俺と桔梗と月と詠、四人でしばし停止。
元気っ子の服が集まる中でも大人しく綺麗と思える意匠は美しく……当然ながらよく似合う。
桔梗も詠も、今度は月までもが「おお……!」とか「やっぱりね! 月の見立てが一番!」とか「わああ……! 柄ちゃん、とってもよく似合ってるよ……!」と心から言った上で頷いてくれている。
そうだろうそうだろう! 宅の娘は───……
「………」
───……意識をひとつ、ことりと動かす。
チェスで駒のひとつを気軽に進めるように、簡単に。
動かしたのは自分の中にある親としての自分だ。
いいからちょっと黙ってなさいと、心を占める親としての感情をひとまず横に置いた。
そして、言うのだ。この、少し拗ねてしまっている……娘ではなく、少女に。
よく似合っている、可愛いと。綺麗だと。
「え、あ、う……? あ、あぅう……!」
みるみるうちに赤くなり、わたわた。
それを隠すように言葉を並べられるけど、知ったことかと真正面から褒めて褒めて褒めまくった。
すると顔を真っ赤にしたままぷるぷると涙目で震え、俺を睨んだかと思えば試着室に引っ込み、すぐに着替えて出てきた。
「し、祀瓢?」
「………」
店主を呼び出し、最後に試着したやつと、俺が選んだものを突き出し、ぽかんとしている俺達を放ったままどんどんと先を急いで、言われるままの金額をぽんと出して清算が終わると、ずかずかと一人で店の外へ行ってしまった。
ここまできてようやくハッとして追う。
「祀瓢、どうした? 祀瓢ー?」
「~……!!」
「お館様、今はつつかず噛みしめさせてあげなされ。純粋に、真っ直ぐに褒められたのが恥ずかしかったのでしょう。お館様に“女”を覚醒させられ、その者のために綺麗になろうと立ち上がり、その者自身に可愛いと、綺麗だと真っ直ぐに言われれば、初めての感情に戸惑うのも理解できるというものです」
「そ……そっか」
相変わらず乙女心とは難しい。店から出た蒼空の下、しみじみ思う。
でも桔梗? 今そうして桔梗に言われたことで、自分の状況に戸惑うだけだった祀瓢が驚いた顔で身悶えてるんですが? 足を止めて振り向いてまでの驚愕だったし、あれ相当驚いてるぞ? どうするのあれ。
「………」
「柄ちゃん、嬉しそうです……」
「だな。ありがとうな、月。俺だけじゃ、ああはならなかったと思う」
「そうね。どうせ無難なものを選んで、あんたからの贈り物だって部分だけで喜ばせただけなんじゃない?」
「え、詠ちゃんっ、だめだよそういうこと言っちゃ……!」
「いや……我ながらそうするだけだったかもって納得しちゃってるから、間違ってはいないんだ。見ていたつもりでも、つもりはつもりってことか。……今度はちゃんと、二人で来るくらいのことをしてやらなきゃ男じゃないよな」
「でぇとに他の女を連れてくる時点で相当あれじゃない。あ、もちろんボクの時は月が居たほうがいいけど」
「おお? 詠よ、それはお館様とでぇとがしたいという催促か?」
「え? なに言って───……あ」
「詠ちゃん……そうだったんだ……! あ、わ、私には遠慮しないで、たまにはご主人様と二人きりで出掛けたって……へぅう……!」
「わああ違う違うってば月! 今のは言葉のあやだし、月と一緒じゃないなら誰がこんなやつとっ!」
「……詠ちゃん?」
「あっ……やっ……こ、こここんなやつっていうのは言葉の綾っていうか勢いで……!」
良くも悪くも、詠は月に弱すぎである。
苦笑をこぼしつつ、赤くなったり拗ねたり戸惑ったりの祀瓢にちょいちょいと手招きをして、びくりと肩を弾かせつつも俯いててこてこ戻ってきた彼女の荷物を取り、手を繋ぐ。
「あ……」と漏れた言葉に「次、行くか」と返して、靴選びだのなんだのに連れまわす。
エ? 下着? ウン僕知ラナイ。ソノタメニ他ノ人ヲ呼ンダンダシ。
だだだってほらっ、女性としての喜びとかを知るっていうなら、なんというか下着選びも楽しいものなんだろ!? 沙和情報だけど! あぁああ今更だけど沙和って時点でなんかいろいろ間違ってたんじゃないかって思える俺はおかしいのか!?
いやいやファッション側であいつが適当なことを言うとは思ってないけど……!
よ、よーしよしよし、心を強くお持ち、北郷一刀。
お前には割れた数だけの北郷一刀がついておるよ。
…………全員北郷一刀って時点で、なんかあまり役に立たなそうって思った俺って、自虐心が強いって証明でいいんでしょうか。
「おぅいお館様! そのようなところで頭を抱えていないで早うこちらへ!」
「そうそう、こっちこっち。はい、新しいの買ったからこれ持っといて。ああ、ちゃんと柄のだから安心してよね。柄を喜ばせるための場で自分の荷物を、なんて思ったりしないから」
「それってそれ以外だったら自分のも持たせるってことか……?」
「黙ってたって勝手に取るじゃないの、あんた」
「……ごもっとも」
「あ、ご、ご主人様っ、重かったら私も……!」
「いや、軽い軽い。それよりせっかく外に出たんだから、月も楽しんでくれ。確かに祀瓢のためのお出掛けみたいなものだけど、周囲も楽しまなきゃ祀瓢は喜ばないと思う」
「おおっ、ならばお館様、丁度そこに良い香りを風に乗せる酒屋が───」
「酒は却下」
「……楽しみが半分以上消えましたぞ、お館様……」
「だったらもう半分を半分以上にする努力から始めてくれ、頼むから」
「ほほう? 言いましたなお館様。では左腕などを失礼して」
言うや、ニヤリと笑んだ桔梗が祀瓢とは反対の俺の左腕にしゅる、と腕を絡めてくる。
まだ出会った頃のあの時代ほど大きくはないが、それでも大きいと言える胸がもにゅりと俺の腕で潰れ……ってなにしてんのちょっと!
「わしの楽しみの残り半分の大半がお館様との恋である以上、柄の手番だからと遠慮をする必要もありますまい。なにせ、お館様が直々に努力をしろと言ったのですからなぁ」
「……!」
「ふふん?」
右腕に抱き着く祀瓢が桔梗を睨み、桔梗は余裕の笑みを浮かべ……俺は今すぐ頭を抱えたい状況に襲われた。ていうか人に荷物持たせておいて、腕に抱き着くとかなんなんですかアータら。
詠に助けてとばかりに視線を送ってみれば、自分でなんとかしなさいよとため息とともにジト目を送られ、月を見てみればあわあわわたわたと慌てさせることになってしまい、詠にめっちゃ睨まれた。どうしろと。
「ああ、もう……。まあその、せっかくまた若い頃から始められてるんだし、堪能しなきゃ嘘だって気持ちは本当だから……さ。桔梗も、楽しめそうなことは、遠慮なく言ってくれな」
「お館様も随分と器が大きくなられた。会ったばかりの頃はいろいろと思うこともありましたが───はっ!?」
からからと笑う桔梗の額に、手……は祀瓢に抱き着かれているので動かせないので、額をこつんとぶつけ、その上で真っ直ぐに言う。
「そういう大人な言葉とか大人ぶった言葉じゃなくて。今の、年相応の“お前”を楽しめ。これは命令だ」
「は…………───」
からかわれたり余裕なる大胆攻撃ばかりだったから、たまには威圧的に命令なんてものをしてみる。
もちろん、日々思っていたことをぶつけたってのもあるにはあるが───……って、あの? 桔梗? 桔梗さん? なんか顔真っ赤ですよ? 目が潤みまくりで……と、なにやら嫌な予感がして顔を離す……と、桔梗がぎゅうう~……っと左腕を強く強く抱きしめてきて、そのまま腕に顔をこしこしとこすりつけてきた。
「え、ちょ、桔梗? き、桔梗っ?」
「……あんたってほんと、見境無しね……。何回落とせば気が済むのよ……」
「なにが!? 俺思ったこと言っただけなんだが!?」
「狙ってやったわけじゃないってところがほんと…………はぁ。ああでも、まあ、そうなのかもね。あんた別に惚れさせたとかそういうのじゃないのよね。あの時代だと恋っていうよりは信頼だった気がするし」
「うん……そうかも、だね。詠ちゃん」
「あんたほんと気をつけなさいよ? あんたの言う通り、今のボク達の年相応を願うなら、それこそ今更“信頼”が“本気の恋”に変わる人だって絶対に居るんだから」
「え……え? え?」
信頼。
とても素晴らしい言葉ですね。
でも何故か、確かに、今の桔梗とあの時代の桔梗とは外見以外にも違うものを感じたのです。
あの頃の余裕の笑みや器の大きさが信頼からくるものだったならば、今のこの“たった今、この時”を大事にしようとする輝きは…………ああなるほど、これが恋か。
…………エ? いやいや……エ?
「お……っ……お館様、その……不覚ながら、少々腰が砕けたというか……! しばらくこうして、腕を抱いていても……」
「え、い、いや……それは、べつにいいけど……」
「そ、そうか。それはその……た、助かりましゅる……」
「───!」
うわっ……う、ううわーうわーうわー!
ちょ、あの、桔梗さん!? 桔梗さん!?
若返った顔でその寄りかかってますって笑顔、反則すぎるんですが!?
ていうか口調とかちょっとおかしくない!? ……って、耳赤っ! 俯いても解るくらい顔とか首とか赤っ!! あ、今噛みました!? 噛みましたよね!? そりゃ赤くなるよ!
いや、けど、これってば……え? あの、もしかして、だけど。
今さら、って言葉はあれだけど、恋……してらっしゃる?
い、いやもちろん俺だってそういうものをつついて楽しむつもりはないし、言った通り今の自分を楽しんでるってことに繋がるんだからむしろおめでとうってことで───相手俺ですが!? この場合俺からおめでとうってなんか違くない!?
「………」
「……ま、がんばんなさい?」
「あの……きちんと、受け止めてください……ね?」
「……ウン」
うん僕頑張る。
誰かに言われると、どこか他人事に思えたことが自覚として芽生えるのを感じた。
そ、そうだよな。信頼で、じゃなくて、きちんと恋した上で信頼も得られるよう、頑張ろう。
それは受け止める側の俺がきちんとすることだから。
でも……恋か。恋かぁあ……!
え? もしかしてこれから、こんな風に信頼が恋に変わる人がいっぱい出てきたり?
「………」
俺、無事に済むのだろうか。
そんなことを、私も私もとねだり、柄に額への頭突きをされながら……思ったのでした。
ていうかなんでいきなり? 信頼が恋に発展するようななにか、あった?
俺がしたことなんて、額くっつけて、生意気にも威圧感出して言葉に氣を乗せるようにして命令をしてみただけですよ?
…………もしかして一度そういうことされてみたかったのかしら。
い、いやっ、まさかね? まさかねぇ! あはは、あはははは……!
…………あれ? でもあの、夜のアレの時とか、強引に押されるのとか強気で攻められることに弱かったような……アレ?
「………」
とりあえず恥ずかしさを頭から逃がすために、祀瓢とごすごすと頭突きし合って忘れることにした。
はっはっはこやつめ、ノリにノって何度も頭突きしてきよるわ。
もちろんそんな強くはやりませんがね。
ああ、もう、恥ずかしいったらない。