい衝動に駆られてしまう。

 そんな、“ペット相手にわしゃわしゃする”みたいな衝動は正常じゃないんじゃ……なんて理性が働こうとするも、心の中の大人な自分が“可愛いのならいいじゃないか、実にジャスティス”とサムズアップをした。

 ……で。そんなアホウな自分を吹き飛ばすかのように、耳に届くはドタバタ音。ギクリとして華煉を剥がしにかかるが、離れたのは唇程度。華煉は不安そうな顔で、それでも頬は染めたままに首を傾げて───

 

「父! 朝だぞ! 真名は考えてくれたか!? 素晴らしい閃きがあったのなら是非聞かせキャーッ!?」

「キャーッ!?」

 

 ───そして。ノックもせずに、覗くことも見回ることもせずに堂々と現れた柄さんに、そんな場面を目撃されたのでした。

 ああ、もう……ほんと退屈だけはしない。いろいろな意味で。

 

……。

 

 なんかもう幸せ笑顔で俺を見つめたまま動こうとしない華煉さんを、とにかく苦労しながら着替えさせると、とりあえず換気のために窓やら扉やらを開けっ放しにしたまま中庭の東屋へ。卓の傍の椅子に、俺の体に抱き付いて離れない華煉をちょこんと座らせ、なんとか自分の体を逃がしつつ落着。手に届く範囲から俺が離れると、やはりこちらをじーっと見つめたまま、ぽーっととろける華煉さん。

 

「父……なにがあったのだ……。あの丕ぃ姉があんなにとろけるだなんて」

 

 当然、柄にしてみれば謎だらけの現状。でも“ちょっと考えれば解るんじゃ……”なんて思ってしまうあたり、俺も随分とその、経験がいきすぎていると感じてしまう。

 

「むう……まさか子作り……? 裸で抱き合っていた時点でそうなのだろうかとは考えたが……いや、あんな痛みしかないもので、あんなにとろける筈が……。あ、いや待てよ? そうか、昨日の父とのでぇとが思っていたより楽しくて、それを噛み締めているという可能性が……。そうだな、今朝は寒かったものなぁ。この時代では寒くなると裸で暖める風習があるそうだし、なるほど、理解した」

 

 時々、宅の娘はアホなんじゃなかろうかと思う時がありますが、それで納得出来るならむしろそれで頼みたい。そう願うと、そうならないのが世の常である。なのでアレだ。えーと。

 

「いや、子作りだ」

 

 男の道を魁る。

 願い通りにならないのなら、あえて進もう男道。

 と、そんな軽い考えとは別に、華煉があんなに幸せそうな顔をしている事実を否定してやる気にはならなかった。ならなかったんだけど───

 

「なんだってあの父が!? とうとう踏み込んだのか!? 踏み切ったのか!? しかも初めての相手が丕ぃ姉!? いやそれ以上に……馬鹿な! 子作り!? あれであんな幸せそうな顔になるなど!」

 

 反応がいちいち忙しそうでした。俺の服をぐいぐい引っ張って、教えろ教えろと何度も言ってくる。

 ……教えろと言われても。

 

「よし、じゃあひとつ約束しよう」

「おおっ、なんだ!? 実践するなら今すぐでも平気だぞっ!? 痛かったらグーで殴はぶぅぃっ!?」

「……実践禁止って言おうとしたんだ、ばかもの」

 

 目を輝かせて服を脱ごうとする柄にデコピン一閃。途端に「何故だ!?」とか言い出す。何故だもなにもあるか。

 

「お前な、相当痛がってた上に、相手を殴ったそうじゃないか。なんだってそんな、実践することに前向きなんだ」

「考えてもみてくれ父よ。あの母がだぞ? 私が父とそういう行為をする時が楽しみだとまで言ったんだ。忌々しいがあれ以来、その謎に対して頭を痛める日々だ。ならばもう父にそれをしてもらったほうが簡単に答えが出るではないか!」

「で、痛かったら殴ると」

「一方だけ痛いなんて不公平だと思うのだ。あ、そうだ。おーい丕ぃ姉ー! 丕ぃ姉ー!? 少々訊きたいことがあるのだがー!」

 

 お祭り前日の夜みたいにわくわくが止まらないらしい、宅の柄さんがとっても元気だ。未だにぽーっとしている華煉のところまで行くと、早速質問責めにしている。

 けれどもぽーっとしたままあくまで俺を見つめている華煉は、柄の言葉も右から左。試しに俺の姿を柄の姿で隠してみた。

 

「どうだったのだ丕ぃ姉! やはり激痛が走り苦痛しかなく絶望しかない時間を味わわされたのか!? それをでぇとの時間を思い出すことで幸せに浸っているとかおほう!?」

 

 その瞬間、柄がボディブローを喰らってその場に蹲り、その先には俺の姿を確認するや、ほにゃあと表情を緩ます華煉さん。

 ……あの。眼下で妹が蹲っておいでですよ。心配してあげてください。あと柄、きみもそれ、女の子が出す悲鳴じゃないからね? 喩えをあげるなら、世紀末覇者拳王あたりが出す言葉だからね?

 

「ぐふっ……馬鹿な……! 如何なる時にも奇襲に備え、腹に力を込めているこの黄柄の守りが、かくも容易く……! うひゃあっ!?」

「どこが奇襲に備えてるんだ。簡単に後ろを取られてるじゃないか」

 

 蹲った柄の脇に手を差し込み、ひょいと持ち上げて立たせる。その過程、腹に手を添えるとすぐに氣での癒しを開始して、痛みを和らげてやった。

 

「お、おおお……すごいな父は。さすがの私も父には勝てる気がしない」

「俺は祭さんにはなかなか勝てないけどな」

「だったら今が好機だぞ父よ! 母め、急に二つになった氣に未だ戸惑っている! そこをつけば、今の父ならば……! はぷっ!?」

「守りたい対象を俺が狙ってどーするんだ、ばかもの」

「うぅう……痛いぞ、父よ……。痛いのは嫌いなんだ、やさしくしてくれ……」

 

 デコピン一発で涙目になるほどか。そう思いつつひょいと体を横にずらせば、立っていた場所を通り過ぎる鋭い正拳。不意打ちのつもりだったのにあっさりと躱されたことに驚き、一瞬身を硬くする柄の突き出された拳の手前、その手首を取ると、彼女が反射的に振り払おうとする動作を取る。瞬間、わざと手を離す。で、振り払う動作にも当然体重移動があるわけで、その瞬間を逃さず体重が乗っていない方の足をぱしーんと払うと、

 

「う、わ、わわっ!?」

 

 柄は咄嗟に卓に手を伸ばして倒れまいとする。そんな彼女を後ろから抱き、とすんと椅子へ着席。当然、柄は膝の上だ。

 次いで、呆然とする柄の頭を「いい子いい子~♪」と撫でると、がっくりと落ち込みだした。

 

「うう、遊ばれている……! 生まれて、動けるようになってから鍛えに鍛えたというのに……!」

「まあ、なんていうのかな。いろんな外史のいろんな国で学んだことがあるとしてな? 俺はその時、教えられてもな~んにも、これ~っぽっちも解ってなかったわけだ。“俺に氣が使えるわけがない”とか決め付けてな。で、それらの外史の俺が全部くっついてみれば、“そういうことか”って頷けることが、それはもうたくさんあったわけだ。経験だけなら外史の数だけあるから、そう簡単には負けてやれないんだよ。むしろ、わざと負けると左慈がうるさい」

 

 “貴様俺以外に負けるなど死にたいのか!?”とか普通に開口一番で言ってくるお方ですから。

 どこからどう飛んできてるのか、たまにふらりと訪れては戦えとか言ってくる。“日々への鬱憤を俺との大乱闘で晴らすのが、彼のストレス解消方らしい”って于吉が言ってた。

 俺はといえば……外史の数だけ馴染んだ氣脈も落ち着いて───今や、華佗が言うには全身氣脈状態なんだとか。いや、散々と氣脈は鍛えてきたから増えるのは構わないぞ? でもなんなんだ、髪の毛一本一本にまで氣脈とか。歯の一本一本、舌にまであるとか。その気になれば口からイレイザーガン撃てるのか俺。

 

「………」

「父?」

 

 膝の上の柄の頭を撫でつつ、柄の氣と同調させていた自分の氣に意識を向ける。

 視界の端では、先ほどまでぽーっとしていた華煉さんが頬を膨らませていたりするが、こういう時の女性というのは触れると爆発するので、相手が少し状況に慣れるまでの時間を待ちましょう。なお、慣れさせるつもりが、ただただ嫉妬を膨らませるだけの女性もおりますので、冷静になるのを待つか、即座に誤解を解きに走るかは、相手の女性の性格で決めましょう。……え? 俺? ……相手が多すぎて、もう悟りを開く以外に道がないよ……。

 ああ、あと同調もしてるし、昨日華煉にやったみたいに相手のお腹に右手を添えたりもしているが、べつにこれから昨夜のような行為をするわけじゃない。あくまで同調しているだけなので、べつに頬を膨らませる意味はないんだぞぅ華煉ー。

 

「なぁ柄。ちょっと試してみたいことがあるんだが」

「……、お、応。覚悟は出来ているぞ、父よ。黄公覆が一子・黄柄は、決めたことからは逃げ出さない」

「え? ……そ、そうなのか。もしかして一緒にやるのか?」

「当たり前だろう。そもそも、見ているだけで動かないのは性分ではなかったのだ。今回は積極的にいきたいと思う」

「……まあ、やったことのないことに前向きになるのって大事だよな。やろうと思ってもなかなか出来なかったりするし」

 

 ましてや今回のはコトがコトだから。そう言って、立ち上がるのと同時に柄を隣に下ろした。

 ───さて。では始めよう。

 柄を促して東屋から下り、中庭の中央へ。そこで「じゃあ始めるか」と言うと、柄は驚きという感情で顔をいっぱいにした。

 

「ここっ!? こっ……───こここここでするのか父! そういった経験がある者は少なからず居るとは、それはまことしやかに囁かれていたりはしたが……!」

「した奴が居るのか!? お前が“まことしやか”とか言う以前にそっちに驚きだ!」

「し、失礼だぞ父! 私だって勉強している!」

 

 しかしそうか、既に経験者が居たとは……。誰だろう、春蘭あたりなら確かに、やろうと思えばあっさり出来そうではあるのだが。

 想像してみれば“ああ”と頷ける。驚きはしたけど、逆に頼もしいかも。経験者が居るのなら、やってやれないことなんてないはず。

 

「しかもこんな朝早くからなど……みみみ見てくださいと言っているようなものでは……!」

 

 柄が顔を赤くしてぶちぶち言う中、俺は足を肩幅より少し多く開いて、グッと重心を落とす。……と、それに気づいた柄が同じポーズをとっていく。

 

「父? その……これは準備運動かなにかか?」

「え? あ、あー……たしかに似たようなものかもな。こう、腰周りをほぐすつもりで、一気に力を込めてから脱力させるんだ。その繰り返しを軽く何回かすると、氣の巡りもよくなる。それに、体の緊張っていうのは力を込めてから緩めた時が一番やわらかくなるからな。それを利用して、体の部分部分にポンプを作ってやるんだ」

「? ……よく解らないが、なるほど。そうだな、腰周りは柔軟にしてやらないと、いざという時に痛そうだ。それをこうすることで、痛みを和らげる……もしや私のために考えてくれたのか? ……うん……その。やはり父はやさしいな……」

「?」

 

 ハテ。なにやら柄が頭の後ろを掻いて、えへへと笑っている。普段が男勝りなためか、たまに見せるその笑顔の可愛いこと。

 そんな笑顔を見ると、決まって頭を撫でたくなる───けど、今は堪えよう。

 ともあれ軽く氣脈を伸縮させて、氣の巡りを良くすると、いよいよ実行。

 まずは前傾。足は蟹股くらいにまで開いたまま、大きく猫背になるほど体を前に曲げ、腕は輪を作るように前方に構え、手は握り拳。この時、氣は足と手に充実させましょう。

 次に体を一気に起こして、手首を額の上辺りでクロスさせます。先程やった伸縮の容量で一気に氣を背や胸部に移動させます。もちろん螺旋のイメージは忘れず、移動させるだけでも回転エネルギーを加えることで勢いをよくしましょう。

 最後です。背や胸に溜めた渦巻く氣の塊を、喉から口にも存在する気脈を通して爆発させる。足は蟹股、腕は斜め下に一気に下ろすことで撃鉄の役割を与え、握り拳のままのそれが、丁度腰と水平に下りたところでそれは放たれた。

 “グワッ!”と放たれた氣の輝きは光線状となって空へと飛び、やがて消えた。

 名を、リクームイレイザーガンと呼ぶ。

 

「…………ふう」

 

 額に滲み出た汗を、手の甲で拭いながらイイ笑顔。

 かめはめ波に続き、まさかイレイザーガンまで出来るとは…………氣、すげぇ!

 フハハハハ見よ! 我ら北郷集合体の中に眠る子供北郷も燥いでおるわ! ……肉眼で確認することは不可能でした見よなんて言ってごめんなさい。

 

(出すぎだぞ! 自重せよ!)

(も、孟徳さん!)

 

 そ、そうだな、落ち着こう。

 燥ぐ心には隙ばかりが生まれます。ほら、今だって口をあんぐり開けて、なにをやっているんだこの人はって顔で俺を見ている柄さんが。

 

「父! なんだ今のは! すごいな!」

 

 かと思いきや、ただ驚いていただけだった。再び目をきらっきらさせて説明を求める柄は、なんかもう好奇心の塊みたいな感じだ。

 

「今のはあれか!? 行為の前にあらぶる気持ちを落ち着かせるための氣の解放とかいうものか!? いやしかしあんなものを見せられてしまっては、私のほうが落ち着かないのだが……!」

「? 行為って?」

「? いやいやなにを言っているのだ父。今からここで、丕ぃ姉にした行為を私にするんだろう?」

「?」

 

 華煉にした行為? ここで華煉に───

 

「腹に氣の衝撃でも与えたあとに拳骨をすればいいのか?」

「それではないぞ父よ!?子作りのことだ子作りの!」

「柄さんちょっとそこ座りなさい」

「しひぃっ!? え、やっ……ち、ちちち父……!? なぜっ……なぜここで怒気を……!? 困惑しているのは私のほうなのだが……!?」

「はぁあ……“ここでする”って時の悶着がおかしかったと思ったら、そういうことか……。あのなぁ柄、いくらなんでも───」

 

 いくらなんでも───…………

 

「………」

「…………父……?」

 

 その時、この北郷にとある記憶が蘇る。

 景色は外。暗い。目の前に白蓮。誰かに探されている最中だっていうのに盛り上がって、その……アゥワワワ……!!

 愛紗もそうだし桃香もそうだし愛紗もそうだし霞も華琳も稟も……! ああいや、愛紗が二つあったのは間違いでもなんでもなくて、桃香が居ない外史の……ってそういうのはいいからっ! それよりもだっ!

 ───やってるじゃないか! やっちゃってるじゃないかぁああ! “いくらなんでも”なに!? いくらなんでも外ではしないって!? 馬鹿をお言いでないよ! そもそも華琳の時だってゲッフゴフゲフッ!!

 

「………」

 

 心の中が盛大に咽せた。お、落ち着こう。な、落ち着こうじゃあないか……狼狽えるんじゃあない! 北郷警備隊はうろたえないッ!

 そうだ、一つ一つ冷静に考えるんだ。そう、“いくらなんでも”だ。お外であげなことそげなことをそんな……ねぇ? 大丈夫、思い返してみれば、案外大した数でもないことが証明されるさ!

 大丈夫!

 大丈夫……!

 だ…………ダイ……

 

(…………)

「父!? どうしたんだ父! 急に顔を覆って!」

 

 結構なお外率に泣きたくなってきた。両手で顔を覆って、しくしくと泣きたくなってきた。

 なにやってるの様々な外史の俺……! いや人のこと言えないけど。むしろみんな俺だけど。

 

「柄!」

「ひゃうっ!? は、はいっ!」

「……どこからでもかかってきなさい」

「何故この話の流れで鍛錬に!?」

 

 声が裏返るほどに予想外だったらしい柄だったが、直後に素直に攻撃を開始してきた。

 その行動ひとつひとつが素直で真っ直ぐ。けれど隙が多いかといえばそうでもなく、恐らく最後の最後、于吉が引き連れた道術兵を相手にした緊張感を糧に、何度も磨いたのだろう。そこにはきちんと“ただの鍛錬”を続けただけじゃ得られないなにかがあって、振るう拳や足の鋭さに笑みが浮かぶほど。

 もちろん柄との鍛錬はこれが初めてじゃない。それにしても、体捌きが上手くなっていると感じる。それはもちろん───

 

「ほら柄っ、そこでわざわざ構え直さない! 構えに意識を取られすぎだ!」

「応っ!」

「相手から意識を外さない! 不利になる反射的動作は経験で潰していけ!」

「お、応っ!」

 

 ……左慈との死闘はもちろん、その後も左慈との戦いをイメージした鍛錬、実際に左慈との仕合を続けた俺が、それを想定した鍛錬を教えているから……だろう。

 半ば八つ当たり気味に始めた鍛錬だったけど、柄はいつしか真剣な目になって、俺も普通に没頭していった。

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