で。
「それでなに? なんだって急に人のこと縛ったりしたの。いつものあれ? 露出がひどい~ってやつ?」
「………」
「………」
「……二人とも。なんで俺の背中に隠れるかな……?」
流れからして正座してるような場面でしょーが。ああいや、これ、風蓮は擁冥の真似してるだけだよな、絶対……。
擁冥は完全にとばっちりだし、怒られる謂れといえば、間違った方向に引っ張ったってだけで。
「………」
それにしても、ほんと似ている親娘である。外見と、元気ってところはこんなに似てるのに、中身は結構違う。
町人と果実とかの収穫をするのが楽しみのひとつっていうのも同じなのに、肌を晒すのは嫌いだしお酒は苦手だし。外見年齢が同じな所為で、双子って言われたらなるほどって頷けるレベル。なもんだから、怒る雪蓮も少し調子が狂うって様相で溜め息を吐いた。
「……昔っからだけど、自分を叱ってるみたいですっきりとしないわねー……あの頃はそれこそ昔の自分をって感じだったけど、今じゃ鏡を見て自分に文句言ってるみたいじゃない……はぁ。まあいいわ。それより一刀、暇してるならお茶しない?」
「お茶? 酒じゃなくて?」
「お酒の方がいいならそうするけど。紹がいるならお酒はまずいでしょ? なにも先に来てるコ追い出して、一刀のこと独占しようとか思わないわよ。このコ、そういうこと嫌いだし」
「………」
「えとー……ねぇ? 紹? せめてなにか喋らない? 人のこと縛る時もそうだったけど、なんだって無言なのよ」
「ああ待った待った。今、ふぁん───こほん。紹は、いろいろあって俺の提案を受けて静かにしてるだけなんだ」
「一刀の提案? んー……この、対価にうるさい紹が、よね? ……ははん? 紹、あなた……真名でももらった?」
「!!」
「あっはははははっ、わかりやすいわねー♪ ん、いい反応いい反応っ! あ、ところでどんなの? 教えてもらえるのよね?」
楽しそうに笑う雪蓮を前に、にこりと笑って言ってやる。
「ああ、それは無理」
もちろんNOである。だって真名だもの、親だろうが知りたければ本人の許可を得るべし。
「へ? な、なんで!? 私、母親よ母親! いーでしょべつにー!」
「真名はもう紹に預けたし、俺の一存ではいどうぞは違うだろ。知りたきゃ信頼勝ち取ってきっちり受け取れって。俺だって初めて呉に来た時は、“どっちでも”そうして苦労したんだから」
「んっ……うー……まあ、そう、ね。そりゃそっか。じゃあ紹? 真名を───」
「───、」
「うわはー……こんなあからさまな顔逸らしとか初めて見るわー……しかも自分がされるなんて。小さい頃の小蓮だって、まだこっち見ながらの逸らしだったわよ……? あ、じゃあ循。循は教えてくれるわよね?」
「……!」
質問をされれば、ぴくりと肩を弾かせて俺の背にさらに隠れる循。
「……雪蓮。普段この二人にどんな接し方してるんだよ……」
「なんでー!? や、やさしいわよ!? やさしいわよぅ! 暇さえあれば声かけたりお酒誘ったり遊びに誘ったり!」
それを真似てさらに隠れる紹の姿を前に、今日も雪蓮は元気である。そんな元気が有り余っている雪蓮へ、質問を投げてみよう。
「……雪蓮の暇じゃない時っていつ?」
「…………」
「言った傍から自分が目を逸らすなよ……」
最近は真面目に仕事してるんだから、きちんと胸張って言えばいいのに。
……あれか。遊んだり酒飲んだり町人の収穫を手伝ったりばっかりだったのが長く続いた所為で、働いても足りてる感じがしないとかそういうやつか。
「こういうのってあれよね。きっと冥琳にはあ~っさり教えちゃうとかそういうのよね。ぱたーん、とかいったっけ?」
「まあ、俺もそうなるんじゃないかなとは思ってるけど。……紹? 雪蓮にやってほしいこととかはないか? 循も、隠れてないで出てきなさい」
「………」
「………」
「紹、循の真似、もうやめていいぞ」
「ぷあぁっはぁあっ!! 素直に受け取るわ! ありがとう父さん! うん、無理ねこれ! 黙ってるとか私には向かないわ!」
「ていうか一刀? なんで私がなにかすることになってるの?」
「そりゃ、真名を聞きたいなら信頼と……紹の場合ならもひとつ、対価だろ」
「あ、そゆこと? んー……でもなぁ、この娘ぜ~ったい、とんでもないこと言ってくるでしょ。私だってもし真名を決めてくれたのが一刀だったら、その対価は結構なものになるわよ?」
「さっ……っ……酒か……!」
「違うわよ失礼ねー!」
確信し、声が漏れたのちにごくりと息を飲み、言葉にする……なんてリアクションも混ぜての発言。もちろん冗談だと返すと、雪蓮も解っていたのか笑って返す。
そんな俺達を見て、紹は警戒を緩めるように頬を緩め、循は俺の腕に抱き着いて……いやちょ、離れなさい、甘えられるのは正直嬉しいけど、誰かの前だとやっぱり少し恥ずかしい。
「と。気も緩んだところで、ぱぱーっと真名を教えてくれる気に───」
「ならない」
「なによケチねー。これから一緒に呉を盛り上げていく仲だっていうのに、なにが気に入らないんだか」
「かつて、親族に鏡映しとまで言われるくらい母さんに似ているって言われた私なのに、その親が! そそっ、そんなちょっと激しく動けば胸がこぼれそうな恰好とか、お腹とか見えてるし足なんて丸出しみたいなもんだしととととにかくそういうのが嫌ほんと嫌ぜったい嫌! 民と一緒に汗だくになりながら収穫の手伝いをした頃のこと、今でも覚えてる! 初めてやった時、民の笑顔がすごく近くて嬉しかった! 自分の母親が誇らしいのと一緒に、そんな瞬間にもいやらしい目で見る男が居るのが悲しかった! それが自分の母親なら猶更なのは当たり前でしょ!? 衣服はちゃんと着て! 肌を軽々しく人にさらさないで! 自分と鏡映しってくらい似てるっていうのを置いておいても、あなたは私の母親で! 私にとっての憧れなんだから! っ……あんな目で見られることを、自分が惚れた男性以外に許すな!!」
びっしぃーん! と。
指さしてまで、怒鳴るように言い放つ紹は、既に俺の背から離れて立ち上がり───雪蓮と同じ目線の高さで己の気持ちをぶちまけ───…………やがて、ゆっくりと表情を落ち着かせ、ずびしと指さしていた手を下ろし、頭を抱え、その場に蹲った。
「あ、あぁえっと……お前まだその癖直ってなかったのか? そ、そうだなぁ、余計なこと言っちゃったかもだなぁ。特に最後あたりのことは、思ってても言うつもりとかなかったんだよな? だだ大丈夫だぞ? 父さんはほら、ちゃんと解ってるから」
孫紹。元気っ子。即断即決大好き。喋るにも遊ぶにも迷うよりは突っ込むタイプ。
その所為なのか隠し事には向かず、いや、むしろ本人は隠したいことが結構あるのだが、感情的になると口が滑りやすいっていうか……まあ。
でもそればっかりは言わなきゃきちんと伝わらなかったと思うし、みんなも懐かしいこの大陸に戻ってきてからというもの、日本で買った衣服よりもこっちの衣服を着ることの方が多くなったし……そうなれば、その見た目もいつかの服のようになっていくわけで。
そうだな。そうだよな。いろいろきわどいよなぁ呉の皆さまの衣服。
おぉよしよしと紹の頭を撫でてると、雪蓮が“たはー”と溜め息。
初めて出会った頃よりもよっぽど幼いその姿に、その態度はあまり似合っていないのだが、それはまあ経験からくるアレコレなのだろう。
「あーもうはいはい、わかった、わかったわよー。ただ暑い日とかは勘弁してよね?」
「厚着に慣れてる人から見れば、雪蓮の服って年中無休で水着を着てるようなものだと思うぞ?」
「……ちょっと待って一刀。それほんと? 一刀から見ても?」
「まあ、そうだな」
「………」
「………」
「そっ……そ、そうね。確かに。どうでもいい男に見せていいほど自分を安く思ったことなんてないし、ええっと……一刀」
「ん、なんだ?」
「……今すぐ服、作って。肌を隠せるくらいの、でも暑くないやつ」
「そりゃ頼めばやってくれるとは思うけど……また急だな」
「一刀がそう感じるってことは、日本の人とか、あ、ううん、言っちゃえばこの時代の人から見れば年がら年中水着で歩いてる人って認識ってことでしょー!?」
「え……あ、まあ……そうな」
そうな、なんて“戸惑ってます”な返事をこぼしながら、「なんで早く言わないのよもー!」と怒る雪蓮を前に頬を掻く。
それから町へ繰り出して呉服へ直行。
“服のことならなんでもお任せぇん!”と仰る筋肉ゴリモリマッチョな店員さんと相談をして───……いや、俺この人知らないヨ? 貂蝉? チガウヨ? だって貂蝉は日本で及川と一緒に居た筈だし、ねぇ? ハハハ、気の所為気の所為。
「~……!」
あとなんか雪蓮が可愛い。
今さら気になり始めたのか、やたらと肌を隠すようにして歩くようになって、見られてる感覚がいやなのか、顔を赤くしてきょろきょろしてる。
「なんだってまた急にそんな恥ずかしくなったんだよ」
「しょっ……しょうがないでしょ……! なんかこう、肉体的っていうの……? 若返った反動っていうのか、肌を晒すーとか、一刀以外にーとか意識してみたら、急に恥ずかしくなっちゃったんだから……! わ、私だってね、相手が一刀か冥琳じゃなきゃ、肌を晒すなんて……!」
「そこに冥琳が入ってるあたり、ああ雪蓮だって感じだよ」
店員さんと相談、とにかく肌を隠せる、ぴっちりとしてなくていい余裕のあるものを欲した。
下はどうするって話になった途端、迷うことなくズボンタイプを選んだ時は少々驚いた。
そうして理想の全てを追及した、今この店にある服で選ばれた雪蓮の服装が───!
「………」
「「「………」」」
なんか自室で怠惰の限りを貪らんとする、働きたくないでござる系のファッションがそこにあった。
「却下」
「なんでー!?」
顔に“楽でいいわ!”を滲みださせていた彼女にキッパリ言ってやった。
他の男の視線が気になるくせに、なんだって女性としての立ち方を靴の底で蹴るような恰好を好むのか。
「紹」
「ここに」
「循」
「……にー」
「好きに決めてやれ」
「「御意」」
指示してからは早かった。
女性としても母としても恥ずかしくない存在にすべく、二人はともかく雪蓮の改造に目を輝かせる。
「え? や、べつにちょっ、このままでひゃんっ!? いいでしょってやめなさいってのちょっと! あ、あーっ!」と騒ぐ雪蓮の声も右から左。
知りなさい、かつての呉の王よ。
女性に服を選んでもらうということが、どれだけ疲労するものなのかを。
いや、この際かつての頃に散々と女性に振り回された俺の経験とかはさて置こう。
「ところでご主人様ん?」
「………」
「あ~ぅらぁん? ンご~主人様っとぁ~らぁん、無視? 無視しちゃうのん?」
「……誰?」
「どぅぁ~れと訊かれればァ! 名乗って魅せるが
「……ああ、うん。解ってた。北郷解ってたから、ウィンクで突風吹かすのほんとやめて……」
言葉を区切る度にくねりくねりとポージングするその姿に、目を細めてぼやかすくらいしか俺には出来なかった。直視して吐き気にでも襲われようものなら、介抱という名の熱い抱擁が待ってそうな気がしたから。
「えっ……と。こっちまでは、どうやって?」
「え? 普通ぅう~に走ってきたけどん?」
「………」
安心した。なんか、無意味に安心した。
これで空飛んできたとか言われても信じそうだった俺の心は救われた。
だって貂蝉なら海くらい走って渡れそうだし。
そもそも飛行機に乗れないだろ。紐パン一丁のモンゴルマッチョを乗せてくれる空港なんて……いや、あるかもだけど。
警備員さえもウィンクで吹き飛ばして包囲されそうって思うのは、俺の考え方の基準がおかしいんでしょうか神様。
「あ……そういえば及川は?」
「あぁそれなんだけどねん? なぁ~んか最近、ほんといろぉんな人につけ回されてるみぃ~たいでぇぃ、参ってるようなぁ~のよん」
「尾行まわされて、って……俺関連のことで?」
「そう。ご主人様ったらもうこの世界じゃ有名すぎるからねぃ、上手く取り入れようって、周辺から当たってってるみたいねん」
「………」
家から一歩出れば、既に監視されてる……みたいな感じか。
こっち……大陸側ではそんなことは出来ないんだろうけど、あっちは国がどうこう以前に新聞側も少しでも話題をって、“仕事”をしまくるんだろうし。
どうしたもんかな。
いっそ、及川もこっちに…………ああいやいや、あいつにだってやりたいことの一つや二つはある筈だ。
それをいきなり“こっちに来い”なんて言えるわけがない。言ったところであいつが頷くかも解らないわけだ。
いずれ俺達も向こうに戻って道場を継ぐわけだし、戻ってからのことも考えないとなんだが。
どうしたもんかな、ほんと。
「父さん! 見て!」
と、溜め息を吐く現状とは裏腹に、呼ばれて振り向けば心ときめく光景。
一人は母親だというのに、外見年齢から背格好も一緒ということで、双子とその友達が綺麗な服を着ているようにしか見えない光景に、暗い思考も吹き飛んでゆく。
「ふふんっ、どう? 自分で言うのもなんだけど、結構似合うと思うの! あ、もちろん母さんもよ? 露出を殺しても悪目立ちする胸だけはどうしようもないけど、いい感じでしょ?」
「あ…………あ、ああ。うん……ああ。よく似合ってる」
「そうよねっ!? どうどう母さん、私の言った通りじゃない! やっぱり母さんよりも私の方が、きちんと相手の目線からも敏感ってことよねっ! あははっ!」
「なんか腹立つわね……むぅ、でも似合うって言われて嫌な気分はしないわ。一刀、お世辞とかじゃないのよね?」
「今さらお世辞言って真面目に受け取って貰える仲じゃないだろ。似合ってるよ。本心だ」
「あ……そ、そう。うん。そうね。解った。じゃあこれ買うわ」
きちんと目を見て言ってみれば、雪蓮は耳にかかった髪を指でくしくしといじって、しっかりと購入宣言。着たまま貂蝉のもとへ行くと、「一刀にツケといて」おぉおおおぃいいいっ!!?
「お前ほんと遠慮ないな! 給料ちゃんともらってるだろ!? そりゃ買って贈ろうとは思ってたけど、ツケといてって言われて黙ってるのと贈るのって意味とか大分違うよな!?」
「あ、あはは、じょじょ冗談冗談、冗談だからそんな怒らないで……? ちょっとその、恥ずかしさとか紛らわせたかっただけだから、ね? ねっ?」
「……紹、循。おいで。お前らのは買ってあげるから。雪蓮のは知らん」
「え、や、ちょっ……ごめんったら一刀~っ! 私だって服とか贈られてみたいんだってば~っ!」
二人を両腕で促して清算するために貂蝉のもとへ───と歩き出した俺の服を引っ張る雪蓮さん。
「ねっ? ねっ? お願いっ! あの時代のこの年齢くらいの私って、こんなふうに着飾ったりとかしてる余裕なんてなかったし、ましてや隣を歩ける男なんて居なかったから、服を贈ってくれる人なんて……だから……」
「………」
声から元気が無くなる。
振り向いてみれば、俯いている雪蓮。
「……! ……!」
俺が促す右腕側では、循が懸命にくいくいと俺の腕を引っ張り、なんとかしてとばかりに俺を見上げてきている。
いや……そうは言うけどな、循。いや言ってないけどな、循。
「………」
「………」
本来ならなんというかしんみりするような状況なんだろうが、まあ聞いてくれ、呉に生きた北郷よ。
俺の足、片方浮いたままなんだ。体重は前方に向いたまま。意味が解るか?
つまり───
(……こいつ、意地でも俺をこれ以上先に進ませない気だ……!!)
雪蓮、恐ろしい娘っ……!! よもやこの北郷の体を、服を抓んだ指先だけで支えてみせるとは……!
「はぁ……わかったよ。贈らせてくれ、雪蓮。その、悪かった。よく似合ってるよ。本当だ」
「あ……一刀~っ!」
ああ、綺麗な笑顔だ。贈られて嬉しいってのは本当らしい。
つまり今のは、本当に欲しいものを贈られたいっていう我が儘だったのだろう。
孫家の長女として立ち、戦でも前線を往き、街でも好き勝手に振る舞おうが、本当に必要なことはきちんとやっていた。
そんな彼女が服が欲しいとおねだりをしたわけだ。
「………」
なんか、少し嬉しいって感じた。
それが、酒だとかつまみだとか暇潰しだとかではなく、自分を着飾るなにかだったってだけで、嬉しいって感じた。
そう感じたなら、贈らないとだ。いや、むしろ贈りたい。自分が贈ったもので喜んでもらいたい。
……たまにはいいよな、こういうのも。
ちなみに。
服の合計金額は、それはもうとてもステキなものでした。
しばらく買い食いとかを控えなきゃいけなくなるくらい。
や、まあ。このあと、約束通り茶に付き合うくらいはしたんだけどね。