番外いのじゅうさん/元気すぎて、苦労人
話をしよう。
あれは今から1秒……いや、5秒前の出来事だ。
俺にとっては今しがたの出来事だったが、キミたちにとってもたぶん……同じことだ。
俺には桂花に名づけられた72通りの蔑称があるから……なんと呼ばれたらいいのか……。
確か、最初に会った時は───って、それはいいから。
「ん~♪ やっぱり慣れ親しんだ味ってあるわよね~♪ 日本の緑茶もいいけど、こっちで飲む緑茶も懐かしいって味がするわ」
現在、とある茶屋で雪蓮、風蓮、擁冥の四人で茶と菓子を飲食している。
俺はといえば、その茶の中でも紅茶を選び、風味を楽しみつつちびちび味わっているわけだが
……落ち着くなぁ。雪蓮が一緒なのに落ち着けるって、珍しいことだよな、うん、ほんと、まったく。
ラプサン・スーチョンか……うん、悪くないかも。
ただ一杯だけ淹れられて味わうのではなく、茶器ごと置いてってくれるから、味の変化を堪能できる。
ラプサン・スーチョンは一杯ではなく回数で味わうものだって誰かが言っていた気がするけど、なるほど、これは面白い。
「~♪ あ、父さん、お茶がないじゃない、注いであげるわ」
「お? ああ、ありがとう」
鼻歌を歌っていた風蓮が、俺の傍にあった茶器で紅茶の茶葉を泳がし、淹れてくれる。
一杯目はりんごのような香りだったのが、気づけば別の香りに変わっている。
飲みながら面白いって、斬新だ。
そして風蓮が上機嫌な理由は雪蓮の格好からだろう。
きちんと胸元が隠され、肌の露出もとことんなく、それでいて機能性に優れ……って、着たわけじゃないから機能性云々はわからないな。
「はぁ……なんかこういうのもいいわよねー。なんていうの? のんびりお茶する~っていうのも」
「雪蓮はいっつも、のんびりはしても酒飲んでたもんな」
「うわ、やぶへびだったわね……。まあほらほら、そーゆーのはいいから。もっと楽しい話とかするわよ? ね?」
「楽しい話かぁ……たとえば?」
「んー……そーねー……。あ、そうだ。ねぇ一刀? あのさ───」
「? うん」
真面目な話か? と少し姿勢を正すと、雪蓮は真剣な顔で言った。
「日本でさ、げーむ、やったじゃない? あれってこっちでも出来ない?」
瞬間、俺の脳裏にはジャージを着ながら腐った目で画面を見つめ、ポテチを食んでコーラで流し込む元呉王の姿が───
「蓮華が泣きそうだからダメ」
「え? 蓮華? なんでここで蓮華が出てくるのよ」
勝手に口からこぼれた言葉に、雪蓮が当然の疑問を投げてくる。
うん、そうだよな、そう思うよな。
“そこに到ってしまう人”っていうのは、誰もがきっと最初はそう思っていないんだと思うぞ?
もちろん少しの娯楽のためって意味でなら、いいなって頷いてやりたいのに……サボリ王として名高い雪蓮だもんなぁ。
“そうじゃないところ”を見ている各世界の北郷でさえ、“あの孫策が!?”とか“いくらなんでも戦場とで別人すぎるだろ!”とか驚いたくらいだ。
「いや、雪蓮の場合、新しい娯楽が増えるとサボってでもそこに通い詰めになりそうだし」
「あっ、失礼ねー。私だってちゃんと考えて言ってるわよ。そんな、冥琳に小言言われることをわざわざ選ぶわけないじゃない」
「選んでたから毎度怒られてたんだろ……」
そして、また“ぐさっ”と言葉が突き刺さったらしい雪蓮は、頬を膨らませてそっぽ向いた。
その姿はまんま、ゲームを買ってもらえずに拗ねる子供のようだった。
子供の前なんだから、せめてシャキっとしてください元王様。
こんな話題が出れば、普通なら“げーむってなに?”とか訊いてくるであろう元娘たちも、雪蓮の反応を見るに“触れないほうがいいもの”として判断したんだろう、話題にノってはこなかった。
だって、話題に乗ればこの元呉王様はニヤリと笑い、娘を盾にゲームの良さを説きまくるに違いないのだ。で、用意してあげなければ娘が風蓮が可哀相~などと……ああうん、適当に想像してみたけど本当に言いそうだから困る。
「母さんの言うげーむっていうのがどんなものなのかはわからないけど……あ、げーむはわかるわよ? 娯楽のために、町人の子たちと遊んだ記憶もあるし。ただ母さんの言うげーむが“それ”って感じはしないから……興味はあるけど。でもわたしはあの……ぱそこん? っていうのが気になるわ」
「あ、一刀、それ私も。なにあれ」
「………」
「1から説明するのも難しい質問が来たなぁ……」
擁冥も頷いている。さすがに説明しないわけにもいかないわけだが、どう説明したものか。
子供の頃とかはほら、あれだろ? パソコンってなんでも出来る秘密の箱、みたいなイメージがあったりした。
だって、子供から見た大人っていうのはパソコンと向かい合っているイメージだったし、父親が会社へ仕事に、ってきたらパソコンを操作しに行くイメージを働かせる人って多いと思う。
ただ、そこでなにをしていると思う? と訊かれたら、言葉は案外詰まるもので……。
世界のパパりんや、懸命に仕事をしている青年さん方は、果たしてPCでなにをしているのか。
ほら、説明なんて出来やしない。
しかし執務室にどどんとPCが置いてあるのに、なんの説明もしないわけにもいかないわけで。
かといって、ここで“夢と希望が詰まった箱サ!”なんて言おうものなら、この元王様の目はきゃらんと輝くわけだ。
……そんなことしてみろ、俺が冥琳に怒られる。
なので無難な言葉で誤魔化した。娘たちよ……弱い父を許してくれ……と言うまでもなく、風蓮が“あー……”って感じの顔をしていたのが、それだけで関係の深さっていうか、娘にしっかりと行動予測されてるんだなぁとしみじみ。いや、俺がじゃなくて雪蓮が予測されているって意味で。
擁冥もこくこく頷いてるし。
おーい雪蓮さーん? キミ、こっちに夢中な死角の先で、結構ひどい悟られかたしてるぞー?
「で、これからどうしようか」
「え? ぱそこんの話、もう終わり? んー……一刀が決めていいわよ? こういうのって男がえーっと、えすこーと? するものなんでしょ?」
「や、だからさ、俺も報告や地図としては町の見取り図とか人の出入りとかは把握してるけど、そこでどんなことをして、誰がどう気に入れるかは完全に把握してないんだってば。あの頃と今とじゃ違うだろ? まああの頃って言ったって、俺もみんなが床に臥せるようになってからは、町に行くよりも鍛錬するか竹簡の文字を本にする作業ばっかりしてた気がするけど」
「あー、あれめんどいわよねー。冥琳に全部押し付けたら雷おっこちたことあったわ」
「全面的にお前が悪いだろそれは」
「……ん、ん」
擁冥にまで頷かれ、ばつが悪そうにとほーと溜め息をつく雪蓮。
そんな母を見て、とほーと溜め息を吐く風蓮。
溜め息吐かれまくりだなぁこの元王様。
「でもさ、結局のところ、誰に訊いたって“まだ詳しくない”としか返ってこないでしょ? だったらここは一刀がえすこーとしても同じなわけじゃない」
「む……まあ、そうだな」
「だったらほらほら、ちゃんと楽しませるべきじゃない? 女の子に退屈させちゃ、天の御遣いの名が廃るわよー?」
「今はお前も御遣いだってこと、忘れてないよな……?」
けどまあ結局は案内する。
何処で誰が喜んでくれるかも微妙な現在。
あの頃のままなら、“ここの店主はああだから雪蓮なら喜ぶだろう”って予測も出来たろうに、今はそれが出来ない。
しかしながらそれを理由にしたら何もできなくなってしまうので、結局は一度はぶつかってみなければわからないのだ。
いや、そりゃ、挨拶がてらに回ったことはある。
どんな店かも見たりはしたんだ。……それでもやっぱり“けど”がつく。
こういう場合の“けど”は、記憶力云々よりもじっくり見ている暇がなかった、っていうところに落着する。
あの頃のように一から関係を、って各国を回ったり一人一人とじっくり話したり、なんてことをしていないからだって想像はついている。
そういった最初から自分も関わって完成させてゆくものと、もう完成してしまっているところに自分が混ざるのとでは、やっぱり理解の仕方っていうのか? が、違うのだ。
「あぁ御遣い様っ、いらっしゃい! 見てってくださいよ!」
「御遣い様じゃないですか! こっちこっち、見てってください!」
しかし、まあその。
歩くだけで声を掛けられまくるのは、今も昔も変わらない。
あれこれやっている内に饅頭屋の小さな卓に座らされ、俺が座ったならと雪蓮も娘たちも座ることになり……あれ? これ、関係がどうとかってどうでもいい話になってない? むしろ歓迎されまくりな気が……なんで?
などと困惑していると、雪蓮が肩の力を抜くようにハフーと溜め息を吐いて、言った。
「噂の御遣いの伝説が残ってて、しかもその本人が居て、しっかりと良い統治をしてるなら、慕われて、歓迎されて当然でしょ? 昔と大して変わらないに決まってるじゃない。……はぁ、ほんと、一刀と町に来ることで困ることがあるとしたら、呼び止められる回数の多さよねー……」
「ぅ……雪蓮だって自国ではずっとそうしてただろ。って、ちょ、おばちゃん、俺今日もうそんなに持ち合わせがっ……! え? お金はいい? いやいやそういうわけにはっ! っておっちゃん! だから持ち合わせっ! いやいいじゃなくて!」
「父さんの人気は相変わらずすごいわね……見習えるなら見習いたいけど、これってそういうものではきっとないのよね」
「………」
人気って類のものなのか? これって。嬉しくないわけじゃないけど、実際先に進めない。
蜀の記憶でも桃香が子供たちに捕まってたって光景があったけど、まさか俺自身がこんな……。
……これが祭さんだったら、別の意味で捕まって大変なんだろうなぁ。
などと、いつかの日、かけっこみたいなので祭さんと競ったのを思い出した。
「父さんにあって私にないもの……なにかしら。ねぇ循? 循、循。なんだと思う? こういうのは自分で自分を振り返るより、他者の意見が一番わかりやすいと思うのよ」
「……仁徳と人徳……?」
「ちょっとそこの路地裏まで顔貸しなさい」
「!? ……! ……!!」
はいどうぞとばかりに答えを促され、ぽろりと口にした擁冥が風蓮に腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。
しかし擁冥の抵抗は見事なもので、頭を横に振りながら俺の腕にしがみついて……ってやめなさい! そこで父さんを巻き込むのは!
「誰の人徳が残念だっていうのよちょっと! 言って言うのよ言いなさい!」
「こーら、紹~? 自分から訊ねといて、気に入らなければ絡むのは性質が悪いぞー」
「だ、だって循が!」
「言われたことにムッと来た時はだな、自分が本当にそうでないかを考えてみるんだ。しっかり考えてみて、“そうでない”と胸を張れるなら怒れ。妙に納得した場合は諦めろ」
「~……むうっ。たしかにそれはそうだわ。父さん父さん、人徳や仁徳ってどうすれば鍛えられるのかわかる? これでも人を邪険にした覚えはないはずなの。ていうか人の手伝いばかりしてたわりに、人徳がないとか言われるのは軽く胸に突き刺さる言葉だわ。たとえ褒められたくてやっていたことじゃなかったとしても」
「そうねー、紹の場合はもうちょっと落ち着いて物事を見る、って意識を働かせたほうがいいかもよ?」
「血を見ると暴れ出す母さんに言われたくない」
「!? ───」
雪蓮、言い返されて、卓の上に組んだ腕に顔から突っ伏すの図。
ほんと、どうしてこの元王様はこんなに、細かな弱点があるのか。
全部自業自得とはいえ、もうちょっと庇ってやれる存在であってほしい。
と、そんな時、饅頭屋から離れた道の先、あそこは───……な、なに屋だったか? ともかく店っぽい場所から出てくる冥琳を発見。
俯きながら、卓に乗せた両手の指をこねこねして暇を潰していた擁冥が、ぱっと顔を上げて……冥琳を発見。
俺の服の端をきゅっと摘んで、くいくい引っ張ってくる。
あ、うん、気づいてる、気づいてるからやめて? 服、伸びちゃうから。キミたち武官だろうが文官だろうが妙に力強いからやめて?
(……たまに、いらないこと考える時ってあるよね)
こんな時、以心伝心とかって可能なものなのだろうか。ほら、今も擁冥が、俯いていたにもかかわらず冥琳に気づいたみたいにこう……ピキュリリィイインって。
そんなことを考えてしまったので、やるだけやってみようか? なんて結論に至ってしまう。
饅頭屋でのんびりしているのに、大声で呼ぶのもなんだ、とか思ってしまったのがそもそもなんだが。
(ただ“助けて冥琳”とか念じるのもなんだし……うぅん)
意識して……飛ばす!
言葉にせずに伝えるとか、普通は目で通じ合う~なんてことがなければ無理なんじゃないだろうか。
しかしものは試し。遊び感覚だろうと真剣に思念を飛ばすつもりでやってみる。
(地獄よりの使者が今まさに貴様の存在を呼び求める……! 冥琳……冥琳! 罪深き汝の名は冥琳───! 汝、今こそ盟約の名の下に呼びかけに応えよ……!)
……なんか邪神召喚の儀式めいた言葉になったけど、遊びってこういうものだと思う。
なので無駄に氣も込めたつもりで思念を送ったつもりになると…………遠くに見る冥琳の肩がびくりと跳ねるのを確認。
電波的ななにかでも受信して、悪寒が走ったんだろうか……少しキョロキョロして、俺達を……というか冥琳から見て丁度背中しか確認できない雪蓮の姿を見ると、隠すこともせず盛大に溜め息を吐いているようだった。
いや、だってほら、片手を額に当てて、それはもうわかりやすい行動で“はぁああ……!”って溜め息ついてますな様相だし。
それでも律儀にこっちに歩いてくるあたり、やっぱり冥琳って…………冥琳だなぁと。当たり前のことなんだけど、面倒事でもきちんと首を突っ込んでくれて、解決解消を手伝ってくれる。
……うん、むしろ巻き込んでごめんなさいって罪悪感さえ浮かんできた。
「雪蓮」
「え? あ、冥琳じゃない」
やってきた冥琳にどうぞとばかりに椅子を用意すると、そこにきちんと座る。
擁冥と雪蓮の間に座るかたちになったんだが、その過程で大きくお揺れになったたわわさんを見て、擁冥がぴしりと硬直。
風蓮を見て、俺を見て、冥琳と雪蓮を見比べて、だ、だからやめなさい! なんで服を引っ張るの! やめて!?
自分の体はいくらでも鍛えようがあっても、服は鍛えようがないんだから!
惑星崩壊級のダメージをくらっても案外無事なドラゴンなボールの世界の服とは違うんだからね!?
と、冗談はここまでにして…………いや、冗談ってことにしないと、結論から言って俺の懐の中身とかが……。
(……なんで呉の皆さまってほんと、露出度高いんだろうなぁ)
雪蓮の姿が落ち着いたものになったからだろう、冥琳の露出度がかえって目立ってしまっている。
さらに言えば冥琳と擁冥は姿が酷く似ていることもあり、まるで双子が並び、一人がほぼ胸が見えているような格好をしているとなると、大人しい擁冥の顔も赤くなるという、もの、で、だ、だから! 赤くなって俯きながら人の服引っ張るのはやめなさい! わかった! 買うから! 俺が欲しいものとか我慢すればいいだけの話だから!
「冥琳」
「うん? どうした、北郷」
「……、ええっとその」
あれ? でもちょっと待て。
こういうのってどう切り出せばいいんだ?
雪蓮もそうしたから冥琳もついでに、なんて言うのは───他世界の北郷さんがたが必死に“やめておいたほうがいい”って止めてくれた。むしろ俺もそれはないって思う。
じゃあ小細工抜きで“露出が気になるから服を買いに行こう!”って……あ、なんかネチネチと説教されそう。顔を赤くしながら目を伏せ、しかしガミガミ。
ならば……そう、こう……ね? ひとりの男子がひとりの女性に服を贈りたいって状況になれば───……そんな状況ってなんだ?
…………デート?
ポンと生まれた結論に、ぶわあっと恥ずかしさが浮かび上がってくる。
おぉおおお落ち着け、落ち着くんだ、でぇとなんてあの時代にもう何度もやったことだろう、ていうか慣れれば慣れるほど、ああいうのってデートって意識がなくなるから、出掛けたって意識しかないんだが!?
改まってするとなると、逆に意識しちゃって落ち着かないぞこれ!
だがやろう。
子に期待されたらば、親といふものは立ち上がるものなのでございましゃう。
ちょっと口調がおかしくなったけど気にしない。
なのできょとんとしている冥琳に…………冥琳に…………
(……あれ? この状況下で、デートしようぜっ! とか言うの?)
難易度どころか難度しかない状況に、早速自ら突っ込んでしまった。俺の馬鹿。
「そっ───」
「そ?」
「……相談が、あるんだ」
「?」
それなら言ってみればいい、という様相のまま、冥琳は逃げも隠れもしないから話してみろって顔で俺を見る。
違うんですそうじゃないんです。ここじゃないどこかで話し合いません? 具体的には呉服屋とかで。
ならば今こそと以心伝心を飛ばしてみると、冥琳じゃなくて雪蓮が“ははぁん?”みたいな顔をした。お前が受け取ってどうすんの!
「そうね、丁度いいからもう真っ直ぐ言っちゃいなさいって一刀。私とか紹と循はここで待ってるから」
「雪蓮?」
突然の言葉に、冥琳がなんのことだとばかりに雪蓮を見る。
そんな隙に、俺は俺でこれから一世一代の告白劇でも始めますみたいな状況の作り方はやめてくれない!? って意思を瞳に込めて雪蓮を睨んだ。
当然、楽しそうな笑顔を返されたよ。