番外のきゅう/酒は飲めずとも名を傍に
-_-/黄柄
私は、自分で言うのもなんだが“女性としての幸せ”とやらを知らない。
女として産まれてなにが良かったのかさえ知らない。むしろ“いいことなんてないだろ”とか思っていたものだ。
月のものが来れば気持ち悪いし、いらいらするし、子を産むために抱かれてみれば気持ち悪いし痛いし、子を宿せば重いし気持ち悪いし痛いしいらいらするし、産む時も苦しいし痛いし気持ち悪いし……なんだかなにもかもが作業みたいでつまらないものだった。
そこに好奇心はあったかと訊かれれば、義務で動くものに望むものなぞ無かったとだけ答えよう。
ようするに私は女性らしい女性としては育つことが出来ず、だから女性としての幸せなんぞを得られなかったのかもしれないが、それはそれとして置いておきたい気持ちはもちろんある。
相手があんなつまらない存在ではなければ、きっと楽しいなにかがあったに違いないと思うのだ。
だって、母は毎日楽しそうだし、他の母もとても幸せそうなのだ。
それを齎しているのは誰だと問われれば、私はもちろん、他の誰であろうと“父”の名を挙げるだろう。
そんな時に思うのだ。何故自分は娘に産まれてしまったのかと。
別に母の娘でいることに不満はない。むしろいい目標だと胸を張れるし誇れる母だ。
けれど父は違う。父も目標に出来るし胸を張って誇れる素晴らしい父だが、父であるからには伴侶として立つことは出来ないだろう。
探せば探すほど、世には父ほど素晴らしい男が居ないのだ。そうなれば、己とともに歩むこととなった男と父とを比べてしまうのは当然だ。
ああもちろん、そんな感情をあの男の前で見せたことなどなかった───……いや、見せなかったからこそ、歪んでいったのかもしれないが。
私のもとへ来るまでは、奴は男の中では“なんでも出来て優秀”だったらしい。が、城へ来てから全てが変わった。
自信が叩き折られ、卑屈になるまでには時間は必要なかったのだ。優秀であったが故に、挫折のような面倒なものを知る機会がなかったのだろう。
なにかにつけて文句を口にして、なにかといえば私に勝とうとする。
それでなにか一つででも負けてやればよかったのかもしれないが───生憎と私は手を抜いてわざと負けるなんてことはごめんだったので潰した。
“加減も知らないのか、この猪が”なんて、息を切らせながらついてしまったらしい悪態に、“これでも足りないのか、贅沢だな”なんて言ってみれば泣かれた。
まあ、なんだ。
人の悪口を言っている暇があるのなら、その苛立ちを少しでも鍛錬に向ければいいものを。
己の練磨も怠って、文句しか口に出せないのなら、最初から諦めてしまえばいいのに。いや、違うか。諦めず、妥協したからああなったのか。
辛いことから目を背けることほど楽なことなどないのだ。背けたからといって、それからが楽になる、などということはあまりないのに。
そうして日々を送る中、初めての行為で相手を泣かせた、なんて情報をどこかから得たんだろうな。姉妹の旦那のほぼがその情報に躍起になり、前戯もそこそこに貫いたと聞いた。
阿呆だろう。反撃がないとでも本当に思ったのだろうか。
当然殴った。殴るだけでなく、真正面から相手の性根の小ささを存分に指摘して、私が痛みに震えた瞬間にへらりと笑ったその最低の自尊心を破壊してやった。
姉妹間でそんなことが何度も起これば、女からの評価がどれほど下がるか、などてんで考えなかったのだろうなぁ。
結果として男に抱かれたいなどと思う女は劇的に減少。一時期少子化問題も起こったほどらしい。
城の関係者はどうあっても子孫を残さねばならなかったため、苦労はしたが。
つまりあれだ。
私は、男という存在には期待しなくなった。
なにかにつけて言い訳を盾に、逃げることしか考えない。
この時代の男は特にそうだった。
あの頃は~などと懐古するのもちょっとあれではあるものの、あの時代ほど気骨のあるものは居ないのだと理解している。
まあ、平和になってから生まれた男は、それはもうなよなよした輩ばかりではあったが───それも仕方ないのだろう。
この時代に来てから解ったことがいくつかある。
男は強者に憧れる。時代の英雄というものに、強く強く。
けれどそれは、その英雄が男であった場合が多い。女性の英雄に憧れて強者を目指す男は酷く少なく、またそれらを理由にからかわれればあっさりと掌を返す始末。
憧れ、と名をつけるにはあまりにも粗末な感情だなと、関平が溜め息を吐いていたのを覚えている。
だから、まあ。
男が憧れたのは男の英雄。
北郷一刀という天の御遣いに、男性は確かに憧れた。
ただしその憧れという点は強さよりも、女性に囲まれた生活を指していた部分が多い。
まあ、仕方ない。父は好んで自分の強さを書き残そうとしなかったし、周囲にもそれらしい文献を残すことを嫌がっていた。
故に、男たちは父がどれほど強いかを知らない。
書物を適当に読み漁っても、女性らに慕われていた、程度のことしか興味を持たれなかっただろう。
それについては私たちが悪い。父がどう言おうとはっきりと書き記し、遺しておくべきだった。
いくら“呂奉先の力に迫るものが~”とか書こうが、書いた者が一人で、なんというか適当に書いたような部分まである文献を真実と受け取るものが、果たしてどれほど居るのやら。
琮とは一度よく話し合うべきだと思う。
……ろくに文献も残さなかった私が言っても、説得力に欠けることではあるのだが。
……。
そんな話は置いておくとしてだ。
現在、私は父の膝の上で行儀良く正座をして
「あの柄さん? なんで正座なの? 普通に座りなさい?」
怒られてしまった。それはそうか。
「ふむふむ」
父の肩を借りて軽く体を起こすと、そのままぽすんと父の腿の上に座り直す。うん、やはり父の足の上はいいな。よく解らんが、安心する。
いや、それにしても父の自室で静かな時間を過ごせるというのは珍しい……───ああいや。禅には一度、雨降りの日を提案されたことがあったか。
結局大して時間が合わず、実行には移れなんだが。
「で、俺はどうしたらいいんだ?」
「おおそうだった、丕ぃ姉にしていたのと同じことをしてくれ」
「………」
あ。父が物凄く微妙な顔をした。いつもの困っている顔だ。いつもってつけられるあたり、父は実に苦労人だ。
「って言ってもな、たぶん普通にやられても鬱陶しいだけだと思うぞ?」
「? 何故だ? 丕ぃ姉はあんなにとろけていただろうに。きっと私もとろけられるに違いないっ」
「あー……なんて説明したらいいやら」
困った顔のまま呟きつつも、父は行動してくれた。
抱き締めた状態で頭を撫でたり背中をさすったり、氣を同調したりして。
けれどなんというか、よく解らん。
んん? 丕ぃ姉は、こんなもののなにがそんなにいいんだ? それは確かに、父に頭を撫でられるのは嫌いではないし安心さえするが。
疑問を孕んだ目で、父が言うところの“あだまんたいまい”な丕ぃ姉を見てみる。……と、先ほどまで頬をぷくっと膨らませていた姉は、何故か───「……ふふんっ」───と、勝ち誇った顔をしていた。
な、なんだあれ。よく解らないけど悔しいぞ?
「ち、父! もっと心を込めてやってくれ! 丕ぃ姉がとろけたのに私がとろけないのはおかしい!」
「いや、だからな? あれは華煉だからああなったっぽくてな? いろいろなものが重なった結果というかだな」
「うぐぐぐぐ……!!」
布団にくるまって顔だけ出している姉にされるドヤ顔が、こうまで悔しさに繋がるとは思わなかった。
散々渋って、けれど頬を膨らませながらも自分から場所を譲ってくれたくせに、あの顔はなんなのだ。
「ぬ、ぬう……私と丕ぃ姉で違う部分はなんだ……? 条件としてなにが足りないと……、……、…………!?」
「柄?」
「……丕ぃ姉、ちょっと立ってみてくれ」
「え、な、なにかしら? もももういいの? ええ、あなたがいいというのなら、父さまの膝の上は私が───」
「いや、そうではなくて。いいから立ってくれ」
この姉はたまにひどく愉快だ。父の近くだとよくポカをやらかすから、近くに居て面白い。
ともあれ困惑としょんぼり感を表情に浮かべたままに立ち上がる丕ぃ姉は───
「立ったわよ。それで? なんなのかしら」
「………」
頭の中で、“ぼいーん”とか“ぺたーん”って鳴った気がする。
もちろんこちらが“ぺたーん”な方向で。
「?」
「父。胸に氣脈を作り続ければ、胸は大きくなるだろうか」
「かつての父親になんつーことを真顔で訊いとんのだお前は」
胸かっ……やはり胸なのかっ……!!
しかし丕ぃ姉と私とでは、それ以外に違いがっ…………!
「………」
違っ……
「?」
…………布団。
赤いシミ。
経験。
父との。
「そ、そうか! 足りないのはそれか! 解ったぞ父よ!」
「お、おお……? いきなりどうした?」
「私に足りないのは父の愛だ! 愛が足りないから丕ぃ姉のようにとろけられないのだ!」
「───」
あ。
勢いに任せて言ってみれば、父が物凄く悲しそうな顔で自分の胸を押さえ、カタカタと震え出した。
「タ、タリ……足リナ……!? ボボ……ボク、コレデモ全力デオ前ラヲ愛シテ……!」
「ち、違う! 違うぞ父! 愛というのはそういうのではなくて! ええっとなんと言えばいいのだ……!? そ、そう、家族愛ではなく恋人とかそういった方向での愛でっ……!」
おおなんとしたことか。
禅に言われたことはあったが、まさかこうも父が愛情云々に敏感だったとは。主に足りないだのの方向で。
今も目尻に涙浮かんでるし。
それはもちろん、父の家族愛は異常なほどある。他人に話せば引かれるほどだと思う。が、今欲しいのはそっちではないのだ、父よ。しかし気になることがないわけではない。
たとえば父の家族愛を受け入れ続け、さらにもっと欲しいと願えば、果たしてこの父の愛はどこまで行くのか。
娘全員の相手を決める時点でも相当に暴走した父だ、きっといろいろと大変なことになるのだろう。むしろ愛情が行き過ぎて自分が結婚するとか言い出すんじゃ───…………おや? それって今の状況と何が違うのか。
「………」
「ん? ど、どうした? 顔になにかついてるか?」
「いや。父は娘が好きだなぁと」
「基本、男親なんてのは娘にゃ甘いもんだよ。ああ、ただし相手側がこっちを本気で嫌っていて、毎日罵倒されたりすればその範疇には収まらないが」
「む? むー……父が娘を嫌うとか、想像がつかないな……。おや? ならば筍惲はどうなのだ? やはり嫌っているのか?」
「あー……惲なー……。桂花に似て、常に俺に罵倒浴びせなきゃ呼吸が出来ない性質の悪いマグロみたいな娘だけど、困ったことに桂花の所為で罵倒の許容範囲が異常に広がってるんだよなぁ……。もう惲程度の悪口じゃ、ただの日常会話の域だ……」
「父……心が逞しすぎるぞ……」
つまり、やはり父が娘を嫌うことなど滅多なことではないのだ。
そしてその状況に到りそうになったいつかを、丕ぃ姉から禅までの私たち姉妹は知っている。
気になるからといって、またあんな空気の悪い状況になんて到りたくなどないのだ。
だから私はそうしない。好奇心に動かされることはあっても、自ら不幸に歩むなんてことは、もうしたくないのだから。
「うむ。話題を変えよう」
「自由だなぁお前。そういうところは祭さんっぽい」
「母の娘だからな。まあ同じものになるつもりなど毛頭ないが。父だってそう言いながら、誰々のようになれだなんて言わないだろう」
「応。嫌いだからな。その言葉」
悪ガキ同士の言い合いのように、父も口調が崩れるのも構わずに告げる。
父は私との会話の時、時々こうして子供みたいな顔をする。
気兼ねなく話してくれていると認識するべきなのか、娘とも女性とも見られていないのか。少々複雑な気分はするものの、私もこんな空気が嫌いではないから困ったものである。
「で? どんな話題にするんだ?」と訊いてくる父は、私の頭と腹に手を当てつつ、はふーと息を吐きながら脱力。氣を同調してきて、私もそれに逆らうことなく脱力する。ああ落ち着く。
「んー……おおそうだ、なぁ父? もし私が女の子らしくなったらどうする?」
「どうするって。また随分と受け取り方を相手に任せた言い方だな。どう、する……んー……参考までに、お前が描く女の子らしさっていうのはどんな感じだ?」
「ふふふ。やはりあれだな、月のような存在だな! 詠が言っていた、あー……立てば……しゃくやく? よく解らんが、三本の花に喩えられるほど女の子らしい!」
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、か?」
「そうそれだ! ……ええっと、ところでだな父。私に喩えると、それはどれが当てはまるんだ?」
「───」
あ。じんわりと体の中に広がってきていた氣がびしりと固まった。
父は本当に解り易いというか。
いや、この場合、私になにを言おうとして言い淀んでいるのかは解らないのだが。
と、少し期待を以って待っていれば、
「立てば爆薬、座ればボカン、飛び蹴る姿は核弾頭ってところか」
「父にとって私は危険でしかないのか!?」
これである。
「元気な方がお前らしいってことだよ。ああちなみに、俺の言う“お前らしい”は、俺の勝手なイメージが多分に含まれてるから、お前はお前の自分らしさを貫けばいい。いちいち周囲の意見に従う必要なんてないからな?」
「父が言うと、随分と重い言葉だな……」
「伊達にその生涯をあの将や王とともに生きとりゃせんわ」
ちょっとだけ老人っぽい言葉が出た。
まあ、確かにそれはそうだ。そうでなければあの母を始め、三国の皆から溢れ出る並々ならぬ元気を受け止めきれるわけがない。
いや、実に父は凄いな。この体一つで三国や都を一つに纏めていたようなものなのだ。
「父は凄いな」
「いや、俺もいっそお前みたいに祭りを体に閉じ込めました~みたいな性格だったら───……あ」
「父?」
「祭りを……中に。……おお」
「?」
「単純だけど、お前にぴったりな真名が出来た」
「そうなのか!? というか軽くないか父! いや嬉しいのだが! とても嬉しいのだが! そそそそれで!? それでなんだ父! どんな名前だ父! 父!? 父!!」
「おわわ解った、解ったから落ち着け、まず落ち着け……な?」
「応! ───…………無理だった! 父! 早く教えてくれ!」
「ウワーイ娘が元気ダー……」
棒読みめいた言葉を口からゴファアと溜め息とともに吐こうとも、その手は私の頭をやさしく撫でてくれている。氣が同調させられていることもあって、高ぶる気持ちもすぐに抑えられそうになるものの、それもすぐに好奇心で打ち勝って、体でも氣でも“喜び”を前に押し出した。
「あーはいはい、落ち着きなさい」
なのにそれが、少しムッとした父の氣にあっさりと抑えられてしまう。
……驚いた。
やはり父は氣の扱い方が抜群に上手い。
よもや同調しているとはいえ、こんなにも簡単に抑えられてしまうとは。
「こほんっ。えっとだな、柄。お前の真名は───……っと、気に入らなかったらすぐ言うこと。いいな?」
「も、もちろんだ父っ……だ、だから……な? ここここの湧き上がる好奇心を……! 氣で無理矢理おさえるのは……やややめて……やめてぇ、とーしゃまぁ……!」
力が抜けてゆく。
同調させられた上で、興奮も緊張も抑制させられてしまって、全て手の上だ。
父すごいな……改めて凄いな。
そんな私の前の卓に紙と筆が用意されて、さらさらと綺麗な文字が描かれてゆく。
文字は二文字。
祀と───瓢。
「しひょう、って読む。祭さんの真名の文字とは違う意味での“祀る”って字と、それを入れておくもの、瓢。この文字は知ってるよな?」
「瓢箪の瓢、だな……! 竹筒のように、水や酒、調味料などを入れるものと学んだ……おお……おお! 父、ありがとう父! 感謝するぞ父! 酒が苦手な私ではあるが、母の最期の瞬間、ともに酒を交わしたあの日を私は忘れない! 飲めずとも、私は酒と近しくある! 祀りと瓢……いい名だな! 父! 父ー!」
「グオッ……ゴガガッ……! ワ、ワカ、ワカタ……ワカッタカラ……全力で抱き締めるノ……ヤメレ……!」
「おおっ!? す、すまない父……つい興奮してしまった……!」
「げっほ……! ~っ……い、いや……喜んでくれたんならいいんだけどな…………それで、いいか?」
「応! 黄公覆が一子、黄柄は父より受け取ったその二文字を真名として身に刻もう! これより私は祀瓢……祀瓢だ!」
祀瓢! 祀を身に宿した実に賑やかな真名だ!
どーだ丕ぃ姉! どうだぁ! 似合っているだろう! よく似合っているだろう!
丕ぃ姉のほうを見ながら、父の膝の上で胸を張り、笑ってみせた。
「…………」
なにかが負けている気がして、胸張りはすぐにやめた。
ま、まあ私にもついに真名が! 己のみの名が! 父からつけられた名が出来たわけだ!
今はこれで十分! これを我が身命に刻むとともに、死する時もまたこの名を背負いつつ───!
「って違うぞ父! いや、真名はとても嬉しくてそれはもう心躍り胸躍っているのだが……」
「………」
言ってみれば苦笑して、ぎゅーっと抱きしめてくる。
同じ背格好ということもあり、なんだかもっと小さないつかを思うと、自分も大きくなったものだと苦笑が漏れてしまう。
あの頃は、父にすっぽりと抱きしめられて軽々と持ち上げられたりしていたな。それが今では……うん、なんだかくすぐったい。
だがそうして成長したと思っても、私は結局女としての喜びというものを知らない。
そうだ、私はそれを知ってみたい。
丕ぃ姉も知っている、おそらくは父にこそ教えられた、あんなとろとろにとろけるくらいの……楽しいのかどうなのか、なってみなければわからない状態。
なので同じことをしてみてくれと言ってみても、父は“私に”準備が足りていないという。
むう。私が何かしらで悪いのか……しかしそのなにかしらがまるで解らない。
理解したいのに、純粋に訊いてみたところで言葉として聞いてみたところで解らないからと言われてしまう。
……実際、言われてみてもなるほど、よく解らなかった。
「父。あの痛いだけの行為を父とすれば、私にも理解できるだろうか」
「……意識改革ってやつか。でもな、それこそ心の準備ってのが必要に───」
「私ならいつでも来いだが。痛かったら殴るだけで」
「柄───いや、祀瓢。そういう“心の準備”じゃないんだよ」
「そ、そうなのか?」
抱きしめられ、頭を撫でられながら耳にささやかれる。
少しどきっとした。けど、じゃあどんな意味なのだろう。
「余計なお世話な話になるけどな、たぶんお前はまだ、人を……ああえっと、男を好きになったことがないと思う」
「んん……そうだな。恋とか言われても正直、なにがなにやらだ」
愛だの恋だのと璃々姉さんに言われても、まるで解らなかった。
それでも父を慕った人はほぼ知っていて、その誰もが幸せそうだったから……憧れはあったのに。
国のためにと血を残すことを願っては、なんともくだらない男と子を作り……まあ、子が可愛くなかったわけではなかったが。
一度で済んでよかったと、心から言える。あれに抱かれるなど二度とごめんだ。
「こーら。氣が荒れてきてるぞ、落ち着け」
「あ……お、おお……すまない父」
くしゃりと頭を髪ごと撫でられ、こめかみあたりの癖っ毛がぴょいんと跳ねると、不思議と心も落ち着く。
そうだ、今は父と一緒に居るのだから。
父はいいな、アレとは明らかに違う。傍に居て安心するし、男の中では心を許せる数少ない存在だ。
はー……いいなぁ、父はいいなぁ。
こうしてなにも考えず、身をゆだねても怖くないのは父くらいだ。
一度大人の自分というのを経験していても、それだけの長い年月をかけても、結局そういった存在は父以外に見つけられなかった。
母たちが羨ましい。
私も最初から、父が相手であったなら、どれだけ……女性に生まれたことを喜べたのだろう。
きっとこうして安心できることも、そういった喜びのひとつ…………いや、これは違うか。父が父で、私が娘だから得られるものだと思う。
だったら、女性にはこんな喜びの先があるのか。
それは……羨ましいな。
「……父。私は」
「───祀瓢」
「え? あ、はい……え?」
私の肩に顎を載せて、父が私の耳に囁いた。
なんだかくすぐったくて、少し面白いと感じる。まるで父にいたずらをされているみたいだと。
母たちなら顔のひとつでも赤く染めそうなものを、私は楽しいと感じるだけだ。
「すこ~しずつ、な……?」
父はそう言って、はむりと私の耳を───
「うひゃあっ!? ちっ、父!? なにっ───!?」
唇で耳を銜えられ、驚いて逃げようとするのに、父の腕が私の体を包み、逃がしてくれない。
それにさえ驚いた私はより強い力で振りほどこうとするのに、その力にも勝てない。
「え、え……? ち、父……?」
「祀瓢、暴れるな。してほしいって言ったのは祀瓢だろう?」
「い、いや……そうなのだが……え? ひ、丕ぃ姉もこんなことをされたのか? こんな、父らしくもなく、力任せに……ひゃうっ!」
もう一度、耳が銜えられる。
唇と唇が耳を挟む瞬間に熱い父の吐息が漏れ、耳にかかる。
それだけで寒気のようなものが走り、押しのけたくなるのに押しのけられず、そのまま耳が、ゆっくりと、父の口で蹂躙されてゆく。
「や、やめてくれ父……! これは、なにか違う……違うのだろう……!? こ、こんなものが母たちが求めているものなわけが……! うっ、くっ!」
暴れてみるのに、私の全力が力で捻じ伏せられるように、なんの変化もこの状況にもたらしてくれない。
耳がぞるりと舐められ、耳たぶが軽く歯で噛まれ、やがて舌が耳の穴に入ってくると、私は……!
「う、うわっ……わぁああっ! やだっ! やめてくれ父っ! こんなっ、こんなものはっ!!」
思い切り暴れる。いや、暴れようとした。それでもだめで、氣を使ってみてもだめで。
けれど妙なところに意地があって、私は───