ある年、とある村の作物が大豊作となった。
耕した田畑に氣を流し込めば土壌は活き、弱った作物は力を取り戻し、氣に当てられた弱い害虫がミギャアアアと滅ぶと、田畑は……大地はその力強さを思い出したかのように、作物を育んだ。
結果として大豊作は続き、一人の北郷が“お前はまるで神様の御遣いみたいだ”なんて言われたりした。一人の北郷っていうか俺なんだが。
そうした日々に埋没する中、村の人たちとの交流を続けながらも己の変化を待ったものの、やっぱり髪の毛は伸びないわけでして。今度はどんな外史に迷い込んだんだよ俺……と両手両膝をついて、一人頭を痛めた。
「本当に行ってしまうのかい?」
「うん。理由を見つけないといけないから」
「お前さんがここに居る理由、とかいうやつだったか? よくわからねぇが、大事なことだってんなら止めやしねぇさ。けど、俺らが死んじまう前に一度くらいは顔を見せに来いよ、坊主」
「帰れたらね。まだ地形とかもまるで知らないから」
「おう、期待しねぇでのんびり待ってやらぁ」
そして俺は、一年半をその村で過ごし、最低限の常識を自分に叩き込んでから村を出た。
時代は室町。こんな時代に送り込まれ、果たして俺は何を成せばいいのか。
途方に暮れつつ、若返った上に成長が停止した俺のまま、今日も今日とて鍛錬と休憩を忘れぬ自分のまま、流れの医者を続けた。
……。
旅をして、村から村へと渡っていくと、様々なものに出会う。
中でもとんでもないと思ったのが───
「クハハハハハ! 人間だ! こんな山奥で! 一人で! 馬鹿な人間! 恐怖に怯えながら死んで食われろぉ!!」
「───」
ふんどし一丁で、顔面を浮き上がらせた血管でムキムキにした変態だった。
なにやら物凄い勢いでズドドドドと走って来て、がぱぁと開けた口からはヴェロォリと舌が伸び出て……お、おう、そういえば“るろうに剣心”で舌が異様に長い蜘蛛モドキとか居たな。あれも自前だとか言ってたから、たぶんこの人もなんだろう。
けれどいきなり殺気まみれで襲い掛かってくるのはどうなんだろう。
あれか。あっちで言う山賊みたいなもんなのか。
「死ねぇ!!」
そしてストレートな物言いとともに、ヤスリかなんかで削ったんだろうか、五指より鋭く伸びた爪を揃えて、俺の喉目掛けて突き出してきた。
死ね、や殺すなんて言葉、正直左慈に言われ慣れてるからどうってこともないんだけど。
───凶器だと言える爪を突き出して、殺気とともに襲い掛かる。
……よーいどん、でしょう。
コッと浅く、けれど勢いよく息を吐いて、左手で半円を描いて爪の軌道を変え、右足と右手では震脚と掌底をかます。
あっさりと爪の軌道を変えられた血管ムキムキ男は驚愕を顔に貼り付け───た時には俺の掌底が腹に埋まり、直後にゲロを吐き散らしながら吹き飛んで木に激突した。
「げがぁあああっ!! いっ、痛ぇえええっ!!」
「へっ!?」
男が叫んだ。背中から木に激突したっていうのに、元気に。
え、いや、ちょ……あれで“痛い”で済むって……! あんな当たり方したら、普通は呼吸も辛くて言葉を発するのもキツいくらい悶絶すると思うんだが!?
「……ただの変態じゃないっ!」
気を引き締めろ! 恐らく彼は、この山にお棲みあそばれている山のヌシ的変態様だ!
大自然に適応しながら育ったからこそのあのふんどし姿……! なるほど! 男らしい! 自然の男……もとい漢って感じじゃないか! いつまでも未来の知識に振り回されるな! ここにはこの時代の常識がある! きっとアレはそう珍しくない変態なんだ!
だったら全力……! そう、相手が爪って凶器を抜いているなら、こちらも抜かねば不作法というもの……!
「………」
腰に括り付けていた黒檀木刀を抜く。と、その動作に気づいた血管ムキムキ青年がビクッと肩を跳ねさせた。
「っ!? 鬼狩りどもの刀……!? ……じゃ、ない……!? ヒッ、ヒハハッ!? 驚かせやがって! 木刀! ただの黒い木刀じゃねぇか!」
「───……」
すぅ……と息を吐く。上半身は脱力。下半身はどしりと構える。木刀は抜いたまま、正眼に構えるでもなく上半身の脱力とともにだらんと下げて。
「なんだそりゃあそれで構えてるつもりかぁ!? 食われる覚悟が決まったってんならぁ、今すぐ死ぬのを手伝ってやるよぉ!!」
飛びかかってきた相手が完全に間合いに入った瞬間、ソレを完了させる。
「───ブレードスナッパー」
それは歩法。それは舞い。それは剣術であり剣道であり剣舞であり武術であり医術。
長い時を強者に揉まれ、強者とともに生き、強者に強引に付き合わされ、医術の果ての者に叩き込まれた人体の動きの効率と発達と集大成の先のひとつ。
居合いではなく、どんな体勢からも最速の一撃を放ち、またそれを次に繋げるための動作の道の一つ。じいちゃんが言っていた、攻撃の度に武器を収める居合いでは隙が多すぎる。故に完成させた、教えてもらえた様々を組み合わせたのがブレードスナッパー。
こしゃっ
軽い音と一緒に、爪が飛んだ。
え、とそいつの表情が変わるより先に、氣を纏った連撃が男を叩く。
「うごごがごがぎがががぁあっ!? げぁ、はっ……な、なんっ……!?」
たまらず下がった相手と同じ距離をトンと移動して、その喉を木刀の先でズ、と軽く押す。その上で、ふうと息を吐いて……現状のまとめを始めてみる。まずは話を聞かないと、だよな?
「えぇっと、悪い。とりあえずまず話をさせてもらえると嬉しいんだけど」
「……、っ……!? ど、どうなってやがる……! 鬼狩り以外にこんなのが居るなんて、聞いてねぇぞ……!」
鬼狩り……って、さっきも言ってたな。……鬼? 鬼って…………
「………」
「……? ……?」
ただの血管ムキムキの青年じゃないか。
ちょっと白目向いちゃってるけど、普通にこっち睨んできてるし……この時代じゃこれが普通なのかもしれない。
鬼って意味でなら、鬼ほど怖い女性たちならたっぷり見てきたので、今さら俺は鬼だーとか言われてもなぁ。
ほら、攻撃速度だって左慈に劣るし。爪攻撃だって美以の方が素早いし、気配の殺し方なんて知りもしないから明命と思春相手に鍛錬を続けてきた俺にしてみれば……うん。ほら、ただの血管ムキムキで白目な青年、と書いて“
「……? 鬼ごっこでもしてるのか?」
「ごっこ? ……てめぇ馬鹿かっ!? この素晴らしい体を見て、まだ俺が人間だとでも───」
「個人差なんて人それぞれだろ。一見か弱そうで細ぉおい腕をしてる女の子が、饅頭屋のでっぷりした店主の腹よりデカい鉄球振り回して大岩を破壊するなんてよくあることだし」
「ねぇよ!? ねっ……ねぇよ!? あってたまるかねぇよ!!」
「……、知らないって……幸せだよな」
「なんでここで俺が哀れみ込めた溜め息吐かれてんだよてめぇぶち殺すぞ!! いいや死ねぇ!!」
ゾキンッ、と折れた筈の爪が一気に伸びて、俺目掛けて突き出された。
……あれ? 爪が急にここまで伸びるとか、本当に人間じゃ───あ、いや、どこぞの平穏な人生を求めた爆殺殺人鬼も爪が伸びるのが異様に早かったし、と考えつつ、爪が届くよりも先にズッ、と木刀を押し出した。
「げがぁっ!? ゲッ! ゲッハッ……!?」
氣の籠った木刀が喉を圧迫すると、そこから漏れ出た氣が喉に干渉。喉への異常にすぐさま喉を庇いに入った彼は、突き出そうとしていた手を喉へ向かわせ、咳込みながら距離を取る。……即座に同じ速度で距離を詰めましたが。
「げほっ……な、なんなんだ……! なんなんだてめぇは! 俺はっ……俺は鬼になったんだぞ!? 人も食った! それがっ……!」
「……その。人を食ったような性格をしている、とか……誰かに言われたりしたのか……?」
「そうじゃねぇよお前ほんとなんなんだよ!! くそっ……うそだ、俺は強くなったんだ……! 人を超えたんだぞ俺は……! 弱いわけがねぇ! てめぇは俺にっ! 殺されるべきなんだぁああっ!!」
「、」
あ、殺気。しかも濃厚。そう感じながらも突き出したのは掌底で、ヘコんだのは相手の腹だった。
再び胃液を撒き散らしながら吹き飛び、土の上を滑り、立ち上がろうとして───げぼごぼと胃の中のものをぶちまける彼。
「いでぇ……! い、いでぇよぉ……! なんでだよ……! 日の光を浴びたわけでもねぇのに、焼けるみてぇに痛ぇ……!!」
「その、一度落ち着かないか? まずはその血管ムキムキ度と、小学生でのクラスメイトで一人は居る、“俺、白目になれるぜすげぇだろ”奥義とか戻して……な?」
「これは自前だよてめぇほんとぶち殺す!!」
「自前なのか!?」
な、なんてことだ……! いつしか常識が非常識に染まっていたがために、コンプレックスをつつくような行為を……!
俺だけは……俺だけはどれだけ染まろうとも染まり切らぬと心に決めていたのに……!
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す───殺すゥウッ!!」
唸るような声から叫び声に変わるまでを殺すと吠えて、彼は地を蹴り跳んできた。
宙へと飛ぶためのものではなく、前進のための超低空跳躍。
結構な速さのそれに合わせて拳を振るえば、彼の顔面がゴシャアアアア……と歪み、これみよがしにビロビロビロビロと蠢かせていた舌が彼の尖った歯によってブチーンと空を舞った。
速度も速度だったために、振り抜いた拳にメキメキと何かが罅割れるような音が届いたんだけど───三度吹き飛んだ彼はやっぱり「いでぇ! いでぇええっ!」と叫ぶばかりで起き上がって……あ。なんか頬から煙が出て……エ? 頬が……溶けてる?
「え……え? 鬼? ほんとに? 氣で溶けるって……エ?」
いきなりの情報に頭が混乱を生み、左手はふるふる震えたまま口の傍へ、右手もまたふるふる震えたままに、やだちょっと奥さん……! とばかりに手招きに近い形で揺れていた。
鬼……え? 鬼!? 鬼ぃっ!?
じゃああの長い舌も、鋭い牙も、伸びる爪も血管ムキムキな頭も白目も、全部鬼だから!? ……あ、自前とか言ってたからそれは関係ないか。
「鬼狩りっていうのはじゃあ、お前ら鬼を倒す……」
「おかしな力を持ってやがる……! その力が強まる前に今ここで殺す! そして食う! 貴重な稀血かもしれねぇしなぁ!!」
「───鍵は氣。しかも攻や守のどちらかじゃなく、混ざった御遣いの金色錬氣……!」
つまり御遣いの氣は太陽の波紋……生命エネルギーと同じだった!? 相手が鬼で(吸血鬼かは謎)、相手が溶けるとか、それしか思い浮かばないし!
「人の速さが本気を出した鬼に敵うわけがねぇ……! てめぇは今から死んだことさえわからず死ぬんだぁ!」
「───」
錬氣、集中。
瞬時に漲らせた氣を右足に集中させて震脚。ドズンッと走る衝撃を螺旋エネルギーのように渦巻かせて走らせ、一方に集中させている内に瞬間錬氣。これを左足に。次いで左腕、右腕、胴、首、頭と全身に漲らせた。
漏れ出る微量の氣が、まるで体が光っているように見せるこれは、一種のブーストだ。
「……鬼は人を食うのか」
「あぁ!? ……食うに決まってるだろぉ!? 人が飯を食うように、俺達にとっちゃあ人が飯なんだよ!」
「人を食ったって言ったよな。俺も食うって、言ったよな」
「ああそうだ! だから今すぐ───」
「そっか……じゃあ───覚悟、完了」
人の形をしたそれを倒す覚悟を。
ドゴォンッと地面を蹴り弾き、生まれる衝撃を化勁で飲み込むと、地面を蹴った音に肩を弾かせた彼を……袈裟懸けに両断した。
「え?」
呆然とした顔のそいつが勢いのままに地面に激突して、追って振るう氣を纏った連撃が首から上以外をズタズタに破壊し、そいつが動けなくなったのを見届けてから息を吐く。
「ご、ぱ、ぁ……っ……! て、め……なに……!」
「居合いを使う人ってさ、達人級の人になればなるほど、驚くくらいの速さで納刀するんだ」
「あぁ……!?」
体はズタズタ、首だけで俺を見上げる彼に、ぽつぽつと告げる。
「ある日、思ったんだ。……その“驚くくらいの速さで納刀する”って行動を、どうして次の一撃にしないんだろう、って。なんでせっかく抜いた武器を、わざわざ納めるんだろう、って。居合いなんていう“
「………」
「完成には一歩、足りないんだけどな」
仰向けの状態で首だけで俺を見上げるその姿に、木刀に氣を込めて刃を作る。それを高速回転させて、疑似チェーンソーを作ると彼の首に近づけた。
「ひっ……ま、待てぇ! 頼むっ、殺さ───」
「お前が食った人もきっとそう言ったよな。口にする暇がなくても思っただろうな。……悪い、そういう問答は聞く気がないんだ」
そう返して、ゾン、と頭部を両断した。頭だけになっても喋れる存在をどうすれば殺せるのか、なんていうのがわからなかったからそうした。……ら、焦げる匂いと一緒に彼は塵となって消えた。
……なるほど、頭部の破壊、もしくは氣による首の切断、はたまた脳組織への太陽の波紋の注入、ってところだろうか。
早い話が太陽に当てること、と。
「しっかしなぁ……」
この歳になって、まさかの鬼退治とは。
鬼になった、とか言っていたからにはなる方法があるのだろう。そして、恐らくは一人くらいじゃ収まらない。
そして、倒す方法が太陽や御遣いの氣とくれば……ああ、ああそういうこと……? 北郷、このためにここにお呼ばれしたの……?
「神様……」
なんだか壮大な物語に巻き込まれたような気分だった。
三国志の次は鬼退治とか……ああもう……!
「この時代の有名人が全員女性になってるとか、ないよな……!? さ、さすがにないよな……!? 無いっていってくれ誰かぁあっ!!」
自分にはもう守りたい皆様がおります。家族がおります。大切な人たちで、浮気を許さぬ修羅なお方達にございます。もちろん北郷、浮気なんていたしません。既に大人数ととかそんな言葉は右から左で十分です。重要なのはこれ以上増やさないこと……。
北郷一刀……お前は立派にやったのだよ……。他の北郷がお疲れ様と疲れた顔で肩を叩いてくれるほどに……。
俺の、この時代の真実に向かおうとする意志は、この世界を強く生きる人たちが受け継いでいってくれるさ……。
大切なのは……そこなのだから……。
というわけで、出来るだけ平穏に、女性から隠れて暮らしたいなぁとか思うのでした。
……時代を進む先で、産まれた暴れん坊将軍とかが女性でした、なんてことがありませんように。
マ〇ケン顔の暴れん坊将軍 (女性)とか勘弁してください。いや、見てはみたいと思うけれども! あと役者じゃなく本人だから、マツ〇ン顔じゃないとは思いますけど!