「ていうかご主人様ー? 初体験したばっかの女の子に運動しようとか無茶もいいところだよ? まだきっとほら、異物感、残ってると思うし」
「!? !?」
「いたたたったたたたた痛い痛い! 柄ちゃんやめて! ていうかせめてなにか喋ろうよ!」
「~……!」
……うん。祀瓢がさっきから一言も喋らない。悲鳴はあげたけど、喋らない。
「あ、の……と、とう……さま」
「お、うん、どうした? 華煉」
もしかして嫌われたのだろうかとか、少しずつな、と言いながら、俺は急ぎすぎてしまったのだろうかと考えていると、おずおずと小さく手をあげた華煉が、声をかけてくれる。
それだけで嬉しいって、どれだけ娘との間の愛情に不安を抱いているのか。
だ、だってしょうがないだろ! 男親なんて、いつだって子供から親への感情に不安を抱いているもんだと思うぞ!?
「あの……柄は、その……父さまに、乱暴な口調の自分の言葉を聞かれたくないとかで……」
「え? そうなの?」
つい本気できょとんとした顔と言葉を出してしまった。
やめて蒲公英、笑わないで、今自分でかなり恥ずかしい。
「は、はい……先ほど急に部屋に来て、父さまに関することを訊いてもいないのに話されて……そ、それで、聞いていたら私もなんだか意識してしまって……! ご、ごめんなさい父さま、異物感は、その、嫌ではないので、どうか消えてしまうまで激しい運動などは遠慮させてください……。消えてしまうまで、大事に心に刻んでおきたいのです……」
「………」
マジですか。
いやマジなんだろうけど……そんな真っ赤な顔で、目を潤ませてまで言われても。
……と、いうのがことの始まりだったわけで。
ようするに静かではあるが、二人とも鍛錬の様子は見ていた。
ちらりと東屋側を見れば、その斜面の芝生に座りながらこちらを見ている二人。
「……慢心しない父さま……わ、私も見習おう……えへへ」
「うぅう……ち、父……父を見ていると胸が、顔が……! た、鍛錬はしたいが、乱暴な立ち回りなど見られたら私は……! はっ!? い、いや、女の子らしくなるんだ、口調には気をつけて……! え、えっと、えぇっと……! そ、そうだ、服も……! 父はどんな服が好みなんだろうか……昔、露出が多い服を着てみようとしたら怒られたことがあったから……!」
……なんか、東屋の傍の斜面に座る二人だけ、とっても赤いんだが。大丈夫なのかほんと。
「ところでご主人様ー? もうあの黒い木剣は使わないのー?」
「いや、今日は手甲でって思って。せっかく真桜がまた作ってくれたんだ、使わなきゃもったいないだろ」
かつて左慈戦のために使った篭手……まあ手甲か。と、具足は、古の武具として都に献上するかたちで保管されることになった。日本に置いてきたのを国のお偉いさんが届ける形で。いや、あれ一応純粋に過去の時代で作られて、この時代にタイムスリップしてきた世にも珍しすぎる物体だからね。ある意味で価値は相当だよ。デコボコだけど。
で、回収に行った李さんによれば、あれにも黒檀木刀と同じく氣脈が出来ていたらしく、そんなことを言われてしまえば出来れば手元に欲しかったんだけど……まあ、言った通りデコボコに砕かれちゃってるし、溶かして鍛ち直すとしたら氣脈も溶けるって真桜に言われたから、どうにも出来ない。そうなれば献上するしかないでしょう。
ほんと冗談抜きであの時代のものだと言えるものなんて珍しいし、むしろそっちに目が行ってくれたお蔭で、木刀を献上してくれとか言われなくて本当によかった。
氣脈が出来た武具としての価値も認められての献上だったから、冥琳の話だと木刀も献上してくれって言われやしないかって……結構危なかったらしい。
黒檀木刀なんてこの時代にはありふれたもの……まあ値段はありふれたものじゃあないけど、過去の技術で作られた武具に比べればありふれたものだ。
その差もあったんだろう。大体俺以外の氣が馴染むことは無いらしいしね。あ、いや、普通の氣と御遣いの氣さえ混ざってればいいのか? ……ああなんだ、結局俺限定じゃないか。みんな、氣をひとつにしようとしないし。
「ところで蒲公英? 華煉が言っていた助平のことで、ちょおっと個人的に話があるんだが」
「あっ、ご主人様っ、たんぽぽ仕事があるの忘れてたっ! お姉さまにどやされちゃうっ! すぐに戻るねっ!?」
「待たれよ」
「ふぷっく!? あわわわごごごごごめんなさいご主人様ぁああっ!! でもでもだって、子桓ちゃんてばご主人様関連のことだと言ったこと全部鵜呑みにするから! ちょっとさすがに信じないだろうってこと言ってみたくなっちゃってぇええっ!」
逃げ出した蒲公英の襟首をオートで加速した速度でガシィと掴むと、そのうなじに触れてゾゾォゾルゾルと氣をくっつけて冷たい怒気を流し込んでゆく。
自分の氣と御遣いの氣とが混ざっていない蒲公英はすぐに氣を乱され、ぺたりとその場に座り込んでしまう。
「まったくの八つ当たりだけど、いろいろな事情が重なって、一人の恋に夢見る少女の殺し文句が最低最悪のものになったんだ。罪悪感がすごいから、とりあえずへとへとになるまで鍛錬に付き合ってくれないか?」
「たっ……たたたたんぽぽのなにがどう影響したのかは知らないけど、八つ当たりっていうならたんぽぽ関係ないんじゃないかなぁ……って」
「そうか。じゃあえーと……こほんっ。蒲公英よ、そちの助平発言により、朕は大変迷惑を被ったでおじゃ。王として命じるぞよ。───鍛錬付き合え」
「えぇえええっ!? なんかいろいろ驚いたけどご主人様の王に対する印象ってそんななの!? ていうかどうせやるなら最後までやろうよ!」
「さーぁ最初っから御遣い級の鍛錬から始めるぞー? 御遣いの氣があるんだから蒲公英だったら余裕だよなー♪」
「だからご主人様はもうちょっと自分の異常性に向き合ってみたほうがい───ぃいやぁああああっ!?」
蒲公英を引きずり、柔軟から始めてランニングに移り、氣のみで体を動かす方法から氣を全部対外に出したあとに錬氣する特訓に移り、ともかくこれでもかというほど鍛錬をし───……た結果、蒲公英が気絶した。
「た、蒲公英どうした! 蒲公英!? たんぽぽぉおーっ!!」
しかしこういう時には慌てない。
蒲公英の手を握り、自分の氣の色を変化させながら蒲公英に流し込めばはい覚醒。
「ん……はれ……? た、たんぽぽどうして───」
「わ、悪い蒲公英、ちょっと飛ばしすぎたな」
「あ……ご主人様。あ、うん、いきなり枯渇するまで放出とか無理で───」
「だからまず氣脈を拡張しよう」
「ゴッ……ゴシュジンサマ? なにが“だからまず”なのか、たんぽぽまるっきり解んナイ……」
「大丈夫大丈夫、俺なんかでも超えられたんだし、みんななんてあっさり乗り越えられるって」
「……ね、ねぇご主人様? よくわからないけど、それやったらご主人様はどうなったの?」
「え? 一番最初はなんか空から天使が迎えにきたり」
「たんぽぽ帰る、って離してご主人様!」
「あとは爪が全部剥がれても気にならないくらいに衣服を掻きむしってベッドでのたうち回って気絶して……とか?」
「たすけておねえさまぁああああっ!! たすけてぇえええっ!!」
「大丈夫だって蒲公英っ、俺がアレで済んだなら、あの時代を生きた蒲公英たちなら余裕で乗り越えられるって!」
「ののの乗り越えられなかったら!?」
「え……そうだな。半端に意識を保つように訓練されてるところがあるし、気絶出来ないの地獄の苦しみを味わい続けることに」
「帰るぅううっ!」
「待たれよ」
「ぷっく!? は、離して! 離してぇええっ!!」
「解った悪かったもう言わないから! ~……ていうかほんと、蒲公英たちなら楽勝だと思うんだぞ? 俺が言うのもなんだけど」
「ご主人様はたんぽぽたちのこと絶対に誤解してるから! 確かに魏の夏侯惇とか呉の孫策とかなら軽くやっちゃいそうだけど、そんなの絶対無理だってば! やるならあの脳筋にやってよ!」
「………」
「あ、華雄じゃなくて」
「ん……すまん」
「あ、ううん……なんか、焔耶以上が居るとか、あの頃も正直驚いたし……」
「まあ……長く付き合ってても、やっぱりそう思うよな……。いろんな外史の記憶がくっつけば余計に」
自分の中の自分達が、それぞれの国の脳筋を見て“すげぇ……あ、でもウチの○○○ほどじゃないや”と思う中、それでも華雄以上はそうそう居ない。
え? 春蘭? いや春蘭は脳筋じゃないよ? 春蘭は脳華琳様だから。行動の基準に華琳が居るから、華琳に止められれば止まるし。
焔耶だって桃香に言われれば止まるよ? 雪蓮や祭さんだって、脳筋というよりは戦好きで、冥琳に言われれば止まるし。
本当の脳筋というのはね、北郷たちよ……いいかい? 本当の脳筋というのはね? そこが開けば本気で自分の陣営がヤバイってのに、とある関門をどかーんと開けて突撃するようなお方のことを言うの。
確かに理由はあったかもだけど、それで味方巻き込んじゃだめでしょ。
でもそんな彼女も自分を侮辱されるよりも大切に思えることができたようで、いつからか随分と落ち着いたもんだっけ。
今は他の外史の自分と重なった所為で、いろいろ葛藤もあるんだろうけど……そこは俺も同じか。
随分馴染んだし、お蔭で氣の分割使用なんてものも出来るようになったけど、それでも整理しきれないものはいろいろあるのだ。
というかほんと、他の北郷一刀の意識がこれっぽっちもなかったなら、もう血が繋がってないとはいえかつての娘を抱くなんてことは絶対になかったんだろうなぁ。
「ところでさ? ご主人様」
「ん、なに?」
「明確な敵が居るわけでもないこの時代で、まだ鍛錬を続ける意味ってあるのかな」
「俺のはもうあの頃じゃ鍛えられなかった部分を昇華させたいっていうのと、やっぱりみんなを守りたいって思いからかな。日課っていうよりは、自分が腑抜けにならないための行動でもあるな」
なにかをやめてしまうのなんて簡単だ。
ただ、それをしてしまうと立て直すのにはとても時間がかかる。
なにせ、蒲公英の言う通りこの世界じゃ強くなる意味がほとんどないのだ。
そんな事実がある以上、“それは無意味だ”を世界にこそ永遠に囁かれ続けているような状態だろう。
けどだ。
やりたいって思っているからやる。なにかのきっかけ、突端なんて、そんなものでいいんだと思う。
自己満足だーなんて言われても、世の中のなにがそうじゃないんだって言ってしまえる。なんだったら趣味として扱ってくれてもちっとも構わない。
“敵”に向けてこれらを振るうことは、きっと二度とないのだとしても。
……まあほら、仕事にはなるんだろうし。
道場を続けるにしたって、師範が弱いんじゃ格好つかないだろ。なんとなく。
「そんなわけだから鍛錬に付き合ってくれ」
「氣脈の拡張? とかいうのをやらないんだったらべつにいいけど……」
「ああまあ、べつに強制してどうこうなるようなものじゃないからなぁ」
いろいろ言いはしたけど、あればっかりは個人の意思でいいと思う。実際痛いし。気絶したし。
そんなわけで鍛錬を続けた。鍛錬っていうか、組手……仕合……まあ、いろいろ。
もちろんぶつかればぶつかるほど俺の氣の皮膚は薄くなっていって、あとになればなるほど氣が散って、氣で体を動かすことに慣れていた体が次第に鈍くなっていって、長く続けていれば歩く誰かが鍛錬現場を発見、儂も混ぜろ次はワタシがと賑やかになるというもので。
いやあの!? 俺もうだいぶ疲れててっ……! 瞬間錬氣ももう7回使っちゃったし、自然に錬氣するのはもうキツいかなーって……え? いいから構えろ? ですよね!?
その後、ものの見事に戦好きの武将らにとことん付き合わされ、ちっとも終わらない仕合地獄に、“ほら見ろやっぱり俺の鍛錬なんて生易しいもんじゃないかー!”と絶叫したくなる衝動をなんとか抑えた。
でも続ける。だって嬉しいし。
途中、祭さんと祀瓢が話し合っているのを見かけたが……ずっと見続ける余裕なんぞあるわけもなく。
ただ、ひどくしおらしい祀瓢に、祭さんが本気で驚いて───けれど、その頭をやさしい笑顔で撫でていた光景は、意地でも心のフォルダに焼き付けておこうと思った。
うん、祀瓢。
今度、服屋にでも着てみたいと思う服を見に行こう。
そこで思う存分、かつては出来なかった女の子としての楽しみ方を噛みしめていくのもいいと思うんだ。
だから……だ、だからっ……とりあえずまずは、この状況を五体満足で切り抜ける努力を……!
ちょ、春蘭!? 今俺疲れてるから加減を……! え? だめ? ちょ待って! そんなの全力で振るわれたらいくらなんでもっ……! いやぁああ! たすけてぇええっ!!