-_-/北郷一刀
……さて、早朝を過ぎ、朝である。
「ふっ! せいっ! はぁあっ!」
「よっ、とっ、ほっ……! あーもうっ、相変わらず攻めづらいなぁ、その手甲……! ていうかご主人様いつ疲れるの!?」
現在、中庭にて蒲公英と鍛錬中。
実戦形式で組手をしている。
もちろん蒲公英もレプリカとはいえ槍を使っているから、リーチ的には圧倒的に不利なものの……これも鍛錬の賜物ってやつだろう。左慈の、アホみたいな速度の蹴りや、これまで散々と付き合ったり付き合ってもらったりしたみんなとの鍛錬の成果か、どのタイミングで踏み込めばいいのかも体が覚え、突き、蹴り、裏拳の順に攻撃を仕掛けては、しかし避けられる。
相手の攻撃? 手甲でしっかりだな。ほら、逸らしたり、いなしたり。
懐かしい空気と景色と空の下での鍛錬も手伝ってか、様々な記憶と経験が体に馴染むのも中々早いもので……といってもやっぱりそれなりに時間はかかるが、仕合をしていると嫌でも体が思い出してゆく。なにせあの頃の各国の皆さま、どの記憶の中ででも実践大好き人間だったため、説明で“この瞬間にあぎゃんやってこぎゃんやってぎゃーんやるギンよか”とか説明だけで終わらせてくれる人、居なかったし。
だからこうして戦ってみれば、体が“教えられたら今すぐ覚えろ会得しろ! じゃないと死ぬぞ!”とでも脅迫されているかのように、かつて教えられた物事を吸収していくのが解る。
それを理解した上で答えよう。
いつ疲れるのか? ……人生に疲れた時くらいじゃないでしょうか。
(───構え、蹴り───!)
やられ、脳裏にすっかりこびりついている左慈の鞭のようにしなる居合蹴りを真似て、蹴りを放つ。
氣が十分に乗り、間接ごとに加速して体重移動も完全に成功した上、同時に行使した足の後ろで爆発させた氣が蹴りの速度を加速させ、空気の抵抗を失くすために風の流れを氣で作っていた部分にそれは乗り、異常な速さで繰り出されたソレはしかし、咄嗟に距離を取った蒲公英にあっさり躱されてしまう。
「うひぃっ!? ちょっ……ご主人様あぁっ!? いまっ……今のなに!?」
「へ? なにって……蹴りだが」
つか痛い! 銅鏡の数だけ分かれた自分の意識を利用して、氣の同時使用も分割して最高速度を叩き出したまではよかったけど、こんなのいつかの加速居合の失敗と同じだ! 振り切らないと股関節が死ぬ!
「蹴り!? えっ!? けっ……!? むむむ無理無理なに今の! あんなの当てられたらいくらなんでも大怪我するってば!」
「簡単に避けてたじゃないか」
「たまたまだから! 距離取って勢いつけて攻撃しようって下がったら、なんか避けられただけだから! ~……ていうか、今そうしなかったら、今頃……!」
「?」
「うわー……ご主人様全然自覚とかなさそ……。日本の道場でもそうだったけど、ご主人様、氣が安定してきてから動きが鋭くなってない?」
「ん……そうか? 自分じゃいまいち解らないんだよな……。今の蹴りだって、左慈の方が速いだろうし」
あいつの蹴り、ほんと危なすぎだからなぁ。
クリティカルヒットとかしたら本気で首とか折れそうだ。
なのに組手になると本気で殺しにかかってくるから笑えない。そりゃ、死に物狂いで体捌きも身に着けるよ。
「力に溺れないで鍛錬出来る人って、それで十分って思えないから厄介だって昔、お母さまが言ってたっけ……。その分だけ上を目指せるけど、上ばっか見てるから足元を掬いやすいって。でもあのー……お母さま? この人、下も十分に見まくってて掬うのがとっても難しそうなんだけど……」
「蒲公英?」
「あ、えと、ななななんでもないよご主人様っ、それより続きやろ続きっ! あ、でもさっきの速いのは無しで!」
「え……でもな。じゃないと俺の攻撃当たらないだろ」
「当たったら死んじゃうから! 死ななくても大怪我するからぁっ! たんぽぽたち、ご主人様みたいに攻守の氣を同時にとか氣を分割して同時使用とかできないから!」
「蒲公英ってたまに面白い冗談言うよな」
「あれぇ信じてくれない!? ちょっ……ご主人様ー!?」
俺が出来る程度の氣の行使が、みんなに出来ないわけがない。
精進しなさい北郷一刀。
攻守の氣が俺だけのものじゃなくなった今、みんなは俺以上に鍛錬をしてもっともっと強くなる。
それを見守るだけじゃだめだ。
約束したのに消えることしか出来なかったあの悔しさを思い出せ。
次は必ず、守っていくために。
「よしっ! 来てくれ蒲公英! 全力で挑戦させてもらう!」
いつかやっていたように、自分の氣を限界まで外に放出、繋げたまま留まらせて、自分を包み込むように安定させてから瞬間錬氣。それを七度繰り返して、氣の皮膚を作り上げる。
こうしておけば体内に必要になった分は繋いだままの部分から流れ込んでくるし、錬氣をして時間を食うこともなくいつでも使用出来て、しかも纏っている分防御力も上がる。
使えば使うほど防御力がなくなるってことだけど、そんなものは錬氣する隙を考えればこっちのほうが全然いい。
隙は出来るだけ殺していかないとだ。
氣を体に纏ってるから、氣で地面を蹴れば単純動作で一気に間合いを詰める疾駆も可能だし、ひとつになった意志の数だけ分割した氣の行使も可能。ここまで後押しされて、ようやく将のみんなに敵うかな? と首を傾げられる程度。だと思う。だってみんなも御遣いの氣を持ってるんだし、慢心は敵だし。
「ね、ねぇご主人様~? あのー……今まで詳しく訊かなかったけど、そんな鍛錬を、たんぽぽたちが鍛錬に付き合えなくなってからも、ず~っと……?」
「ん? あ、あー……そうだな。結局は氣しか鍛えられなかったから、あとは状況に応じてどれだけ動けるか~とか、どれだけ氣に関することでの自分の中の常識を破壊して、好き勝手に行使出来るか~とか」
「な、なんでそこまで……」
「? 守りたかったから……だけど」
「───……」
当たり前だろって感じで答えると、蒲公英が停止。
なんでか俺を呆然と見たまま、けれどすぐに目をごしごしと腕で拭って、槍を構えた。
「ご主人様って、馬鹿だね。もう、ほんと……! 行くから! ぶつけるから! なんか急に暴れたくなったから!」
「へ? あ、うん? よろし───……応!!」
少し赤くなった目で俺を睨むように見つめる蒲公英に、俺も手甲を構え、具足で芝生を踏みしめ、地を蹴った。
氣による常時加速攻撃を技としてふるったいつかは過去に置いていく。
振るう度に漲らせるのでは体にも氣脈に負担をかけるし、やっぱり瞬間錬氣を使っても時間はかかるのだ。
やればやるほど氣脈も細るし、それだけ生命エネルギーのようなものを絞りだすのであれば、体が悲鳴を上げるってもんだ。
だから纏い、絞り出すのではなく“そこにあるもの”として行使する。
やっぱり最初に絞り出さなければいけないものの、その後に負担をかけなくてもいいのはいい。
……やっぱり準備に時間はかかるけど、ようするに常に戦闘態勢でいれば問題はないのだ。
それどころか、日を重ねるごとに纏う氣の密度が増していくわけで。
なんだ、いいことしかないじゃないか! ……と気づいたのが少し前。
準備に手間取るなら、常備しておけばいいのよ!
「はっ!」
蒲公英が槍を一閃。
点がそのまま俺を突こうとするも、それを氣を宿した目で凝視して、手甲の湾曲部で滑らせるようにして外へと弾く。
その動作そのままに踏み出された足の分、接近した身を捩じって加速。盾のように構えた左腕の手甲を発射台に見立てるように、矢を放つ際に弓をずらすように、開けた視界目がけて目一杯の“鈍”を加速させ、突き出した。
「しひぃいっ!?」
しかし、それは咄嗟に顔を逸らした蒲公英にあっさり躱される。
「ごごぉおおごごごご主人様ぁっ!? 今遠慮なく顔! 顔狙ったでしょ!?」
「え? いや……やっぱり避けられるだろうなぁって」
「そりゃ避けるよ!? 避けなきゃお嫁にいけない顔になっちゃうから!」
「ははっ、またまたぁ」
「ご主人様ちょっと待ってご主人様ぁっ! ご主人様絶対なにか勘違いしてる!」
「勘違い? なにが? ……あ、もしかして今攻撃を避けたことか?」
「そうそれ!」
「………」
勘違い。
いや勘違いってそんな、全然してないぞ?
むしろ当てるつもりで放ったのにあんな紙一重で避けられて、ああやっぱりかって相手の強さに納得してしまったくらいだ。
ていうかまあ、当たっても氣がクッションになるから、吹き飛びはするけど風が衝突した、くらいの衝撃に触れる程度だろうし、お嫁にはきちんといける。ただうん、ほんと吹き飛びはする。
「……もしかして、紙一重で避けたって思ってたさっきのは───」
「そ、そう! それのこ───」
「───実は避ける必要もないくらい軟弱だったのか……!!」
「ちっがぁああああああう!! え、や、ちょ!? ご主人様!? なんでそうなるの!?」
「思えば集中も加速も完全じゃなかった気がする……蒲公英、あの一瞬でそこまで見切って……!」
「ね、ねぇ? ご主人様? ねぇ? 話聞いて? ね? ごしゅっ……ご主人様!?」
「そうだよな……何十年も鍛錬を続けても、油断と慢心を突かなきゃ左慈に勝てなかった俺が、御遣いの氣を手に入れたみんなにそう簡単に届くわけが……! よ、よし蒲公英! このまま頼む! 胸……貸してくれ!」
「たすけておねぇさまぁあああああっ!!」
なんか蒲公英が叫んでたけど、油断なく構え、立ち向かった。
ハテ、この状況で助けて? …………え? もしかして俺、蒲公英の腕じゃフォロー出来ないくらいにダメダメなのか?
……ショックだ……! だ、だめだな、だめだ、こんなんじゃ。もっと強く、しっかりしないと……!
……と、こんな鍛錬を蒲公英としているのには理由がある。
元々は朝を迎え、俺の腕の中で真っ赤になって気絶している祀瓢を発見してから始まったことだったのだが。
いや、まあ気絶云々はこの際どうでもいい。
問題なのは、目覚めた祀瓢が俺を見るなり「ぴやぁあああっ!?」って聞いたこともない悲鳴をあげて、逃げ出したこと。
かつてない速さで部屋を飛び出し、呆然としている俺なんぞ置いてけぼり。
しばらくして我に返った俺が、服を着て朝食を摂って、中庭でいつもの運動をして……と、そこまで来たところで違和感。
視線を感じたのであたりを見渡せば、通路側の大きな柱の陰からじーっとこちらを見つめる、華煉と祀瓢を発見。目に氣を込めて見てみれば、顔が真っ赤でぽーっと熱にうかされたみたいな顔をしていた。
風邪でも引いたのかと慌てて駆け寄ってみれば、「「ぴやぁあああっ!?」」と、二人して逃げ出す始末。
……え? 俺、なにかした?
娘に悲鳴をあげて逃げられたことが思いの外ショックで、しょんぼりしながら運動をしていると、また視線。
見てみれば、また柱の陰からこちらを見つめる目、四つ。
どうしろっての。
と、そこへ丁度蒲公英がやってきて、二人に後ろから声をかけたら絶叫。
二人して慌てて蒲公英から距離を取って、後ろを見ながら全力で走っていたため俺の立ち位置には気づかず、どすんと衝突。
勢いのままに倒れそうだった二人を即座に抱き寄せた瞬間、二人は悲鳴をあげて…………気絶した。
「……ご主人様ぁ、今度はなにしたの?」とは蒲公英のセリフである。
いや、そんないつもなにかをやってるみたいな言い方やめてくださいません? 俺、ただ普通に生きているだけだよ?
まあともあれ、あれだ。
気絶から復活した二人から話を聞いてみれば、なんかまともに俺の顔を見られなくなってしまったらしい。
主に乙女的恥ずかしさで。……はい蒲公英さん、そこでニヤリと微笑まない。
「むふふへへへへぇ~……! そっかそっかぁ、ご主人様、とうとう娘に手を───」
「蒲公英、鍛錬を手伝ってくれ」
「え?」
「華煉も祀瓢も。一緒にやらないか? 恥ずかしいのはまあ、俺もだし、照れもある。そういうのは体を動かして吹き飛ばそう。な?」
「ふえっ、あのっ……わ、私は見ているだけで……!」
「…………!」
顔を逸らされ、見ているだけでいいと華煉に言われ、祀瓢にはめっちゃ首を横に振られた。目は合わせないまま。
……ショックだった。