ギャフターの外のこと   作:凍傷(ぜろくろ)

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鬼狩り北郷さん⑤

 ……どれほど旅をしてきただろう。

 人を癒しては救い、孤児を見つけては受け入れ、育てて元気に解き放つ。

 怪我や病気で仕事が出来なくなった人は大勢居て、医者は居ても気休めにしかならない行動で金をむしる人が大半だ。

 そんな中で医者として動き、笑顔で感謝され、豊作を齎すとして、随分と感謝されたりもした。

 時には遊郭にも招かれて、身籠りたくもなかった子を身籠った人の……堕胎は手伝わず、産まれて疎まれていた子を引き取ることはした。

 扱いがひどい遊郭最下層、なんて言われている羅生門河岸でも腕を振るった。病気の人も怪我の人も助けては、食材を運んで料理を振る舞うこともした。さすがにもう普通の腕前は脱却してる。大事なのは火力と分量。どやさ顔で食事の感想を訊く俺はさぞかしうざったかっただろう。ごめんなさい。

 ともあれそうして心に余裕が無かった人を癒しては、子供に暴力を振るう大人から子を引き取って、自分の屋敷で育てた。

 兄が醜く妹が美しい、なんて言われていた子も引き取ったけど、ぶつかりあって話し合って甘やかしまくってたら、弾ける笑顔で俺にとびついてくるようになってきた兄妹も懐かしい。

 

 そうした日々の中、時折に鬼狩りの人に会っては、何故か感謝されることがある。

 噂は聞いているだとか、あなたは一族丸ごと旅の医者なのか、とか。

 鬼との闘いで傷ついた人を助けることももちろんあった。食われる前であり、死んだばかりなら蘇生も出来るのが五斗米道だ、泣きながら、絶叫するように感謝されたことも一度や二度じゃあなかった。

 中でも胡蝶、という姉妹には随分と感謝された。鬼と戦って、肺を壊死させられたという姉を胸に抱き、泣くことしかできない妹さんを見た時はやっ「賦相成・五斗米道ォオオーーーッ!!」ああもうこの世界死にそうになってる人多すぎィイイ!!

 いつかの日に牢から助けたキャプテンイグロもそうだけど、なんでこう厳しいんだこの世界!

 

「っ!? 隠の……!?」

 

 黒子のような人が物凄い速さで駆けてきて、ファイナルゴッドヴェイドォーとか叫んだらどうしますか? そりゃ警戒します。

 ていうか血を吐いて弱弱しくなっている姉の方にまで死力を振り絞って抵抗されるとは思わなかった。俺、そろそろ泣いていいと思う。

 なんで賦相成・五斗米道使う時ってみんなに警戒というか、死力を振り絞って襲われるんだろうね。

 でも癒し切るまでは相手を離すわけにはいかない(鍼じゃなく氣で治療しているから)し、邪魔されないように殴られたりするわけにもいかないから、いっそ抱きかかえていたほうが楽なわけで。

 なので「姉さんを離せ! 姉さんを! 放せ! 離せぇええっ!」鬼気迫るご家族に追い掛け回される経験は一度や二度ではございません。

 でも縁壱と慶蔵さんや狛治さんに比べれば、他はまあほら、楽っていったらあれだけど……ああいや、煉獄さんのは本当に怖かった。あれは怖かった。この世界、奥さんを大事にしている夫ばかりで、本当に嬉しいんだけどね。

 

「雷の呼吸───」

 

 なのでともかく地を蹴り距離を取り、木の上にて癒しを続行。

 まず壊死してしまった数ある肺胞を氣で包み込み、それをじっくり確実に縫合しながら広げてゆき、急な伸縮に破けてしまわないようにとさらにさらに氣で包んでゆく。

 血を吐いていた彼女はハッとするけど、「まだ動くな」と簡潔に伝えると、戸惑いつつもこくりと頷いて黙ってくれた。……下の方では大絶賛、妹様がネーサンおろせー、ネーサンはなせー、ブッコロシテヤァアルと呪詛を飛ばしているわけですが。ああほら、ネーサン苦笑しちゃってるじゃない。

 

「あの、あなたは隠の……お噂の、隠柱様ですか?」

 

 ……ホイ? オンバシラ? 聞いたこともござ……あ、あった。

 お館様を名乗る少年に、柱がどうとか言われて……戦うよりも自分は守りたいって言ったら、なんかそれっぽいことを言われたような。

 何分、話しているよりも旅をして人を救いたいって思ってたもんだから……うん、話半分でごめんなさい。でもまた面倒ごとを押し付けられそうって思ったら、逃げたくなるだろ? 縛られて旅をするのはもったいない。ただの隣人でありたいんだ、だから刀だって断った。

 組織に入れば規律は発生する。隊律ってものに縛られて、そいつは○○だから救っちゃだめだなんて、俺に言われたって困る。

 縁壱が追い出されたって聞いた時、俺はそれを譲る気はこれっぽっちも無くなったんだから。

 

「人違いです」

 

 なので無表情できっぱり。いやまあ顔は隠してあるから、目以外で判断できないだろうけど。

 

「いえ、でも」

「人違いです」

「あの」

「人違いです」

「そn」

「人違いです」

「………」

 

 ぽかーんとしている内に縫合完了! 癒しの氣もたっぷり混ぜながら回復させたから、むしろ前より肺臓は活性化しているだろう。

 あとは痛々しい口回りの血をハンケチーフで拭って~……

 

「あっ、ぷあっ、じ、じじ自分でできまっ───」

 

 言っている間に浄化完了。血色も良くなったし、痛みももうない筈だ。流れた血だけは補えないから、しっかり食事を摂ってしっかり休むこと。刀を振るうのはそれから。OK?

 

「えっ、あのっ、はい」

 

 やはり下からキサマーとかオノレーとか聞こえてきてるけど知りません。

 姉を解放すると、トンッと木を蹴って旅を続行。トンッ、て音の割には雷鳴めいた音とか鳴ったりしてますが気にしません。

 足にかかる負担の全ては化勁でゼロにする。雷の呼吸と氣の組み合わせは本当にありがたかった。

 お陰で調子に乗って駆けまわってたら、雷様だとか雷鳴の医者だとか言われるようになって……アー、慶蔵さんに話題に出された時はヘンな汗が出たもんだナー。

 ……そんなわけで、鬼退治も人助けも続けている。

 貯めた金で屋敷も建てた。鬼を近寄らせない藤に包まれた家で、孤児になった子らを拾っては集め、育ててきた。藤は、根を張っている大地とその根幹自体に癒しの氣を送ってやると、枯れなくなったし花をたくさん咲かせるようになった。

 ただでさえ藤が嫌いな鬼は、さらに俺の氣を含んだ藤の花を猛毒と捉えるようになって、花を持って近づくだけでもこう……獣の槍を前にした白面の御方様のようにおぎゃああああああと叫んで嫌がる。

 ……ちなみに藤屋敷があるのは一箇所だけではなく、しかも俺が旅をしている間に鬼狩り……ああ、今じゃ鬼殺隊、とかいうんだったか。彼らに助けられたらしく、その恩返しとして傷ついた隊士の治療場みたいになっている。

 が、無償で助けるには金が要る。孤児を助けるにも金が要る。けど、昔っから人を助けては貯めてきた自分にとって、それは大した出費でもなかった。

 “守る屋敷”、藤の家紋を携えたそこは、今も人を守っている。

 

  ……少しして、花柱を名乗る人が「協力しませんかー」、なんて言ってきたらしく、そこから一気に繋がりが出来てしまったけれど、北郷知らない。

 

 ともかく、なんか隠柱とか言われている俺が建ててもらった屋敷、藤屋敷に引き取られた孤児が、鬼狩りになることはそう珍しいことじゃない。

 鬼より人間が怖い、なんて言う孤児の子も居たけれど、中には心を砕いてしまった子も居る。失明してしまった子も、自分を一番愛してくれと訴えかける子も。

 そんな子らを癒し、笑わせ、時にはブチノメして矯正し……いや、うん。ほんとね、獪岳(かいがく)って子が居たんだけど、小さい頃に道をふらふらと彷徨っていた子で、寺に行けば助けてくれるかもしれない、というところを拾った。藤の家に引き取って相当経ってからそう言われたから、その寺に行くのが遅れてしまったわけだけど……すぐに行っていれば、救えた命はあったかもしれない。まあともかく、この獪岳くん。こいつが本当にヤバかった。ので、徹底的にブチノメして性根を叩き直した。どう叩き直したかは……ほらその。俺を見ると“サーイェッサー”って言う、とだけ。

 今では真面目に、元鳴柱の桑島のところで頑張っているそうだ。……今さら気づいたけど、俺って男性は呼び捨てに出来るけど、女性はどうしてもさん付けになってる気が。慶蔵さんとか、大人になってから出会う人なら平気なんだけど。アレ? これってそのー……いや、忘れよう。

 というわけで、桑島のところにたまにお邪魔しに行くと、弟弟子の善逸くんにやさしく丁寧に教えている。壱の型が使えないそうで、もやもやしているところに壱の型しか使えない弟弟子。じゃあ俺達は二人で一人前だ、なんて言って笑っていた。

 喚くばかりだった善逸くんは、そんな獪岳くんの言葉にハッとして、少しずつ……いやもう本当に少しずつだけど頑張りを見せるようになって、今では桑島さんも歯を見せながら安心したように笑っている。

 そして過去、獪岳くんが向かおうとしていた寺には何人かの子供が居た。

 鬼を素手で殺し続けた経験のある行冥くんは、現在は柱となって鬼殺隊最強となっているらしく……盲目なのにすごいなオイと言うと、横で胸を張るは隠の隊服に身を包んだ沙代ちゃん。

 俺が辿り着いた時には生存者は二人だけで、沙代ちゃんの言葉も誤解を生みかねないものだった。きちんと落ち着かせてからは、よくわかる言葉でも、あれじゃあ行冥くんただの殺人鬼だ。

 それを理解した時の沙代ちゃんの連続ごめんなさいと、そういうことだったのかと理解した行冥くんのすれ違い納得は、人死にはあったものの、ほっこりと出来るものだった。誤解したままっていうのは辛いから。

 

 間に合わなかったことといえば、不死川(しなずがわ)の二人もだ。母親が鬼になってしまったあそこ。

 兄の実弥(さねみ)は今や柱になって、弟の玄弥(げんや)は現在、あの頃より続く素流体術道場で守りの氣と体術を身に着けている。

 兄は稀血の中でも大変珍しい稀血で、弟の血は鬼を吸収し分解する血と来る。二人とも稀血も稀血、珍しすぎだ。

 中でも玄弥は事情が違う。

 鬼になった母親に襲撃され、夫である、実弥と玄弥の父である彼がそれを殺した時、玄弥は泣きすがって母親を抱き締めた。その時に母親の鬼血が傷口から混ざり、吸収されて、本来の氣に鬼の氣が混ざってしまった。

 受け入れようと思ったからなのかどうなのかはわからないけれど、玄弥にはその影響か、二つの氣が出来てしまった。攻と、守の氣。合わせてしまえば御遣いの氣が完成する。

 鬼になった妻の夫である彼───恋狛(こはく)も、家族を守るために暗がりで必死に戦っただけだ。妻を殴り倒すつもりなんてなかった。

 なのに、朝が来たその場で待っていたのは、自分が殴りつけ、斃してしまった鬼になった妻だけだ。子は泣き、母だったそれにすがった。それだけだ。間に合わなかったといえば、それまでの話。

 

  ……いやまあ、普通ならそうなるんだったんだろうけど。

 

 たまたま声をかけにきたそこで、泣いている恋狛を見つけていつものようにゴッドヴェイドォー。

 泣きながら感謝されたものの、鬼になった人を完全に人に戻すことは俺にはできない。精々で半人半鬼って程度まで戻して、人の頃の記憶を戻してやるくらいだ。

 実際彼女は人状態近くまでは戻せたけれど、力は鬼に近かったし、太陽の光が苦手になってしまった。燃え尽きるとまではいかないものの、ずっと浴びていると火傷のような症状が出てくる。

 なので───

 

「洗濯は任せる! 干すのは俺に任せてくれ!」

「で、でも恋狛さん」

「守るって決めたんだ! 守らせてくれ!!」

「で───」

「好きなんだ! 大事なんだ! 心配させてくれ! 想わせてくれ! でも悲しませないでくれ!」

「は、はぅ、はわ……!」

「「親父ィ……」」

 

 ───……不死川一家。“素流”道場の子と連れ添った背の低い妻は、守ると決めたら絶対に引かない彼……狛治と恋雪の血を引く先祖を持つ彼に、めっちゃ大事にされている。

 子である二人、実弥と玄弥は「「母さんを鬼にしやがった鬼……コロス」」と鬼殺隊に入隊。兄は呼吸法の素質に恵まれ、弟は呼吸法は出来ずとも素流の氣と拳に恵まれた。

 玄弥が術式展開まで氣を発展させた時は、もう懐かしくて泣きながら「やったな玄弥! やったなぁ!」って抱き締めてしまった。「北郷さん! そういうのは親の役目でしょう!」と恋狛に怒られた。いいじゃないべつに。ほら、玄弥も真っ赤になって照れて「照れてねぇよ!」照れてるし。「照れてねぇ!! ねぇから! 照れてるとかじゃないけど……その。あ、ありがとう」ハハン? ツンデレ?

 そんなわけで玄弥には、素流の武術と術式展開に加え、御遣い式鍛錬と“御遣いの氣”の発動を教え込んである。既に攻守の氣も混ぜたから、癒しも防御も攻撃も衝撃吸収もお手の物。

 攻撃的になりすぎると守懐察が破壊殺になるので注意しましょう。

 玄弥に武と氣を教えて、実弥には呼吸法と刀術を。二人は飲み込みがとても早く、ぐんぐんと力をつけていった。

 そうした成功と喜びがあったからか、実弥も玄弥も素直に慕ってくれて、なんでかオジキと呼ばれております。あれ? いつの間にか極道モンみたいになってる?

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 様々な出会いと経験をしながらの、癒しの旅は続く。そんな中でそういえばと首を傾げてみた。

 

「……なんでみんな俺が俺だってすぐわかるんだろ」

 

 他の隠のみんなと同じ格好してるのになぁ。(*注:黒檀木刀を持ってるから)

 ほら、今だって───「隠柱殿!」……来た。呼び方変わってるし。

 誰ぞ、こんな村も遠い道端で、人を隠柱と呼ぶのは! ……や、声でわかってるんだけどね?

 

「ダ、ダレのコトディスか? わ、わっちは……後藤! そう、後藤にござる!」

「なにを言っておられるのですか! 男なら! 隠し事など無し! でしょう!」

「ウワー……」

 

 錆兎、という宍色の髪をしたお子がおる。水柱として鬼殺の支えとなっている少年だ。

 その少年が、ぺかーとヒーローに憧れる瞳で俺を見てくる。

 俺、この子苦手……! 下手な煉獄さんよりめっちゃ熱い心持ってるんだもの……!

 ぎっ……義勇ー! 真菰ー!! 水の者は! 水の者はおらんかー! 誰かある! 誰かあるー! ……おらなんだ。

 

「あ、あーその。元気だったか?」

「はい! 北郷さんもお元気そうで! 心の底から安心しました!」

「アウウ……!」

 

 この、貴方を尊敬しておりますな眼差し、苦手……! 左近次だけ尊敬しておればいいのよ、と言っても聞いてくれない……!

 考え事しながら移動してた俺も悪いけど、どうしてこうも簡単に発見されるかなぁ俺……!(*注:晴天時の雷鳴の下に彼は居ると云われております)

 

「あ、あの、あーのー、本日は義勇と真菰は……」

「よい鮭と大根を手に入れたので、昼餉の支度をしております。義勇は姉の方が調理が上手いからと、真菰は鱗滝さん仕込みの私のほうが上手いと言って、譲ろうとしません」

「───」

 

 それ、支度してるって言えませんよね? それ以前の問題じゃない? 微笑を浮かべつつ、そんな心のツッコミを口にすることはなかった。

 

  ……左近次との付き合いは結構長い。

 

 どこぞで孤児を拾ったと言っては藤屋敷へ連れてきて、預けていった。

 柱になるほど強くあり、多くは語らずとも常に世を憂いていた。

 時が経って引退する頃には、自ら孤児を引き取り育てることもあり、そういった関係で孤児の扱いを教えたりもして。

 左近次のもとで育った子らは全員、彼に憧れて鬼狩りをしたり隠をしたりしている。

 自分に才能があればと、色の変わらない刀を手に涙する子だって大勢居た。

 そんな中でも一際才能に恵まれ、志強く立ち上がる子が二人。

 鱗滝錆兎と冨岡義勇だ。真菰はー……うん。体が小さく、筋力に恵まれなかったために、志は強くてもなかなか難しい。

 錆兎と真菰はいわゆる義兄妹で、義勇は違う。

 義勇は家族が鬼に襲われているところを俺が助け、鬼が許せないからと立ち上がった。

 真菰は錆兎を兄と呼ぶのは気恥ずかしいらしく、たまにもごもごと口を動かしては、プイスとそっぽを向いていたっけ。

 

  ()き。

 

 えびす顔をしてしまうのも仕方なし。兄妹愛とか、いいなぁ。幸福というのはこういうことだ……ジョルノ。

 さてさてそんなわけで、「久しぶりに稽古をつけてください!」と錆兎くんに言われておる北郷です。どうしよう。

 確かに会うのは半年ぶりくらいになるので、忙しいわけでもないし……とも思うんだけど。こんな道端ですることでもないので、どこか別の場所でと提案すると頷いてくれた。

 

「北郷さんはまだ医者を続けているので?」

「うん。病気の所為で、本来出来る筈だったことも出来ず、手に入る筈だった幸福も抱けないなんて、悲しいもんな。だから、そのためには村のないところでは全力で走るようにしてる」

「……村から村まで、相当な距離ですが」

「一日中だって全速力で走れるぞ?」

「……男ですね!!」

「そうかな!」

「そうです!!」

「そうかなぁ!!」

「そうですっ!!」

 

 北郷、性別関係ないと思うな!

 でもそれを言うと彼の男ならばが始まるので北郷言わない。北郷もういろいろ悟った。悟ったんだ。多くは語らず。達人である者たちが悉く寡黙になっていく理由が、なんとなーく北郷わかってきた。

 

  というわけで。

 

 錆兎に稽古をつけて、「まだまだ……! 男ならば立ち上がる時!」と何度だろうと立ち上がらんとする錆兎がギャアアアアと叫ぶまで稽古をつけて、ぐったりしつつも「ありがとう、ござい、ました……」と呟き俺に担がれ運ばれる錆兎に、よく頑張ったってつもりで“英雄”を歌ったりする。

 そもそも錆兎が俺のあとをてこてことついてくるようになったのも、何気なく口ずさんだこの英雄がきっかけだった。おーとこならー♪

 誰かのために強くなることを強く望むようになった錆兎は、左近次の教えを胸に人を助け、強きを挫く存在になった。守るためならばと氣の扱いも教えて、最終選別では全ての鬼を初日で滅ぼした漢である。

 氣を纏わせたために刃こぼれひとつない左近次の刀を手に、「男ならば当然です!」と元気に言ってみせた。やだこの子強い。

 なので……ハイ。刀は左近次に、氣は俺に教わった彼は、俺と左近次を本当の親のように思っているようで。

 いや、そこは左近次だけでいいのよ? なんて言ってみたのに、この子ったら聞いてくれない。

 

「義勇、真菰ー? 居るかー?」

 

 水屋敷にやってくると、そこに義勇と真菰が居た。

 囲う囲炉裏には鍋が二つ。俺を見る目が四つ。ふたりはハッとして鍋をソッと置くと、俺に挨拶を───っていいから! いいってばやめて!? 俺、錆兎を連れてきただけだから!

 

「錆兎を連れてきただけだから。あ、傷も癒してあるからすぐ目覚めると思う。それじゃあ」

「「待ってください!」」

「待たぬ!」

「「待ってください!!」」

「待ちませぬ!!」

 

 北郷は逃げ出した! しかし真菰に回り込まれた!

 相変わらず素早い! でも全力で逃げると泣きそうな顔するし!

 ……左近次に大恩ある子供たちは、左近次と近しい人にもとても近くあろうとする。

 俺なんて特にで、姿を見ればぴうと寄って来ては嬉しそうにするのだ。

 いやぁ……ほんと、好かれてるなぁ左近次。昔は鬼に顔のことを馬鹿にされて、仏頂面しか出来なかったあいつがなぁ。

 とか思っている間にも屋敷に住まう水の呼吸の使い手が我も我もと回り込んできて、ついには逃げられなくなった。

 ……鱗滝一家は実に元気である。


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