ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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鬼狩り北郷さん④

 自分の体を氣と目で見直していく中で、自分は順番を間違えていたことを知る。

 普通の人ならば、余分なものを削ぎ落とし、その先で透き通る世界へ入ることが出来るらしい。

 俺の場合は世界への入門が先で、削ぎ落としが全然足りていなかった。そういうものだって認識してしまったがために、無駄に“蓋”みたいなものが出来てしまって、それを取っ払うのに苦労した。

 けれど少しずつ。確かに少しずつ、自分の枷を殺し、蓋をずらし、陰に光を差すように……

 

「しぃいいっ!」

「───」

 

 ギャガガガガガと木刀と木刀が何度も何度もぶつかる。

 縁壱が取る行動……呼吸とともに取る型が、そのまま攻撃になっているというそれに対して、自分で立ち向かえる行動を弾き出して迎え撃つ。

 壱、弐、参、肆、伍、陸、漆、捌、玖、拾、拾壱、拾弐───そこまでいくと壱に戻る。俺が全力全開全集中、自分の“これでもか”ってものを全部出し切って縁壱に向かっていった瞬間、縁壱の中で完成した型らしい。え? なにそれずっこい。

 もうこれで何度木刀を振るってもらったかわからない。加減はしてもらっているものの、何度も何度もついていけなくなって、体のどこかにボゴォと一撃をくらうのだ。

 今回もそうなるのか、なんて恐怖は捨てた。

 ただひたすらに余分を閉じ、必要を開いて“理想”のために動く体を開き続ける。

 かなり打ち合えるようになってきた───と思ったのだが、

 

「一刀。お前にはその呼吸も向いていないらしい」

「ここまで来て!? ぇこっ……ここまで来て!? えぇ!? ここっ……ここまで来て!?」

 

 どうにも俺に合った呼吸、というのは合う合わないがわかるのに時間がかかるらしい。

 というのも御遣いの氣の所為で、体が二つあるみたいな感じなのだとか。

 だから攻の氣に合わせた呼吸にするか、守の氣に合わせた呼吸にするか、ではなく、攻守の氣に合った呼吸を見つけなければいけない。

 間を取ったような氣があったりするか? と考えたものの、そんな都合のいいものはありません。

 なので、様々な呼吸を試してみては、どれが一番自己の活性化を手伝ってくれるかを試しているわけで。

 あれやこれやと日々を鍛錬に費やしていると、ふと縁壱に「一刀は食べるものなどはどうしているのだ?」と今さらなことを訊かれた。ので、正直に「食べ物やお金だったら、手伝ったり救ったりしている内に有り余っている」と伝えた。

 むしろ腐らない内に貰ってほしいほどだと伝えると、最初は断られたが「成長期に入った子供は……食うぞ」と言うと、“そうなのか”って顔で頷いてくれた。うたさんはそんな縁壱を見て、朗らかに笑っていた。

 

……。

 

 今日は縁壱の身体の在り方を調べさせてもらった。

 氣の同調から始めたんだけど、これほど氣がハチャメチャで同調しづらい人初めて! なにこれ! ぃゃっ……なにこれ! なっ……なにこれ!

 散々苦労してようやく同調に成功すると、俺の中で体の組織がドゥシャアアアアと活性化しまくった。鏡がなかったから顔はわからないけど、手とかに痣がブワアアアと出現して、出現したと思ったら形を変えて……なにこれ!

 ぇえええ!? 氣の同調をして自分の中の何かが変わるなんて初めてなんですけど!? そ、そりゃ呼吸の仕方も合わせたし、氣で自分の体内組織を操作して縁壱の体内循環に極めて近づける努力もしたけど……なにこれ! あっ! 汗すごい! どんな運動をどんだけすりゃこんな一気に出るのってくらい出てる! なにこれ!

 なんかなにを言うでもなくうたさんが水くれたけど、それを飲んだ俺はそのまま同調を続けた。

 同調した氣によって自分の中が作り変えられるような感覚と、それを安定化させるための呼吸が少しずつ自分の氣のお陰で馴染んでいくと、気づけば夜が来て夜が明けて、目の前の縁壱が笑顔のうたさんに「はいあーん」って食事をさせてもらっていた。俺が右手を掴んだままだったからどうにも出来なかったらしい。気を失ってても手を離さなかったそうだ。え? 気絶? してたの?

 さすがにあーんは恥ずかしかったのか、テレテレしている縁壱が、なんというか見ていてくすぐったい。戦いじゃ負け知らずっぽい雰囲気なのに。

 と、気づくと自分の体が随分と軽くなっていることに気づいた。

 同調させていた氣も完全に安定していて、ゆっくりと縁壱の手を離して深呼吸をしてみると、完全に自分の体が、勝手に自然な呼吸をしていることに気づいた。今までの呼吸の仕方じゃない。のに、これが一番自分の体に合っていると自然にわかった。

 

「すごいな、一刀は。人の手を握っているだけで、自分というものがわかるのか」

「や、これは縁壱の在り方に引き寄せられた結果だと思う」

「だとしても、自分を見つめられ、認められるのは“大層なもの”だと思う。……兄上も、そうした世界に立っておられるのだろうか」

「兄上? 兄弟が居るのか」

「ああ。とても優しくお強い、私の自慢だ。兄上はな、素晴らしい人だ。兄上は───」

 

 ハッと気づくと、珍しいこと縁壱は少々興奮気味に、けれどとても嬉しそうに“兄上”を語る。

 眩しいくらいに純粋でやさしい笑顔で、ああ、こいつは本当にその兄上のことが好きなんだなぁと思えるほど。

 幼い頃に貰ったという手作りの笛を常に持っていて、「私の宝だ」と誇りを以て口にする。

 

(え……待って? 縁壱が尊敬して誇りだと自信を以て言えて、お強い? やさしい? …………え? 武神の権化か誰かですか?)

 

 俺の頭の中では建御雷神めいた兄上が、ディャーハハハハと初代ラオウ様ボイスで侍やってる姿が上映された。

 まるで山のフドウのように巨大で、かと思えば笛を作れる起用さ。

 そして弟を気遣えるとてもやさしい心の持ち主。少しドジっ子属性を持っていたりもしたり?

 …………いやマテ。ドジっ子って意味なら、結構縁壱もそっち寄りだ。

 そんな縁壱が尊敬して持ち上げまくる存在。

 ……アレ? これ、もしかしてあれじゃない?

 実力はそこそこなのに、最強弟に持ち上げられまくって苦労しまくってる方向のアレ。

 

(……お労しや……兄上)

 

 だめだ、これ絶対それだ。

 だってこの人、竹刀を持ったばかりなのに稽古相手をブチノメしたとか言うんですもの。

 こういうパターンはアレだ、実はその稽古相手が、兄上がどれだけ挑んでも勝てない相手だったとかいうパターンだ。

 なんでだろう、俺の想像でしかないのに、そうとしか思えなくなってきた。

 ……いつか兄上に出会うことがあったら、いろいろ愚痴を聞けるような席でも設けられるといいナ……。

 

……。

 

 そんなこんなしながら過ぎていった日のとある一時。

 定期的に来ていた煉獄さんが、俺達の稽古を見てぽつりと呟いた。

 

「呼吸法……それを使えば、お前達のように力強く動けるのだろうか」

 

 ある意味で人外の動きをしていた俺と縁壱は顔を見合わせて、とりあえずは頷いた。そりゃもちろん、今よりは確実に、とばかりに。

 俺だって随分と……桁違いって言えるほどには動けるようになった。

 今では縁壱とも打ち合えるようになったし……ていうかこの人、人と戦う毎にどんどん強くなっていってるんですけど。経験は力だとはよく言うけど、俺が老人の年齢までを生きて磨いた錬氣や行動から得られるものを吸収、自分用の技術に昇華させたり、俺が現代に戻っておっさんと呼べる頃まで鍛え、現在まで伸ばした能力を見ては自分用の経験として吸収して、なんかもう勝てる気がしないところまで行っちゃってます。

 けれどもそんな彼に同調させるように自分も努力して、なんとか食いついては引き離されを続けている。

 正直、もうかつての自分の実力とか忘れた。縁壱の域に踏み込んでいくと、強さがどうとかどうでもよくなってくるんです、なんかね、はい。

 代わりに、幸せってものが、人の笑顔ってものが、他人の喜びや成功がとても眩しいものに思えてくる。

 なので、こうして煉獄さんが訪ねてきたからには、頷く以外に取る行動なんてものはないわけで。

 むしろ俺もきちんと一から反復練習をするつもりで頷いて、縁壱に提案。

 縁壱は鬼狩りの人と俺に呼吸法を改めて教えてくれて、鬼狩りの人は“そこまで強いのならば”と鬼狩りの刀を用意してくれると言ってくれた。

 むしろ鬼の出没が頻繁化しているここよりも、我らとともに来ないかと誘われた縁壱。そこならばお前が留守の間もうたさんや息子さんを守ってやれると。

 俺はなんとなく、縁壱は断るんじゃないかって思ってた。けど実際は違って、縁壱はうたさんと息子さんを見つめると、どこまでもやさしい笑みを浮かべ、頷いた。

 それなら、と俺はうたさんの容態を見届けると、旅を続けることにした。

 鬼狩りの皆さんと一緒に呼吸法の練習もして、もし鬼狩りに参加してくれるなら大歓迎だ、なんて太鼓判までもらったけど……医者もどきも続けたいし、殺すよりは守りたいんだ、なんて言うと苦笑された。

 そうやって、造ってくれるという刀は遠慮して、また旅に出た。

 

 ……鬼の祖を追い詰めたのに逃がした縁壱が、鬼狩りの里から追い出されたことを耳にしたのは、それから数年後のことだった。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 あれから随分と時が経った。

 縁壱を探してみたけれど見つけられず、旅を続けるさなかで開墾の手伝いをしては、行く先々で情報を集めてみるのに行方は分からないまま。

 ただ時折、妻と子を連れた一人のお侍さんを見た、なんて語る子供が居て、そんな子にあることを訊ねると、口を揃えて言ってくれた。

 

  三人とも、とても幸せそうに歩いていたよ、って。

 

 そんな言葉を聞けたからだろうか。

 いつしか彼らを探さなくなった俺は、十数年後のある場所でひとつの儀式を見た。

 年の初めに奉納する神楽らしく、舞う彼が耳につけているものが見覚えのあるもので、その舞までもが見覚えのあるものだったから。

 

「……親から唯一もらったものだ、って言ってたのに」

 

 そう考えた時、ああ、なんて思った。もうきっと、彼は幸せなんだろう、って。

 鬼の祖を斃せなかったことで、これからも死ぬ人は出るのだろう。

 その人たちにとってみれば辛いことだ。けれど、だからって彼が、彼の家族らが幸せになっちゃいけないわけじゃない。

 たぶんだけど……お守りのようなものを預けることで、守りたいって思ったんだろう。

 今この神楽を舞う彼らに対して、そう思えるような何かを抱いたのだろう。

 記憶の中にある日の呼吸の動きと遜色ないそれらを、神楽を舞う彼は拾弐の型までを舞い、もう一度壱に戻る。それを一日中、休むことなく奉納する神楽。

 壱から拾弐、そして壱に戻り拾弐まで。その流れを拾参の型として、それはそこにあった。

 縁壱が何年前にここに訪れたのかを訊くことはなかった。

 ただ、どこか憂いを込めた目で様々を語る彼が、この竈門家のみんなに笑顔を見せたという話を聞いて、ただただ嬉しいって感じた。それだけでいいんだ。

 他人の幸せがどこにあるのかなんて、他人が測っていいもんじゃないんだから。

 

「……さて」

 

 旅を続けよう。

 心の寂しさが幸せを食おうとした時、彼が吹いていた笛の音色を口ずさみながら、蒼空の下を歩いた。

 何年も何年も、容姿の変わらぬ自分のまま。

 呼吸法は寝ている間も続けて、鍛錬も忘れず。

 

……。

 

 ある日から。そのある日が何年前か、何十年前かは忘れたけれど、噂が出始めた。

 この世にはおかしな医者がおる。

 そやつは雷様の使いで、遠くより雷鳴とともに現れて人を助けるのだと。

 

「へええ……雷様の使いかぁ。面白い話ですね」

「そうだろう? けど、人を救っている。とてもいいことだ」

 

 鬼狩りと縁を持ったいつかから、黒子のような服を一式もらった俺は、それを着用して旅を続けていた。

 流れの医者が何年経っても容姿が変わらんのではさすがに怪しまれる。ので、顔などもしっかり隠しての医者の仕事は続けている。

 今日は素流っていう流派の道場に来ていた。素手での武術を伝える道場らしく、師範もお強いお方だ。がっしりと鍛えこまれていて、この時代でこの体格ってすごくない!? と素直にツッコミたくなる体つきをしている。

 ……うん、正直もう時間の感覚とか狂ってる。

 いつかの日に縁壱の訃報を聞いて、ようやっと出会えた縁壱は既に冷たく。息子さんは俺を覚えていたようで、けどまあ孫かなんかだと思ってくれたようでなんとかなった。なったよね? なんだかすごーくじろじろ見られてたけど。

 

「………」

 

 縁壱は、我が子には呼吸を伝えていなかった。

 きっと危険な目に遭ってほしくなかったからだろう。下手にそれらを身に着けて鬼狩りに参加すれば……待っているのは死か、終わらない鬼ごっこか。

 それでも息子さんも、その子供も身体能力とかすごかった。

 笑顔で休まず畑を耕すお孫さんのパワフルさには、さすがの北郷もびっくり。ハイスペックすぎる。鍛錬とか全然してないんだって。超天然生産絶対強者みたいなお孫さんだった。やべぇ。

 

「……でも」

 

 きっと俺が教えれば、日の呼吸を伝えていくことは出来る。俺は使えなかったけど、型も呼吸の仕方も覚えているのだ。

 でも、だ。縁壱がそれを望んでいないなら、それは余計なお世話ってもんだ。

 

「一度恋雪のことを見てやってくれんか。あいつも成長して随分と喘息もよくなってきたが、昔が昔だっただけに心配でな」

「喘息。なるほど、了解です」

「狛治が墓参りに行ってるから恋雪のやつも気が緩んじまってる。あいつが居ると心配かけまいって無茶しちまうんだ。強い子に育ってくれて、嬉しいやら難しいやら、はっはっは」

 

 道場の主、慶蔵さんはいっつも笑顔のムキっとマッチョな人だった。無精ひげがよく似合う、傍に居てるだけでも強いとわかる人であり……それでやさしい人。

 なんとなく縁壱を思い出させる。

 

  ───ああ、ここにも幸せがある。あってくれる。

 

 思わず笑顔がこぼれる。黒子のように口は覆っているからバレないだろうけど、誰かが幸せっていうのは嬉しい。

 そんな笑顔が自分でも嬉しい、なんて感じた時は、いっつも……血の匂いが。

 

  そう、幸せが壊れる時には、いつも血の匂いがする。

 

 道場の中へ向かう途中だった。ケホッ、なんてものじゃない、なにかが強引に吐き出されたようなひどい音と、ついでなにかが倒れる音。

 そして、血の匂い。

 ぞわりと寒気にも似た焦りが背を走り、慶蔵さんを置いていくかたちで駆けた。駆けた先には井戸があり、傍には……血を吐き、崩れ落ちる女性が「賦相成・五斗米道ォオオオオッ!!」直後に毒を破壊され、傷ついた内臓を修復され、息を吹き返した。

 

「おういどうした! 急に走り出したり───恋雪!?」

 

 そして血を吐き蒼褪めたままに気絶する娘と、それを後ろから抱きしめるようにして座る俺を見て、閉じ目だった慶蔵さん、開眼。

 腕にメキャアアキャキャキャキャと血管を浮き上がらせて憤怒の表情で距離を詰めてキャアアアアアーーーーッ!?

 

……。

 

 状況を説明してなんとか拳を納めてもらいました。

 説明し終わるまで、娘さんを抱えながら道場を逃げ回ったのは忘れたい。

 他のお弟子さんが慶蔵さんを総員がかりで止めに入ってなんとか場が落ち着いたところで、噂の狛治さんが帰ってきたようで。ホッとするのと同時に、同じく血を吐いて蒼褪めた顔のままの恋雪ちゃんを見てメキャアアキャキャキャと拳を握りしめてキャアアアアーーーッ!?

 

……。

 

 以下同文です……。

 ともかく毒が入っていたらしい井戸のことでとある道場が潰れた。そこの道場の跡取り息子が毒を入れたことが、とあるお婆さんの証言で明るみになったからだ。

 俺からの説明を聞いた狛治少年は、大丈夫かと思うほどにぼろぼろと泣き、恋雪さんを抱き締めて震えた。“必ず守ると言ったのに”と、“ごめん、ごめんな”と、何度も謝って。

 それから……一層に恋雪さんを想い、大事にするようになり、近すぎて恋雪さんが常時ポポポと赤くなっているほどだ。

 

「その……殴りかかって、悪かった、です」

「無理に敬語とかいいって。それだけ大事なんだろ?」

「……絶対に守るって決めたんだ。誰よりも強くなって、俺は……倒すんじゃなく守りたいって思った。初めてだったんだ、こんな気持ち。親父を助けられなかった俺が、また、こんな風に思えるなんて……」

「倒すよりも守るか。その言葉に嘘はないか?」

「親父と師範に誓って。素流は傷つけるためじゃなく守るためのものだ。それを汚す行為なんて、するかよ」

「……じゃあ、そこに一つ、混ぜてみないか?」

「ひとつ……? 混ぜる……?」

「氣っていうんだ。絶対にお前を守ってくれるから」

「………」

 

 狛治少年は、迷うそぶりもそこそこに、力強く頷いた。

 

……。

 

 狛治少年と恋雪ちゃんの祝言とともに、彼は素流道場を受け継いだ。

 過去に暴力や窃盗に使っていたらしいその恵まれた身体能力は、今では弱きを助ける術とともに、“守るため”に使われている。

 腕の罪人の証が消えることはないのだろう。

 けれど、彼はいつだって言う。「証があっても、罪人の俺は師範がやっつけてくれたから」って、子供みたいな笑顔を見せて。

 そして……氣を引き出し、素流と合わせた彼の強さときたら。え? 彼ほんと人間? ってくらいに強かった。

 彼は気配察知や相手の行動予測に対して行使する氣に優れていて、それを素流に組み込んだ武術は見事の一言。

 大人が束になっても敵わないほどの実力の向上に、けれど天狗になるでもなく笑って言うのだ。「栄誉なんていらない。恋雪さんと師範と道場が守れればそれでいい。そんなんで、俺は幸せなんだ」って。「やり直せただけで十分だから、望みすぎれば壊れそうだから」って。

 慶蔵さんは、そんな狛治少年に「孫が居たら、もうなんにも心配ないんだがなぁ」なんて言ってつついたりしている。

 つつかれた彼はわたわたと困惑しながらも、日々の鍛錬は欠かさず行ない……そんな彼の鍛錬を、いつでも傍で眺めては、恋雪さんは幸せそうにしていた。

 

「よし、じゃあ狛治少年。氣を広げてみてくれ。キミは気配察知に優れている。自分の中に氣を溜めるよりも、外に広げた方がその才能が活かせるかもしれない」

「わ、わかった。えっと、たしか───……錬氣、解放……術式展開……! 守懐察(しゅかいさつ)羅針(らしん)……!」

 

 狛治少年の氣が床に広がる。

 懐を守るために観察する、という意味での守懐察の氣は、彼に迫る殺気を感知する。

 ……狛治少年は、父親を守るために罪人になった。守るため。氣を調べてみれば、力強い守の氣が存在していた。

 引き出してみてわかったけど、この子は本当に武と氣の才に恵まれている。素手の格闘にこれでもかってくらい向いていて、しかも守りの氣を固めて攻撃に転じればそれだけでも強い種類の守の氣だっていうんだから相当だ。

 試しに恋雪さんとの氣の同調をしてみなさいってやり方を教えてみたら、いやこれがまた恋雪さんと慶蔵さん限定で適正があるのなんの。

 「親父が生きている内にこれが出来てれば……」と悲しむことはあって、今立っているこの場の自分を嫌うことはしなかった。

 自分の力で大事な人の病気を癒せる、って知ってからは、狛治少年は一層に氣と素流と恋雪さんに没頭していった。愛がすごい。狛治くんマジ狛犬ってくらい。

 ───と、そんな経緯もあって、今日が氣を教える最後の日だから~って、恋雪さんや慶蔵さんをともにした道場での稽古。

 その場で、まるで雪の結晶のような形の氣が穏やかな光を放つと、慶蔵さんと一緒に見守っていた恋雪さんがホワ……とやさしい笑みを浮かべる。

 

「わ、ああ……! これが……これが狛治さんの……えと、氣、なんですね……。とても綺麗、です……。かたちも……あっ、そうです、まるでこのかんざしのようで……」

「───!? ……~~~~~っ……!!」

 

 道場の床に広がる狛治少年の氣の形を見て、恋雪さんの一言。で、可哀想なくらい真っ赤になる。それを見た俺と慶蔵さんは、二人して顔を見合わせてそりゃあもう笑った。

 覚えたての氣の形状は、強く思ったものの形になることが多い。守ろうと強く思っているのなら余計だ。何故って、氣の形状がわからないから、頭が無意識に“もっとも大事なもの”を当て嵌めるからだ。

 いやぁ、青春だ。いくつになっても青春っていうのは面白い。

 そんな光景を土産に、俺はまた旅に出た。

 狛治少年は何度も何度も「~っ……ありがとう! ありがとう、北郷さん! 俺から無くさないでくれて、ありがとう! 俺っ、きっと守っていくから! 絶対絶対、今度はこぼさないよう頑張るから!! ちゃんとっ……親父が願ったように、やり直してみせるからっ!」と叫んでくれた。姿が見えなくなるまで、「教えてくれたこと! きっと、守るために使い続けてみせるから!」と自分にも誓うように。

 


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