ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

37 / 79
あくまで彼にとっていつも通りな日②

 都の城下に来ると、見慣れた景色を歩いてゆく。

 多少の様変わりはしていようが、店がある場所はそう変わっていない。

 警備隊だった頃の感覚をそのままに歩いて、立ち止まってみれば目の前に服屋。

 特に意識せず感覚だけで歩いてても、案外覚えてるもんだ。

 警備隊の頃の知識や各国で生きてきた知識があるとはいえ……なぁ。

 それぞれの国、それぞれの街での店の位置は知っていても、“都”の街の店の位置を知ってるのって“俺”だけだもんなぁ。

 え? 今日までの日々の中、服屋には来なかったのかって?

 ……来たけど別の店だったって言えば通じるだろうか。

 店によって、こう、ええと。好み? が違うんだ。元気っ子に合うのはこっち、清楚っぽいのはあっち、色っぽいのはそっち、とか。

 しかしまあアレだ。元気っ子ってのはあまり多くの替えの着衣を欲さないというか。

 俺と出掛ける時は服選び以外のことを望むし。むしろそれまでに自分で用意して、その時に着て驚かす、というのをやってくれる。結構ほっこりするから楽しみではあるんだが。

 というわけで、元気っ子側の服屋は懐かしいのである。

 べつにここが子供っぽいものばっかり、ということはない。

 きちーんと機能性重視というか、派手すぎず、しかし目立たないわけでもない、ともかく色気よりも動きやすさとか明るさをイメージに出した意匠というのか。ともかくそういうタイプの服がそろっている。

 

「ちょっと、ここでいいの? あんたが自信満々にずかずか歩くからついてきたけど」

「ふぅむ……お館様、これは少々減点やもしれませんなぁ」

「いや、ここで間違ってないぞ? 減点されたって構うもんか。よし祀瓢っ、好きなの選んでいこうっ! 見つからないなら次行くぞ次ぃっ!」

「えっ、あ、わっ、わっわっ……! ち、父っ……!?」

「ほらほら月もっ! あぁそれとな祀瓢。俺は俺のために自分の趣向を捻じ曲げて着飾る女性より、自分の好みを押し付けてくれる人のほうが好みだ。だから、遠慮はするな、自分の“楽しい”を全力で謳歌しろ。で、これは俺の押し付けだけど。……女としての喜びってやつも、きちんと噛みしめること。そのための努力を支える努力を、俺は父としても男としても全力でやっていくから」

「ち……父……」

「ご主人様……」

「ほんと、言うことだけは一丁前なのよね、この男は……」

「ではお館様、次の機会があればわしも、若き女性としての“楽しき”を存分に味わわせてもらえるのでしょうな」

「お、応、まま任せとけっ!」

 

 なんとも頼り甲斐のない情けない返事が漏れた。それに対して、桔梗はからから笑ったあと、「減点発言は取り下げさせていただきたい」なんておどけるように言った。

 いや、けどさ。どれだけ多くの女性と一緒になろうとさ? かつては自分より年上だった人が同年代の、まだ幼さの残る美人さんに若返ったんですよ? そんな人にデートの期待を持たれてみなさいよ、動揺するでしょ普通。

 女性を食い物にしてヘラヘラ笑う度胸なんて俺にはないし、そんなことしたら何回首が飛んだって許されないだろうし、そもそも俺には“女性はステータス”とかそういう考え方は無理だ。

 大変、大ッッ変ッッに気が多い話だが、全員を確かに愛しているんだから、だからこそ一夫多妻のこの国に居るわけだし、結婚式のことだって考えたのだ。

 

「………」

 

 頬を掻いて、早速楽しげに服選びを開始した祀瓢を見守る。

 楽しそうでなによりだ。つまらない顔とか、見栄を張って好きでもないものを選ぶ顔をさせちゃあつまらない。

 デートってのはまず楽しむことが重要だ。古くは、お互いを知るために男女が出掛けることを指すという情報もあるくらいだ。知るとしたら何を知りたい? 暗い部分? 鬱屈した部分? どうせ知るならまずは笑顔だろう。

 その笑顔を忘れないで、そこから暗さも鬱屈も受け止めて、知っていることを増やしては、ゆっくりと笑顔も増やしてやればいい。

 ようするに知る努力からだな。うん。

 

「父! これとこれはどうだ! ……あっ、口調……」

「そのままでいい。お前が自然に出せる口調が、俺の好きな口調だ」

「おおっ、さすがだな父! 解る男は格好いいぞ! かっ……かっこ……か……」

「……まあ、うん。気持ちは解るから、好きなだけ赤くなれ。こういう時に赤くなるなとかは無粋だってよーく知ってるから」

「無駄に経験だけは積んでるからね、このばかちんこ」

「はいそこ伏字くらい使おうね。言葉でいうならこう、“ん”の部分で間を取るとか」

「え、詠ちゃん……! こんなところでそんな……! へ、へぅう……!」

「あ、わ、わぁあごめん月ごめんっ! ~っ……」

「いやこれ俺は悪くないと思うなぁ!」

「はっはっはっは! お館様は相変わらずですなぁ! くっふふ……! 誰と出掛けてもこうなのだと思うと、どこか安心してしまう……やはりいいな、お館様は」

 

 詠に睨まれて桔梗には笑われて、店員には苦笑されて店に来ていた客には“またですか”って顔されて。

 なんというか、俺ってほんと……ああいや、いいか。苦笑だろうと笑むことが出来るならそれでいい。

 今日は楽しむって決めたんだからな。

 

「よしっ、じゃあお互いの気に入りそうなのをとことん押し付けてみるぞ! あ、ちなみにさっきので選ぶなら、俺はこっちの方が好みだ」

「むむ……私としてはこっちなんだが……この、肘の部分に余裕があるのがいいと思わないか、父よ」

「いやいや、お館様に柄よ、ここはこちらのこの虎柄をだな」

 

 始まる服選びだが、結構祀瓢がノリノリだから選ぶ方にも力が入る。

 と思えば桔梗が虎のガラの服を持ち出して、いきなりそれで来ますかってツッコミたくなる。

 ここは派手さを控えたものを……といってもこの店で派手さを控えても、天と地ほど差があるものなんてそうそうないわけでございますが。

 

「月はどう思う?」

 

 しかし言わせてもらおう。あえて月に、この店で一番であろう大人しめな服を選んでもらう。

 彼女ならきっと……きっといいものを……!

 

「え? えっと……その、こちらのほうが……柄ちゃんには似合ってるかな……って……その……」

「そうよね! 柄にはこっちのがお似合いよね!」

 

 選んでくれた。詠が付属で。

 この娘ったら相変わらず月至上主義で自分の意見を前に出しやしないよ。

 どうせなら全員の……女性の意見を聞きたいのだが。

 でも素直に訊いたところで月の意見に賛成することしかしなさそうだし……ならどうするか? アレでしょう。

 

「……詠。大事な人のために自分の意見を殺す人は、今ここには必要じゃあないんだ」

「ぐっ……! あ、あんたぁあ……!!」

 

 必要という部分で揺さぶる。

 今ここには必要じゃない=城へ帰っていいですよ。

 つまり月を残して詠に帰ってもらうという意味をちらつかせて、彼女の素直な感想やオススメを、っだぁっ!? ベンケェエーッ!!

 

「だっ! いっ! いきなりなにすぶっ!?」

「ボクはこれがいいっ! 文句あるっ!?」

 

 泣き所を蹴られたのち、顔面に押し付けられた柔らかな感触。

 距離を取ってみると、なるほど、祀瓢に似合いそうな明るめないい感じの服がそこにあった。

 

「よし。祀瓢、片っ端から試着だ。気に入ったのがあったら言え、買ってやる」

 

 大丈夫、俺もいい加減覚悟を決めて、きちんと金も溜め直してるし過去の遺産もある。

 どすっ、と胸を叩いて見せて、“まっかせろいっ!”と言わんばかりの態度を取ってみせると、ハテ。何故か服を選んでくれていた桔梗やら詠やらがそそくさと服を持ってきて、俺に見せるのだが……え? なに? もしかして俺のために選んでくれた……とか? ……違いますよね! どう見ても女物ですもんね!

 

「おお、ではお館様、わしはこの服が───」

「月、月にはこれが似合うって前に来た時から思ってたの。ボクから贈らせて。あいつのおごりで」

「へぅうっ!? え、詠ちゃんっ、それはっ……!」

 

 やっぱり違ったよ! 見たまんまだったよ!

 

「おぉおおいぃ!? 俺祀瓢に言ったんだけど!?」

「なによ、けちけちしないでよ、どうせお金ならたんとあるんでしょ?」

「無駄遣いは出来ないんだよっ……! こういうところで買うもの全部含めて、結婚式用の資金みたいなもんなんだから……!」

「えぁっ……あ、…………そ、そう。そうなの。じゃあ、えっと……あ、そ、そういうことは先に言えってのばかちんこ!」

「だからそういうことをハッキリとだな……! ほら見ろ、店員もお客さんも慌てて視線逸らして誤魔化し始めたじゃないか……!」

「ぁ……~……!!」

「だから睨まれても俺は悪くないだろ!」

 

 睨んでくる詠を宥めつつ、なんか行く先々で騒ぎが起きるのはどこの時代でも変わらないなーとか、それどころか何処の世界だろうと変わらないなーなんて事実に少し涙をホロリ。

 俺の立ち位置ってどの世界だろうと変わらないのね、ほんと。

 溜め息を吐きつつも祀瓢を試着室に押し込んで、さてさてと待機。

 待っている間はあーでもないこーでもないと、持ってきた服について語り合う。

 こっちなら祀瓢よりも述に似合いそうだーとか。……言った途端、なんか背後の空気がほわりと暖かくなった気がするんですが、気の所為ですよね?

 元気ってほどでもなく、思春によく似た述だが、だからといって明るい服が似合わないわけじゃない。この服とか着てみれば、きっと気に入ると思うんだけどな。渡したって素直に着てくれるかどうか。

 人の見てないところで試着してみて、鏡台の前でくるくる回転して顔を赤くするくらいじゃないだろうか───おおう、すごい見てみたい。

 

「ち、父、どうだろうか」

 

 カシャアと試着室のカーテンが開かれると、そこにはさきほど手、というか両腕に積んでいたうちの一着を着た祀瓢が。

 元気っ子にはよく似合う、ズボンタイプの着衣……当然ながらよく似合う。

 桔梗も詠も「ほほう」とか「へえ……」とか言って頷いている。

 そうだろうそうだろう、宅の娘は可愛かろう! ……いや落ち着け俺。

 

「ああ、よく似合ってるぞ。今すぐにでも走り出しそうな明るさが感じられて、なんというかこれぞ元気って感じだ」

「そ、そうか……じゃあこれを買おう」

「いやいや待て待て、全部試着してみてからだ。ほらほら」

「あ、あ、ああ……」

 

 わたわたする祀瓢を試着室に押し込み、またあーでもないこーでもないと服を選ぶ。

 そうしてまたカシャアと動くカーテンの音に振り向くと、そこには桔梗が持ってきた虎柄の着衣を身に着けた祀瓢。

 

「ち、父……?」

 

 元気っ子は元気っ子でも、力強さを嫌でも感じさせるその着衣……当然ながらよく似合う。

 桔梗も詠も「うむぅ……」とか「これは……」とか言って頷いている。

 そうだろうそうだろう、宅の娘は可愛かろう! ……だから落ち着け俺。

 

「ああ、デートで買う服としてはちょっと……って思うものもあるけど、似合ってるぞ。ただ買うなら少し仕立て直しが必要だな」

「ああ、やっぱりか。私もそうではないかと思ったが……というか、父? 私的にはその、これはないと……」

「いや、実際似合ってはいるぞ? 俯いてないで堂々と胸を張ってみろ。ほら」

「え、あ、ああ……こ、こうか?」

「もっと。自分は力強いって考えを前に押し出す感じにして」

「───こうかっ!」

「うむ。そうだな、そういったものを着るのであれば、顔を赤くして俯いてはいかんなぁ。はっはっは、お館様はやはり人を見る目がある」

「目っていうか、こうだったら似合うかもを口にしているだけなんだけどな」

「そ、そうか……似合うのか…………そっか……よ、よし! ではこれを頂こう! 店主! 店主は居るか!」

「だーから落ち着きなさいっての一直線」

「痛い!」

 

 真っ赤な顔で店主を呼んだ祀瓢にデコピン一閃。もちろん軽く。痛いってのは反射的なアレだろう。

 そそくさと近寄ってきてくれた店主にもうちょっと待ってと言うと、また試着室に押し込んであーでもないこーでもない。

 おかしい、静かに見守る人を願った筈なのに、どうしてこう騒がしく……俺の所為? いや、俺別に騒いでないよな?

 

「父っ、どうだっ?」

 

 さて、三度ともなると多少自信も沸いたのか、今度は胸を張ってのご登場。

 そうして見る祀瓢は……詠が選んだ、この店にしてはちょっとピシッとした服を着ていた。

 中身は元気っ子なのに、服は少し大人しめだけど何処か相手を威圧するような“正しさ”というか、曲がらないなにかを感じさせるようなキッチリした着衣……当然ながらよく似合う。

 桔梗も詠も「んん……?」とか「似合ってないわけじゃないけど……」と言って、じっくり観察するように頷いている。

 そうだろうそうだろう、宅の娘は可愛かろう! よし落ち着こう。

 なんでもかんでも“似合ってる”しか言えてないじゃないかよ俺。ちゃんと見ろ。いや、見た上で似合ってるんだが。

 

「似合ってないわけじゃないけど、少しこれはちょっと違うかなってのはあるな」

「うーん……選んだボクが言うのもなんだけど、やっぱりこれはないわね」

「柄よ、元気に出てきたところをすまんが、次を頼む」

「じ、自信を持ってみようかと思えばこれだ! だから着せ替えの見世物など……うう……!」

 

 あ、いじけて試着室に戻ってしまった。

 

「あっ……柄ちゃっ……! へぅ……」

「月、助けてくれ。娘の乙女心が解らない」

「あんたの場合、誰の乙女心も汲めてないでしょ」

「日々努力してるんだけどな。なんていうか、価値観の違いをたまに思い知る時がある。こう……あれ、なんだっけ。臨機応変で頼むって仕事を任されたのに、上司の気分ひとつで内容がコロコロ変わって、だからこそ臨機応変に対応するのにそうじゃないってその上司に言われるみたいな……ええっと」

「それは臨機応変ではなく、そやつの我がままでしょうに」

「あ、やっぱりそう?」

 

 たとえば華琳に言われたことをきっちり守ろうと頑張るのに、春蘭がそこに加わっただけですべてがしっちゃかめっちゃかになる、みたいな状況、といえば解るだろうか。

 華琳が俺に頼みごとをして、俺が実行しようとするときに春蘭が混ざると、まず成功しないってのはこわい事実である。華琳が渋々ながら納得した韓非子の孤憤篇とか特に。依頼として喩えてランクをつけるなら、消化不良もいいところのCランクだろう。

 きっちり書物を届けて春蘭も納得させた上で届けなきゃSには届かないあたり、春蘭相手じゃ無理に近い。絶対とは言わないのは……ほら、アレだ。いつかは解ってくれるかなぁという希望というか。

 

「……ほら。どうだ。また好き勝手に言うがいい。私はそれしきでは折れたりはしないのだから。ふん」

 

 ああ、そして滅茶苦茶すねてる。頬が膨らんでる。

 月が選んでくれた大人しめの服を着て、そっぽを向く祀瓢は、なんというか……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告